« 判決とテロル(3) | トップページ | 判決とテロル(5) »

判決とテロル(4)

嫌がらせは業務の範囲――田口「判決文」の意味するもの―

○権力としての判決文
 裁判所の判決は規範化される。田口紀子裁判長は、もちろんこのことを百も承知していたはずである。
 今回の民事訴訟事件で田口紀子裁判長が下した判決文には、例えば次のような箇所があった。
《引用》

(ニ)原告は、平成18年10月6日及び同月7日、被告が、原告の明治大学図書館との交渉に容喙して、相手側の求めていない「職員派遣願」の作成を原告に強制し、また、原告に「開催要項」まで作らせて「職員派遣願」に添付させて、原告の業務に干渉し、業務妨害した旨、また、原告に不正な書き方を強制して、不正行為への加担を強要した旨、被告が、無知な人間に「教えてやる」かのごとき言葉で、原告を拘束して書類の書き直しを強制し、原告の能力を貶め、無知な人間扱いをして名誉を傷つけた旨、被告は、原告の退勤時間が過ぎたにもかかわらず、原告と財団との間に結ばれた契約を無視して原告を拘束した旨主張する。しかしながら、被告の言動は、業務の範囲内の事柄であると認められ、仮に、明治大学図書館における求めが、「紹介状」であり、「職員派遣願」作成が、無駄な作業であったとしても、原告の職務への干渉、業務妨害とまで認めることはできない。また、被告の言動が、原告に不快感をもたらすものであったとしても、許容限度を逸脱する態様のものとまで認めることはできないし、故意に原告を侮辱し、原告の名誉感情を毀損したとまで認めることはできない。被告の言動は退勤時間の直前に行われており、その結果原告の勤務時間が約30分超過することになったことが認められ、被告は、原告の勤務時間が超過する結果になることへの配慮に欠けていたと解されるところではあるが、原告が、帰宅する自由を完全に束縛されていたとまでは認めることはできないし、話し合いの内容は職務に関するものであったと認められることからすれば、被告の同日の言動が、不法行為を構成する違法なものであったとまで認めることはできない(20~21P。下線、太字は引用者)

 この判決が、亀井志乃の訴えのどの事例に下されたものか、その判断の中にはどんな問題が含まれているかは、後に問題にしたい。
 ただ、取りあえず、この判決自体に関していえば、これはただ単に寺嶋弘道被告の言動に関して
「被告の同日の言動が、不法行為を構成する違法なものであったとまで認めることはできない」と判断を下し、許容しただけではない。日本の司法官僚機構によって保証された判例として、類似の事例に関しても適用される。平成18年10月6日から7日にかけて、寺嶋弘道学芸主幹が亀井志乃研究員に対して取ったと同様な言動が、不法行為を構成する違法なものであったとまで認めることはできない」と許容されることになるのである。
 このように規範化される判例は、当然のことながら、その引用に際しては一言一句も改変してはならない。その意味で裁判官の判決文は司法官僚機構によって保護されているわけだが、このことと、規範としての機能とを併せて捉えてみればどうなるか。直ちに分かるように、裁判官の判決文は権力なのである。

 ここに判決文という言説の特殊な性格がある。
 
 簡単に言えば、先のような文章を太田三夫弁護士が書いたとしても、類似な民事訴訟を扱う裁判官の判断を拘束することはない。――大変に明晰な論理に貫かれた名論として影響を受ける裁判官も存在するかもしれないが、判例として重んずる義務を負うわけではない。――だが、先の文章は田口紀子裁判官の判決文であり、一たんこのような判決が下された以上、もちろん類似な民事訴訟事件を扱う裁判官はこれを無視することができない。判断の参照枠として重んじなければならないのである。

○田口紀子裁判長のさりげない印象操作
 では、先ほど引用した判決文は、亀井志乃のどのような訴えに対して下されたものだったのか。このブログをずっと読んで下さった人は既にお分かりのように、寺嶋弘道学芸主幹が亀井志乃研究員に、「職員派遣願」という不必要な文書の作成を強制した事件に関するものであった(「最終準備書面」100~101p。「北海道文学館のたくらみ(57)」)。
 
 その意味では、くどい印象を抱く人もいることとは思うが、田口紀子裁判官がどのような手口によって権力化された言説を作り出したか。そのプロセスを確認するために、今回は亀井志乃が平成18年10月6日と7日の出来事を「準備書面」(平成20年3月5日付)に描いた、その全文を紹介することにしたい。
《引用》

(a)被害の事実(甲9号証を参照のこと)
 原告は企画展の準備のため、明治大学の図書館に資料閲覧の諾否を問い合わせた。同図書館は快く応じ、「お出でになる時、できれば現在の仕事先の紹介状をお持ち下さい」という返事だった(甲35号証)。ただしこの用件での出張の可否は、(9)の項で述べた時のことがあって以来棚上げになっていた。

 
しかし10月6日(金曜日)、原告が出勤すると、出張の書類はN業務主査が整えて、被告の許可をもらっておいてくれた。原告はN主査に礼を言い、明治大学へ持参する紹介状について、事務室で二人で相談した。すると、少し離れた自席に座っていた被告が、「それは、こちらから職員の派遣願を出すことになる」と言った。被告は原告に対して、一方的に「それでいいね?」と言い、「書類、出来上がったら私に見せて」と言った
 
原告は北海道大学大学院文学研究科で博士の学位を取ったのち、文学部言語情報学講座の助手を勤めただけでなく、文学部図書室の非常勤職員だったこともあり、大学図書館が言うところの〈閲覧希望者が持参する紹介状〉の書式には通じていた。普通は、簡潔に用件と、持参した者が確かに紹介状を発行した組織に属するという意味の文言と、所属長の判があれば十分である。それゆえ原告は、被告がなぜ〈紹介状〉とは別の書類を作らなければならないと言い出したのか、内心疑問に思った。
 
しかし原告は、その時は敢えて反論せず、被告が言う「職員派遣願」を作成することにして、文学館のサーバーに残されていた事業課主査(当時)の、小樽文学館に対する職員派遣依頼書類(平成12年11月16日付)(甲10号証の3)を参考にした。起案に必要な「決定書」の書式はA学芸員が見せてくれた。また、下書きの段階でN業務主任と川崎業務課長に目を通してもらった(甲10号証の4)。業務課長は「文章は私の見たところ、申し分ないと思う。ただ、細かいところはNさんに聞くといいよ」と言った。原告は更にN主査の添削を受け(甲10号証の5)、6日の退勤間際に書類が出来たので、被告に直接渡して帰った(20~21p。下線、太字は引用者)

 これが10月6日の出来事である。それを田口紀子裁判長は次のようにリライトしている。
《引用》

(10)原告は、企画展の準備のため、明治大学の図書館に資料閲覧の諾否を問い合わせたところ、同図書館から、「お出でになる時、できれば現在の仕事先の紹介状をお持ち下さい。」という返事があったことから、平成18年10月6日、N主査と明治大学へ持参する紹介状について、事務室で相談していたところ、被告が、「それは、こちらから職員の派遣願を出すことになる。」と言い、「書類、出来上がったら私に見せて。」等と指示した。原告は、被告の指示に従い、「職員派遣願」を作成することとし、文学館のサーバーに残されていた事業課主査(当時)の、小樽文学館に対する職員派遣依頼書類(平成12年11月16日付)を参考にし、起案に必要な「決定書」の書式をA学芸員に見せてもらい、また、下書きの段階でN業務主任と川崎に目を通してもらった。川崎は「文章は私の見たところ、申し分ないと思う。ただ、細かいところはNさんに聞くといいよ」と言ったことから、原告は更にN主査の添削を受け、平成18年10月6日の退勤間際に職員派遣願ができたので、被告に直接渡して退勤した(11p。同上)

 一見したところ、大きな違いはないようにみえる。
 ただ、田口紀子裁判長は、「判決とテロル(1)」以来、繰り返し指摘してきたように、
原告が研究員として所属する文学館の業務課には、文学館の職員である課長、主査、主任、主事が配置され、業務課の中にさらに学芸班が設けられ、学芸班には、学芸員、研究員、司書が置かれるとともに、北海道教育委員会から派遣された学芸主幹(被告)、社会教育主事、学芸員の3名も配置された。(判決文3p)と、虚構の組織を作り上げ、〈寺嶋弘道学芸主幹と亀井志乃研究員は同一組織内の上司と部下の関係にあった〉と勝手に決め込んでいた。
 太字の箇所を読み比べれば分かるように、田口紀子裁判長はこの虚構に基づいて、あるいはこの虚構を裏づけるために、亀井志乃が「被告が言った」「被告が言う」と書いたところを、さりげなく、しかし極めて意図的に「被告が指示した」「原告は、被告の指示に従い」と書き換えてしまった。亀井志乃の「準備書面」を読まず、この判決文だけを読む人は、寺嶋弘道被告が「指示する」立場にあったと思いこんでしまうだろう。
 
 では、なぜ私は、田口紀子裁判長のこの書き換えを、「極めて意図的に」と評したのか。後にもう一度引用するが、寺嶋弘道被告は「準備書面(2)」の中で、
自分が)職員派遣による協力要請文書の作成を指示した」という言い方をしていた。つまり田口紀子裁判長は、亀井志乃の文章をリライトするに当たって、寺嶋弘道被告の言葉で書き換えたのである。
 しかも田口紀子裁判長は、亀井志乃の原文における下線の箇所を省いてしまったわけだが、それはこの操作を隠すためであったと見ることができよう。

○田口紀子裁判長の露骨な被告庇い
 しかし、10月7日の出来事に関しては、田口紀子裁判長の作為はもっと露骨だった。
《引用》
 
翌日の10月7日(土曜日)は被告の休みの日であった。被告は、原告の書類を手直ししたものを、原告の机上に戻していなかった。被告の机の上にもなかった
 ところが、原告の退勤間際の4時50分頃、被告が突然事務室に現れた。そして原告を、「教えてあげるから、ちょっとおいで」と自席に呼びつけた被告は原告の目の前で、書類(甲10号証の1)に鉛筆で書きなぐるように手を加えながら、その都度教え込むような口調で、「開催要項をつけなければならない」、「展覧会概要として会期、会場、主催者、観覧料等を知らせなければならない」と注文をつけ、その間、原告に対して「観覧料は分かる?」と質問し、原告が「はい、分かっています」と答えると、「じゃあ、それは要らないな」と目の前で〈観覧料〉という文字を消してみせるなど、原告を嬲(なぶ)るような言い方を繰り返した。そして、レイアウトや標題を訂正するのみならず、「申し上げる次第です」を「申し上げます」、「伺う日時」を「調査日時」とするなど、約17箇所にもわたる細かい修正を行い、それを原告に返して、書き直しを求めた。
 結局全面的な手直しとなったので、原告が被告に「では、休み明けの提出でいいですか?」と聞いたところ、被告は「いいんじゃないの、休み明けに出来て承認されれば、向こうに送るのに間に合うし」と言った。原告は驚き、「なぜ送るんですか。持って行く書類が必要なんです」と言ったが、被告は「送るんだよ!これは公文書なんだから。先に、相手側に送っておくんだよ!」などと原告を怒鳴りつけた
 原告は「先方が求めたのは〈紹介状〉であり、自分が持参しなければ〈本人確認〉の意味をなさない」という意味の説明をしたが、被告は耳を貸そうとせず、原告が事前に郵送することを承諾するまで、原告を帰さなかった原告が被告から解放されたのは午後5時半過ぎだった
(平成20年3月5日付「準備書面」20~22p。同上)

 これが亀井志乃の原文であるが、田口紀子裁判長のリライトは次のように作為的だった。
《引用》
 
翌7日は被告の休みの日であったが、被告は、原告の退勤間際の4時50分頃、事務室に現れ、原告に対して、「教えてあげるから、ちょっとおいで」と自席に呼び、甲10号証の1のとおり、鉛筆で加除訂正し、「開催要項をつけなければならない」、「展覧会概要として会期、会場、主催者、観覧料等を知らせなければならない」と指摘し、その間、原告に対して「観覧料は分かる。」と質問し、原告が「はい、分かっています。」と答えると、「じゃあ、それは要らないな。」と目の前で「観覧料」という文字を消してみせるなどの訂正を繰り返し、さらに「申し上げる次第です。」を「申し上げます。」、「伺う日時」を「調査日時」とするなど、約17箇所にもわたる細かい修正を行い、それを原告に返して、書き直しを求めた。原告が、「休み明けの提出でいいですか。」と聞いたところ、被告は「いいんじゃないの、休み明けに出来て承認されれば、向こうに送るのに間に合うし。」と言った。原告は、同書類は送るのではなく、持参するつもりであったことから、「なぜ送るんですか。持って行く書類が必要なんです。」と言ったが、被告は「送るんだよ。これは公文書なんだから。先に、相手側に送っておくんだよ。」などと答えた同日、原告と被告の話が終了し、退勤したのは、午後5時半過ぎだった。(甲9,10の1ないし5、33,原告本人、被告本人(11~12p。同上)
 
 田口紀子裁判長は、亀井志乃の
「被告は原告の目の前で、書類(甲10号証の1)に鉛筆で書きなぐるように手を加えながら、その都度教え込むような口調で」という表現を、鉛筆で加除訂正し」と簡略化し、亀井志乃の「原告は『先方が求めたのは〈紹介状〉であり、自分が持参しなければ〈本人確認〉の意味をなさない』という意味の説明をしたが、被告は耳を貸そうとせず、原告が事前に郵送することを承諾するまで、原告を帰さなかった。」を削ってしまった。
 亀井志乃が、「無駄な書類作成の強制」、「書類の作成も満足に出来ない無知な人間としての扱い(名誉毀損)」、「時間契約で働く嘱託職員に対する勤務時間外の拘束」などを訴えた、まさにそのポイントを、田口紀子裁判長は削ってしまったのである。
 
 そのことを確認した上で、初めに引用した田口紀子裁判長の「判決文」を読み直してもらいたい。
 この時の寺嶋弘道学芸主幹の言動は「業務の範囲内」のことと言えるであろうか。その日は休んでいた寺嶋弘道学芸主幹が、亀井志乃の退勤間際に突然顔を出し、亀井志乃を足止めして、亀井志乃が前日に渡しておいた書類になぐり書きを加えた行為。及び、寺嶋弘道学生主幹が亀井志乃に言った言葉や、亀井志乃に強制したことなど。果たしてそれらを「話し合い」と呼び、その内容を「職務に関するもの」と見なすことができるであろうか。
 もし出来るとすれば、それは完全に寺嶋弘道被告の側に立ち、理も否もなく寺嶋弘道被告を庇おうとする人間以外にはいないであろう。

○田口紀子裁判長の歪曲
 田口紀子裁判長の判決はそういう特徴を持つのであるが、おまけに田口紀子裁判長は亀井志乃が主張しないことまで加えていた。それは、
原告に不正な書き方を強制して、不正行為への加担を強要した旨……主張する」という箇所である。田口紀子裁判長のリライトだけを読んで、「なるほどそんなものかな」と思った人も、この箇所が何を問題にしているか、さっぱり分からなかっただろう。
 そもそも亀井志乃は
「原告に不正な書き方を強制して、不正行為への加担を強要した」なんて言い方はしていない。では、具体的にはどういうことだったのか。
 亀井志乃は上記引用の出来事に関して、被告の行為の「違法性」として次のことを指摘した。
《引用》

ハ、被告が原告に強いた書類の書き方は、駐在の道職員である被告の位置を「合議」の欄から「主管」の欄に変えさせるものであった。
 これは被告が北海道教育委員会の公務員であると同時に民間の財団法人北海道文学館の職員を兼任しているかのごとく印象づける不正な行為である。被告は原告に不正な書き方を強制することによって、財団の公文書の中で自分が財団の職員として記載されている事実を作り、財団の管理職であることの既成事実化を図った。これは「地方公務員法」第38条に違反する行為であり、この不正行為への加担を原告に強要した点で、二重に違法行為である
(23p)

 分かるように、「財団法人 北海道文学館」のネームが入った財団の文書の記載に関して、寺嶋弘道学芸主幹は亀井志乃に、「合議」欄に位置づけられた自分の名前を、「主管」欄に記入させた。それだけでなく、「主管」欄に位置づけられた川崎教務課長を、「合議」欄に移させた。そのことを指して、亀井志乃は「被告が北海道教育委員会の公務員であると同時に民間の財団法人北海道文学館の職員を兼任しているかのごとく印象づける不正な行為」と言い、財団の管理職であることの既成事実化を図った」と指摘したのである。

 寺嶋弘道被告にとって、これは痛いところを衝かれる指摘だったらしい。彼の「準備書面(2)」で、また、本件の決定書の作成における『合議』を『主管』に修整した点については、学芸業務を主管する学芸班の統括者である被告を起案責任者として起案文書を回付するよう財団との間で年度当初に協議した事務処理の要領に基づくものであり、年度内のすべての起案文書が同様の体裁となっている。これは駐在職員と指定管理者職員との連携と協働を書式化したものであり、これを不正行為だとする原告は、いまだにそのことを理解していない証である。(8p)と反論してきた。
 だが、寺嶋弘道被告が言うような文書作成の取り決めはなされていなかった。もし本当になされていたならば、亀井志乃が過年度の職員派遣願書類を参考にして素案を書き、川崎業務課長やN業務主任に回覧し、N業務主査に添削してもらった段階で、チェックが入ったはずだからである(N業務主任とN業務主査は別人物)。

 亀井志乃はその点を踏まえ、「準備書面(Ⅱ)―1」の中で次のように再反論をした。
《引用》
 
また、被告は「本件の決定書の作成における『合議』を『主管』に修整した点については、学芸業務を主管する学芸班の統括者である被告を起案者として、起案文書を回付するよう財団との間で年度当初に協議した事務処理の要領に基づくものであり、年度内のすべての起案文書が同様の体裁となっている。」と言うが、もし被告が言う「学芸班」が「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」(乙2号証)における「学芸班」を意味するものであるならば、そのような組織は根拠を持たない、架空なものでしかない。なぜなら「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」なる文書自体が何ら合理性も正当性を持たないからであり、そのことは「(イ―3)「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」についての疑問点」で明らかにしておいた。被告自身による「学芸業務を主管する学芸班の統括者である被告」という自己規定も根拠が曖昧なことは、「(ロ)文意の混乱及び曖昧さの指摘」で明らかにしておいた。被告は自己の行為を正当化するために、財団との間で年度当初に協議した事務処理の要領」なるものを持ち出しているが、そのような「要領」を明記した「合意書」を被告は証拠物として提出していない。すなわち証拠によって裏づけられていない。
 ところが先の「職員の派遣願い」について、被告が原告に書き換えを強いた箇所を見ると、
業務課学芸班研究員 亀井志乃」「当館学芸班研究員 亀井志乃」に直させ業務課)」「(学芸班)」に直させている。それほど被告は、架空の「学芸班」に執着していたのである。
 また、被告は、
これらの指導にあたって、被告は原告の業務を妨害しようとする意図はなく、また原告の名誉や人格権を侵害する行為は一切行っていない。」と言うが、「職員の派遣願い」という不必要な文書だけでなく、それに添付する「開催要項」の作成までも強いること自体がすでに業務妨害なのである。また原告が作成し、業務課の目を通して問題ないとされた文書について、高圧的、嘲笑的な言辞をもって書き直しを強いることは原告の名誉や人格権を侵害する行為以外の何物でもない(34~35p。太字は原文のママ)

 亀井志乃のこの再反論に対する、寺嶋弘道の対応は、被告は、原告提出にかかる平成20年5月14日付準備書面(Ⅱ)-1.2.3に対しては、本件訴訟における争点との関係を考え、反論の準備書面を提出する予定はありません。」(平成20年7月4日付「事務連絡書」)ということであった。

 田口紀子裁判長は当然のことながら、以上のような双方の主張と、亀井志乃が提出した証拠物を見ていたはずである。しかし田口紀子裁判長は亀井志乃の「準備書面(Ⅱ)―1」の主張を無視し、平成20年3月5日付「準備書面」の文言を歪曲して、あたかも亀井志乃が「原告は……被告が……原告に不正な書き方を強制して、不正行為への加担を強要した旨……主張する。」と訳の分からない主張をしたかのようにすり替えてしまった。
 もし亀井志乃の主張を正当に取り上げるならば、寺嶋弘道被告の公務員としての分限の問題に踏み込まざるをえない。田口紀子裁判長はそれを避けたのであろう。

 ともあれ、以上のようなすり替えも、田口紀子裁判長によって意図的になされた、亀井志乃に関する印象操作と見ることができよう。

○田口紀子裁判長の組織図のパラドックス
 だが、それはそれとして、亀井志乃が甲10号証によって証明したように、寺嶋弘道学芸主幹が亀井志乃に、「合議」欄に位置づけられた自分の名前を、「主管」欄に記入させ、逆に「主管」欄に位置づけられた川崎教務課長を、「合議」欄に記入させた事実、および
「業務課学芸班研究員 亀井志乃」「当館学芸班研究員 亀井志乃」に直させ「(業務課)」「(学芸班)」に直させた事実を思い出してもらいたい。
 また、それについて、寺嶋弘道被告が、
本件の決定書の作成における『合議』を『主管』に修整した点については、学芸業務を主管する学芸班の統括者である被告を起案者として、起案文書を回付するよう財団との間で年度当初に協議した事務処理の要領に基づくものであり、年度内のすべての起案文書が同様の体裁となっている。」と主張した事実も思い出してもらいたい。

 そしてこのことと、田口紀子裁判長の「原告が研究員として所属する文学館の業務課には、文学館の職員である課長、主査、主任、主事が配置され、業務課の中にさらに学芸班が設けられ、学芸班には、学芸員、研究員、司書が置かれるとともに、北海道教育委員会から派遣された学芸主幹(被告)、社会教育主事、学芸員の3名も配置された(判決文3p)という組織図とを比べてみてもらいたい。

 比べて分かるように、寺嶋弘道被告自身は、自分がその「統括者」であったと主張する「学芸業務を主管する学芸班」を、財団の業務課に属する組織とは考えていなかった。むしろ財団の業務課から独立し、業務課を「合議」者の位置に置こうとしていたのである。
 その意味で、田口紀子裁判長は被告の寺嶋弘道さえも主張していなかった組織を描いてていたことになる。つまり田口紀子裁判長苦心の組織図は、寺嶋弘道被告からも否定されてしまっていたのである。
 もちろん原告の亀井志乃も田口紀子裁判長の描いたような組織を主張したことはない。もともと寺嶋弘道被告の主張には何ら合理的な根拠はないのであるが、その寺嶋弘道被告自身も田口紀子裁判長が描いたような組織図を主張してはいなかった。田口紀子裁判長が拠り所としているらしい「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」にも、田口紀子裁判長が描いたような組織図は見られない。
 田口紀子裁判長はあの組織図をどこから引き出してきたのだろうか。

○「あなた」の立場で
 ただし今回の目的は、田口紀子裁判長のあざとい作為を指摘することだけにあったわけではない。田口紀子裁判長の判決が規範化された言説としてどのような影響をもたらすかを検討することでもあった。それを進める上で、いま仮に「あなた」の経験を描いてみよう。

(1) あなたはA会社と契約した非正規職員であり、自分が中心になって進めることになった展覧会のために、B社が保存する資料を見せて貰いたいと連絡を取ったところ、B社は快諾し、「では、あなたの職場の長の紹介状を持参して下さい」と言った。
(2) あなたはA社の業務課の職員のNに「紹介状」の作成を依頼した。
(3) あなたとは別な仕事を担当しているTがそれを耳にして、「それは、こちらから職員派遣願を出すことになる」と口を挟み、「書類、出来上がったら私に見せて」と言った。
(4) TはA社のスポンサーに当たる会社から、この春に出向してきたばかりの、年長の男性職員だった。Tは出向して間もなく、あなたに任された仕事を無断で横取りし、大幅に予算を超過する失態をしでかしていた。
(5) あなたは何故「職員派遣願」なのか、少しいぶかしく思ったが、あえて反対することもないと考え、「職員派遣願」を作ることにした。
(6) あなたはA社の業務課のサーバーに保存されている「職員派遣願」を参考に、素案を作り、A社の文書を取り扱っている業務課の課長と係の社員に見て貰った。
(7) 業務課の課長が「文章は私の見たところ、申し分ないと思う。ただ、細かいところはNさんに聞くといいよ」と言った。あなたは、直接の担当者のNに添削をしてもらった後、「職員派遣願」を書き上げた。
(8) 「決定書」の作例は、Aが見せてくれた。AはTと同じく、スポンサー会社から出向してきた職員であるが、出向はTよりも1年半早かった。
(9) Aが見せてくれた「決定書」の書式は、「主管」欄にA社の上級管理職と、業務課長以下、業務課の職員の名前を書き、「合議」欄にTやAなど、スポンサー会社からの出向職員の名前を書くことになっていた。
(10) あなたは作成した書類をTに渡して帰った。
(11) 翌日、Tは休みだった。しかしあなたの机の上に、Tに渡しておいた書類はもどっていなかった。
(12) ところが、夕方5時近くになって、突然Tが会社に現れ、「教えてあげるから、ちょっとおいで」と、Tの席に呼びつけた。
(13) あなたは時間契約で働く非正規の職員であり、労災に入っていなかった。それ故、A社の管理職から「退勤時間が来たら、すみやかに帰って下さい」と言われていた。
(14) だが、Tはそんなことにはお構いなく、あなたを足止めして、「決定書」に関しては、「主管」欄にTやAの名前を書き、「合議」欄にA社の職員である業務課長の名前を書くことを求めた。
(15) 「職員派遣願」に関しては、Tはあなたの目の前で、鉛筆で乱暴になぐり書きしながら、「申し上げる次第です」を「申し上げます」に、「伺う日時」を「調査日時」に変えるなど、細かな点、10数ヶ所の添削を続けた。レイアウトも変えてしまった。
(16) さらにTはあなたに対して、「職員派遣願」には展覧会の「開催要項」をつけなければならないと言い、「職員派遣願」の空白部分に「開催要項の添付」と書き込んだ。それに続けて、「5、『展覧会概要』として、会期、会場、主催者、観覧料等を知らせる」と書き込んだ。
(17) Tはそれらを書き込みながら、あなたに「観覧料は分かる?」と訊き、あなたが「はい、分かっています」と答えると、「じゃあ、それは要らないな」と言って、「観覧料」という文字に鉛筆で棒線を引いた。(しかし、何故あなたが「観覧料」のことを承知していれば、B社に「観覧料」のことを知らせる必要がなくなるのか。Tはその理由を説明しなかった)。
(18) あなたがTに、「では、休み明けの提出でいいですか?」と聞いたところ、Tは「いいんじゃないの、休み明けに出来て承認されれば、向こうに送るのに間に合うし」と言った。
(19) あなたは驚いて、「なぜ送るんですか。持って行く書類が必要なんです」と言ったが、Tは「送るんだよ! これは依頼状なんだから、先に、相手側に送っておくんだよ!」と怒鳴った。
(20) あなたは、「もともと先方が求めたのは『紹介状』であって、本人が持参することだった。なぜ本人の持参が必要かと言えば、相手側はそれによって本人確認をするためで、だから自分が持参しなければ意味をなさない」という意味の説明をしたが、Tは耳を貸そうとしなかった。
(21) Tは、あなたが「開催要項」も作成し、それを「職員派遣願」に添えて郵送することを承知するまで、あなたを帰さなかった。

 さて、このような経験をしたあなたは、Tが要求したことや、それをめぐる応答を、「職務に関するもの」だったと考えるだろうか。それとも、自分の職務に関することではなく、Tの職務に関することでもない、と考えるだろうか。
 「職員派遣願」や「開催要項」を作らされたことについて、あなたは、「B社が必要としたのは『紹介状』であり、Tが言う『職員派遣願』の作成は結局無駄な作業であったとしても、Tがやったことは自分の職務への干渉、業務妨害とまで認めることはできない。」と受け取ることができるだろうか。それとも、不必要な干渉であり、おかげで業務の進行を遅らされてしまったと受け取るだろうか。
 また、あなたは、「Tの言動が、自分に不快感をもたらすものであったとしても、許容限度を逸脱する態様のものとまで認めることはできない」と辛抱することができるだろうか。それとも、こんなふうに不快感を与えること自体、職場においてはあってはならないことであり、不快感の「許容限度」という問題の立て方自体がおかしい、と考えるだろうか。
 さらには、「Tの行為は、自分の勤務時間が超過する結果になることへの配慮に欠けていたと解されるところではあるが、自分が、帰宅する自由を完全に束縛されていたとまでは認めることはできない」と、納得することができるだろうか。それとも、勤務時間を過ぎたらすみやかに帰すべきところを、書類作りを理由に足止めをするのは、労働基準法違反だ、と判断するであろうか。
 
 たぶん田口紀子裁判長は、たとえ自分が「あなた」の立場に置かれたとしても、全てを「職務に関すること」として受け取り、辛抱し、納得し、許容することができる人なのであろう。

 しかし、仮に田口紀子裁判長が辛抱し、納得できるとしても、それを安直に一般化して、許容限度を逸脱する態様のものとまで認めることはできない」とか、「帰宅する自由を完全に束縛されていたとまでは認めることはできない」とかと判断されては困る。

○田口「判決文」の不条理
 では、なぜ田口紀子裁判長の判断は、「安直な一般化」なのか。田口紀子裁判長は、
被告の言動が、原告に不快感をもたらすものであった」事実を認めておきながら、どの程度の不快感までを「許容限度」とするか、その基準を示していないからである。
 あるいはまた、田口紀子裁判長は、寺嶋弘道学芸主幹が自分の席に亀井志乃を呼びつけ、
原告(亀井志乃)の勤務時間が超過する結果になること」も構わずに書類の書き直しを強いた事実を認めながら、なぜ「帰宅する自由を完全に束縛されていたとまでは認めることはできない」と判断したのか、その理由を述べていないからである。
 まさか田口紀子裁判長は、寺嶋弘道学芸主幹が部屋の鍵をかけてしまったわけではないとか、亀井志乃を縛ったわけではないとか、そんなことを基準にして判決を下したわけではあるまい。
 
 田口紀子裁判長は、「いいえ、私個人としては、あのようなことをされても辛抱したり、納得して許容したりはしません」と言うかもしれない。もしそうならば、田口紀子裁判長の判決は悪質な人権侵害というほかはない。なぜなら田口紀子裁判長は自分では辛抱も許容もできない不快感を、亀井志乃や「あなた」たちには辛抱させ、許容させることになるからである。

○田口「判決文」のもたらすもの
 だが、寺嶋弘道の亀井志乃に対する嫌がらせを、先のように整理した理由は、以上のことを言いたいためだけではない。私が言いたいのは次のことである。
 
 もしあなたが、Tから受けたようなハラスメントを、A社の管理職に訴えたとしよう。A社の管理職は、「いや、平成20年2月27日に、札幌地方裁判所の田口紀子裁判長が下した判決によれば、Tさんがやった程度のことは業務の範囲内のこととして、許容限度を逸脱していないことになったんですよ」と突き放し、取り合おうとはしない。田口紀子裁判長の判決は、そういう形で社会規範化されて行く可能性が強いのである。
 
 あなたはそれでは納得できず、証拠を揃えて、民事裁判を起こしたとしよう。被告の弁護士は田口紀子裁判長を有力な判例として、あなたの訴えの棄却を主張する。
 裁判官も同じく田口紀子裁判長の判決を前例として、「原告が被告から書類の作成を強いられたことが、無駄な作業であったとしても、原告の職務への干渉、業務妨害とまで認めることはできない。」とか、「被告の言動が、原告に不快感をもたらすものであったとしても、許容限度を逸脱する態様のものとまで認めることはできない」とかという結論で済まされてしまう。田口紀子裁判長の判決はそういう結果を生む形で下されていたのである。
 
 結局あなたはこう考えるかもしれない。「亀井志乃という人は、あれだけの証拠を揃え、筋道の立った主張をしたのに、結局は棄却されてしまった。相手の被告が(15)から(17)に相当することをやった時は、亀井さんを嬲るような口調を繰り返したという(3月5日付「準備書面」)。また(19)や(20)のような場合、『その粘っこい執拗さに、言いようのない不快感を覚え、全身の震えを抑えることが出来ないほどだった』という(「最終準備書面」104P。「北海道文学館のたくらみ(57)」)。ところが田口紀子裁判長は、上司気取りの男のいやらしい干渉のほうは捨象してしまい、亀井さんの精神的、感性的苦痛を無視して、『許容限度を逸脱する態様のものとまで認めることはできない』と、訴えを退けてしまった。日本の裁判官は、被害を受けた人が大病をするか、自殺でもしないかぎり、まともに取り上げてくれないのではないか。どんな苦痛を感じても、精神的に参ってしまわないように頑張り続けると、結局『あなた、頑張れたんだから、許容できる程度だったんでしょ』で済まされてしまう。だったら、訴えても無駄。諦めよう」。
 私が心配するのは、こう考えてしまう人が出て来ることであり、多分それを防ぐことは出来ないだろう。
 その意味で田口紀子裁判長の判決は、ハラスメント問題、人権問題に関する市民の取組を足踏みさせ、20年も30年も遅らせてしまいかねない。そういう怖い判決だったのである。
 
 また、公務員の民間人に対するハラスメント問題については、「運営上、上司と部下の関係とみなしていたのだ」という言い訳さえ作っておけば、地方公務員法や公務員の倫理規程を無視しても、一向にお構いなし。田口紀子裁判長がそういうお墨付きをくれたことになる。北海道教育委員会だけでなく、全国の公務員諸氏も、「やったあ!!」とばかりに、諸手を挙げて大歓迎。躍り上がって喜んでいることだろう。

○田口「判決文」の社会規範化を阻止するために
 司法官僚機構によって権力化された裁判官の判決(言説)は、このように社会規範化されて行く。田口紀子裁判長の判決に異議を申し立てるとは、このような社会規範が形成されて行く流れを阻止しようとすることにほかならない。
 田口紀子裁判長の言説が作り出す社会規範がくつがえる場合があるとすれば、それは、別な裁判所の裁判官が、亀井志乃が起こしたのと同様な人格権侵害の訴訟に関して、全く異なる判決を下した時である。
 だが、それまで黙していることはできない。そうであるならば、一方では、田口紀子裁判長の判決の妥当性や適切性を根本から、徹底的に洗い直す。他方では、あの寺嶋弘道被告の言動に基づいて新たなテーマの訴訟を構想するほかはないだろう。

○田口紀子裁判長の判断の不透明さ
 ちなみに、寺嶋弘道被告は「準備書面(2)」の中で、自分が亀井志乃の仕事に口を挟んで「職員派遣願」なる文書を作成させた理由を、次のように主張した。
《引用》

(1)「(a)被害の事実」の第1段
原告からの伝聞として、明治大学から紹介状を求められたことは認める。
(2)同第2段
紹介状の作成について、原告とN主査が相談していた事実は認める。その際、N主査が自分の所管事務に直接関わらない本件について相談されたために困惑している様子であったため、被告が発言し、紹介状に代えて職員派遣による協力要請文書の作成を指示したものである
(7~8p。下線、太字は引用者)

 だが、この主張は、亀井志乃の「準備書面(Ⅱ)-1」で次のように覆されてしまった。
《引用》
 
(1)「(a)被害の事実」の第1段
 被告は、
原告からの伝聞として、明治大学から紹介状を求められたことは認める。」と言うが、文意が不明である。誰が明治大学から紹介状を求められたのか。原告から伝聞した」とは、どういうことなのか。考えられる、唯一まともな文章は、「原告が明治大学から紹介状求められたことを被告は伝聞した。」であろうが、被告は「伝聞」したのではない。原告とN主査の会話を小耳に挟んで口を入れたのである。
(2)同第2段
 明治大学図書館が求めたのは「紹介状」と「身分証明書」であり、それを本人が持参することだった(甲33号証)。原告は業務課に属し、原告の紹介状は業務課で作成する。原告はN主査に明治大学からの依頼について説明し、「紹介状をよろしくお願いします」と言った。だが、平成18年度の4月から財団に勤務し、まだ半年ほどだったN主査は一瞬ためらい、「紹介状という書式があったかしら」と言いさした。そこへすかさず被告が口を挟んだのである。被告は、
N主査が自分の所管事務に直接関わらない本件について相談されたために困惑している様子だったため、」と言うが、「紹介状」の発行はN主査の所管事務である。N主査は自分の所管事務に関わらないことを相談されて「困惑」していたわけではない。被告は「紹介状」云々を小耳に挟んで、「職員の派遣願い」と勘違いした。勘違いをしたこと自体を原告は咎めるつもりはないが、被告は自分の勘違いに気がついたら、固執すべきでなかった(32~33p。下線は引用者)

 寺嶋弘道被告はこのように反論されて、結局「本件訴訟における争点との関係を考え、反論の準備書面を提出する予定はありません。」平成20年7月4日付「事務連絡書」)と、再反論を放棄してしまったわけだが、ともかく1つ確かなことは、寺嶋弘道学芸主幹が「職員派遣願」のことで口を挟んだのが平成18年10月6日だったこと、これは寺嶋弘道被告も認めているところである。
 
 ところが彼は、平成20年10月31日の法廷で、とんでもないことを証言してしまった。
 この本人尋問で、田口紀子裁判長は、亀井志乃が「職員派遣願」を作成して、寺嶋弘道学芸主幹に渡して帰宅するまでの経緯を、亀井志乃の「準備書面」(3月5日付)に従って確認した。それに対して、寺嶋弘道被告は
「いや、そうだと思います。」と肯定した。そこで、田口紀子裁判長が「それにもかかわらず、これだけ被告のところで手が入るというのは、どういったことからだというふうに考えられますか。」と質問したところ、寺嶋弘道被告は、以下のように証言した。
《引用》
 
この赤字、別な人が手を入れてた、これは恐らく業務課のN主査等だと思いますが、………N主査と亀井さんが打合せやっている場面を、私は自分の席から見えていましたので、Nさんが困ったふうでしたので、私がそこに言葉を発して、派遣の依頼文書の文面を私の方で修正しましょうということにしたものです(被告調書31p)
 
 しかしこれは、いつの時点でのことであろうか。
 このようなことが10月6日に起こるはずがない。このことは、これまでの経緯で明らかだろう。また、論理的に考えても、もし10月6日の時点で、寺嶋弘道学芸主幹が
「派遣の依頼文書の文面を私の方で修正しましょう」と手を貸し、彼の求める書き方で「職員派遣願」が作成されたのであるならば、翌日、亀井志乃を「教えてあげるから、ちょっとおいで」と自席に呼びつける必要はなかったはずである。
 では、10月7日に、彼はN主査に
「派遣の依頼文書の文面を私の方で修正しましょう」と申し出たのであろうか。
 しかし、これまた寺嶋弘道被告自身も認めているように、彼はこの日は休みであった。ところが、亀井志乃の退勤間際に文学館に顔を出し、亀井志乃を自席に呼びつけた。この日は、
N主査と亀井さんが打合せやっている場面」はなく、仮にあったとしても、午後5時近くまで文学館にいなかった寺嶋弘道学芸主幹が、私は自分の席から見えていました」ということはあり得ない。もちろん彼がN主査に「派遣の依頼文書の文面を私の方で修正しましょう」と申し出るなどいうことは起こり得なかったのである。
 亀井志乃はこのような寺嶋弘道被告の証言の矛盾を踏まえて、
これもまた、明らかなタイムパラドックスであり、意図的な虚構の場面の捏造です。」(「最終準備書面」35p。太字は原文のママ)と主張した。だれが見ても寺嶋弘道被告の偽証は明らかであり、亀井志乃の主張は筋の通った主張と言えるだろう。
 
 だが、田口紀子裁判長の判決は、
また、被告に虚偽の証言があったとまで認めるに足りる証拠はない。よって、原告の主張には理由がない。」25p)
 では、田口紀子裁判長はどういう証拠が揃えば、「虚偽の証言」、「偽証」と判断するのであろうか。

|

« 判決とテロル(3) | トップページ | 判決とテロル(5) »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

亀井さんも気づいたように、これはリライトの問題だと思います。志乃さんが整理したのはオーラルな場面をリテラルなものに純化して、表現してしまったのです。だから俗話の程度が見えないのです。それゆえ、裁判長はリテラルな格調の高いものをの、オーラルなものに敷衍するのに腐心しているのだと、わたしは思っています。いずれにしてもいじわるされたことは間違いありません。裁判所の判断は、被害妄想との判断なのでしょう。誰も言わないことを言ってみました。

投稿: 大塚達也 | 2009年4月 6日 (月) 06時53分

この裁判には矛盾があります。
上司であることを認めなければ、パワーハラスメントは成立しません。
公務員の人権侵害というのであれば、これはもう組織の問題であり、いじめの次元を超えています。

投稿: 大塚達也 | 2009年4月 6日 (月) 09時45分

大塚 達也様

ご意見、ありがとうございます。
ハラスメントの訴えがあったとき、訴えた人間の被害妄想として説明するやり方は、一番通俗的に分かりやすい対応の仕方で、娘がハラスメントのアピールに踏み切った時から、相手方がそういう態度に出るだろうことは十分に予測していました。

ただ、「志乃さんが整理したのはオーラルな場面をリテラルなものに純化して、表現してしまったのです。だから俗話の程度が見えないのです。それゆえ、裁判長はリテラルな格調の高いものを、オーラルなものに敷衍するのに腐心しているのだと、私は思っています。」という箇所は、おっしゃる意味がよく分かりません。
〈裁判所(または裁判長)は、娘の訴えを被害妄想と判断したが、しかしそれを明言することは避けて、娘の起訴文を「オーラルなものに敷衍する」方向でリライトし、そのリライトの仕方を通して、被害妄想という判断を間接的に表現しようとしたのだ)という意味なのでしょうか。
私には、田口紀子裁判長のリライトの仕方は、もっと別なことを志向しているように見えるのですが。

二つ目のコメントは、〈亀井志乃が寺嶋弘道学芸主幹から受けた嫌がらせをパワー・ハラスメントとして訴えるのであるならば、寺嶋主幹が上司であったことを認めなければならない。ところが、亀井志乃は一方では寺嶋弘道主幹は上司ではなかったと主張し、他方では寺嶋主幹からパワー・ハラスメントの被害を蒙ったと訴えている。これは矛盾だ〉という意味に取りましたが、それでよろしいでしょうか。
ただ、パワー・ハラスメントは必ずしも〈上司と部下の関係の中で、上司が部下に加える嫌がらせ〉という概念には限定できない。もっと拡がりを持った概念のようです。これは「パワー」という概念にかかわることですが。
大塚さんは北海道教育大学にお勤めだったわけですが、道教育大にアカデミック・ハラスメントの事件があったという報道を耳にしたことがあります。アカデミック・ハラスメントの場合は、教員(教授や助教授or副教授)が助手や大学院生・学部学生に対して、人格を傷つけるような叱責や罵言を加えたり、あるいは不当で、過重な作業の要求したり、研究成果や実験結果を自分の業績にしてしまっりする。そういう形で現れ、ある意味では分かりやすい。ただ、このハラスメントからパワー・ハラスメントを推測するだけでは、ことの本質は見えてこない。
むしろ、ある私立大学に、独立行政法人・国立大学の教員が共同研究の名目でしばらく駐在することになり、その教員が私立大学の助手なり副手なり、または大学院生に対して、お前さんは俺の助手(0r副手)であり院生なのだと主張し始めて、自分の仕事をやらせたり、その人たちが自分の研究の準備に入りにくい状況を作ってしまったり、怒鳴りつけたり、おまけに事務員の仕事にまでくちばしを入れたらどうなるか。そういう事態を考えてみたほうが、もう少し実態に近づくことができるように思いますが、いかがでしょうか。

もう一つご指摘の「公務員の人権侵害というのであれば、これはもう組織の問題であり、いじめの次元を超えています。」についても、おしゃる意味がよく分かりません。道教育大のアカデミック・ハラスメントの事件は、「これはもう組織の問題であり、ハラスメントの次元を超えていた」のでしょうか。道教育大は、組織としての対応を迫まられたでしょう。そういう教員を出してしまったことに関する社会的な責任は道教育大にある、と言えるわけですから。今回の裁判の判決次第では、道教委も同様な対応を迫られたかもしれません。しかし、訴えられたのは個人の行為だったわけで、組織の次元(組織の対応)には解消できない個人としての責任は負わなければならなかったのではないでしょうか。

私自身としては以上のように受け止めたのですが、複眼的に見る必要をお教えいただき、感謝しています。
4月6日
亀井 秀雄


投稿: 亀井 秀雄 | 2009年4月 6日 (月) 12時50分

情報?(こんなの情報って言えるのか?そもそも)」のたれながしテロ(執筆で行う暴力)ですね…。このサイトじたいオカシイのではないですか…?。。


しかも美術館博物館施設の運営にかかわってらっしゃる方がこんなことして…ご自身はどう思われているのでしょうか…。


亀井さんって「小樽文学館」の館長さんなんですよね…(北海道の子会社??よくわかりませんが)子会社の社長が本社の誹謗中傷?って凄いですよね…。小樽ってそんなに偉いんだ(感心します)…な訳ないと思うけど。。


私が貴社(小樽文学館)の従業員だとしたらこんな上司は嫌です。(外部だろうが内部だろうがその「会社の名前」を使用して生きているる以上…同僚?と思わざるをえません)。


美術館博物館の「館長」として働いている人が、よその施設とはいえ、その施設の人の話を赤裸々に(よく読むと、このサイトに記載されている名前の人たちに「許可」もとっていないなようですし)書きまくっている…。


恥ずかしいと思うし、貴社(小樽文学館)にも非正規従業員はいらっしゃらないのでしょうか…?


その人たちに聞けばいいと思います。このままこの「サイト」に色んなことを書くことを「どう思ってるのか?」…って


たぶん「答えられない」と思いますよ。聞かれて…自分も逆らうと「解雇」されると思ってしまうから…。それが非正規ということの現実だし「部下(内部とか外部とかは別)」のです。


非正規従業員が「解雇」という不安になる文字からなかなか逃れることができないのはやはりひとつの現実です。


人の批判や心配をしているヒマがあったら、貴社(小樽文学館)の従業員の方や、貴社(小樽文学館)の情報をもっと発信してほうが、よいのではないでしょうか…。


このブログ?ホームページにはこんなにたくさんの情報(別に客として聞きたいとは思わないいらない内容の文章)が載っていますが、、


かんじんのご自身の職場【小樽文学館】のホームページには「な~んにも情報がない」ですよね。。展覧会のお知らせくらいしかないです…。


なので、なんの説得力もありません。


亀井さんがかかわっているのだとしたらご自身の職場のことを少し心配されてはいかがでしょう…?今は観光シーズンですし、、お客の取り合いならわかるけど…


このサイトでは一方的に他者(ここでいう小樽文学館?北海道立文学館?北海道?正規の北海道?や小樽文学館の従業員)を「傷つけている」ように思いますよ。


館長さんって何も指示したり命令したりしないんですか…?


「指示・命令」を強制されるのは幼稚園や保育園にはいっている3歳は難しいかもしれませんが5歳の子どもでも理解できる話です。


このサイトでは「指示・依頼・命令」は従業員が嫌だと思ってら「守らなくていい」という子どもじみた話ですよね…。


私は非正規従業員ですので、このサイトに書いてあることが「非正規従業員」は馬鹿だと思われるんじゃぁないか…と思ってしまい、ついコメントしていますが、、、


それと、このサイトに書いてあるご自身の「娘」さん?の話している?(取材記事?本人代筆?内部情報が赤裸々すぎてとても外部?の人間が執筆しているとは思えない)内容はどれを見ていても正当性があるように記載されてはいますが、、日本の国で「従業員」として働いている人間には日常茶飯事なことばかり…だとお思いにはならないのでしょうか?


学芸員だかなんだかわかりませんが、研究するのがお仕事ですか…?たしか水族館みたいなところにいる人も学芸員?ですよね。。


(そもその非正規の研究員ってそんなに偉くないと思うけど、けっこう偉そうなコメントばかりが書いてあって娘さんの当時の「身分」からは想像も出来ないようなどうしようもない「ものいい」だったりしていると思います)


誰かのことが「嫌い」だから「言うことを聞かない」のが正当だ!と


本当にそれが「正義?で真実だ!」というのなら、今私が非正規従業員で働いていてまわりにいる職場・社会・国家???全てが「敵」になる…ということが分かったくらいでしょうか…。


以上長々書きましたが、、、このサイトに書かれている色々な話には賛同できませんし、参考になりません。非正規従業員が馬鹿だと思われるだけなのでたいがいにしていただきたいです。では。

投稿: あちこちで非正規従業員 | 2009年8月12日 (水) 11時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127704/44541194

この記事へのトラックバック一覧です: 判決とテロル(4):

« 判決とテロル(3) | トップページ | 判決とテロル(5) »