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言語ウォッチング(3)――「最悪の事態」――

「最悪の事態」

○3月11日のこと
 昨年の暮れ、妻の心臓に障害のあることが分かり、今年、新年早々、岩見沢の病院から札幌の病院に転院して、1月13日に手術を受けた。
 手術は心臓の僧帽弁を人工弁に取り替える手術だったが、幸い成功して、その後の経過もよく、2月に退院した。しかし日常の家事に耐えられるはずがない。退院した当初は、そろそろと用心深く食卓まで歩いたり、トイレに立ったりする程度の動きしか出来ず、最近、漸く台所に出て、娘の料理を手伝うことができるまでになった。
 3月11日の地震の時は、私は直ぐにストーヴを消し、妻にはテーブルの下に入るように言ったが、病み上がりでテキパキと動けない。それだけに、いっそう二階で仕事をしている娘が気になるのだろう。妻はしきりに気を揉んでいるが、横揺れがなかなか収まらない。客間の飾り棚の、観音開きのガラス戸がスーッと開いた。閉めに行こうと立ち上がるのも怖いほどの揺れだったが、やがて沈静化し、娘が二階から降りてきた。

 翌日は小樽へ出る日だったが、交通機関のダイヤが混乱し、また、いつ大きな余震に見舞われるか分からない。出勤日を翌々日に振り替えてもらいたいと、メールで連絡し、家に残った。
 テレビが岩手県や宮城県の津波の被害を映している。激浪が家や車を容赦なく呑み込みながら、谷間の街を駆け上がって行く。防波堤を越えた黒い波がまるで生きものみたいに、平地の畑を這って行く。宮崎駿の『もののけ姫』のシーンがオバーラップして来る。テレビ局は、実際に人間が波に飲み込まれる場面をカットし、衝撃を与えないように編集して、放映しているのだろうが、あの映像の陰にどれだけ多くの人の驚愕と絶望が含まれていることか。……そんなことを考えながら、改めて地震と津波の怖さを実感した。
 私は一昨々年の秋に、右肺の下半分を切除する肺癌の手術を受け、昨年の一年間は抗ガン剤の副作用とたたかいながら、体力の回復に努めた。だが、肺活量が落ちて、駅の階段を上るだけでも呼吸が荒くなってしまう。もしこんな波が襲ってきたら、妻も私も逃げようがないな。……仮に運良く助かったとしても、妻はとうてい避難所の生活に耐えられないだろう。
 妻も涙を拭きながらテレビを見ている。

○群馬の反応
 私は群馬県の出身なので、群馬には知り合いが多いが、この12日は電話が通じなかった。娘が念のために自分のケータイから、従姉妹(つまり私の姉の娘)のケータイに電話して見たところ、運良く通じた。伊勢崎市でもかなり大きく揺れたが、壁に罅が入った程度で、それ以上の被害はなかったという。
 もっとも、娘の従姉妹の家、つまり私の姉の家は江戸時代に建てた屋敷で、私の姉が嫁入りする時に改築し、また、数年前に移築したが、二抱えもあるような大黒柱を中心に、一抱え以上もする太い梁を組んだ、堅牢な作りで、昔からの土壁の箇所に罅が入ったのらしい。もしこの家が傾くようだったら、大抵の家は潰れているだろう。近所に一軒、屋根瓦の落ちてしまった家があるという。

 その後群馬と電話が通ずるようになり、桐生市の近くに住む妹によれば、桐生市の一部では多くの家の屋根瓦が落ち、青いビニールシートで屋根を覆っているという。妹の家自体は、ガラス器が幾つか割れる程度だったが、まだ時々余震があり、それを感じながらテレビで災害の映像を見ていると、何だか具合が悪くなってきた。自分だけでなく、体調を崩した人が多いのではないか。そんな心配をしていた。

 前橋市に住む、もう一人の姉は「関東大震災ね、もちろん私たちは知らないけれど、あの時の地震より大きかったって言うんだから、そりゃ怖いほどの揺れ方だった」。しかし、被害はなかったという。「うん、その後も余震が続いているけれど、最初の地震が大きかっただけに、震度4だ、震度3だと言われても、あ、また揺れたわ、という程度にしか感じない」。「でも、あの大地震の後遺症と言ってもいいかしら、計画停電とかで一日に二度も停電があったり、お店に並んでいる商品の数が減ったり、不自由なことが続いている。親兄弟や家を津波にさらわれてしまった人のことを考えれば、愚痴をこぼすのも恥ずかしいことだけどね……」。

 この二人も、同じく前橋市に住む弟も、福島の原発事故の成り行きや、影響について不安を語っていた。

○被爆/被曝と差別
 困ったことに、世の中には、被爆者や被曝者に対する差別を平気で口にする人間がいるらしい。
《引用》

649 :かやマン83春Great ◆.Ev5.HIT/g :2011/03/17(木) 01:36:35.56 ID:xK3MynWEO
ま、悪い事は言わん。我が福岡と仲良くしておいた方が後々良いぞ。
お前ら近いうちに汚染まみれの群馬から脱出するんだろ?
行く所無くて我が福岡を頼った時、我々福岡人はお前ら屑どもを快く受け入れてやっぞ。
もちろん重労働は覚悟してもらうがなwww
ギブアンドテイクなんだよ世の中はwwwwww

 春の選抜高校野球大会で、群馬県の前橋育英高校と福岡県の九州国際大学付属高校との対戦が決まった。それから間もなく、こんな言葉が、2チャンネルの、群馬の高校野球に関するスレッドに書き込まれた。
 この「かやマン」なる人物は、よほど前橋育英との組み合わせにナーヴァスだったのだろう。福岡の高校野球を応援するスレッドにも、次のようなことを書き込み、ご丁寧にも、別な人がそれを群馬の高校野球のスレッドに引用していた。
《引用》
66 :かやマン83春Great ◆.Ev5.HIT/g :2011/03/17(木) 10:17:31.88 ID:xK3MynWEO
しかし群馬県民(その他関東を含む)は安住の地を求めてマジで我が福岡にやってきそうだ。
あんな屑どもに我々の貴重な食糧など分け与えたくねえわな。
期限切れの干からびた辛子高菜と豚骨スープのだしガラで十分。
しかしこれでも日頃ろくなもん食ってねえ奴らにはご馳走なんじゃねのか?
我々の食いカスを涙流しながら「美味い!美味い!」を連呼して貪りそうだwww
 

 私は高校野球だけでなく、サッカーやラグビーや駅伝のファンで、全国大会が近づくと、2チャンネルを開いてみる。意外に重要な情報を得ることができるからだ。しかしその反面、上のようなえげつない差別、蔑視の書き込みも見られ、野球の長崎日大高や、ラグビーの長崎北高を「ケロイド」「ケロイド」と呼ぶ人間がいる。
 癒しようがない他人の不幸をあげつらって、差別語に使う。何という心ない仕業だろう。……おお、怖ええ、怖ええ……。
 
こんな書き込みに不快を感ずる人もいて、えげつない言葉をたしなめる書き込みもあった。だが依然として「かやマン」氏は、せっせと書き込みにいそしんでいる。もっとも、最近はほとんど無視されているみたいだが。

○菅首相の「最悪」の言葉
 それはともあれ、「かやマン」氏があんな書き込みをしたのは、3月17日のことだった。
 インターネットに掲載された『産経新聞』の記事、「『冷静』呼びかける一方で、…政府チグハグ対応なお」(3月20日)によれば、菅直人首相は3月16日、内閣特別顧問の笹森清元連合会長に、こんなことを言ったという。
《引用》
 
「最悪の事態になった時は東日本が潰れることも想定しなければならない」。

 何という心ない言葉を、不用意に……。「最悪の事態」という言葉を聞いて、普通に私たちが思い浮かべるのは、チェルノブイリの原発事故の場合だろう。
 私たち家族は、チェルノブイリ原発事故の翌年、西ドイツ(当時)のミュンヘンに数ヶ月滞在したが、放射能汚染に怯えた記憶がまだ生々しく残っているらしく、しばしばその話題を耳にした。広島や長崎の人たちはアメリカの原子爆弾を被爆しながら、なぜあれだけ早く復興を遂げることができたのか。そういうテーマの研究をする人も出てきて、「日本人は昆布やワカメを好むが、健康面では、それが有効だったのではないか」。そういう意見が新聞に発表されたこともあるという。「なるほど、そう言われれば、ヨーロッパの人たちの食材には海藻類が入っていないようだな」と、妙なきっかけで、日本人の食文化を見直したりしたわけだが、とにかく私の知る限りでも、ヨーロッパやアメリカの人たちの放射能汚染の問題に対する関心は極めて高い。
 その人たちが菅直人首相の発言を聞いたとすれば、福島原発の事故はそこまで危機的な状況なのか、と受けとってしまう。外国人の日本脱出が始まったのも、当然の反応と言えるだろう。

 菅首相の不用意な言葉が社会不安を煽り、またそれとリンクする形で、「想定」される被曝者を嘲笑する差別的言辞が現れてきた。いわば「最悪の事態」を生んだのである。

○「捨テ地」の思想
 テレビを見ていて、もう一つ歯がゆいのは、政府は将来的に福島原発をどうするつもりなのか。その方針が一向に見えてこないことである。
 修復、修復と言うけれど、チェルノブイリのような破局的な爆発が起こらないところにまでコントロールし、その後は原発の機能を停止して、廃棄するつもりなのか。それとも、破壊された箇所を修理して発電事業を再開するつもりなのか。その方針が分からないため、現在の作業がどこまで進めば「安心」と言えるのか、何時になったらこの不自由や辛抱から解放されるのか、さっぱりそこが掴めない。だから不安が消えない。避難所に移った人も、農業や漁業の関係者も同じ思いだろう。

 私たち家族の意見では、爆発の危険がない段階にまで達したら、あとはコンクリートで封じ込み、発電所の敷地と、その周辺を立ち入り禁止区域にしてしまう。あれだけの事故があった以上、色んなところに目に見えない形の亀裂が入っているだろう。そこから放射性物質が滲み出たり、思いがけない事故を誘発したりする。その可能性は消えないからである。
 つまり一種の「捨テ地」にしてしまうわけだが、かつて日本の政府は群馬県と栃木県と茨城県と埼玉県が接するところに、渡瀬遊水池という巨大な「捨テ地」を作った。足尾銅山の鉱毒を沈殿させるためである。
 あれから百年、鉱毒のために見捨てられた土地(「捨テ地」)に、豊かな植物、昆虫、淡水魚、小動物、野鳥等の新しい生態系が生まれ、自然観察の豊富な材料を提供している。福島原発の敷地とその周辺も、同様な「再生」が可能なのではないか。自然が長い時間をかけて放射能汚染を浄化し、その過程で新たな生態系が形成される。それを観察する実験場、もしそういう言い方をすれば、ナウシカの実験場の夢を託して。……ただしこの「捨テ地」、実際は『天空の城ラピュタ』のような空間になって行くだろうが。

 北関東に巨大な「捨テ地」(遊水池)を作るに当たって、谷中村の悲劇があった。しかし、これまた「あれから百年」、市民も政府ももっと成熟しているはずで、福島原発の周辺に住む人たちとは十分に話し合い、合意のもとに代替地に移って貰う。
 もちろん福島原発に代わる発電所も用意しなければならないが、かならずしもこれは原子力発電所である必要はない。今回の教訓を踏まえて、電力供給の国家的プロジェクトの立案から始めればいいのである。

 とにかく現在の政府には、そういう意味での構想力がない。閣僚全員が作業服を着て、「汗をかいている」ところを見せたがっているようだが、今こそ必要な新マニフェストを提示する能力が欠けているらしい。この度の災害が「国難」化してしまったとすれば、民主党が政権担当の中心的政党だったことも、その原因の一つに挙げられるだろう。

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