北海道文学館のたくらみ(54)
亀井志乃の「最終準備書面」その7
【今回は、「Ⅲ章 被告と被告代理人が共謀して行った偽証、及び、被告代理人が原告に対して行った誘導尋問」のAからDまでを紹介する。2009年1月26 日】
Ⅲ章 被告と被告代理人が共謀して行った偽証、及び、被告代理人が原告に対して行った誘導尋問
【目次】
A.「*」印「規程の定めにかかわらず」について(65p)
B.「〈北海道文学碑めぐり フォトコンテスト〉(仮称)試案に向けての意見書」について(67p)
C.出張の「相談」と「亀井さん」の「気持ち」について(69p)
D.〈職員配置図〉について(72p) E.原告の勤務場所について(74p)
F.「カルチャーナイト」について(76p) G.「サボタージュ」発言について(79p)
H.「アブノーマル」発言について(81p) I.「怒鳴った」事実について(82p)
J.平原副館長との「信頼」関係について(84p)
K.A学芸員とS社会教育主事の時間外勤務について(86p)
L.〈展示室の設営〉について(88p)
M.「寺嶋さんの言っている意味」について(平成18年9月26日)(91p)
N.「運営」への「口出し」について(94p)
A.「*」印「規程の定めにかかわらず」について
原告は、被告提出の「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」(乙2号証)について、その作成の手続きが違法であり、内容的には曖昧・不明確なところが多く、かつ、地方公務員が民間人の「上司」であること/「上司」たり得ると認めることは、地方公務員法に違反すると指摘しました(原告「準備書面(Ⅱ-1)」5~7p・原告「陳述書」15p)。
しかし、被告代理人は、その指摘をまったく無視し、原告に対して「* 財団事務局組織等規程の業務課、学芸班に所属する司書、研究員の上司は、規程の定めにかかわらず学芸主幹とする」という一文を読み上げると、次のように質問してきました。
(被告代理人)ここにいう研究員とはだれですか。端的に言ってください。
(原告)この「*」印の意味がはっきりしないので、判然とは申せません。
(中略)
(被告代理人)学芸主幹とは、だれのことを言いますか。
(原告)…学芸主幹というのは、道の役職の学芸主幹として、寺嶋主幹だと聞いております。
(中略)
(被告代理人)あなたは嘱託職員というお言葉を使われてますけれども、財団法人の従業員ではないんですか。
(原告)嘱託職員は、ある組織から依頼を受けて仕事をするという人間ですので、私はそのように理解しておりました。
(被告代理人)ですから、従業員なんですか、従業員でないんですか。
(原告)仕事を請け負っているという意味での従業員だと思っております。
(原告調書20~21p)
さらにその後、被告代理人は、被告の本人尋問においても再び同文章に言及しました。
(被告代理人)ここにいう研究員とは、だれのことですか。
(被告)亀井さんです。
(中略)
(被告代理人)学芸主幹とはだれのことですか。
(被告)私、寺嶋です。
(被告代理人)これを素直に読む限り、あなたをヘッドにして、Sさん、Aさん、Oさん、亀井さん、こういう方々が、いわゆる学芸班を組織するよと、こういうふうに読めるんですが、そういうことでしたか。
(被告)はい、そのとおりです。
(被告調書2p)
①しかし被告は、北海道教育庁における〈文学館グループ〉のグループリーダーであり(甲122号証)、他の2人の〈文学館グループ〉のリーダーであるとは言えますが、命令権を持つ上司ではありません。まして、財団の研究員に対して上司であることはあり得ませんし、許されてもいません。
被告は乙2号証について、「証拠説明書(乙号証)」の「立証趣旨」においては、「財団と被告ら駐在職員との組織体制について。被告が原告に対する上司であること」と記していました(下線は引用者)。ところが、被告本人に対する尋問において、被告は、被告が原告の上司であったという主張について、ついに一度も、明快に筋を通した説明をすることはできませんでした。
②被告代理人は、「これ(乙2号証・*印の箇所)を素直に読む限り、あなた(被告)をヘッドにして(中略)いわゆる学芸班を組織するよと、こういうふうに読めるんですが」と被告に尋ね、被告も即座に「はい、そのとおりです」と答えていました。また、被告代理人は、別の時にも「要するに、学芸班のヘッドはあなた(被告)だから」という言い方をしていました(被告調書10p)
しかし、〈ヘッド〉という言葉は、北海道教育庁の職員組織図(甲122号証)では使われていません。財団法人北海道文学館のどのような文書にも用いられていません。
被告代理人は、原告が「準備書面(Ⅱ)―1」(5~7p)において行った批判に耐えらず、反論が出来なかったため、法廷においては「上司」という言葉を「ヘッド」と言い換えて、問題の本質と直面するのを避けたものと思われますが、それは姑息な誤魔化しでしかありません。
③乙2号証の組織図が、もし、財団と駐在道職員の〈文学館グループ〉との連携協働の実を挙げるためのものならば、その説明の文面は「『文学館グループ』の主幹を学芸班の班長(squad [group] leader)とする」で十分に間に合ったはずです。
④ヘッド(head)は、上司(superior or higher-ups)よりも遙かに強い権限を持つ〈部族や集団、組織全体の長〉を現す言葉です。財団法人の中でヘッドと言えば館長を意味し、北海道教育委員会の中でヘッドと言えば教育長を意味します。その意味で、被告代理人は故意に「ヘッド」という言葉を誤用したわけですが、被告はその誤用に乗って自分を〈部族や集団、組織全体の長〉と僭称してしまいました。
以上の点で、Aに引用した被告の証言が偽証であったことは明らかです。また、被告代理人太田弁護士は意図的に言葉のすり替えを行い、被告に虚構の地位を与えるレトリックによって、被告を偽証に誘ったことになります。
B.「〈北海道文学碑めぐり フォトコンテスト〉(仮称)試案に向けての意見書」について
被告代理人は、原告への反対尋問に際して、平成18年5月2日の「文学碑の件」について、「このときに、平原さんあるいは寺嶋さんから、あなたに対して何かしてくださいという指示はありましたか」(原告調書23p)と質問してきました。
原告は、平成18年5月2日には、事実として、“どのような内容の業務を・いつまでに”といった明確な依頼は誰からも受けていなかったので、「それはありませんでした」(原告調書24p)と答えました。また、5月2日の話し合いでは、結局途中から、テーマであったはずの〈ケータイ・フォト・コンテスト〉の話自体が別な方向に行ってしまい、結論も非常にあいまいなまま終わってしまったこと、等を改めて説明しました(原告3月5日付「準備書面」3~5p、「準備書面(Ⅱ)―1」12~17p、「準備書面(Ⅱ)―3」14~15p参照)。また、被告代理人から「企画書を書いてくださいと言われたことはないですか」(原告調書24p)と聞かれたことについては、同年4月末にそういう話があったことを認めました(正確には4月28日。甲13号証1枚目前半参照)。
すると被告代理人は、「そうすると、5月2日には、あなたが柱になってやってくださいと言われたことはあるけど、あなたとしては何をやるのか判然とはしなかったということでしょうか」(原告調書24~25p)と訊いてきました。
しかしそれでは、その日の経緯が極端に単純化されてしまう上に、〈原告としては〉と、原告の理解の度合いだけが問題にされてしまうことになります。そこで「そのように短絡させられてしまうと…」と原告が言いさすと、被告代理人は、今度はすかさず「だから、どういうことかと聞いているの」(原告調書25p)と、原告の言葉をさえぎってしまいました。
そこで原告は、今度は、〈携帯フォトコンテストの企画書を被告に書いて欲しいと言われたが、企画書を考えるうちに、企画以前のさまざまな問題が出てきた、だからまず意見書を書いて持参した、ところが…〉と、もう一度、話し合いのテーマや文脈が被告によって変えられてしまった経緯を説明しようと試みました。
ところが、被告代理人は、
いや、いいです、分かりました。じゃ、あなたは、5月2日の平原さん、寺嶋さんとの話の後、今おっしゃった意見書ですか、意見書を出したと、だから自分の役割はそこで終わった、こういう考え方ですか。(原告調書25p)
と、ここでも原告の発言を勝手にさえぎり、まるで〈原告は要するに、話し合いの席に意見書を提出して、それで事足れりとしてしまったのだろう〉と言わんばかりの強引なまとめ方を行いました。そこで原告も、あくまで、証言は起こった事実に忠実にと心がけて、「意見書」は実際には出せなかったということと、「携帯フォトコンテストではないというふうに、それを求められているのではないというふうに被告が否定しましたので、携帯フォトコンテストについての意見書を出すきっかけもなくなったんです」(原告調書25p)という事情を申し述べておきました。
①5月2日の話し合いがどのような経緯で行われ、何が問題だったかについては、甲13号証および原告3月5日付「準備書面」3~5p、「準備書面(Ⅱ)―1」12~17p、「準備書面(Ⅱ)―3」14~15pにすでに記してある通りです。その時の場面では、被告と平原学芸副館長の方が、原告が〈意見を言えばいいのか〉と尋ねれば〈意見ではない、企画だ〉と言い、そうかと思えば〈自由にアイデアを出してほしい、アイデアは皆でもむ〉と言い出し、そのそばから〈柱となってやってほしい〉とまた言い直し、終始、一貫性がありませんでした。
また、〈文学碑の写真を集めるフォトコンテスト〉という前提も、被告の口から「私は、コンテストに別にしなくてもいいと考えている」(甲13号証5枚目)と否定され、しかし、では、どのような性質のイベントにすればいいのかという方針は、結局定まらずに終わりました。
ゆえに、「何をやるのか判然とはしなかった」というのは、原告の理解力の問題ではありません。客観的事実として、いったいどのような企画を立案すればいいのか、もしくは、被告らは原告にいったい何を依頼したいのか、何も判然とは決まっていなかったのです。
②また、5月2日の話し合いについて、被告代理人が「いや、いいです、分かりました。じゃ、あなたは、5月2日の平原さん、寺嶋さんとの話の後、今おっしゃった意見書ですか、意見書を出したと、だから自分の役割はそこで終わった、こういう考え方ですか」と述べたことは、非常に強引かつ短絡的な決めつけであり、また、事実の把握も不正確です。
どだい、被告代理人が、本当に甲13号証を丁寧に読んでいたなら、その2枚目の下から4行目に「5/2(5月2日)、その〈意見書〉を出さなかったのは、まず、自分が出来る責任範囲をはっきりさせてから、書く事ももう一度見直してみたかったからである」(下線は引用者)と書いてあることに気づいたはずです。また、原告の「準備書面」や「陳述書」のどこにも、原告が「意見書」を被告と平原学芸副館長の2人に提出したように誤解させる記述はありません。
要するに、被告代理人の法廷における言動は、原告から提出された証拠をいい加減に読み飛ばしたか、あるいは故意に文脈を歪曲し、“原告は「意見書」1つを出しただけで〈自分の役割は終わった〉と考えるような、無責任な人間だ”と裁判長に印象づけようとしただけの、姑息な目論見であったに過ぎません。
④なお、この箇所における被告代理人の言動、
(1)原告の発言を、まだ「そのように短絡させられてしまうと…」と一言いいさした段階でさえぎっておきながら、「だから、どういうことかと聞いているの」と、まるで“自分は、原告の方が言を左右にしたり、論点をずらしているので、その言い抜けを咎めて、きちんと発言させようとしているのだ”というふりをする。人の発言をカットしながら発言を強制するという、矛盾したメッセージを同時に発する、ダブルバインディング。
(2)相手に充分に話をさせないでおきながら、「だから、どういうことかと聞いているの」「いや、いいです、分かりました。じゃ、あなたは、(中略)意見書を出したと、だから自分の役割はそこで終わった、こういう考え方ですか」と、高圧的に相手の話をひきとり、恣意的に自分の方で話題をコントロールしてしまう。コミュニケーションの場における言葉の権力主義的な行使。
これらの2点は、まさしく、平成18年5月2日に、被告が「そういう立場って、いったいどういう事だ。最後まで、ちゃんと言ってみなさい!」と怒鳴り出して、その場のコミュニケーションを破壊した時と、会話に対する姿勢がほとんど同質でした。その事は、ここではっきりと指摘しておきたいと思います。
C.出張の「相談」と「亀井さん」の「気持ち」について
被告代理人は、原告の〈出張の件〉について、被告に「これ、再三にわたって出張のことで、8月29日、9月13日、9月26日、10月3日と、あなたのほうからちゃんと事前に言ってねという話を亀井さんにしているわけですよね」「それにもかかわらず、なぜ亀井さんは、その話のとおりにしないんだろうか」(被告調書12~13p)と質問し、被告は「…私も、なぜ分かってもらえないのだろうかと思いましたが、……私を…相談相手だとは思っていなかったんだと思います」(被告調書13p)と答えました。
そこからさらに、被告代理人は、原告が提出していた甲31号証(ノート「道立文学館覚え書」)を読み上げ、下記の如く被告に証言を促しました。
(被告代理人)ただ、亀井さん御自身も、たとえば甲31号証の2ページ目、8月29日の欄に、川崎業務課長のところへ行って、私はそういう場合にどなたの御承認を得たらいいのでしょうかと尋ねたところ、それは寺嶋主幹ですとの答えだったと、こういうふうに川崎さんから言われたと。そして、御自分でも、下のほうから4行目に、今回のことは確かに今日決めて明日行くような気軽な気持ちでいた私にも甘さがあったと、こういう反省もしている。それにもかかわらず、なぜ同じ事を亀井さんはするんでしょうね。
(被告)物事を仲間や上司や、組織として、一つ一つ確認しながら決めていかなければならないというふうに亀井さん自身が思っていなかったのではないかと思います。なので、それを正さなければならないというふうに、私は当時思っていたと思います。
(被告調書13p)
しかし、被告代理人の証拠の〈引用〉の仕方は、記述の前後の文脈、及び、この件に関する原告の「準備書面」・「陳述書」における説明をまったく無視した恣意的な文章の切り取り方であり、8月29日当時の原告の記述意図を歪曲するものです。
①被告代理人は、甲31号証(2枚目)の、(原告が)「川崎課長のところに行き」から「『それは寺嶋主幹です』との答えだった」という箇所までを、文脈の流れから切り取って問題にしています。そこだけを読み上げると、あたかも、原告が、被告から注意されてから事後的に川崎業務課長のところに行って〈承認〉の件について尋ね、そして、川崎課長に“それは寺嶋主幹でしょう”とたしなめられたかのようなニュアンスに聞こえます。つまり、被告代理人は、そうした聞こえ方を利用して、原告は業務の流れを知らず、業務課長に無知かつ非常識な質問をしたのだと結論づけようと目論んだと思われます。
しかし、この甲31号証の8月29日の項を1枚目から読めば明白なように、文章は、以下のような流れになります。
(甲31号証1枚目 下から5行目より)
川崎業務課長は、「では、出張計画を出して下さい」と言った。
そこで打合せが終わり、計画書提出の準備をしようとしたとたん、寺嶋主幹から「その事は平原さんが知っているのか」と詰問された。
※平原副館長は、前日、文学館前で打撲傷を負い休み
(2枚目 上から1~4行目まで)
日程はこの今日決めたばかりだったので、「平原さんは知りません」と答えると、たたみかけるように「平原さんが知らなければ、誰があなたに対して、そういう動きをしていいと承認するのか」と追求された。
つまり、打合せの席で誰からも異論が出ず、業務課長も承認し、あとは出張計画を出せばいいだけという話にまとまって打合せ会が終わったとたんに、被告が原告を詰問しはじめたのです。そこで原告が、業務上の手続きのことなので、話の流れとして、被告ときわめて至近な席にいた川崎業務課長(乙5号証参照(※8))に「私はそういう場合、どなたのご承認を得たらいいのでしょう」と尋ねたところ、その答えが「それは寺嶋主幹です」だったのです。
(※8 乙5号証では図の全体が横長にデフォルメされていますが、実際には、川崎課長の席と被告の席とは、副館長の机の幅一つ分の間しか離れていませんでした。)
要するに、川崎課長の返事は、原告に答えると同時に被告にも聞かせるものであって、そのメッセージは〈わざわざ「誰が承認するのだ」と原告を問い詰めなくとも、被告自身が「わかった」と一言言えばそれで済むことだ〉であったと解釈できます。このように、甲31号証における記録を文脈通りに読む限り、実際の業務の流れを知らずに非常識な問いを発していたのは被告の方です。川崎課長に(間接的に)たしなめられたのも、被告の方です。
②また、被告代理人は、原告が、「今回のことは、……私にも甘さがあった」という文章に続けて、「だが、別に大事な人に会う予定でもなければ、重要な事を決める出張でもなく、ただ資料を見に展覧会へ行きたい、という希望だけで、あたかも上司を無視した、非常識なふるまいだったとばかりに執拗に叱責するのは、やや奇異に感じた」(甲31号証)と書いている所を、故意に省略しました。
③原告が8月末の日程を急遽変更せざるをえなかったのは、S社会教育主事からの急な出張依頼で釧路に行かなければならなくなったためであり、ニセコ行きが可能な日程が限定されてしまったからです。その事情は「準備書面(Ⅱ)―1」(25p)にすでに記しておきました。
原告は、その日程変更自体について、「今回のことは、確かに、今日決めて明日行くような気軽な気持ちでいた私にも甘さがあった」と書いたのです。被告に対する対応について「反省」したのではありません。また、原告は、ここで「反省」という言葉を用いてはいません。
④一方、被告は、被告代理人からの質問に対して「(原告は)私を…相談相手だとは思っていなかったんだと思います」とか「物事を仲間や上司や、組織として、一つ一つ確認しながら決めていかなければならないというふうに亀井さん自身が思っていなかったのではないかと思います」と、原告の考えや認識に立ち入った証言をしていました。しかし、別人格であり他者である原告の考えや認識について、安易に「思っていなかったんだと思います」等と証言することは、他者の人格の独立を認めない人格権侵害行為であり、その論拠にも客観性がありません。
結局被告は、平成18年度の間、このような、根拠のない自分の思い込みに従って、原告の業務にことあるごとに干渉してきました。そのことは、ここで被告自身が「それ(原告の考え)を正さなければならないというふうに、私は当時思っていたと思います」(下線は引用者)と述べていることからも明らかです。
被告は、原告の態度に問題があると考えたのならば、なぜ話し合おうとしなかったのか。なぜ「正さなければ」などと、思い上がったことを考えたのか。この傲慢な発想によって、被告は、客観的理由のない〈原告の思想矯正〉を、自分のパワーハラスメントの大義名分にしていたわけです。
⑤なお、被告の「(原告は)私を…相談相手だとは思っていなかったんだと思います」云々の発言について言えば、これは〈顧(かえり)みて他を言う〉類の責任転嫁でしかありません。Ⅱ章第3項「C.録音機と『普通じゃない』発言について」の④で指摘しておきましたように、「相談」の姿勢を欠いていたのは被告自身の方なのです。
D.〈職員配置図〉について
被告代理人は「文学館事務室職員配置図」(乙5号証)を原告に示して、「見たことありますか」と質問し、原告は「はい」と答えました。被告代理人は、追いかけるように「いつごろ見ましたか。」と問いかけ、原告が「この配置図は…」と言いかけると、その言葉を遮って、「いつごろ見たかだけ言って下さい」と返事を急かしました。原告は「見ましたのは、これは、平成18年度の初めから入口のところに張ってありましたので、見ました」と証言しました(原告調書18~19p)。
その後被告代理人の尋問は、いったん乙6号証、乙2号証、乙3号証に関する質問に移った後、再び乙5号証を示して、「再度乙第5号証を示します。この席順といいましょうか、座る場所、あなたは、なぜ寺嶋さんと一緒のエリアにいるんですか」と質問し、原告は「これは、単にそのようにまとめられていたと、前年度からの流れで、そのようにまとめられていたという状況でございました」と証言しました(原告調書20~21p)。
被告代理人はここで、「職員配置図」に関する原告への尋問を打ち切りましたが、被告に対する尋問の中で、以下のような質問を行いました。
(被告代理人)10月末に亀井さんの机が場所替えになったことがありますね。
(被告)はい。
(被告代理人)これは、どうしてそういうふうになったんですか。簡単にでいいです、結
論だけで。
(被告)私が亀井さんに対してサボタージュという発言をしたという問題提起を、書面によって文学館の幹部職員にも訴えましたので、それの対策として、亀井さんが席を動かしてほしいということでしたので、それが席の移動になったものと思います。
(被告代理人)そのほかに、指揮命令系統が変わったということはありますか。
(被告)はい。それまでは寺嶋を上司とするという動きでしたが、それ以降は、副館長の直接の指揮を得るというように変わりました。
(被告調書16~17p)
①まず、「職員配置図」自体の性質についてですが、これは本来、特別何かを職員に周知するために配られる〈書類〉ではなく、事務室の入口横に貼付される一種の〈掲示〉(外来客にとっては案内プレート)であり、新年度、もしくは10月に職員が異動になった際には名前が入れ替えられて張り出されるものでした。だから、“いつ見たか”というよりは、正確に言えば“皆が一様に目にしていた”としか表現の仕様がない類(たぐい)のものでした。
そのため、被告代理人の「見たことありますか」「いつ見ましたか」は、こうした場合の質問としては不適当ではないかと、原告は不審に思ったのですが、被告代理人が、原告の説明を阻むかのように言葉を遮ってきたため、原告は、充分に意を尽くした証言することが出来ませんでした。
②被告代理人は、原告に、「職員配置図」は乙2号証の職員組織図を具体化したものだ、と証言させたかったのかもしれません。
しかし平成17年度末には、職員の間で、一度は、“学芸職員も、今度は同じ〈学芸課〉ではなく、財団職員と道の〈文学館グループ〉に分かれるのだから、机の位置も分けなければいけないのではないか”という話題が出ていたのです。
しかしその一方で、“広くもない事務室で、なにもわざわざ席を2つと3つに分けなくてもいいのでは”といった意見や、“学芸職員のパソコンにつなぐLANコードの振り分け位置(それまでは1箇所からで済んでいた)や長さをどうする”等の意見が出され、そのうちに、A学芸員とS社会教育主事が引き続き館にとどまることが確実になったので、ごく自然に〈せっかく今まで慣れ親しんできた仕事仲間が席を分けることはない〉という意見が大勢を占めることになったのです。
平成18年度の座席の位置は、このような話の流れと、事務室の設備・機能等も考慮に入れた現実的な判断の末に決まったことであり、決して“まず〈組織図〉や〈組織規程の運用〉ありき”で定められたものではありません。
③被告は原告のアピール(甲17号証)を「私が亀井さんに対してサボタージュという発言をしたという問題提起」と呼んでいましたが、正確には、内容は〈被告の原告に対するパワーハラスメントについてのアピールと、職場環境の改善に関する要望〉です。なお、タイトルには〈文学碑データベース作業サボタージュ問題〉と書いていますが、その内容には、「(被告が)サボタージュという発言をした」とは一言も書いていません(後述のⅢ章G参照)。
このアピールに関して、平成18年11月10日、原告は毛利館長及び平原副館長と話し合い、4点のことが合意されましたが、そのうちの1点は「原告の席の場所を、原告の要求を容れ、現在の学芸班の位置から非常勤・アルバイト等の人のいる位置(かつての受付業務係が使用していた席)に変更する」(甲18号証)というものです。原告が席の移動を主張し、この合意に達したのは、原告の、「学芸の仕事に関与している者が皆〈学芸班〉という同じ場所に集められることで、道職員・財団職員・さらに財団の嘱託職員といったそれぞれの立場の違いが(おそらくは故意に)曖昧化されてしまった事。まさに、そこにこそ、今回問題となったパワー・ハラスメントの主要な一因があると考えられる。とすれば、互いの立場の違いをはっきりさせ、仕事の内容と責任範囲にけじめをつけて、再び道の主幹の嘱託職員に対する過干渉が起こることのないように対処するためにも、座席の位置は変えた方が妥当と思われる」(甲18号証2p)という意見に対して、毛利館長と平原副館長が合意した結果です。
附言すれば、原告のこの問題提起は、前年度からの職員たちが日常業務をこなすために良かれと思って決めただけの座席配置を、〈二つの組織の一体化〉などといった後付けの理屈に都合よく利用して、それが原因でパワーハラスメント問題が起こってきても無視しようとした館長・副館長や被告に対する批判でした。
④被告代理人は、被告の「亀井さんが席を動かしてほしいということでしたので、それが席の移動になったものと思います」という証言から、原告が被告を嫌い、席を変えてくれとわがままを言ったからだ、という結論を引き出してくるつもりかもしれません。
しかし、事の本質はそのようなものでありません。毛利館長と平原副館長が原告の意見に合意したのは、被告の原告に対する過干渉の事実を認めたということ、さらに、その一因として「道職員・財団職員・さらに財団の嘱託職員といったそれぞれの立場の違いが(おそらくは故意に)曖昧化されてしまった事」を認めたからにほかなりません。それは2人が、間接的な形ではありますが、乙2号証の組織図の過ちと、「被告を学芸班の上司とする」という意味の文言の過ちを認めたことにほかなりません。そうであればこそ、「それまでは寺嶋を上司とするという動きでしたが、それ以降は、副館長の直接の指揮を得る」(被告調書17p)という本来の形にもどったのであり、ですから、原告の席を移したのは、道職員と財団職員と財団の嘱託職員との立場の違いに基づき、本来的な組織関係にもどすためだったわけです(原告「準備書面(Ⅱ)-3」25~26p参照)。
以上の点に照らして見るならば、被告の証言は、事柄の本質をすり替えた明らかな偽証と言わざるをえません。
【亀井秀雄注:今回は特に事情説明の必要はないと思う。
ただ、Aに関しては、亀井志乃が被告側の主張する「事実上の上司」をどのように批判してきたかを、紹介しておきたい。これを読めば、Aに引用した尋問において、なぜ太田弁護士が「ここにいう研究員とはだれのことですか。端的に言ってください。」と質問して、亀井志乃が「この『*』印の意味がはっきりしませんので、判然とは申せません。」と保留をしたのか。また、なぜ太田弁護士は「学芸主幹とは、だれのことを言いますか。」と質問して、亀井志乃に寺嶋弘道の名前を言わせようとしたのか、その理由がよく分かると思う。
○亀井志乃の「事実上の上司」批判
亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)―1」(平成20年5月14日付)で以下のように批判した。
《引用》
(イ―3)「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」についての疑問点
被告側は平成20年4月16日の法廷において「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」(乙2号証)という文書を提出した。この文書と被告「準備書面(2)」との関係については何の説明もなかったが、「証拠説明書(乙号証)」の立証趣旨に「財団と被告ら駐在職員との組織体制について。被告が原告に対して上司であること。」と説明されており、それ故ここではとりあえずこの文書が、「事実上の上司」という被告の主張の根拠をなすべく提出されたものとして受け取っておく。
ただ、この文書は形式、概念、手続き等にわたって疑問点、問題点が多く、「事実上の上司」という被告の主張を裏づけるものとは見なしがたい。以下、その理由を列挙する。
A 書式上の形式的条件について
a)文書の日付が明記されていない。
b)如何なる組織の文書なのか不明である。
c)適用の期限が明らかではない。現在の学芸主幹が駐在している間にかぎり、の意味なのか、学芸主幹という肩書を持つ北海道教育委員会の職員が駐在する間は、という意味なのかが明らかではない。
B 概念について
a) 「* 財団事務局組織等規程の業務課、学芸班に所属する司書、研究員の上司は、規程の定めにかかわらず学芸主幹とする。」という文言のおける*印は何を意味するか。もし「但し書き」ならば、法律や規程における「但し書き」は、「一の条を前段と後段に区切った時において、後段が前段の例外となっている場合を「但し書き」と言い、但し書きの原則となっている前段を本文と言う」とされている。だが、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」の*印の個所には、原則を示す本文がない。本文の原則に「但し書き」が付くのは、本文を機械的に適用した場合、本文制定の趣旨が損なわれるか、または不当な不利益を蒙る者が出る怖れのある時、それを是正する処置を定めるためであるが、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」の*印の個所は如何なる不都合、不利益を是正するために付したのか。何一つ説明が見られない。
b)「規程の定めにかかわらず」の「かかわらず」の意味が明らかではない。「規程の定めを無視する」意味なのか、「規程の定めを廃止する」意味なのか、「規程の定めを停止する」意味なのか、「規程の定めを棚上げする」意味なのか、「規程の定めと無関係に」という意味なのか。いずれにせよ、この文言は明らかに現行の規程の適用の否定または拒否を意味している。現行の規程を否定または拒否する主体は何か。その主体に否定または拒否する権限は与えられているのか。
c)「かかわらず」がb)にあげた意味のいずれであれ、この言葉は、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」の「運用」という概念となじまない。「運用」とは現行の規程をいかに現実の実情に即して効果的、合理的に適用するかということであって、規程の否定または拒否とは相反する行為だからである。
d)「規程の定め」の概念が明確ではない。「財団法人北海道文学館事務局組織等規程」全体を指すのか。同規程の第3条を指すのか。いずれにせよ、誰にとっての不都合や不利益が生じたために、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程」全体あるいは同規程の第3条の直接の適用を避けようとしたのか。
C 手続きについて
a)「財団法人北海道文学館事務局組織等規程」(乙2号証)の第7条は「この規程に定るもののほか、事務局その他の組織に関し必要な事項は、理事長が定める。」となっている。だが、平成20年4月16日に提出された被告の「陳述書」(乙1号証)によれば、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」は平成18年4月18日の全体職員会議に先立って、毛利館長、安藤副館長、平原学芸副館長、川崎業務課長、及び被告本人の間で決められたものであって、規程に定められた手続きを経てオーソライズされたものではない。その意味で、先の*の「規程の定めにかかわらず」という文言に表出された規程の否定または拒否の発想は、第7条にまで及んでいたと見ることができ、これは理事長によって代表される理事会の主体性の否定につながる。言葉を換えれば、上記5名は理事長及び理事会を無視して、財団法人北海道文学館を恣意的に運営できるように組織を変えてしまったのである。「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」はこのように違法なやり方で作られたものであり、その中に盛り込まれた「上司」の概念に何の合理性も正当性もないことは明らかである。
b)平成18年4月18日付けの「平成18年度第1回 北海道文学館全体職員会議」(乙3号証)の記録において、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」は議題になっていない。この会議において紹介されたとの記録も見られない。
c)「財団法人北海道文学館(事務局)組織図」(甲2号証)との関係が明らかではない。
d)「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」と、北海道立文学館及び(指定管理者)財団法人北海道文学館の名によって公表された『平成18年度年報』(乙4号証)の組織図とは異なっている。これは、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」が公に出来ない、違法な性質のものだからであろう。
e)学芸主幹の上司は誰なのか。組織上、一職員たる学芸主幹に上司が存在しないことはあり得ない。北海道教育委員会のどのような規程に基づいて、北海道教育委員会の職員が財団法人北海道文学館の事務局組織の中で財団職員の部下となり、財団職員の上司となることを認められたのか。北海道教育委員会の規程及び被告に対する適用の手続きが明らかでない。
以上の如く、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」そのものが合理性を欠いており、これをもって被告が原告の「事実上の上司」であったとする主張の裏づけにはならない。「(イー1)基本的な事実の確認」及び「(イー2)被告の根拠なき自己主張」で指摘した如く、被告が原告の「事実上の上司」であったという主張は、法的、制度的、組織的な根拠を欠いている。そしてこの「(イ―3)「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」についての疑問点」で明らかになったことは、被告が原告の「事実上の上司」であったという主張は規程上の裏づけをも欠いており、それだけでなく、規程上の正式な手続きを経ない違法なものでしかないということである。
上述の如く、被告の被告自身の立場に関する主張は全く合理的な根拠を欠いた、違法な主張であることは明らかである。被告が言う「事実上の上司」とは、正しくは「公にできない、違法な上司」と言い換えられなければならない。原告は、この違法な主張に基づいてなされた被告側「準備書面(2)」における主張を全て否認する。(5~7p。太字は原文のママ。下線は引用者)
弁護士の看板を出している以上、太田三夫弁護士はメンツにかけてもこの批判にはきちんと反論してくるだろう。亀井志乃も私も、そう予想していた。期待していたと言ってもいい。ある意味で、ここが今回の裁判の急所だからである。
ところが太田弁護士は、平成20年7月4日付の「事務連絡書」で「被告は、原告提出にかかる平成20年5月14日付準備書面(Ⅱ)―1.2.3に対しては、本件訴訟における争点との関係を考え、反論の準備書面を提出する予定はありません。」と答え、反論を回避してしまった。
○逃げて廻った太田弁護士
亀井志乃も私もちょっと拍子抜けがしたが、〈しかし待てよ、「本件訴訟における争点との関係を考え、」とは妙な言い方だな。「争点とは関係がないから」反論しないというのならば、それなりに文意は通る。だが、太田弁護士も寺嶋弘道も「関係がないから」とは断言はできない。関係がないはずはないからな。でも、彼らとしては反論はしたくない。したくても出来ない。そこで太田弁護士は、取りあえず、こういう曖昧な言い方をしておいて、後で「反論をしなかった」事実が問題になった時は、「いや、反論をしなかったことは、必ずしも亀井志乃の指摘と主張を認めたことを意味しない」と言い抜けるつもりかもしれない。それならば、こちらとしては、彼らの逃げ道を塞いでしまおう〉。私たちはそう考えて、亀井志乃が平成20年7月7日、「訴え変更の申立」を裁判所に申請してきた。太田弁護士署名の「準備書面(2)」と寺嶋被告の「陳述書」、及び平原副館長の「陳述書」は、いずれも「裁判の過程において虚偽の陳述を行い、かつ原告の人格と能力と業務態度を中傷誹謗する、人格権侵害の違法行為」に該当する(「訴え変更の申立書」)、と判断したからである。
この間の事情は「北海道文学館のたくらみ(39)」にも書いておいた。
亀井志乃のこの対応は、太田弁護士にとっては計算外だったのであろう。彼はその翌々日、7月9日の第5回公判に合わせて、「準備書面(3)」(平成20年7月9日付)を提出したが、その内容は、亀井志乃の「訴えの変更の申立」に関しては、「全て否認ないし争う。」ということだった。
ところがその件について、田口裁判長が「被告側は新たな証拠や反論を用意しているのか」という意味の質問をしたところ、太田弁護士は「いえ、ありません」。
要するに太田弁護士は、ここではっきりと、反論の放棄を明言してしまったのである。
そんなわけで、10月31日の法廷における本人尋問では、太田弁護士と寺嶋弘道被告とは極力「事実上の上司」という言葉を使わずに、「ヘッド」なんて言葉にすり替えて誤魔化そうという、まことに薄みっともない、姑息な策戦に出たわけだが、亀井志乃の反対尋問を受けて寺嶋弘道はたちまちボロを出してしまった。もはや取り繕いようがない。太田弁護士は、最終準備書面たる「準備書面(4)」で、破れかぶれに開き直ったみたいに、またしても「事実上の上司」の乱発を始めた。
これはすなわち、太田弁護士自身、「事実上の上司」が「本件訴訟における争点」であることを認めていた証拠にほかならない。
結局太田弁護士はこの「争点」たる「事実上の上司」について、亀井志乃の批判に反論できず、また、自分の責任においてその言葉の概念を説明することもなく、結審を迎えたわけである。】
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