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安保国会の「戦争」概念

安保国会の「戦争」概念 ――亀井秀雄のチャージ(その8)――

○素朴な疑問

  私は昨年から、時間の大半を家の中で過ごす生活に入り、国会のテレビ中継を見る機会も多くなった。  民主党の細野豪志さんと、辻元清美さんは、顔の造作がよく似ているな。兄妹と言っても通るくらいだ。 似ていると言えば、教育評論家の「尾木ママ」こと尾木直樹さんと、東大名誉教授で、今はどこかの私立大学の学長をしているらしい姜尚中さんも、顔の造作がそっくり。ただ、姜尚中さんの顔は何だかネクラそうで、あれでは学生、テンションがなかなか上がらないだろうな。 そんなふうに、連想が勝手に飛んでいくありさまだが、それにしても、野党の国会議員、どういう概念で「戦争」という言葉を使っているのだろうか。

○「戦争」の概念

 与党が提出した安全保障関連法案を共産党が「戦争法案」と呼び、社民党が「戦争下請け法案」と呼び、民主党も「戦争法案」と呼び、「むかし日共・民青、いま日共・民主ってところかな」と思ってみていると、マスメディアが拡声器の役目をこれ務めて、一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う。国会議事堂周辺に「戦争法案反対」の声が湧き上がった気配であるが、さすがに民主党の面々は、「よその党が言い出した言葉を安直に受け売りするのは、これは国会議員として、ちと見識に欠けた、恥ずべき言動ではないか」と反省したらしく、最近はあまり「戦争法案」云々とは言わなくなった。  

  が、それはともかく、この人たちが言う「戦争」とは、〈利害と立場を異にする国家が互いに宣戦を布告すると同時に武力攻撃を加える〉という、大日本帝国が日清戦争でやり、日露戦争でやり、大東亜戦争でやった、あの「戦争」をモデルとした概念であろう。「憲法9条を壊すな」とか、「徴兵制度の復活を許すな」とかいう声が一緒に聞こえてくるが、そのことからも、この人たちの「戦争」概念の由来を知ることができる。

 私はその概念が間違っているとは思わない。『日本国憲法』が作られた歴史的な文脈と、憲法第9条の「国権の発動たる戦争」という文言における、「国権の発動たる」という連体修飾句に照らしてみれば、この「戦争」はただ抽象的に戦争一般を指しているわけではない。「国家の統治権を他国に及ぼそうとする戦争」の意味であり、言葉を換えれば、「国家の統治権を他国に及ぼすために、武力による威嚇又は武力を行使する」戦争を意味しているからである。

 ただ、以上のとらえ方が正しいならば、共産党以下の「戦争法案」なる言葉はリアリティを失ってしまう。政府が出した安全保障関連法案の中に、「自国の統治権を他国に及ぼすために、武力による威嚇又は武力を行使する」戦争を志向する文言は見当たらないからである。議論を分かりにくくしているのは、野党の強引な意味づけにあるのではないか。

○前世紀の遺物

 しかし実は、20世紀後半から今日に至るまで、二つの国が宣戦を布告して互いに武力攻撃を加える戦争は起こっていない。いわゆる朝鮮戦争も、ベトナム戦争も、湾岸戦争も宣戦布告とともに始まった戦争ではなかった。その意味で、日本がいう大東亜戦争、アメリカがいう太平洋戦争は、宣戦布告に始まった、あの古典的な戦争の、いわば史上最後の戦争だったのである。

  ただし、武力行使を伴う紛争はけっして減っていない。ここ6~70年の間、むしろ増えているのではないか。その中には、ウクライナ東部における親ロシア派住民と、その人たちの独立→ロシア編入の動きを阻止しようとするウクライナ政府との武力衝突があり、これをウクライナ内部の紛争(内紛/内乱)と捉えるべきか、それともロシア政府がからむ国際紛争と捉えるべきか、判断に迷う紛争もある。  こうしてみると、憲法第9条の「戦争」概念はますますリアリティを失い、半ば空文化してしまっていることが分かるだろう。  この憲法第9条を世界遺産に登録しようと運動をしている人たちがいるらしい。これが世界遺産に値するかどうかは分からないが、前世紀の遺物であることはまちがいない。

○憲法第9条の現在的な意味

 では、この憲法第9条に、今世紀の実情と、自衛隊を保有している現実とを踏まえたリアリティを、どのように与えることができるか。私は以下のように改めるべきだと考え、また、現行の憲法の文言は以下のように解釈することが可能だと考える。

    日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、他国に統治権を及ぼ  そうと、武力を背景に威嚇し、または武力を行使することは、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

  (2)日本国民は前項の精神に基づき、他国がその統治権を日本国へ及ぼそうと企てて行う武力的威嚇、または武力の行使は、断固としてこれを拒否する。

   (3)日本国民は前項を行うに必要な武力を保持する。

    (附則)日本国政府は本条の精神を理解し、本条の方針を共有する国と同盟関係を結ぶことができる。

○山口二郎さんは山口県で立候補?

 インターネットのニュースによれば、8月30日、安保関連法案反対の集会で、法政大学教授の山口二郎さんが演壇に立ち、「安倍に言いたい。お前は人間じゃない。たたき斬ってやる」と凄んで見せた、という。何ともえげつない威嚇表現だが、しかし実際は某テレビ局の時代劇から借りて来たセリフらしい。そこらが御愛嬌と言えばいえるのだが、山口さん、いまだに他人のセリフを安直に借りて来る癖(へき)がなおらないのだろう。私はHP『亀井秀雄の発言』に載せた、「マスメディアの「テロリズム」№3」でその点を指摘しておいた。

 もっとも、山口さんは「たたき斬ってやるとは言っても、実際に暴力を振るうわけじゃない。民主的な方法でやる」という意味の補足をしたらしい。「民主的な方法でたたき斬る」とはどういうことか。これがなかなかむずかしい。思うに、〈次の衆議院選挙で山口さんが安倍晋三さんの選挙区で立候補し、安倍さんを落選させて、政界からの引退を余儀なくさせる〉というのが、最良の方法だろう。ひょっとしたら山口さん、もう着々と準備を進めているのかもしれない。

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