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北海道文学館のたくらみ(58)

判決下る

○判決は敗訴
 今日(2月27日)の午後1時10分、札幌地方裁判所7階8号法廷で、判決が下った。傍聴席には、顔見知りの人を含めて、9人ほどの方が来て下さった。思いがけないことで、大変にありがたかったが、田口紀子裁判長の下した判決は「1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。」だった。亀井志乃が敗訴したわけである。

○判決文の奇妙なロジック
 これからどうするか。手交された判決文を丁寧に検討して決めることになるだろう。ただ、私自身は判決文を逐条審議的に分析して、納得できない点があれば、このブログで取り上げるつもりであり、今日は、まずざっと目を通した範囲で気がついたことを指摘しておきたい。

 そこで第一に指摘しておきたいのは、田口紀子裁判長は亀井志乃の「準備書面(Ⅱ)―1」「同―2」「同―3」(「北海道文学館のたくらみ(31)」~「同(35)」)、および「陳述書」(「北海道文学館のたくらみ(43)」~「同(45)」)、「最終準備書面」(「北海道文学館のたくらみ(48)」~「同(57)」)の主張を全く無視、黙殺してしまったことである。
 「陳述書」の無視に関しては、次の問題との関連で改めて取り上げるが、亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)―2」で、寺嶋弘道の「陳述書」が如何に虚偽に充ちているか、証拠を挙げて詳細に指摘した。また、「最終準備書面」では寺嶋弘道の法廷における偽証を詳細に証明しておいた。ところが、田口紀子裁判長によれば、
被告は、本件訴訟活動の一環として、準備書面、陳述書等を提出したと認められ、被告に正当な訴訟活動として許容される範囲を逸脱した行為があったとは認められない。また、被告に虚偽の陳述があったとまで認めるに足りる証拠はない。よって、原告の主張は理由がない。」(判決文25p。太字は引用者)となってしまったのである。
 
 ふ~ん、なるほどなあ。嘘を指摘されても、知らぬ顔の半兵衛を決め込み、反論をしないでおくならば、裁判所の理屈では、
虚偽の陳述があったとまで認めるに足りる証拠はないということになるわけか。
 寺嶋弘道は
「この『二組のデュオ展』では、2月9日(金)の道内美術館からの作品借用業務において、通常、作品図版カードを持参して双方職員による点検を行うところ、原告はこれを持参せず、」(寺嶋「陳述書」5p)と書き、亀井志乃によってそれが虚偽の記述でしかないことを指摘された(亀井「準備書面(Ⅱ)―2」19~21p)。当然寺嶋弘道は自分の記述の正しさを証明する責任があり、そのためには最低の証拠として「作品図版カード」なるものを提出する必要があったわけだが、彼は頬かぶりしてやり過ごしてしまった。そういう横着なやり方を取っていると、日本の裁判では、虚偽の陳述があったとまで認めるに足りる証拠はないということにしてもらえるらしいのである。

○意図的な混同
 さて、次は、「準備書面(Ⅱ)―1」や「陳述書」に関することであるが、田口紀子裁判長の判決文によれば、被告・寺嶋弘道の地位は次のごとくであった。
《引用》
 
文学館が指定管理者制度を採用し、平成18年度は、組織規程及び運用規程の改定により、平成17年度までの指揮命令系統が変更になり、業務課学芸班に所属する司書、研究員の上司は、学芸主幹とする旨定められたことから、被告が研究員である原告の上司という立場にあったと認められるから、上司として行われた、前記被告の原告に対する言動が、原告に対する不法行為に当たるかが問題となる。
 この点に関し、原告は、被告が、原告の業務に関して命令や意見を述べること、文学館の業務課が問題としない点について被告が干渉してくることなどの被告の行為の違法を主張するが、上記のとおり、原告の採用権者である文学館において、その組織規程及び運用規程において、指揮命令系統を定め、被告が原告の上司とされたことは明らかである
(15~16p)

 一読して明らかなように、田口紀子裁判長は、道の施設としての道立文学館と、財団法人北海道文学館とを故意に混同している。引用した文章の冒頭における「文学館」がいずれを指しているかを考えてみれば、その曖昧さが直ちに明らかだろう。言葉を換えれば、亀井志乃が「準備書面(Ⅱ)―1」や「陳述書」で両者の関係をきちんと説明しておいたにもかかわらず、田口紀子裁判長はそれを無視し、被告の寺嶋弘道を、この概念曖昧な「文学館」の職員とみなす。そして、被告・寺嶋弘道が財団法人北海道文学館にとっては「外部」の北海道教育委員会から送り込まれた駐在の公務員である事実を消去してしまったのである。

 また、田口紀子裁判長が言うところの「組織規定及び運用規程」が何を指すのか不明であるが、仮に「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」を指すのであるならば、それは財団法人北海道文学館事務局等規程」に照らして不正、違法なものでしかない。そのことを、亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)―1」で指摘、批判しておいた(「北海道文学館のたくらみ(54)」の「亀井秀雄注」参照)。だが、田口紀子裁判長はそれも無視して、上記引用のごとき結論を引き出したのである。

○摩訶不思議な理屈
 このような田口紀子裁判長の理屈から引き出される結論は、誰の目にも既に明らかだろう。田口紀子裁判長の判断によれば、上司である寺嶋弘道の亀井志乃に対する言動は、すべて
「業務の裁量の範囲内のものというべきものであって、許容限度を逸脱した行為とまでは認めることはできない」ことになるのである。
 
 おまけに田口紀子裁判長は、次のように摩訶不思議な理屈をひねり出していた。
《引用》
 
原告は、平成19年1月31日、被告が、イーゴリ展を他の職員に何の断りもなく割り込ませ、原告の主担当であるデュオ展の準備ができないようにして、原告の業務を妨害したと旨主張する。しかしながら、イーゴリ展の開催は被告のみで決定できるものではなく、文学館の了承のもとに行われたものであること、同日には、既に、被告は原告の上司としての立場から離れた状態になっていたこと、イーゴリ展終了から、デュオ展開催までには、9日間あり、デュオ展の準備ができないという期間であったとまでは認められないことなどからすれば、被告に業務妨害の不法行為があったと認めることはできない(23p)

 亀井志乃が主担当の「二組のデュオ展」の準備と、寺嶋弘道が割り込ませた「イーゴリ展」とのからみは、これまで何回か言及した(詳しくは「北海道文学館のたくらみ(52)」、「同(56)」参照)
 だからその点は省略するが、ただ、田口裁判長の勘違いを指摘しておくならば、「イーゴリ展」は文学館の了承のもとにおこなわれたのではない。施設としての「北海道立文学館」も、指定管理者としての「財団法人北海道文学館」も、いずれも「イーゴリ展」の開催を協議し、了解したわけではないからである。
 また、田口裁判長は
「イーゴリ展終了から、デュオ展開催までには、9日間あり」と言っているが、「イーゴリ展」が撤収されたのは2月9日のことであり、仮にこの日から「デュオ展」の準備に入ることができたと計算しても、準備が完了した2月16日までには8日間しかない。
 以上のことは、田口紀子裁判長が虚心坦懐に亀井志乃の文章を読めばすぐに気がついたはずのことである。
 しかも田口紀子裁判長は、寺嶋弘道が「イーゴリ展」を割り込ませたおかげで、亀井志乃は非出勤日を返上して出勤し、14日と15日には夜遅くまで作業をしてホテルに泊まることを余儀なくされた事実を無視して、
被告の業務妨害の不法行為があったと認めることはできない。」と結論づけている。亀井志乃にこのように無理な作業を強いることも、寺嶋弘道には「許容限度」内の行動だと言うのであろうか。
 田口裁判長によれば、この時点における寺嶋弘道は
「既に、被告は原告の上司としての立場から離れた状態になっていた」そうであるが、そのことがなぜ「被告の業務妨害の不法行為があったと認めることはできない。」という結論に結びつくのか。
 
 田口紀子裁判長の判決文をざっと読んだだけでも、この種の疑問が次から次へと湧いてくる。どうも田口紀子裁判長の判決は初めに結論があったとしか考えられない。
 また一からやり直しだな。
 
 
 

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コメント

敗訴は、正直いって、驚きです。ただ、決して慰めということではありませんが、本訴訟を通じて、寺嶋弘道なる人間がどういう人物であり、また神谷を始めとする関係者の人物像が赤裸々に浮き彫りにされたことは確かなところです。おそらく良心の呵責に苛まれているのは、寺嶋本人でしょう。その意味で彼がかかる非常識極まる行動を繰り返さないという予防効果は達成されたと判断します。
なお控訴という選択肢を選ばれるならば、是非弁護士を活用されるべきです。今回弁護士を使わない理由として、事例のあまりにもの複雑さが挙げられていたと記憶します。しかし、それは正にコミュニケーションの可能性の否定になりかねないのではないでしょうか。

投稿: 直感子 | 2009年2月28日 (土) 15時45分

直感子様

励ましとご助言、ありがとうございます。

娘が財団法人北海道文学館を辞めさせられ、黙って引っ込んでいれば、財団の人間も、寺嶋弘道も言いたい放題の嘘を吐いて、娘の中傷、誹謗をまき散らしかねない。個人的に抗議をしても、黙殺されるだけだろう。それならば、彼らを、逃げも隠れもできない場に引き出して、事実を争い、彼らがどんな人間か証明するしかない。私たちはそう考えて、裁判を起こしたわけで、その意味では裁判の基本的な目的は達成できたと言えます。北海道教育委員会の中に深く食い込んでいるらしい太田三夫弁護士の人格、識見、能力を知ることもでき、これは望外の収穫でした。

それともう一つ。娘は、自分がどんな理解と自覚をもって文学館の仕事と取り組んできたか、それを明らかにしておきたい、と考えていました。その中には、〈どのような人たちのおかげで、文学館の仕事の基礎を身につけ、面白さ、楽しさを知ることができたか、お礼の気持ちを表現したい)という願いも含まれていました。「準備書面(Ⅱ)ー1」「同ー2」「同ー3」「陳述書」「最終準備書面」はそのような思いも含まれています。私のブログでは、「準備書面(Ⅱ)ー1」「同ー2」「同ー3」は断片的にしか紹介できませんでしたが、「陳述書」と「最終準備書面」は全文紹介することにしました。目を通して下さった方の中には、娘の意図をくみ取って下さった方も多いのではないか、と思います。

判決の結果について言えば、私は判決文を読みながら、これは歴史的な裁判だったことになりそうだな、と思いました。
証拠の揃え方、主張の論理的な筋道、裁判を進めるマナー。どの点を取ってみても、娘のものと、被告側のものとを較べて見るならば、質・量ともに娘のほうが圧倒的に優れている。これは、単に私の身びいきだけでなく、客観的にもそう言えると思います。ところが田口紀子裁判長は、実に姑息なやり方で逆転させてしまった。その文章と論理は、被告代理人弁護士と甲乙つけがたいほど「出色」なものだった、と言えます。
パワー・ハラスメントによる人格権侵害の裁判は、日本ではまだ数が少なく、判例に乏しい。今後、司法関係の人は、裁判官や弁護士だけでなく、法科大学院などでも、判例研究として、今回の裁判の記録と判決文が取り上げられ、検討されることになると思いますが、あの判決を下した裁判官として、田口紀子裁判長の名前は多くの人の記憶に残ることでしょう。

控訴については、まだ結論は出ていません。もし控訴をするならば、今度は弁護士を頼んだほうがいいだろう、という話は、判決が出た27日にも話題になりました。ただ、控訴は田口紀子裁判長の判決文を全面的に俎上に載せて、是非を争うことになるでしょう。それを引き受けてくれる、腰の据わった弁護士が見つかるかどうか。
また、証拠物について言えば、寺嶋弘道と平原一良は証拠もなしに、なりふり構わず嘘をついて、娘の人格を中傷誹謗することも辞しませんでした。しかし、娘は、争点となる事実を証明する証拠物にのみかぎって提出し、彼らの人格そのものが問われるような証拠物の提出は控えてきました。今度は、それらも出さざるをえないかもしれません。被告側も田口裁判長も、娘が証拠の出し方にも一定の節度を守っていたことに気がつかなかったようですが、いざとなれば、行くところまで行くしかないね。まあ、もう少し相手の出方を見てから、控訴するかどうか決めよう。そんなふうに話し合っているところです。

3月1日
亀井 秀雄

投稿: 亀井秀雄 | 2009年3月 1日 (日) 11時53分

ビックリ未だ信じられません敗訴

投稿: 不二 | 2009年3月 3日 (火) 12時12分

太田三夫弁護士は噂では勝てる案件しか引き受けない
又は道庁関係の案件

あくまで噂なので責任は
持てません

投稿: 不二 | 2009年3月 3日 (火) 16時20分

敗訴とは信じられません。
亀井志乃さんの誠意ある態度がなぜ理解されなかったのか。残念です。

投稿: 内藤亜郎 | 2009年3月 9日 (月) 22時35分

世間の目に触れるはずのない事柄が、こうして明るみに出され、まして何らかの判断を求められるというのは、思えば20年前には、考えられないことでした。自分の名前が法廷を通じて、例えば私のような見ず知らずの者らに知られ、しかもこれから先、ずっと、あれこれ取り沙汰される。T氏がその時代に生きたひとであれば、耐え難い不安と怒りとを覚えるでしょう。原告の受けた私的な屈辱は、退職して以降、直接的に受け続けることはなかったと思います。でも、私たち見知らぬ者の囁きを、T氏はどうしようもない。噂ばかりではありません。経歴にも傷がつきました。それが浅かろうが深かろうが、あの世代のひとには同じことと思います。裁判所と、これからも付き合っていくおつもりなのかどうか、分かりませんが。ともに手をとっていかねばならないのなら、もう少し前向きでもよろしいのでは。無罪ではなく、棄却なのですから。棄却は敗訴ではありません。当事者でもない者が、出過ぎたことを申し上げます。

投稿: S | 2009年3月 9日 (月) 23時13分

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