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インターミッション(その2)

旬な話題は民主党

○癌治療を受けて
 私は昨年(2009)の8月中旬に10日ほど検査入院をし、9月4日に再入院して、右の肺の下半分を切除する手術を受けた。
 回復は順調で、9月末に退院したが、2ヶ月ほど体力を養った後、12月3日に再々入院をして、抗ガン剤による治療を受けることになった。
 治療は現在も続いているが、幸い私の病気は初期段階で見つかった。主治医の予定では、治療は1月一杯で終了する。

 抗ガン剤の副作用は個人差がかなり大きいらしいが、私の場合、口腔や腸の粘膜をやられたらしく、口の中にネバネバした液が溜まり、舌が荒れて、食欲が全くなかった。
 影響は排泄作用にも及び、下痢状態になったが、もちろん実体的な便は早々と出尽くしてしまい、後は薄い色のついた液体が出るばかり。にもかかわらず、便意だけは絶え間なく襲ってくる。その代わりに小便のほうは全く止まってしまった。「コラ! お前がいじけることはないんだよ」と、わが息子を励ますのだが、シュンと黙りこんでいる。これには閉口した。4日目に、漸く小便が出て、心底ほっとした。
 そうこうしているうちに、脱水症に落ちたのだろう、体温が38度3分まで上がり、これはマズイと、解熱の注射を打ち、点滴で水分を補ってもらったところ、数時間で35度台の半ばまで急降下した。
 いきなり3度近くも上がり下がりしたわけだから、俺の体内の雑菌やウィルスにとっては温度環境の激変。さぞかしパニックに陥っているだろう。生き延びることができない雑菌やウィルスも結構多かったのじゃないか。
 ウツラウツラしながら、そんなショーモナイことを考えていた。

 抗ガン剤の点滴をしてから3週間目に入る頃、脱毛が始まり、2,3日で坊主頭になった。自分の顔がユル・ブリンナー、またはブルース・ウイルスの系統であることに満足した。

○捗らない勉強
 そのような次第で、関心が持続しない。テレビで時間を潰すことが多いのだが、映画やスポーツの試合を最後まで見続ける根気がない。楽しみにしていた高校女子駅伝、男子駅伝の日は、頭も上がらないありさまだった。
 鳩山首相が「子供手当て」に関連して、「子供は国家が育てるもの」という意味のことを言い、オヤ? それでいいのかな。
 親が子供を育てる、つまり新しい生命を生産し、日々その生命の再生産をはかるという、この労働は、もちろん自分たち自身の生命の再生産を維持する労働の一環として行われる。現在の民法に依るかぎり、これが、親が子供の成長に関して権利と責任を持つ根本条件であるが、そうである以上、政治が行うべきことは、親の労働を媒介せずに金を渡すことではない。むしろ親が労働する機会を増やし、安定させ、賃金が向上するようにはかることではないか。国家が子供を育てるなんて一見もっともらしい、美辞麗句を安易に受け入れ、うっかり馴染んでしまうと、とんでもない結果が待っているかも知れないぞ。
 どうせ暇なんだからもう一度基本的なところから考え直してみよう。そこで家族にケータイのメールを送り、ヘーゲルの『精神現象学』やエンゲルスの『家族、私有財産、国家の起源』を届けてもらった。だが、一向に捗らない。
 
○鳩山首相のかぎりなく曖昧な「思い」
 しかし、政治に関するニュースは毎日、断片的に目と耳に入ってくる。この「断片的」というところが、病み衰えた脳の思考力には手頃な材料なのであろう。今までになく興味をもってニュースを見たり聞いたりしているわけだが、どうやら鳩山由紀夫首相には「他者」が存在しないらしい。
 しきりに「沖縄県民の思い、国民の思い」を口にするが、なぜ「思い」ではなくて「主張」「意志」と言わないのだろう。こういう曖昧な言葉で自己防衛しながら、責任を回避したがる癖があるようだな、と思っていたところ、12月24日、母親からの〈贈与〉問題に関する記者会見では「思い」の連発、大安売り。しかしさすがに〈母親の思い〉とは言わないようだな。そう思いながら聞いていると、「贈与税をごまかしたのは、私腹を肥やしたことではないか」という意味の批判に対しては、「私腹を肥やした『思い』はない」。
 えっ???

 そもそも母親からの金が「贈与」であったか否か。政治活動の資金に充てられてきた以上、あれは「献金」ではないか。そういう疑問は残るのだが、仮に「贈与」だったとしても、この「贈与」を申告せず、6億円以上の「贈与税」を払わずに来たとすれば、これはもう立派に「私腹を肥やす」行為だろう。
 これは「思い」の問題ではなく、行為事実の問題なのだが、仮に「思い」の問題だったとしても、あの「贈与」隠しは、「私腹を肥やす『思い』(意図、下心、企み)」に基づいた行為としか考えられない。
 鳩山首相は同じ記者会見で、「正直に申し上げても、この種の問題は、国民の皆さんには中々ご理解いただけないと思う」とを語っていた。
 ずいぶん国民をナメた話で、この総理大臣、「国民の皆さんには中々ご理解いただけないと思う」という理由を楯に、「正直に申し上げる」ことを回避できると、勝手にそう決めてしまっているらしい。ことが政治家としての出所進退に関わる問題である以上、国民に理解してもらえるように、言葉を尽くして「正直に」説明する。それが総理大臣のあるべき行動ではないか。

○鳩山首相のアブナイ言語感覚
 どうやら鳩山首相には「他者」が存在しないらしい。私がそう感じた理由は、彼の言葉の解釈があまりにも身勝手で、独善的だからである。
 彼が始めてアメリカのオバマ大統領に会った時、“Trust me.”(「私を信じて下さい」)と言ったらしい。初対面の相手に、こういう押し付けがましい言葉を発するについては、それなりの文脈があってのことなのだろうが、言説規則論的には、やはり失礼なもの言いと言わざるを得ない。オバマ大統領の立場からすれば、まさか「もうちょっと検討の時間を下さい」とか、「日米関係は、個人的な信頼関係とは別な次元ですからネ」とか、そんなふうに答えることはできない場面だったはずだからである。
 鳩山首相の説明によれば、この時のオバマ大統領は当たり障りのない返事をしたらしいのだが、鳩山首相はその返事を理由に、「信頼関係が築かれたと理解しています」。
 なるほど、そこで二人はたちまちお互いにファースト・ネームで呼び合う親密な関係を結んだわけだ。

 以上のことは、まあご愛敬と言えなくもないが、12月22日の朝のテレビ報道によれば、鳩山首相はマスメディア関係者に、〈普天間基地移設問題の結論は来年(2010年)数ヶ月後までずれ込むことを、アメリカに説明をし、クリントン国務長官の合意を得た〉という意味のことを語ったらしい。そのことを知ったクリントン国務長官は、直ちに「移設先を辺野古から変えることまで合意したわけではない」と声明を出した。ところが鳩山首相は、報道陣の質問に対して「日米同盟は大事であると確認し合ったことから、合意したと理解しています」。
 このように、自分の都合がいいように言葉の意味内容を拡大解釈したり、ねじ曲げたりしてしまう。そういう傾向が、この総理大臣の言動には随所に見られる。

○マスメディアの怪
 鳩山由紀夫という政治家は、何だか一昔前に流行ったファービー人形みたいな、無機質で表情の乏しい目つきをしている。面立ちはかなり違うが、前原国土交通大臣の目つきも無機質な感じで、表情に乏しい。ただ、鳩山首相の場合、口元までファービー人形に似ており、私には苦手なタイプだが、かえって好感を抱く人も多いのだろう。

 ただ願うところは、どうぞ映画『グレムリン(Gremlines)』のグレムリンにだけはならないで欲しいということだが、ともあれ彼らの政党は辺野古以外の移設先に関する具体案も持たずに、沖縄県外への移設、日本国外への移設を『マニフェスト』に掲げて、沖縄県民の期待を掻き立てて票を集めた。――道理で「県民の『思い』」としか言えなかったはずだ。――そして、さあアメリカと具体的な協議に入ろうという時点になって、辺野古以外の移設先を探し始める。
 最近の報道によれば、5月までに候補地を決定するそうである。
 政治家の集団の政策とは思えないほどの杜撰さだが、これはアメリカに対して不誠実なだけではなく、沖縄県民を欺く行為ではないか。もし5月までに沖縄県からの完全撤退案を見出すことができず、結局沖縄にその一部を残すことになれば、これは文字通り沖縄県民に対する裏切り行為だろう。
 私にはそう思われるのだが、不思議なことに、マスメディアの関係者はそこまで突っこんだ批判を決してしない。
 
 次いでに言えば、民主党の『マニフェスト』の作成には、現鳩山内閣の閣僚の党員だけでなく、小沢一郎民主党幹事長たちもかかわっていたはずであり、当然責任を負っているはずであるが、補正予算編成に関しては、一言半句そのことに言及せず、明らかに『マニフェスト』に反することを、「国民の要望」という言葉で覆い隠してしまった。
 しかも、国民新党や社民党からも閣僚が出ている鳩山連立政権に対して、民主党の幹事長が注文をつけ、だが国民新党や社民党の幹事長からの注文も聞いたのかどうか。その辺の事情については、テレビは全く説明せず、あたかも小沢一郎民主党幹事長の鳩山内閣に対する影響力を強調するかのようなコメントをつけ、鳩山内閣が3党連合内閣である事実を棚に上げてしまっていた。
 報道の仕方が何かおかしい。

○鳥越俊太郎の阿諛諂い
 それにしても、「テレビ朝日」(多分。北海道では35チャンネル、北海道テレビ/HTBが配信)の鳥越俊太郎の民主党に対する阿諛諂い
(あゆ・へつらい)は目に余るものがある。
 
 もともと「テレビ朝日」は民主党ヨイショの傾向が強く、先日は八ッ場ダムの「地元住民」なる人物の発言を紹介していた。その発言は、いかにもテレビ朝日好みの「凍結」「見直し」寄りの意見だった。が、娘が耳ざとく「おや、この人の上州弁、どこか不自然じゃない?」。
 「うん、父さんもそう思った。一口に上州の『だんべえ』言葉と言うけれど、男も女も、ところきらわず『だんべえ』なんて言葉を乱発するわけじゃない。使う場面はかなり限られているし、アクセントやイントネーションも、今の『地元住民』の発音とは微妙に違ってる。テレビ局から原稿を渡されかた、そうじゃなければ、『ここは一つ、上州のだんべえ言葉で話して下さい』なんて注文をつけられたか、とにかく変にぎこちないしゃべり方だったな」。

 それから2、3日後、NHKの「クローズアップ現代」が癌治療の最先端技術として「癌ワクチン」を取り上げた。もちろん癌治療の専門家が主たるゲストだったが、もう一人、テレビ朝日のニュースキャスター・鳥越俊太郎が同席していた。癌の手術を受けた経験者として呼ばれたらしい。
 話が終わりに近づき、NHKのアナウンサーが専門家に「アメリカは癌ワクチンの研究・開発に巨額のお金をかけているけれど、日本ははるかに少ない。どういうことなのでしょう」と話を向けたところ、鳥越俊太郎が横から返事を奪うようにして「だから、八ッ場ダム建設を止めて、その金を回せばいいんですよ」。
 全くの場違い、筋違いな発言なのだが、本人は気がつかないらしく、得意そうな顔をしている。
 
 そして12月22日の朝、再びこのテレビ局が八ッ場ダムの建設中止の問題を取り上げた。地元住民の受難の歴史にも目を向けたところを見ると、建設中止問題に関するスタンスが少し変わったのかもしれない。
 その報道によれば、八ッ場ダムの地元の人たちは、1月に前原国土交通大臣と話し合いの場を持つことを決めたらしい。その話し合いは、〈ダム建設中止の説明を受けたり、議論したりするためではなく、あくまでも川を挟んで二つに別れてしまった生活空間をつなぐ大鉄橋を実現するために話し合う〉。そういう趣旨だそうで、正しい選択と言うべきだろう。
 
 ところが、その話を振られた鳥越俊太郎は、〈税金を払っている1国民の立場で言えば、とくかく現在建設中の200幾つかのダムは、――中には必要なものもあるかもしれんけど――建設を中止してほしい。ダム建設こそが官庁と現地住民との利権をめぐる癒着の構造を作ってしまったのだから〉云々。
 ひどい論点のすり替え。何としてでも、八ッ場ダム建設継続の声を、地元住民の生活者エゴイズムに仕立ててしまいたいのだろう。
 だが八ッ場の問題は、――そして多分、他のダム建設の問題においても――〈全国200幾つかのダム建設〉という一般論には解消できない特殊な事情を抱えており、この日のテレビ朝日はわずかながらもそこに踏み込んでいた。それを踏まえての質問を、鳥越俊太郎は一見、大所高所からの理念を装った発言で、はぐらかしてしまったのである。
 
 それに、鳥越さん。八ッ場の生活者も、官庁の役人も、建設を請け負っている会社の社員や従業員も、みんな税金を払っている1国民なんですよ。

○鳥越俊太郎のおかしな「合意」論
 これが12月22日。その1日前の、12月21日の朝、鳥越俊太郎は〈日米合意、日米合意と言うが、『合意』はagreementであって、契約(contract)ではない。まして条約(treaty)ではない。だから政権が変わった以上、当事者の一方の考え方によって破棄したとしても、特に問題はないはずだ〉という意味のことを弁じ立てていた。
 私から見ると、これはもう曲学阿世としか言いようがなく、さすがに鳥越俊太郎本人も気が咎めたのか、英語を持ち出すときには言葉を噛んでいた。
 要するに「日米合意」なんて二人の私人が取り交わした口約束みたいなものだ、というわけだが、しかし政府という存在は、国際的な国家間の関係においては、個人を超えた人格的存在として扱われる。言葉を変えれば、個人を超えた人格的存在としてのアイデンティティを持つ存在として期待され、またそのアイデンティティを尊重される。
 そういう存在同士が結んだ「合意(agreement)」は、「《複数の当事者間の》取り決め、《国際的な》協定、条約、盟約、《法的な》協約(書)、契約(書)」(『リーダーズ英和辞典』)である。政権担当政党が変わった時には拘束力をもたないなんて軽々しいものではない。
 もし鳩山首相が、「あの合意は前の政権担当の政党が結んだものですし、まあ、アメリカの側から見ても、前大統領、あるいはそれ以前の大統領の時代の『合意』なわけですから、この際、あれはなしにしましょう」。そんなことを言い出したとすれば、その無責任さによって日本の国際的な信用を一挙に失ってしまうだろう。
 もちろん鳩山首相が自負するところのオバマ大統領との「信頼関係」なんて一挙に吹っ飛んでしまう。
 
 それだけではない。基地の移設に関する日米合意は日米安全保障条約の一環として結ばれたものであり、それ故日米合意をアメリカの同意なしに無効化してしまうとすれば、それは日米安全保障条約の破棄につながる。
 もちろんその方がいい、という考え方もあるだろうが、もしそうなれば鳩山内閣が崩壊することは疑いない。
 
 こんなふうに、鳥越俊太郎の「日米合意」解釈論はしょせん民主党に関する贔屓の引き倒しという結果しか生まないのだが、つい最近の彼の発言によれば、国会議員・鳩山由紀夫に対する母親の「贈与」は、鳩山家内部の問題であり、端からとやかく言うべき事柄ではないのだそうである。
 なるほどこの論法で言えば、母親が毎月1500万円も1600万円も子供に贈与し、子供のほうはそれを知らずに、自分の政治活動に使っていたという、まるでウソみたいな話も鳩山家の家庭の事情ということになるわけだ。だが、贈与を申告せず、贈与税を猫ばばしてきた事実については、これはもう鳩山家の家庭の事情ということでは済まされないだろう。

○小沢一郎民主党幹事長の言いがかり
 しかしこれは「激怒」なんてものじゃない、「恫喝」と言うべきだな。
 小沢一郎民主党幹事長が記者会見の席上、羽毛田宮内庁長官が言う「1ヶ月ルール」に言及して、「1ヶ月ルールなんて、そんな法律があるのか。……憲法を読んでみなさい。……内閣の1部局の1役人が内閣の決定したことについて、記者会見して方針がどうだこうだと言うのなら、……どうしても反対だというのなら、辞表を提出したのちに言うべきだ」。そんなふうに声を荒げた場面が、何度も放映された。
 それを見て、図らずも私は高校教師になったばかりのことを思い出した。

 私は昭和34年に大学を出て6年間、高等学校に勤めたが、初めの学校は中どころの炭坑町の高等学校だった。炭坑の生徒はむずかしいから……。確か校長はそんな意味のことを言い、初めの1年間は見習期間に充てるつもりだったのだろう、私にはクラス担任の負担はなく、校務分掌は生活指導部ではなくて図書館関係、そして新聞部の副顧問だった。
 授業は普通科クラスの1年生と、工業科クラスの3年生。工業科の学力は普通科よりかなり低かったが、身体が大きく、身体能力の高い生徒が多かったので、硬式野球部やラグビー部は割合に強かった。女の先生は工業科の授業を持つのを嫌がっていたが、北海道では指折りの剣士が担任だったので、それなりに抑えが利いていた。
 だが、間もなく校長の言う意味が分かった。
 当時の高等学校はどこも『生徒手帳』を発行しており、――現在も同様なところが多いと思う――服装や髪型について規定していた。それに従わなければ校則違反となるわけだが、大抵のクラス担任や生活指導部の先生は、いきなり叱責したりはしない。できるだけ目立たない形で何回か生徒の反省を促し、それでも改まらなければ職員室に呼んで注意を与える。
 ところが、ある時、一人の男子生徒が逆ねじを食らわし始めた。「決まり、決まりと言うけれど、そんな決まりを書いた法律が出来たんですか。憲法で決まっているんですか」というわけである。担任は渋い顔をして、「憲法は一々そんな細かいことまで決めているわけではない。校則は各学校の判断で、生徒が勉強に集中できるような環境や、雰囲気を作るために決めたことなんだ。それを何回も破って、まわりの生徒にも嫌な思いをさせたり、こうして職員室に呼ばれて自分自身も嫌な思いをしているだろう。そんなことをして得るところがあるのか」。そういう趣旨の説明をするのだが、同じことを言い募って、プイと職員室を出て行ってしまった。担任が後を追ったが、どこにも姿が見えない。
 すると翌日、その生徒と一緒に父親が学校へやって来て、教頭に同じことを言い募り始めた。教頭の机は職員室にある。なるほどこれをやられては、担任は立つ瀬がないな。私は血が逆流する思いで、教頭と親子のやり取りを聞いていたのだが、その時の父親の居丈高な口ぶりが、小沢一郎民主党幹事長にそっくりだったのである。

 小渕内閣が誕生し、小渕恵三内閣総理大臣が施政方針演説を行っている時、たまたまテレビカメラが、小沢一郎代議士と菅直人代議士とが顔を見合わせて、ニャ~っと笑う場面を映し出した。あの場面の印象も忘れがたい。

○宮内庁長官の発言は正当
 ただし、以上のことだけで私は、小沢発言を「恫喝」と感じたわけではない。格別の手落ちがあったわけではない羽毛田宮内庁長官に関して、〈内閣のやることに文句があるなら、辞職してから言え〉とばかりに、辞職を求めるような言葉を発していたからである。
 宮内庁長官の任命権者は内閣総理大臣だと思うが、だからと言って、内閣総理大臣の言うことに唯々諾々と従わねばならない理由はない。天皇陛下が滞りなく国事行為を執行し、また公務をこなされるよう、最大限の配慮を払うのが宮内庁長官の任務だからである。この任務の一環として、天皇陛下の健康に配慮して「1ヶ月ルール」が作られた。天皇陛下がつつがなく公務を遂行できるよう、「1ヶ月ルール」を守って欲しいと内閣に申し入れるのは、これは宮内庁長官がなすべき当然の行為であろう。
 もしこれが辞職に値する越権行為だと言うのであるならば、鳩山内閣の一員ではない小沢一郎民主党幹事長が、憲法第3条(「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその責任を負ふ。」)を楯に、宮内庁長官の進退問題にまで容喙するのも、これまた越権行為と言わざるをえない。〔ちなみに小沢一郎民主党幹事長は故意か、偶然か、憲法第3条の末尾「内閣がその責任を負ふ。」を落としていた〕。
 もし逆に、閣僚の一員ではなく、1政党の幹事長で過ぎない人間が、憲法第3条を口実に、宮内庁長官の辞職を云々することが許されるならば、むしろそれ以上に宮内庁長官が自分の任務として「1ヶ月ルール」遵守を内閣に申し入れる行為は、まことに当然なことであり、許されるべきことであろう。

 まさか小沢一郎民主党幹事長は、鳩山内閣を民主党の私物と見ているわけではあるまい。

○剛腕? 傲慢政治家
 おまけに、天皇陛下が中華人民共和国の習近平・国家副主席の表敬訪問を受けることは、小沢一郎民主党幹事長が言うような「国事行為」ではない。憲法が定める「国事行為」は次の10項目だからである。
《引用》
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

 中華人民共和国の習近平・国家副主席を誰が招待したか、私には不明だが、少なくとも大使または公使として来日したわけではない。つまり、憲法第7条の9項には当たらない訪問だったのである。

 それでもなお小沢一郎民主党幹事長は、中華人民共和国の習近平・国家副主席の表敬訪問に関する限り、これを天皇陛下の国事行為並みに扱うべきだと言いたいのかもしれない。もしそうならば、それこそ中華人民共和国の習近平・国家副主席の表敬訪問を特別扱いにすることになり、天皇陛下を特定の政治目的に利用することになってしまう。「内閣の責任」の中には、そうならないように配慮することも含まれているはずだ。ところが鳩山内閣はあってはならないことを仕出かそうとし、宮内庁長官が注意を促した。
 鳩山内閣も小沢一郎民主党幹事長も自分たちの不明を恥じ、注意をしてくれた羽毛田宮内庁長官に感謝すべきところを、それを怠った。小沢一郎民主党幹事長に至っては、逆にキレて見せている。忘恩の徒とはこういう人たちを言うのだろう。
 

 

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私事になるかも知れませんが、少し海軍兵学校の教官の事を書くことをお許し下さい。 [続きを読む]

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