« 北海道文学館のたくらみ(50) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(52) »

北海道文学館のたくらみ(51)

亀井志乃の「最終準備書面」その4

【今回は「Ⅱ章 被告が法廷で行った虚偽の証言」の、「第3項 原告がその誤りを指摘したにも関わらず、何の反論もなく被告の主張を繰り返し、さらに新たな虚偽の陳述を加えた証言」のAからDまでを紹介する。紹介の後、少し長い私のコメントがつくが、ご海容いただきたい。2009年1月12日】

第3項 原告がその誤りを指摘したにも関わらず、何の反論もなく被告の主張を繰り返し、さらに新たな虚偽の陳述を加えた証言

A.「文学館全体職員会議」と「ホウ・レン・ソウ」について
 被告代理人は、原告に対する反対尋問の場において、「平成18年度第1回 北海道文学館全体職員会議」(
乙3号証)を原告に示して(その日の会議の中で)毛利館長のほうから、ホウ・レン・ソウの徹底ということを言われたことは記憶ありますか」原告調書20p)と質問してきました。原告は(自分の記憶には)ございません同前)と答えましたが、被告代理人は、さらに執拗に、以下の如く質問を続けました。

被告代理人)それから、財団の職員と道駐在の職員が一体となって仕事をするんだと、こういうことを言われたことはありますか。
原告)私、それは平原学芸副館長の言葉として覚えております。
被告代理人)私が聞いてるのは、毛利館長のあいさつとしてそういうことを聞いたことがありますかと聞いてます。
原告)記憶にはありません。

原告調書20p)

 しかるにその後、被告代理人は、被告に対する本人尋問の席で、同じく乙3号証を被告に示し、同じことを質問しました。

被告代理人)1番目に毛利館長のごあいさつというふうに書いてありますが、この毛利館長がどういうあいさつをしたか御記憶ありますか。
被告)新年度から指定管理者制度が導入されて、職員一体となって事業の推進を進めてほしいと。で、財団職員と道の駐在職員が一体となって進めるようにというのが1点目でした。2点目は、いわゆるホウ・レン・ソウですが、報告・相談・連絡を密に取って業務を進めるようにというふうに館長からの訓辞があったと記憶しています。
被告代理人)その職員全体会議には、当然、亀井さんも御参加されたわけですね。
被告)出ていたと思います。

被告調書3p)

 しかしこの証言は、以下の理由から、明らかに虚偽を含んでいます。

①原告自身の記憶では、4月18日の毛利館長の挨拶は、ごく簡単なものでした。新体制のもとで職員一同が頑張るようにとの基本的・概括的な話はありましたが、それ以上の細部にわたる話は、平原学芸副館長の方からなされました。
 ここで、なぜ、毛利館長ではなく、むしろ平原学芸副館長の方から、新体制に関する詳しい話がなされたのかについてご説明しておきたいと思います。それには、以下のような理由があったからです。
 毛利正彦氏は、長年、北海道教育委員会に勤務し、定年退職後、平成14年度から道立文学館に非常勤の館長(勤務日数は週4日)として着任しました(Ⅰ章Aの④参照)。毛利館長は、それまで、文学とは関わりのない分野を歩いてきたことから、本人自身、〈自分は文学や文学館については門外漢である〉と皆に公言していましたし、原告の文学館勤務が決まった時には、原告にもそのように話をしていました。
  また、そのため館長は、もっぱら、文学館全体への目配りは安藤孝次郎副館長
(※4)(常勤)に、そして学芸関係のことについては平原学芸副館長(常勤)に任せていました。特に、平原学芸副館長は、道立文学館創立以前からの学芸職員であり、北海道大学に
おいて近代日本文学を専攻した経歴を有すると同時に、北海道の文壇事情についても知悉していましたから、館長は、学芸業務に関しては平原学芸副館長に全幅の信頼を置いていました。理事会や、各委員会の進行も、ほとんど平原氏にまかせていました。本訴訟の証言や陳述ならびに証拠において、時には館長や副館長をしのぐような形で平原学芸副館長(現副館長)の存在がクローズアップされるのは、そのような背景があったからです。

(※4 安藤副館長も、毛利館長と同じく、北海道教育委員会を退職したのちに道立文学館に着任した副館長であり、事務系の方でした。)
 ですから、4月18日の会議に関する被告の証言は、その日に出席していた原告の記憶に照らして事実と異なるだけではありません。文学館の事情を知らない人には通用しても、毛利館長や各職員のバックグラウンドを知る人にとっては、なんら、リアリティがない話なのです。
②上記①の理由から、4月18日の全体職員会議でもっぱら発言をしていたのは、平原学芸副館長の方でした。
 ちなみに、原告自身の「平成18年度第1回 北海道文学館全体職員会議」の資料への書き込み
(※5)を参照すると、「2 平成18年度の重点課題と取組について」の項に4点、学芸副館長がその時挙げていた重点課題が記されています。その2点目の所に、「報告、連絡、相談を充分にする/情報をかかえこまない/情報の流れをよくする―信頼関係」(/は改行を示す)というメモ書きが残っています。
(※5 この資料については、今まで証拠としては提出してはいませんでしたが、必要ならばいつでも提出が可能です。ただ、最終準備書面においては新証拠の提出は控えるようにとのお話でしたので、今回は添付しませんでした。)
 しかし、原告の記憶による限り、平原学芸副館長本人は、「ホウ・レン・ソウ」という省略した言い方はしていませんでした。
 また、同項目の箇所には、第4点目として、「道教委直営組織/連ケイ
(ママ)、協力/道と財団といった、2元的なものにならないようにする/一体的に取り組む/道の組織、財団の組織/あまり意識しないで/渾然一体と」(/は改行を示す)というメモが残っています。これらも平原学芸副館長の言葉ですが、被告は、証言の場で、被告代理人と謀って、すべて毛利館長の言葉にすり替えようと目論んだものと思われます。
③被告と被告代理人は、「ホウ・レン・ソウ」という言葉を毛利館長の発話としてすり替えることによって、裁判長に「ホウ・レン・ソウ」が毛利館長のモットーか、文学館のスローガンであるかのような印象を与え、またその「ホウ・レン・ソウ」を認めない原告が如何に組織人としての資質に欠けていたか、という印象をも与えようと企図したのでしょう。
 しかし、実際に、文学館で働く職員の中で「ホウ・レン・ソウ」という言葉を使っていたのは、私の知る限りでは、被告ただ一人だけでした。被告は、確か、他の道駐在職員の書類にも〈ホウ・レン・ソウの徹底を!〉等と書き込んでいましたし、また、原告の記憶の確実なところでは、被告は、博物館実習の学生のうち、少なくとも一人の実習ノートに「ホウ・レン・ソウを大切に」と記していました。一方、他の人の言葉としては、これを聞いたことはありません。
 しかも、文学館において「ホウ・レン・ソウ」を最も守らなかったのは、ほかならぬ被告自身でした。
 また、この度の訴訟における証拠類を見ても、乙3号証「ホウレンソウの徹底」のメモは、ほぼ、被告自身の書き込みと見て間違いありません。さらに、この度の被告調書においては、被告は、本項(Ⅱ章第3項A)の上記部分で引用した例を含めて、3回も「ホウ・レン・ソウ」という言葉を持ち出してきています(被告調書3p・15p・18p)。一方、同時期の事柄について述べた平原副館長の「陳述書」の方には「ホウ・レン・ソウ」なる言葉は(原告を批判・批難する言葉の中にさえも)一切見られません。
 これらの事実から勘案しても、「ホウ・レン・ソウ」に特別にこだわり、それが文学館の職員全員にとって特別な意味を持つ言葉であるかのように主張したがっているのは、被告のみだと断言しても過言ではありません。

 以上、諸点に照らしてみると、被告と被告代理人とが共に口裏を合わせて、虚偽の証言を行っていたことは明らかです。
 ちなみに、「財団法人北海道文学館事務局組織等規程の運用について」(乙2号証)については、それが曖昧な性格のものでしかなかったことを、以下に確認しておきます。

乙2号証は、会議の場で単に配布されただけであり、それが議題の資料なのか、連絡事項なのかについて、明確な説明はありませんでした。また、それがどのようなプロセスを経て出来たものなのか、「財団法人北海道文学館事務局組織等規定」における第7条との整合性はどうなのか(原告「準備書面(Ⅱ)―1」6pで指摘)、「運用」の具体的な在り方はどうなのか等についても、まったく説明はありませんでした。被告は、平原学芸副館長の「平成18年度の重点課題と取組について」における第4点目の発言を挙げて、乙2号証の提案理由の説明だと強弁するかもしれませんが、少なくとも会議の流れとしては、乙2号証と学芸副館長の話は、そのような文脈では結びついていませんでした。
⑤もし仮に、平原学芸副館長の発言が
(意図として)乙2号証の説明であったとしても、それは、財団職員と駐在道職員の「協働連携」を分かりやすく言い換えた、単なる心構え論にすぎません。「財団法人北海道文学館事務局組織等規定」における第7条を無視してもよい、という理由の説明にはなっていません。ましてや、乙2号証の「* 財団事務局組織等規程の業務課、学芸班に所属する司書、研究員の上司は、規程の定めにかかわらず学芸主幹とする」という、財団法人北海道文学館における制度の根幹を揺るがすような変更を行った理由の説明にはなり得ていません。

B.明治大学図書館への出張と〈職員派遣願〉について
 被告は、原告が、明治大学図書館へ出張するに際して、図書館側から求められた通りに〈紹介状〉を作成しようとしていたにもかかわらず、敢えて〈職員派遣願〉の作成を原告に指示した理由を、以下のように証言しました。

告代理人)これは、明治大学に亀井さんが行くということなんですけれども、これは、なぜあなたは職員派遣願というものでなければ駄目だというふうにおっしゃったんですか。
被告)亀井さんが図書館へ調べものに行くのは、館の仕事として出張業務で行くわけですから、館の仕事で行くわけです。ですので、個人的な紹介状を携えて本を見せてもらうことよりは、組織と組織、つまり文学館の館長名ないし理事長名の依頼の文書を出して、組織対組織のほうが、より先方が丁寧な対応をしてくれると思いましたので、そのように職員を派遣する館長名の、理事長名の文書の作成を指示しました。
被告調書13p)

被告代理人)例えば、亀井さんがおっしゃるように、紹介状では何か不都合はあったんだろうか。
被告)不都合はなかったと思います。ただ、紹介状を携えるよりは館長名、所属長の名前の文書のほうが、例えば私の過去の経験で言うと、書庫の中に入れてくれるとか、あるいは閲覧のための特別な場所を用意してくれるとか、いろいろ便宜を図ってくれることがあるので、そちらのほうがいいというふうに思いました。

被告調書14p)

 しかし、上記の被告の証言には、まったく根拠がありません。そればかりでなく、書類の性格に関して、完全に誤った認識を抱いていることが明らかです。

①〈「紹介状」は個人で行く場合であり、館の仕事として行くのであれば組織対組織だから「職員派遣願」だ〉という被告の主張には何の根拠もなく、それはむしろ被告が大学図書館の状況について何も知らないという事実を露呈してしまった。このことについては、「準備書面(Ⅱ)―1」33~34pで詳述しておきましたので、ここでは繰り返しません。
 それよりも驚くのは、被告が、「
組織と組織、つまり文学館の館長名ないし理事長名の依頼の文書を」出した方が「より先方が丁寧な対応をしてくれると思」った、だから「職員派遣願」を指示したと証言したことです。つまりこれは、被告が、「紹介状」とは「館長名ないし理事長名」が入らない文書だと思っていることを意味します。
 先に原告の3月5日付「準備書面」20~21pでも書いておきましたように、原告は、かつて、北海道大学附属図書館
(文学部図書掛)のカウンター係を勤めていたことがあります。その間、しばしば、他大学の教員の資料調査に応対しておりました。また、北海道立文学館においても、閲覧室を担当(平成18年度)するようになってからは、幾度か大学・高校等から研究のために訪れた方々に応対し、求めがあれば、A学芸員と協力して、書庫内の書籍や現物資料を閲覧に供したりしました。
 その際、そうした研究目的の方々が持参するのが「紹介状」でした。そして、教育施設や文化施設に勤務する方がその資格において来る場合その「紹介状」には、必ず所属長
(所属学部長・所属セクション長等も)の名前が明記されてあり、印鑑が押印されています。原告は、所属長名や印鑑のない「紹介状」なるものを見たことがありません。
 上記証言の引用に従えば、被告は、平成18年10月6日に原告がN主査と「紹介状」について話していた時に、N主査がただ単に「紹介状」というタイトルで(館長名も何も書かずに)一筆書くだけだと思いこんで「職員派遣願」を書かせたことになりますが、それは被告の非常識な思い込みです。そしてまた、今回の証言における理由づけは、被告が、単なる自分の思いこみを原告に押しつけたことを隠蔽するための言い訳に過ぎません。
②被告は、〈組織対組織のほうが、より先方が丁寧な対応をしてくれると思った〉〈館長名・所属長の名前の文書のほうが、いろいろ便宜を図ってくれることがあるので、そちらのほうがいいと思った〉などと証言していますが、実際には、平成18年10日6日および7日の時点では、被告は一言もそのような趣旨の話をしていません。被告は、原告とN主査が話をしている横合いから
「それは、こちらから職員の派遣願いを出すことになる」と口をはさみ「書類、出来上がったら私に見せて」と言っただけです。また翌日には、教えてあげるから、ちょっとおいで」と横柄な口調で原告を呼びつけ、有無を言わさず赤ペンで修正を加えていっただけです(甲9号証)。
③もし被告が普通の注意力を持って原告とN主査との話に耳を傾けるか、あるいは、普通の注意力をもって自分自身が赤ペンで書きなぐりをしていた
甲10号証の1の「職員の派遣について(依頼)」の書面の内容を読み取っていたら、原告の、明治大学図書館における用向きがマイクロ版資料の閲覧だということがわかったはずです。そのためのマイクロリーダーの予約であり、その予約のために「紹介状」が必要だったのです。用向きはシンプルで明確です。甲10号証の1の「決定書」の方にもその用向きは書かれています。
 原告は、限りある出張日数の中で、必要な事のみを無駄なく遂行してこようと予定を立てていました。〈いろいろの便宜〉を漠然と期待する必要はありませんでした。何のためにどの資料を見るか、目的ははっきりしていたからです。そして、原告がただ漠然と資料探しにゆくのではないことは、
甲10号証の1の内容が普通に読みとれれば直ちに分かるはずです。
 被告の行為は、原告の出張意図を一つも理解せずに不要な干渉を強制的に行っただけに過ぎません。そして今回の証言においては、その過干渉を、あたかも親切な意図があっての事だったように言葉で糊塗しているだけです。

 以上の諸点を勘案すれば、被告の証言が、根拠の証明できない〈自分はそう思った〉話を盾にとっているだけの偽証であることは明らかです。

C.録音機と「普通じゃない」発言について
 平成18年10月28日、原告は、被告の主張を記録しておこうと、自分の机から録音機を取り出し、
どうぞお話し下さい」と言いました。しかし被告は、階下の閲覧室ではあれほど言いつのっていた文学碑写真の件を、この時点からは一切口にせず、あんたひどいね。ひどい」「あんた、普通じゃない」と言って、結局は被告の方から話を打ち切ってしまいました(甲49号証「録音記録」参照)。
 この点に関して、被告代理人は被告に
「それで、あなたとしては、亀井さんに対して、ひどいね、普通じゃないと、こういう発言をしたというふうに亀井さんは主張されておりますけれど、こういうことを言ったことありますか被告調書16p)と質問し、それに対して被告は、次のような証言を述べました。

)ひどいねと言ったと思います。それから、普通じゃないっていうふうにも言ったと思います。
被告代理人)ひどいというのは、どういう趣旨で言ったんでしょう。
被告)通常の事務の打合せを録音することが、まるで言質を取るようなことですので、そこまでやる必要はないという意味で、ひどいねというふうに言いました。
被告代理人)普通じゃないという意味は。
被告)少なくとも、私が知る範囲、通常の事務の打合せを録音にしてたという人を私は知りませんので、普通ではないと思いました。
被告代理人)あなたとしては、亀井さんとの会話というのは、ごく日常的な業務上の指示だとか、あるいは指導だとか、助言だと、そういうふうに思っているわけですね。
被告)はい、そのとおりです

被告代理人)ところが、亀井さんのほうでは、急に録音機を出してそれを録音しようと、そういう行動に出たものですから、あなたとしては、そういう亀井さんの行動を、ひどいだとか普通じゃないと、そういうふうに判断したということですね。
被告)はい、そうです。

被告調書16p)

 しかし、上記の被告の証言は偽りに満ちています。それは、以下の理由からです。

①原告の3月5日付「準備書面」・「準備書面(Ⅱ)―1」・甲17号証甲49号証を参照していただければ分かるように、10月28日の話の流れは、以下のようなものでした。
 (1)被告が「原告が文学碑の写真を撮りに行くことに決まっていた」と言って原告を責めはじめた。
 (2)いくら抗弁しても受け入れられなかった原告は、もう昼だったので事務室にいったん上がることを被告に促した。原告・被告は事務室に上がり、各々の席で昼食をとった。
 (3)昼食後、原告は被告に話の続きを促したが、被告は話題を避けた。
 (4)しかし、被告は、原告の主張をあくまでも認めず、今度は原告の雇用不安をあおるような発言をはじめた。
 (5)原告は、このままでは話が自分の雇用問題にまで発展しかねないと思い、確実な心覚えを記録しようと録音機を取り出した。
 原告は、この時の経緯について、最初に文学館内でアピールした時から一貫して上記のように主張しています。しかし被告の側から、時間的な経緯や前後関係に関して、あるいは、発言の内容に関して、確実な反証に基づいた反論や、話全体の流れを矛盾なくトータルに説明できる反論は、一度も提示されたことはありません
 要するに被告は、「準備書面(2)」や被告「陳述書」において、〈原告が勝手に話を打ち切って閲覧室を出た〉〈原告が感情的・反抗的だった〉〈原告が激昂し、一方的に話を打ち切り背を向けた〉などと、時間的経緯も前後関係も無視して根拠のない主張を繰り返しているだけです。
 それだけではなく、今回の証言においては、実際には(1)のように被告の方から原告に言いがかりをつけ、(4)のような発言をしていたにもかかわらず、その時のやり取りを、あたかも
「通常の事務の打合せ」であったかのように言いつくろい、言葉巧みに事態の本質をごまかそうとしていました。
②また、被告の、書面における上記のような主張、および、尋問の場における証言は、原告の
甲49号証のもととなる録音の音声を聞けば、少なくともその一部(おそらくは全部)が覆されてしまうはずです。なぜ、被告側は、この段階に至っても甲49号証の内容を無視し続けるのでしょうか。
 
甲49号証から一例を挙げれば、被告の「だって話終わってるしょ」「2度言ったもん。それでも理解できないなら無駄でしょ」「なんでおなし事2度言わなきゃなんないの」等の言葉は、それが発された前後の文脈に照らしても、またその言葉遣いを見ても、とうてい、連携協働する相手の言葉に耳を傾け、事務の打合せをスムーズに運ぼうとしている人間の発言とは思えません。
③被告が10月28日に持ち出して来たのは、
ごく日常的な業務上の指示だとか、あるいは指導だとか、助言」ではありません。そもそも、決まってもいなかった業務について〈決まっていた〉〈原告がやるべきことだった〉と執拗に主張するのは、日常的な業務上の指示」「指導」にはあたりません。また、甲49号証の記録を見ても、被告が原告に〈指示・指導・助言〉をしようとしていた形跡はまったくありません。2度言ったもん。それでも理解できないなら無駄でしょ」の言葉に如実に示されているように、結局は自分の方から対話を打ち切り、それを〈原告の理解能力の欠如〉にすり替えていただけです。

 以上の理由から、被告が証言の場において偽証を行っていたことは明らかです。

④なお、後述するⅢ章の「C.出張の『相談』と『亀井さん』の『気持ち』について」やⅣ章「被告のコミュニケーション態度について」と深く関係することなので、ここで一つ確認しておきたいことがあります。
 それは、被告にとって、被告と原告との会話は、被告の原告に対する〈指示・指導・助言〉であって、それ以外ではないと、ここ(被告調書16pからの引用部)で明言していることです。つまり、被告は、自分が〈相談〉の姿勢を持たなかったことを自ら認めたわけです。

D.栗田展の中止について
 被告は、「栗田和久写真コレクションから」(栗田展)の開催に関して裁判長から質問を受けた際には、
展覧会は開かれませんでした被告調書24p)と認めました。しかし、そうした事例(企画の中止・綿引展のポスター作り直し等)に対して、被告自身がどのような対処をしたのかという趣旨の質問に対しては、

それを判断するのは財団のほうで、その展覧会を実施する、しない、あるいはポスターの作り直しを財団で決めなければならないことですので、意見を求められれば私は言ったかも知れませんが、決定したのは財団のほうで決めたことです被告調書24p)

と答えました。
 また、〈そうすると、栗田展が中止になったことに関して、被告自身の落ち度・不手際はなかったのか〉という趣旨の裁判長の質問に対しては、被告は、以下のように答えました。

栗田さんに作品を貸してほしいというお電話をしたのは私ですので、私が電話したところが、………御本人から、作品を貸し出すことはできないと言われましたので、それを平原副館長にお伝えをして、対処をどうするかという相談をいたしました被告調書24p)

 しかしこの証言は、以下の理由から、信憑性に欠け、明らかに虚偽を含んでいます。

①栗田展の開催は、平成18年2月23日の学芸課内打合せですでに決定しており、同年3月作成の「2006年度事業カレンダー」(甲16号証)にも組み込まれていました。そして3月時点では、主担当は、被告に決定していました(甲60号証甲6号証)。
 繰り返しになりますが、文学館の事業計画は、基本的には、前年度のうちにすべて決定しています。まして、平成17年度においては、道文化施設の指定管理者に応募するため、平成18年度から21年度まで、4年間分の具体的な計画案の作成が必要でした。
 それに、新年度の4月1日からは、新しい展覧会案内のリーフレットを館内に置き、各機関・施設にも配らなければなりません。〈リーフレットで市民・道民にイベント予定をご案内する〉という意味において、そこに記載されている展覧会は、本来、必ず開催が確定したものでなければならないのです。
 ですから、栗田氏と文学館との間の写真貸借の約束も、前年度中にほぼ確定したことであって、もし両者の間に何事もなければ、間違いなく借用が可能であったと思われます。少なくとも、平成18年度に異動してきた被告が、平成18年度中に入ってから栗田氏に電話し、そこからいきなり「作品を貸してほしい」「いや貸せない」という話の流れになるはずはあり得ません。
②栗田展は確かに財団の事業ですが、しかし、主担当として実施を引き受けた被告にとっては、これはまさしく〈駐在道職員〉としての〈公務〉だったはずです。駐在の道職員が、駐在先で公務に失敗しながら、“しかしこれは内容が財団の業務だったから”という理由の一言で、責任を負わずにすむということはあり得ないはずです。
③被告は、「準備書面(2)」の中では、
当該年度(平成18年度)に計画されたいずれの事業をも着実に推進すべく指揮監督する立場に被告は着任したのである(2p・傍点引用者)と述べています。一方、この度の尋問に際しては、規則上は、………財団の職員を指揮命令する立場には私はないと思いますが被告調書22p・傍点引用者)と証言を一部変えてきているものの、毛利館長から」財団の職員を「指揮下に置いてくださいということの話がありましたので」「事実上の(上司)というのはそういう意味です同前22p)と、やはり、〈自分は事実上は財団の職員を指揮命令する立場にある〉との主張を続けています。
 もし、本当に被告が、事実上、
いずれの事業をも着実に推進すべく」「指揮監督」ないしは「指揮命令」する立場なのだとしたら、その責任範囲は、単に自分が担当する展覧会だけではなく、その年度に実施を予定されたすべての展覧会およびイベントに及ぶはずです。
 ポスターの刷り直しはもとより、展覧会中止など、道の文化施設に本来あってはならない、由々しき事態です。それらの責任はまさしく
「事実上」「指揮監督」ないし「指揮命令」を行っていた被告が負うべきですし、少なくとも、財団に始末書を提出し、自らの責任を如何に償うべきかについて伺いをたてるぐらいは、当然の行為と言えるでしょう。
 しかし被告はそうするどころか、いったんトラブルが起こると、必ず自分が道の駐在職員であることを盾にとり、すべて
「それを判断するのは財団のほう」の一言で責任のがれを図ろうとします。こうした、自らの責任をまったく取らない者が、一方では財団の職員や事業に対して指揮権をふるうなど、許されることではありません。
 これは、より正確に言えば、〈自らの責任をまったく取らない公務員が、民間の財団の職員や事業に対して指揮権を行使している〉ということにほかなりません。つまり、これが被告の言う「一体化」の実態なのです。
④栗田展が中止になるらしいという話が出たのは、平成18年12月の上旬でした
(※6)
(※6 原告の日記『道立文学館覚え書2』(証拠としては未提出)の記述によれば、それは、12月5日のこととなっています。)
 その後、財団事務局は、同年12月22日付で、各理事に栗田展中止の葉書を送付しています。理事の一人であった父のもとにも、その葉書は届きました。
 すでに前年度中に栗田氏と財団(中心は平原学芸副館長)との間で合意され、「道立文学館事業案内」(リーフレット・甲55号証)や文学館公式ホームページでも予定が公表されていた展覧会が、開催日(平成19年1月13日)まであと1ヶ月を切る段階になって中止が決定される。これは、明らかにきわめて異例な事態です。
 それに、前年度中に栗田氏と会って企画をまとめあげた平原副館長が、“被告と栗田氏との間に「貸してほしい」「貸し出すことはできない」という電話でのやりとりがあった”という報告だけで、簡単にキャンセルに同意するとも思われません。もし、被告の言う通りなら、それは、一方的にキャンセルを通告してきた栗田氏側の重大な契約不履行であり、財団側が折れる理由は一つもないはずだからです。
⑤一方、被告の証言は、貸出拒否問題の発端となった件(くだん)の電話は自分から氏にかけたものであり、その通話のやりとりの中で栗田氏が貸出を断ってきたのだということを自ら認めるものです。
 つまり、状況から察するに、突然のキャンセルは、被告の栗田氏に対する対応に、何らかの――おそらく、申し開き不可能な――手落ちがあったことが原因だとしか考えられません。

以上の諸点に照らして、Dに引用した被告の証言の偽証性は明らかです。

亀井秀雄注
被告代理人の太田弁護士は、昨年10月31日の法廷では、「ホウ・レン・ソウ」にかなり力を入れて尋問していたが、平成20年12月16日附「準備書面(4)」では何も言及しなかった。ここに紹介した亀井志乃の「最終準備書面」(平成20年12月12日附)が影響したのかもしれない。Dの「栗田展の中止」については、被告も、被告代理人も、ふれたくないことだっただろう。何も書いていなかった。
 Bの「明治大学図書館への出張と〈職員派遣願〉」の問題については、次回以降、改めて取り上げることにして、今回はCの「録音機と『普通じゃない』発言」について、具体的な経緯を説明しておきたい。

○パワー・ハラスメントのアピールに踏み切るきっかけ
 平成18年10月28日(土)の出来事は、亀井志乃が寺嶋弘道のパワー・ハラスメントのアピールに踏み切るきっかけとなった出来事であり、裁判の重要な争点の1つであるが、それはどんなことだったのか。いま亀井志乃の平成20年3月5日付「準備書面」によって説明すれば、次のようであった。
《引用》

(11-1)平成18年10月28日(土曜日)
(a)被害の事実(甲17号証を参照のこと)
 原告が朝から1人で閲覧室の業務を行っていると、午前11時頃、被告が閲覧室に来て印刷作業をし、帰り際に、原告に対して、「文学碑の仕事はどうなっているの」と聞いた。文学碑データベースについては、各市町村・自治体から特に新たな情報は入っていなかったので、原告はデータの更新を行っていなかった。原告は「いいえ、特に何もやっていませんでした」と答えた。すると、被告は、「やってないって、どういうこと。文学碑のデータベースを充実させるのは、あんたの仕事でしょ。どうするの? もう、雪降っちゃうよ」と、原告を急き立てた。更に被告は、「5月2日の話し合いで、原告が文学碑のデータベースをより充実させ、問題点があれば見直しをはかり、さらに、原告が碑の写真を撮ってつけ加えてゆく作業をすることに決まった」、「これらは、原告が主体となって執り行うべき業務である。それを現在まで行わなかったのは、原告のサボタージュに当たる」という二点を挙げて、原告を責めた。
 しかし、5月2日の話題((2)の項参照)はケータイ・フォトコンテスト、または文学碑写真の公募という点に終始し、被告が言うような決定や申し合わせはなされていなかった。そこで原告は、「そのようなことは決まっていません」と反論したが、被告はあくまで「決まっていた」と主張し、「どうするの。理事長も館長も、あんたがやるって思ってるよ」と言った。 それを聞いて原告は、おそらく誤った情報が理事長や館長に伝わっているのだろうと思い、「分りました。では、私が理事長と館長にご説明します」と言った。被告は慌てて「なぜ、あんたが理事長や館長に説明しなきゃなんないの」と言い、原告の行動を阻止した
(23~24p。下線、太字は引用者)

(11-2)平成18年10月28日(土曜日)〈同日〉
(a)被害の事実(甲17号証を参照のこと)
 (11-1)の項でのやりとりのあと、原告は、一対一の押し問答に終始すべきではないと思い、「もう昼にもなるので、事務室へ行ってお話をうかがいましょう」とカウンターを立った。被告も続いてすぐに事務室に上がった。
 そして昼食後、原告は、改めて被告の言い分を聞こうとした。ところが被告は、「もう二度も話したから、その通りのことだ」と言い、なぜか主張の詳細を事務室では口にしようとしなかった。「要するに認識の相違だ」とも言ったが、原告の「文学碑に関してそのような仕事は決まっていなかった」という主張は、依然、認められないとのことだった。
 原告は責任ある立場の職員に立ち会ってもらいながら、これまでの経緯を明らかにしようと考え、「では、その問題について、副館長(先の学芸副館長)も業務課長も揃ったところで、説明させていただきます」と言った。ところが被告は、「いいかい。たかが、だよ。たかがデータベースの問題でしょう。それを、なんであんたが、副館長や業務課長に説明しなきゃなんないの」と、今度は一転、データベース問題の重要さそのものを否定した。そして命令口調で、「説明したいんなら、まず、私に説明しなさい。」、「何かやるときには、まず、私に言いなさい」と言い、原告が「二人の間に認識の違いがあるというのだから、そのことについて、他の方に意見をうかがいたいのだ」と言うと、「説明して分ってもらいたいなら、わたしにまず説明しなさい。私がこの学芸班を管理しているんだ。そうした決まりを守らないなら、組織の中でやっていけないよ」と、自分の立場を押しつけた。
 原告は、自分の雇用に関わる問題にまで発展しかねないと思ったので、机の中に入れていた録音機を取り出し、「話の詳細を心覚えに記録させていただきますので、どうぞお話し下さい」と言った。すると被告は、今度は話を続けることなく、急に「あんたひどいね。ひどい」、「あんた、普通じゃない」と、あたかも原告が普通ではない(アブノーマル)人間であるかのような言葉を発した。原告は、被告に、「私に話したいことがあるなら、記録を取られるからといって、なぜ、話さないのか。誰がいたとしても、一対一の時のように、はっきり言えばいいではないか」と言った。そして、「私は、この問題について、これからも追求してゆくつもりだ。そのことは、自分自身が(自分の言葉として)これ(録音機)に記録しましたから」と言い、午後の勤務のために事務室を出た
(25~26p。同前)

 亀井志乃はこの一連の出来事を、先ほど紹介した「最終準備書面」では、(1)から(5)までの形に整理したわけだが、何が争点だったか、この引用によってより明瞭に分かるだろう。
 
○被告側の反論
 被告側は「準備書面(2)」(平成20年4月9日付)で、まず
「この日、閲覧室において被告が原告に対して文学碑データベースの話をしたことは事実として認めるが、発言の細部については否認する」(9p)と反駁し、珍しく表現そのものへのこだわりを見せて、次のように反論した。
《引用》
 
特に第1段末尾の「 」で記述された二項はまったく事実と反するものである。この時の被告の発言は、5月2日の打ち合わせにおいて原告が担当者となって一般公募による写真収集の企画案をまとめることとなっていた、と述べたものであり、「サボタージュ」との発言も原告自身が口にした言葉である(9p)

 原告は今般の訴状及び準備書面において、被告の発言を「 」で示し、いかにも被告がそのとおり発言したかのように主張し、あるいはまた、書面の作成において原告自ら振り仮名を振って「アブノーマル」と読ませるなど作為的な文言を列記し、被告の発言を歪めている。併せて、そのことによって、被告の発言を「傲慢な口調で」「恫喝的な言葉を発した」とか「原告の性格を誹謗する言葉を吐きかけた」などと一方的、感情的に原告が受け止めていることを、正当化しようとしている(9p)

 被告側としては、亀井志乃の表現上の作為を暴いて、むしろ原告のほうが感情的だったことを証明する策戦に出たのである。

○被告側の作為
 ただし、少し注意深い読者ならば直ぐに気がついたと思うが、被告側が引用した
「傲慢な口調で」「恫喝的な言葉を発した」、「原告の性格を誹謗する言葉を吐きかけた」などの言葉は、上に引用した亀井志乃の文章には出てこない。
 亀井志乃は、上のように「被害の事実」を述べた後に、「違法性」という項目を立て、「被告が、閲覧室という不特定多数の来館者に開かれた空間で、原告の業務態度を非難したこと」に関しては、「原告が定められた業務に手抜きをするいい加減な印象を与えて、名誉を毀損した」と指摘をした。
 また、「原告が理事長や館長に事情説明して誤解を解き、自己の名誉を守ろうとする極めて正当な行動を(被告が)阻止した」ことや、「原告が副館長や業務課長の立ち会いの下で事実確認を行い、サボタージュといういわれのない名誉毀損をただそうとしたが、被告はそれを妨げた」ことに関しては、「憲法が保障する基本的人権の実現を妨げる、人格権侵害の違法行為である」と指摘した。
 更にその上で、亀井志乃は「被告は、自分が公務員でありながら、同時に民間の財団法人の管理職に就いていることを原告が受け入れ、原告が自らを部下の立場に置くように強要した」、「北海道教育委員会の公務員である被告が、身分の不安定な原告の弱い立場につけこみ、被告自身が原告の使用者ではないにもかかわらず、将来の雇用に関する原告の不安を煽るような恫喝的な言葉を吐きかけた」ことを指摘したのである。
 
 被告側は、これらの指摘から先のような言葉を拾い出して
――「傲慢な口調で」の場合は、「準備書面」ではなく、「訴状」にまで遡って探し出し――亀井志乃が「普通ではない」という言葉に「アブノーマル」と振り仮名したことに結びつけた。要するに被告側としては、〈亀井志乃が言うパワー・ハラスメントは、彼女の思いこみによる過剰反応にすぎない〉という印象を与えたかったのであろう。

 なぜ、二人はそのような作為をしなければならなかったのか。その意図はすでに明らかだと思う。彼らは、亀井志乃の指摘に対して正面切って反論することを回避し、あるいは裁判官の目をこれらの指摘から逸らすために、ことさら「アブノーマル」という振り仮名にこだわってみせたのである。

○亀井志乃の論駁
 その点に関しては、亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)-1」で、次のように反論しておいた。
《引用》
 
しかし、「普通じゃない」という言葉が、「慣例的に行われているのではない、例外的である」という意味に使われる場合にはunusual を使い、「人間の言動が正常ではない、異常である」という意味で使われる場合にはabnormalを使うことは、それこそ普通の(usual)用法である。被告は原告に向かって「あんたひどいね。ひどい」「あんた、普通じゃない」という言葉を吐いた。その「普通じゃない」という発話にアブノーマルと振り仮名したのは、被告の発話がunusual の意味ではなく、abnormalの意味だったことを明確にするためであり、よく行われる(usual)ところの正常な(normal)表現行為である。
 被告は、被告側「準備書面(2)」の記述において、既に2度、原告の主張に関して「常軌を逸した」という形容句を用いている。これもまた、「世間で普通の行われている範囲からはずれた」、「エキセントリックな」、「アブノーマルな」の意味であり、被告は「準備書面(2)」においてさえ、このように原告の人格を誹謗・中傷する言葉を発してきた。被告の原告に対する、そのように傲慢な態度が、10月28日の事務室における発言にも露呈していたと見るべきであろう
(40p)

 また、亀井志乃は、平成18年10月28日の応酬の際、録音機を取り出したことについても、次のように説明しておいた。
《引用》
 
また、被告は、しかし、被告は、同人から指導を受けた際の原告のこれまでの態度、姿勢などから、冷静に対応するよう努めていたところであり、むしろ、原告は『私が理事長や館長に説明します』とか『私は、この問題について、自分自身が(自分の言葉として)これ(録音機)に記録しました』などと極めて感情的、反抗的な態度に終始していたところであり、(被告「準備書面(2)」)と主張するが、被告の原告に接する言動は「指導」どころか、「助言」とさえも言えない、高圧的、侮蔑的な態度であった。常に冷静に対応しようと努めてきたのは原告の方であった。1対1の会話では水掛け論となってしまい、埒が明かないと考えたからこそ、原告は「では、私が理事長と館長にご説明します」と言ったのである。原告が録音機を取り出したのは、すでに午後の閲覧室勤務の時間が迫っており、後日ケータイ・フォトコンテストをめぐる5月2日の話し合いの問題が再燃する場合に備えて、原告と被告のそれぞれの主張を音声記録にとどめておこうと録音機を出したのである。ところが、この場面を問題にする被告は、原告の発話を正確に引用することさえもできず、原告の言葉の意味を取り違えている。原告は、自分自身の言葉を記録し、後々までも責任を持つつもりだ、という意味で、「私は、この問題については、これからも追及するつもりだ。そのことは、自分自身が(自分の言葉として)これ(録音機)に記録しましたから」と言ったのである(40~41。下線は引用者)

 更に亀井志乃は、「準備書面(Ⅱ)―2」の中で、寺嶋弘道の「こうした激情が会話を阻害するのは言うにおよばず、一方的に話を打ち切り背を向けてしまう原告の態度を見て、冷静な議論が必要だと私はこの時気づいたのでした(「陳述書」6p)という証言に対して、次のように反論した。
《引用》
 
平成18年10月28日のこの出来事において、私が特に烈しい激情にかられたという事実はありません。むしろ被告があくまで私の抗弁や釈明をまったく相手にしない態度に終始したので、やむを得ず私は、今後この問題が蒸し返された場合、お互いにどのような主張をしていたかを記録しておこうと、録音機を出し、「話の詳細を心覚えに記録させていただきますので、どうぞお話し下さい」(原告の「準備書面」11―2)と言いました。その途端に被告の声は、自信なさそうに小さく、低くなってしまいました。そのことを被告は、「その前から自分は冷静に話していたのだ」と取り繕いたいのかもしれません。被告は臆したのか、冷静だったのか、その録音のテープは私の手元に残っていますし、音声データはいつでも再生できます(甲49号証 録音テープからの再生記録参照)。それを聞いていただければ直ちに明らかですが、話を打ち切ったのは被告のほうであって、私が「激情」にかられて「一方的に話を打ち切」ったわけではありません (22p。下線は同前)

○法廷における誤魔化し
 以上のことを確認して、さて、改めて、10月31日の法廷における、被告代理人太田弁護士と、寺嶋弘道被告とのやり取りを見てみよう。
《引用》

被告代理人:ひどいというのは、どういう趣旨で言ったんでしょう。
被告:通常の事務の打合せを録音することが、まるで言質を取るようなことですので、そこまでやる必要はないという意味で、ひどいねというふうに言いました。
被告代理人:普通じゃないという意味は。
被告:少なくとも、私が知る範囲、通常の事務の打合せを録音にしてたという人を私は知りませんので、普通ではないと思いました。
被告代理人:あなたとしては、亀井さんとの会話というのは、ごく日常的な業務上の指示だとか、あるいは指導だとか、助言だと、そういうふうに思っているわけですね。
被告:はい、そのとおりです。

 
 二人がどのように事実を誤魔化そうとしていたか。その手口までもが、もはや誤魔化しようがないほど、すっかり露見してしまったと言うべきだろう。 
 二人は、「寺嶋弘道が亀井志乃に対して、平成18年の5月2日の話し合いで決まったわけではないことを、『いや、決まっていたのだ』と言い張って、亀井志乃の怠慢を責めたこと」や、「亀井志乃が理事長や館長に事情説明しようとするのを阻止したこと」や、「亀井志乃に対して、『自分がこの学芸班を管理しているんだ。そうした決まりを守らないなら、組織の中でやっていけないよ』と脅しをかけたこと」や、それら一切を棚に上げて、あれは
「通常の事務の打合わせ」だったのだ、と言い繕うことにしたのである。

○三題噺的な矮小化
 その欺瞞性が、今回紹介した、亀井志乃の「最終準備書面」(平成20年12月12日付)の「C.録音機と『普通じゃない』発言について」によって暴かれてしまったわけだが、被告代理人太田弁護士は「準備書面(4)」(平成20年12月16日付)の中で、まだ未練たらしく、次のように主張していた。
《引用》

8 平成18年10月28日の被告の言動
(1)この日の原告の一連の言動は、正に原告が財団の職員であり、原告の事実上の上司が被告であることを無視し、原告自身が納得しない限り被告らから命じられても原告の業務でないという態度そのものである。
(2)それを再度目の当たりにした被告は、被告が原告の直属の上司であることを説明し、まずは被告に説明することを求めたにすぎない。
(3)そうしたところ、あろうことか原告は被告との業務上のやり取りをテープレコーダーに録音するという考えられない行動に及んだのである。
(4)この原告の行動を被告が発言した様に「あんたひどいね。ひどい」「あんた普通じゃない」と感じないものがいるであろうか。
 誰が見ても原告の行動は上司と部下との間で業務上の問題点について話合われる際の通常の行動でないことは明白である。
(5)従って、被告の発言は、原告の言動の様に日常生活の中において通常取られることのない言動を取られた者の反応としては極めて自然のものであり、何ら違法性はない。
6~7p。太字は引用者)
 
 これが、平成18年10月28日の出来事に関して太田弁護士が述べた全文である。
 太田弁護士署名の「準備書面(4)」が速達で亀井志乃の手元に届いたのは、12月17日(水)のことだった。この日私は小樽の文学館へ出ていたのだが、帰宅してこれを読み、吹き出してしまった。
 
 ええっ、たったこれだけ?! 
 「準備書面(2)」(平成20年4月9日付)の時点ではずいぶん自信たっぷりだったが、亀井志乃の「準備書面(Ⅱ)―1」で
「被告は『この日、閲覧室において被告が原告に文学碑データベースの話をしたことは事実として認めるが、発言の細部については否認する。』と言うが(中略)それならば、被告側の証拠に基づいて『細部』を再現すべきである。(36p)と切り返されて、何の反証を挙げることが出来なかった。しかも、先ほどの「準備書面(Ⅱ)-2」のような反論を受け、10月31日の尋問でも得点を挙げることができず、要するに議論は負け続け。仕方なしに「上司と部下の関係」「業務上の話し合い」「テープレコーダー」と、下手な落語の三題噺みたいに事態を矮小化して、〈平成18年10月28日の出来事は、大げさに論ずるほどのことではなかったのだ〉という印象を与えようとしたのだろう。だが気の毒なことに、悪い冗談としか評しようがない。
 まず(1)について言えば、これは文辞が整っていない。(2)も意味が通らない。一体寺嶋弘道は、亀井志乃にどんなことについて
「説明することを求めた」のか。
 
 すでに繰り返し指摘してきたように、「事実上の上司」なんてことを持ち出しても、寺嶋弘道の違法性を証明することにしかならない。これでは自分で自分たちの首を絞めるようなものだろう。

 (3)について言えば、「あろうことか……感じないものがいるであろうか」と、まるで弁護士が三百代言と呼ばれていた時代の裁判劇みたいに、大向こうのウケを狙った台詞まわしだが、亀井志乃が録音機を取り出した理由は、平成18年10月31日のアピール文以来、「準備書面」、「準備書面(Ⅱ)―1」「準備書面(Ⅱ)-2」と4回も説明してきた。太田弁護士がすっとぼけた振りをしてスルーしても、裁判長が以上のような亀井志乃の理由説明と、テープレコーダーから起こした寺嶋弘道の言葉(甲49号証)を見落とすはずがない。
 それに、太田さん、自分の文章はもっと慎重に点検したほうがいいですよ。もし仮に10月28日の寺嶋弘道と亀井志乃のやり取りが「業務上の問題点」に関するものであったとしても、仕事の性質、内容によっては、テープレコーダーに記録を残そうとする場合もある。そんな時、いちいち
「あんたひどいね。ひどい」「あんた普通じゃない」なんて反応する人間がいたら、そりゃ大抵の人が「ひょっとしたらこの人、普通じゃないんじゃない?」と感ずるだろう。
 にもかかわらず、太田弁護士は
「(3)そうしたところ、あろうことか原告は被告との業務上のやり取りをテープレコーダーに録音するという考えられない行動に及んだのである。/(4)この原告の行動を被告が発言した様に『あんたひどいね。ひどい』『あんた普通じゃない』と感じないものがいるであろうか。」と書いてしまった。そのこと自体が、寺嶋被告の発話が記録に残されては困る性質のものだった、何よりも確かな証拠にほかならないだろう。

○太田弁護士の更なる失敗
 その上、もう一つ、太田弁護士は寺嶋被告の足を引っ張るような失敗をしてしまった。
 寺嶋弘道は、自分が亀井志乃を「あんた」呼ばわりしたことを、「文学碑のデータベースを充実させるのは、あんたの仕事でしょ。どうするの?」とか、「なんであんたが、副館長や業務課長に説明しなきゃなんないの」とかと、直接話法的に再現されることを気にしていたらしい。自分が亀井志乃を見下していたことの明らかな証拠とされるのではないか、と心配したのだろう。そこで彼は、「陳述書」の中で、
原告に『あなた』と呼びかけたことさえ『あんた』と呼び下したように記されていることからも分かるとおり、意図的な用語転換による防衛心と敵意がここに表明されています。(4p)と、亀井志乃のほうを非難する策戦に出たわけである。
 
 もっとも、「あなた」を「あんた」と書くことが、なぜ「意図的な用語転換による防衛心と敵意の表明」になるのか、さっぱり分からない。
 書いた本人も、自分が書いたことの意味が分かっていなかったのではないか、と思われるのだが、とにかく彼が直接話法で自分の発話を再現されるのを嫌っていた。そのことだけは、こちらにも伝わってくる。
 ところが太田弁護士は、あろうことか、自分の依頼人のこだわりにはお構いなしに
「この原告の行動を被告が発言した様に『あんたひどいね。ひどい』『あんた普通じゃない』と感じないものがいるであろうか。」と書いてしまった。つまり、寺嶋被告が亀井志乃を「あんた」呼ばわりしたことを認める書き方をしてしまったのである。「弁護の仕方としては普通じゃない」「ひどい」と感じないものがいるであろうか
 
 そして最後、(5)について言えば、亀井志乃は
「あんたひどいね。ひどい」「あんた普通じゃない」という寺嶋弘道の発話だけをとらえて、彼の「違法性」を指摘したわけではない。普通の読書能力の持ち主ならば、亀井志乃の「準備書面」を一読して、直ちにその程度のことは分かるはずである。】

|

« 北海道文学館のたくらみ(50) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(52) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 北海道文学館のたくらみ(51):

« 北海道文学館のたくらみ(50) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(52) »