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北海道文学館のたくらみ(40)

裁判で人間の尊厳を守る

○次の公判に向けて
 8月11日(月)、亀井志乃は「陳述書」と、「人証」に関する書類を届けてきた。
 「陳述書」は証拠物の一つに数えられるわけだが、亀井志乃は自分の「陳述」を裏づける証拠物20点を新たに加えた。結局、2月13日以来、彼女が出した証拠物は、合計して150点を超えることになった。
 
 「人証」というのは、物的証拠すなわち「物証」に対する、人的証拠の略語である。
 被告・寺嶋弘道の代理人の太田弁護士は、公判が始まる頃に12点の証拠物を出したが、それ以上の物証を出す予定はないという。
 亀井志乃は太田弁護士署名の「準備書面(2)」と寺嶋弘道の「陳述書」、および平原一良の「陳述書」も告訴の対象とすることにして、「訴え変更の申立書」(7月7日)を裁判所に申請した。それに対して、被告側の太田弁護士は「準備書面(3)」(7月9日)で、「全て否認ないし争う」と主張していたが、しかし7月9日の公判で、裁判長から「反論や、それを裏づける証拠物を出す予定があるか」という意味のことを訊かれて、「いえ、ありません」。これでは、まるで白旗を掲げたようなものではないか。
 
 しかし太田弁護士には決定的な切り札、被告・寺嶋弘道という人的証拠物がある。次の公判は8月29日(金)の10時半の予定であるが、この時、寺嶋弘道という証拠物をいつ持ち出すかが話題となるだろう。亀井志乃は、いずれ近いうちに寺嶋弘道という人的証拠が証人台に立つだろうことを前提として、田口紀子裁判長から寺嶋被告に尋問してもらいたい事項を挙げた文書を届けたのである。

○今回のテーマ
 さて、証人台に立った寺嶋弘道被告は、どんなふうに尋問に対応するか。
 もちろん私の関心はそこにあるのだが、彼が書いた(と思われる)「陳述書」から判断するに、彼は敢えて嘘を重ねながら執拗に相手の人格を貶め続ける。そういうタイプの人間であるらしい。
 これは「北海道文学館のたくらみ(32)」でも紹介したことだが、彼は亀井志乃の仕事ぶりについて、次のように書いている。
《引用》
 
また、この「二組のデュオ展」では、2月9日(金)の道内美術館からの作品借用業務において、通常、作品図版カードを持参して双方職員による点検を行うところ、原告(亀井志乃)はこれを持参せず、後日そのことを伝え聞いた私は当該美術館にお詫びの電話を入れ、原告にとっては初めての美術品借用であった旨を伝えて釈明したのでした。このように原告は実際のところ学芸業務について経験が乏しかったにもかかわらず、「文学館の仕事にキャリアを持つ」(訴状)と自負するほど自尊心の強い性格だったと思います。下線は引用者。以下同じ)
 
 寺嶋弘道がここで挙げた「道内美術館」なる美術館は、果たして存在するのかどうか。彼が言う「作品図版カード」とはどんなカードか。彼は誰から、「通常、作品図版カードを持参して双方職員による点検を行うところ、原告(亀井志乃)はこれを持参せず」ということを聞いたのか。聞いたのは何日のことなのか。彼の電話に出た「道内美術館」の職員は、どういう立場で、何という名前なのか。
 法廷では裁判長または亀井志乃から、これらの質問が出るはずだが、私の判断では寺嶋弘道は答えることができない。なぜなら、事実としてこれらのことはなかったからである。また、仮に事実としてこれらに類することがあったとしても、それは亀井志乃が道立近代美術館や木田金次郎記念館から作品を借用した際の、一連の行為事実とは合致しない。とするならば、寺嶋弘道は誰か別な人間の犯したミスを、亀井志乃に押しつけたことになるからである。
 
 ただし、今回私が注意しておきたいのは、このことだけはない。引用に際して私が下線を引いておいたように、被告・寺嶋弘道は、事実に合わない嘘を書くたびに、「原告は実際のところ学芸業務について経験が乏しかった」とか、「自尊心の強い性格だった」とかと、相手を貶める言葉を書きこんでいるのである。当然のことながら、裁判では、こういう言葉の根拠もまた問われることになる。
 
○身近なところで起こり得る、怖いこと
 幸いに亀井志乃は寺嶋弘道の部下ではなかったし、裁判を起こしたおかげで、彼の手のうちを知ることができた。
 しかし、いま仮に自分が官公庁や学校に勤めていると考えてみよう。自分の身近なところにいる中間管理職が、自分に関するこのような人物考査書を上級の管理職に提出しているとしたら、これは相当に怖いことであろう。しかも自分は、その考査書にどんなことが書かれているか見ることはできない。まことしやかな嘘が書かれているかもしれないのに、異議を申し立て、訂正を求めることもできないまま、自分の処遇が決まってしまうかもしれないのである。

 私は寺嶋弘道の「陳述書」を読んで、う~ん、この人物はこのテの文章をかなり書き慣れているな、と思った。悪達者な、と評してもいいくらい、次から次へと先ほどのような人物考査書的な文章を繰り出している。ここまで平然と嘘を書き連ね、他人を貶めることができるのは、並大抵の能力ではない。

 もちろん現場の事情にも通じている、しっかりとした上級の管理職ならば、「道内美術館からの作品借用業務において、通常、作品図版カードを持参して双方職員による点検を行うところ、原告は……」という記述の嘘くささは、直ちに感じ取ってしまうだろう。
 しかし残念ながら、上級の管理職が全て現場の事情に通じていて、しっかりした判断ができるとは限らない。太田弁護士は教育委員会の管理職ではないが、おそらく文学館という施設の業務実態に通じていないため、――あるいは知っておこうという気持ちがなかったために――いかに嘘を信じ込まされてしまったか、彼が書いた「準備書面(2)」がつぶさに証明している。怖いことだ。

○北海道の公務員が「事実」を隠す手口(その1)
 もう一つの例をあげてみよう。
《引用》
 
例をあげれば、「石川啄木展」開幕前日の7月21日(金)の勤務に関して、時間外勤務を原告から拒否された一件を挙げることができます。この日は『カルチャーナイト』という札幌市全域で展開された共通イベントの日で、当館もこれに連携して夜間開館し、原告が副担当である「石川啄木展」のプレオープン、常設展の一般公開をはじめ、舞踊公演や手作り講座などのイベントを夜間に集中して開催する計画になっていました。職員総掛かりでの人員配置を検討していた川崎業務課長からの要請により、私は事前に当日の残業と手当を伝達したのですが、原告は、「私は職員ではありませんから」と言って勤務を拒否し、当日も平然と帰宅してしまったのです。中略)原告にとっては、自分に関心のない業務に従事したり組織全体で事業を実施することなど、意識の一部にさえなかったのかもしれません。ゴチック体、下線は引用者。以下同じ

 ここでも寺嶋弘道はまことしやかな嘘を重ねて、亀井志乃の人格や業務態度を貶めたわけだが、嘘もこれだけきめ細かくなると、多少は文学館の業務実態に通じている人でも、つい引っかかってしまうかもしれない。「まあ、話半分としても、この原告はかなり身勝手な人間だな」と。
 しかしゴチック体の個所は全て嘘、または事実の歪曲であって、それをもっともらしく見せかけるために、彼は故意に二つの事実を伏せてしまった。一つは亀井志乃が財団法人北海道文学館の嘱託職員であり、財団は彼女を労働者災害補償保険(労災)に入れていなかったことである。亀井志乃を労災に入れなかった財団が、時間外勤務を要求するはずがなく、また、要求をしてはならないのである。
 この点を踏まえて、亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)-2」の中で、次のように寺嶋弘道に反論した。引用文の冒頭、「事務系の職員」の個所に、「川崎業務課長」を置いてみれば、亀井志乃の言わんとするところがより明瞭に分かるだろう。
《引用》
 
言うまでもないことですが、事務系の職員にとって、労働者災害補償保険(労災)に加入していない臨時職員・非常勤職員等が、勤務時間外に職場の中で事故に逢うという事態は、極力避けたい事柄です。もし雇用者側の都合で勤務時間外まで非常勤職員を残らせ、その結果事故に逢ったということにでもなれば、深刻な補償問題が生じるのは必至だからです。雇用者は保険金でそれを賠償することができない。最悪の場合は、雇用者側が労働基準法違反に厳しく問われることになりかねません。
 私は、かつて北大の文学部図書掛に勤務した頃や、北海道立文学館に勤め始めた頃、自発的に居残りを申し出たことがありましたが、当時の責任者(図書掛長や業務課長)から、丁寧に、しかしきっぱりと断られました。そして上記のような事柄を学んだわけですが、課長等のこうした判断こそ、労働者に対する真の配慮であり、また常識的な遵法意識であると、私は考えています。
 ですから、平成18年度の道立文学館において、業務課が嘱託職員の時間外勤務を前提にイベントの人員配置を考えるなどということは、通常、とうてい考えられないことです。

 分かるように、亀井志乃の立場と勤務条件から見て、寺嶋弘道が言う「川崎業務課長からの要請により、私は事前に当日の残業と手当を伝達した」というようなことは起こり得ない。寺島弘道がこんなことを書いていると知ったら、川崎業務課長はおおいに憤慨することだろう。亀井志乃が言うように、「平成18年度の道立文学館において、業務課が嘱託職員の時間外勤務を前提にイベントの人員配置を考えるなどということは、通常、とうてい考えられないこと」だからである。
 このように、財団が亀井志乃に時間外勤務を要求することはあり得ず、そうであるならば、嘱託職員の勤務時間外手当を予算に組んでいるはずがない。亀井志乃はこの点を踏まえて、「さらに私の疑問を続けるならば、被告(寺嶋弘道)は『事前に当日の残業と手当の支給を伝達』したそうですが、本来想定されるはずのない〈嘱託職員の残業〉に対する『手当』とは、会計上、どの項目からどのような名目で支出される予定だったのか。また、その際の予定金額はいくらだったのか」と、疑問点を指摘した。
 「この興味ある問題に関しても、証人台における被告の明解な説明を期待しています」。
 
 さらに続けて、亀井志乃は、「また、なぜ川崎業務課長はそのことを私に直接言わず、被告に取り次いでもらう必要があったのか。私は組織上、業務課学芸班の職員でした。他方、被告の肩書きは学芸主幹であって、会計事務を担当しているわけではありません。被告はどのような権利があって、『手当の支給』を私に伝達したのか。私はそのような伝達を聞いていませんが、被告は伝達した事実を証明できるのか」という疑問も提出している。
 これらの疑問点に関しても、寺嶋弘道は法廷の証人台に立つことを期待されているのである。

○北海道の公務員が「事実」を隠す手口(その2)
 寺嶋弘道が伏せてしまった、もう一つの事実は、「原告が副担当である「石川啄木展」」に関することであって、「平成18年度 学芸業務の事務分掌」を見れば、確かに亀井志乃は「啄木展」の副担当になっている(この「平成18年度 学芸業務の事務分掌」に関する寺嶋弘道の説明が如何にインチキであるかは、「北海道文学館のたくらみ(33)」で指摘しておいた)。
 しかし、寺嶋弘道は亀井志乃に一言のことわりもなく、勝手に「啄木展」に手を出し、主担当の鈴木社会教育主事と準備を進めて、亀井志乃を「啄木展」から疎外してしまった(「北海道文学館のたくらみ(9)」参照)。亀井志乃は嘱託職員であり、実績を挙げることによって雇用契約を更新していく立場にあり、それ故、主要な業務を無断で奪われることは、業務妨害を受けたことを意味する。
 亀井志乃はそのことを「訴状」や「準備書面」で指摘したわけだが、寺嶋弘道はその指摘にまともに対応できなかった。そこで彼は、自分が亀井志乃の業務を奪った事実を隠し、その代わりに、〈亀井志乃は自分が副担当の「啄木展」プレオープンや、「カルチャーナイト」に対する参加企画の仕事を拒否し、「平然と」帰ってしまった〉と、平然と嘘を吐いたのである。

○補足を一つ
 ちなみに、寺嶋弘道は7月21日の「啄木展」のプレオープンや「カルチャーナイト」を、たいそう大がかりなイベントのように書いているが、実際は展示室を夜間開館し、ハーフメイドの材料を使って栞を作る教室を開く。屋外の中庭(サンクンガーデン)では、薄暮の頃、岩手の鬼剣舞保存会の人たちがパフォーマンスを演じたが、文学館は出演者に更衣室を提供する程度のことだった。寺嶋弘道が言うような「職員総掛かりでの人員配置を検討し」なければならないほどの行事ではなかったのである。
 
 ところが、道立文学館では、屋外の鬼剣舞を見ている人たちを数えて、入館者数にカウントするという、まことにいじましいほどセコイことをやっていたという。

○北海道の公務員が「事実」をすり替える手口(その1)
 さて、話をもどすならば、寺嶋弘道という北海道教育委員会の学芸員は、自分の業務妨害を指摘されると、相手の業務態度が悪かったことにすり替える習性を持っているらしい。
 これも前に紹介したことだが、亀井志乃が主担当の企画展「人生を奏でる二組のデュオ」の設営準備に入る予定だった1月31日、寺嶋弘道は亀井志乃に一言の連絡もなしに、イーゴリというロシア人の写真展を始めてしまった。企画展は特別展示室を使うことになっていたのだが、その特別展示室の入り口を塞いで展示用の壁を作り、イーゴリの写真を展示してしまったのである。
 その「イーゴリ展」は2月8日に終わり、9日には撤去されたが、この日、亀井志乃は岩内の木田金次郎記念館と道立近代美術館まで作品の借用に出かけ、翌10日は札幌市営地下鉄の各駅にポスターを貼る仕事を予定していた。そのため亀井志乃と副担当のA学芸員は11日からしか展示準備に入ることができず、「二組のデュオ」展開催日(2月17日)の前日まで、僅か6日間で展示の準備を終えねばならない状況に追い詰められてしまった。彼女は週に4日の出勤だったが、やむを得ず、非出勤日を返上して展示作業に行うことにした。しかも、14、15、16日は午後の10時近くまで残らねばならず、特に14日と15日は吹雪によるJRのダイヤ混乱が懸念され、札幌のホテルに泊まることになったのである。
 亀井志乃は「訴状」と「準備書面」の中でこのことを取り上げ、寺嶋弘道による業務妨害と、非常勤の嘱託職員に関する労働基準法違反を指摘した。
 
 ところが寺嶋弘道は、自分自身の妨害による準備作業の遅れという事実は棚に上げて、次のように、亀井志乃の責任にすり替えてしまった。この個所は前にも紹介したことがあるが、もう一度引用させてもらいたい。
《引用》
 
実際、展覧会業務に関する原告の経験のなさは、「二組のデュオ展」の準備業務の遅延や作品借用の際のトラブルとなって露呈してしまいました。中略)原告がなすべき展示設計や解説パネルが出来上がっておらず、連日、皆待機を余儀なくされていたというのがその実情でした。

 逆にこの時、原告は応援に加わった職員らを展示室に残したまま先に帰ってしまい、この、仲間意識を踏みにじる原告の行動に対して強い非難の声が渦巻いてしまったというのが実際の状況でした。

 もちろん以上も寺嶋弘道の虚言なのだが、下線を引いた箇所でも分かるように、彼は虚言を吐くたびに、亀井志乃の経験や能力、そして性格を貶める言葉を入念に書きこんでいた。
 それと共に、もう一点、なぜ彼が、先ほど引用した文章に中で、「川崎業務課長からの要請により、私は事前に当日の残業と手当を伝達したのですが、原告は、『私は職員ではありませんから』と言って勤務を拒否し、当日も平然と帰宅してしまったのです」と嘘を吐いたのか、その理由も分かるだろう。亀井志乃から労働基準法違反を指摘され、しかし寺嶋弘道はそれに対して直接反論することができなかった。そのため、〈自分のほうでは残業手当を出すことまで配慮してやったのだが、亀井志乃はその配慮を無視して、「私は職員ではありませんから」と帰ってしまったのだ〉と事実無根な嘘をひねり出し、労働基準法違反の事実を誤魔化そうとしたのである。

○北海道の公務員の「帰属意識」チェック
 さらに言えば、亀井志乃はただの一度も「私は職員ではありませんから」と言ったことはない。寺嶋弘道は別な箇所でも、「職場に対する帰属意識の希薄さを私が最も強く感じたのは、原告がたびたび口にした『私は職員ではありません』という発言です。」と書いていたが、亀井志乃は次のように反論している。
《引用》
 
これは全くの事実の歪曲というほかはありません。私はそのような発言をした事は一度もありません。そもそも私が財団法人北海道文学館の「職員」であった事実を大前提としなければ、今回の民事訴訟や前回の労働審判だけでなく、平成16年7月16日からの勤務の事実そのものの根拠が消滅してしまうことになるでしょう。このような言葉を私が自ら発するということはあり得ないことです。中略)
 
さらに厳密に言えば、私のほうが「財団職員であるか、ないか」を問題にしていたのではありません。被告のほうが「立派な財団職員だ」という主張を押しつけようとしてきたので、私は、「嘱託」にはその立場に伴う独自の責任があることや、またそれとは表裏一体の関係として「嘱託」には道職員とも、ある意味では財団職員とも異なる権利があることを説明しようとしただけです。ところが被告は、私がその点に言及しようとすると、急に私の言葉を遮って、「立派な財団職員」論や、組織人論を述べ立てる。ついに私は困り果てて、一体被告はどれだけ「嘱託」の立場を理解しているのか、安藤副館長に相談せずにはいられませんでした(甲26号証)。
 しかし結局、今日に至るまで、被告は以上のことが理解できなかったようです。

 分かるように、寺嶋弘道という北海道教育委員会の学芸員は、「『嘱託』にはその立場に伴う独自の責任があることや、またそれとは表裏一体の関係として『嘱託』には道職員とも、ある意味では財団職員とも異なる権利があること」を決して理解しようとしなかった。――「準備書面(2)」から判断するかぎり、彼の代理人の太田弁護士も同様だった。――他人の権利を理解しようとせずに、「名ばかり管理職」ならぬ、「立派な財団職員」を押しつけ、勤務時間外まで亀井志乃を拘束したり、時間外労働を要求したりする。そして、亀井志乃から、これは権利の侵害であり、労働基準法に違反するのではないかと指摘されるや、「いや、超過勤務手当を出すつもりだったのだ」とか、「『私は職員ではありません』と言って、平然と帰ってしまったのだ」とかと、臆面もなく嘘を吐き始めたのである。

 おまけに寺嶋弘道は「任用問題が発生して以降急に、原告はそれらの文章の中で自らを『財団職員である』と記述しはじめるなど、原告の言動や文章表現には感情の露見や言説の取り繕いがしばしばみられますが、」と、裁判長でも直ぐに気がつく嘘まで吐いている。 
 彼が言う「それらの文章」とは、亀井志乃が任用問題について書いた文章のどれを指すのか。彼は曖昧にぼかしているが、亀井志乃は任用問題について書いた文章も証拠物として提出しており、それらの中で彼女は「自分は財団の嘱託職員だ」という言い方以外の言い方はしていない。裁判長が念のために証拠物を確認すれば、直ちに気がつくはずであるが、たぶん彼は、どうせ裁判長は証拠物を読むはずがない/読むことができないと、多寡を括っていたのだろう。
 おそらく彼は、「原告がたびたび口にした『私は職員ではありません』という発言です。」という嘘をつき、次には「原告はそれらの文章の中で自らを『財団職員である』と記述しはじめるなど、」と嘘を吐き、亀井志乃の発言の矛盾を暴いてみせるつもりだった。だが、結果的には彼自身が大嘘つきであることをみずから証明してしまったのである。
 
 北海道教育委員会にはすげえ職員がいるんだな。背筋が寒くなる思いであるが、もっとおぞましいことは、この寺嶋弘道という北海道教育委員会の公務員が亀井志乃の「職場に対する帰属意識」を云々していたことである。北海道教育委員会の職員が、民間の財団の、しかも嘱託職員に関して、「職場に対する帰属意識」をあげつらう。この公務員は、一体自分を何様だと思っているのか。
 現代では、どんな官公庁であっても、職員の「帰属意識」をチェックしたりすれば、これは一種の思想調査であり、当然のことながら信条の自由に対する干渉という、人格権の侵害の問題が起こってくる。だが、北海道教育委員会という組織は、アカの他人の「帰属意識」にまで嘴をはさむ。そういう疎ましい体質を持っているらしい。怖しいことだ。

○北海道の公務員が「事実」をすり替える手口(その2)
 おまけに寺嶋弘道はこんなことまで言っていた。
《引用》
 
さらにこの一件は、原告の時間外勤務に対する姿勢も明らかにしています。時間外勤務を自己中心的にとらえ、事前の協議や勤務命令の有無にかかわらず、「勤務時間が終わったら速やかに帰って」(訴状)しまおうとしたことを示しています。今般、原告が職を離れた今になって、1年前の「二組のデュオ展」に関わる時間外労働に対する損害を雇用者ではない私に請求しているのも当を得ていませんが、当時も、さらにその後も、雇用者たる財団に対して原告から時間外勤務の申し出や請求があったことはなく、また同じく時間外勤務である休日出勤を振り替えるよう川崎業務課長から指示されていたにもかかわらず、その手続きも行っていません(下線は引用者)
 
 またしても「自己中心的」云々という性格批評を織り込んでいたわけだが、「勤務時間が終わったら速やかに帰って」というのは亀井志乃の言葉ではない。亀井志乃は「訴状」の中で、「原告は時間契約によって働く嘱託職員であり、労働者災害補償保険に入っていない。それ故平成17年度までは、原告は、当時の副館長から、『勤務時間が終わったら速やかに帰って下さい』という配慮を受けてきた。」と書いた。寺嶋弘道はその副館長の言葉を、まるで亀井志乃の主張であったかのように引用して、亀井志乃の行動をあげつらったのである。
 何とも姑息で、卑劣なすり替えであるが、「今般、原告が職を離れた今になって、1年前の『二組のデュオ展』に関わる時間外労働に対する損害を雇用者ではない私に請求しているのも当を得ていません」と言うに至っては、これはもう男の腐ったような、情けない被害者ポーズと言うほかはないだろう。
 亀井志乃は、嘱託職員が非勤務日を返上せざるをえなかったことや、退勤時間後も遅くまで残って作業を続けなければならなかったことなど、「過重な契約時間外労働とそれに伴う出費を5日間にわたって強いられた」という事実を挙げて、これは労働基準法に違反する扱いではないかと指摘した。
 だが、非出勤日や退勤時間後の手当を要求するようなことは一言も書いていない。いわんや寺嶋弘道に向かって、「時間外労働に対する損害」を請求するなんてことは全くしていない。あくまでも亀井志乃は自分に強いられた契約時間外の労働を、労働基準法に違反する事実として取り上げたのであり、寺嶋弘道が自分のやったことを正当化したいならば、労働基準法に反する事実はなかったことを、証拠を挙げて照明すればいいのである。

○寺嶋弘道の50回に及ぶ人格権侵害の言辞
 こんなふうに、寺嶋弘道の「陳述書」には切れ目なく事実の歪曲、すり替え、嘘、誤魔化しが続いている。しかも、見事なまでにそれらが有機的にからみ合っており、それを解きほぐすためについ紙数を費やしてしまったが、ここで、今回のテーマにもどるならば、初めにもふれたように、寺嶋弘道が亀井志乃の人格や能力、業務態度を中傷、誹謗した言辞は50回を数える。この執拗さは、亀井志乃から社会的信用を奪い、葬り去ろうとする意図を秘めたものと考えるしかないであろう。もちろんこれは反撃されなければならない。  

 亀井志乃は寺嶋の「陳述書」に対する反論、「準備書面(Ⅱ)-2」のなかで、彼の言辞を分析し、次のように整理している。引用はだいぶ長い。
《引用》

Ⅱ、被告の「陳述書」において新たに行われた原告に対する人格権の侵害の指摘
 以上のように被告の「陳述書」は虚偽と事実の歪曲と根拠なき独断に満ちており、とうてい信を置くことはできません。しかも被告はその記述の間、私について、きわめてネガティブな資質の持ち主であることを強調する言葉を、随所に織り込んでいました。被告の言説によるところの原告のネガティブ性は、大別すると次の11点に分けられます。

1.業務遂行能力の欠如 2.協調性およびコミュニケーション能力の欠如 3.組織への帰属意識の欠如 4.業務に対する理解力の欠如 5.自己中心的性格 6.虚言 7.自己肥大 8.情緒不安定性・攻撃性 9.妄想性 10.異常性格・ストーカー性 11.反社会性

 被告が叙述した、私に関する、これらの否定的特性は、単に文脈から読み取れるというだけではありません。この「陳述書」の中において、被告は私に関して、能力蔑視的、人格侮蔑的、名誉毀損的な言辞を、はばかることなく多発している。以下にその箇所を抜き出してみます。

1 業務遂行能力の欠如(5箇所)
①第(6)項の収蔵目録・報告書の発行、および第(8)項の文学資料の解読・翻刻については何一つ職場内で打合せをすることもなく、確たる成果や業務報告のないまま年度末を迎え、平成19年3月に当館を退職しているというのが実情です。(3ページ18~20行目) 
②まず第1に第(8)項の文学資料の解読・翻刻業務が原告の中心的な任務であったにもかかわらず、平成18年度は当館に対して業務報告の一つとしてなされていませんでした。(3ページ23~25行目)
③18年度に担当した「二組のデュオ展」などの展覧会事業の実務経験はまったくなく、「文学碑データベース」の写真公募のようなイベント性を伴う普及事業の経験もありませんでした。(4ページ38行目~5ページ1行目)
④実際、展覧会業務に関する原告の経験のなさは、「二組のデュオ展」の準備業務の遅延や作品借用の際のトラブルとなって露呈してしまいました。(5ページ20~21行目)
⑤通常、作品図版カードを持参して双方職員による点検を行うところ、原告はこれを持参せず、後日そのことを伝え聞いた私は当該美術館にお詫びの電話を入れ、原告にとっては初めての美術品借用であった旨を伝えて釈明したのでした。(5ページ35~37行目)

2 協調性およびコミュニケーション能力の欠如(8箇所)
①副担当業務についての原告の姿勢も積極性や協調性は見られず、(3ページ27行目)
②その業務も収蔵庫や作業室で、一人で黙々と処理すればよい作業が大部分であったということです。(4ページ35~36行目)
③当館への勤務以前の就業経験の不足を考慮したとしても、連帯意識や協調性に乏しく組織社会における適性を欠くものでした。(5ページ4~6行目)
④出張命令権者や経理担当者や業務統括者の理解や了承を得ながら仕事を進めるという考えのなかったことを自ら証しています。(5ページ9~10行目)
⑤嘱託員であることを請負業であるかのように解しているこの思い違いは、原告と他の職員との間に軋轢を生む大きな原因となっていました。(5ページ10~12行目)
⑥つまるところ原告は、いわゆるホウレンソウ(報告・連絡・相談)のないまま仕事を進めてしまうタイプの職員でした。したがって、職員の間に不満や不平が募っていったのも当然のことで、(5ページ13~15行目)
⑦やがて同年の夏頃には原告の自席不在の執務態度を非難する声が聞こえ始めました。(6ページ22~23行目)
⑧原告もまた事務室での仕事の進み方や館の業務や行事の動向、さらに各職員の日常の思いや考えなどから遊離していたのも事実で、こうした点が原告の協調性や帰属意識を希薄なものにしていたのだと思います。(6ページ33~35行目)

3 組織への帰属意識の欠如(5箇所)
①この点をもってしても文学館業務に対する原告の姿勢、なかんずく組織への貢献心を疑わざるをえません。(3ページ25~26行目)
②さらには、そのようにして組織で仕事を進めるという意識も薄かったのではないかと思います。(5ページ3~4行目)
③職場に対する帰属意識の希薄さを私が最も強く感じたのは、原告がたびたび口にした「私は職員ではありません」という発言です。(7ページ5~6行目)
④今般の訴状において記述されている明治大学図書館での資料調査に関わる文書処理の一件も、今触れた時間外勤務の拒否の事例と同様の視点から、原告の組織人としての自覚の欠如を明らかにしています。(7ページ31~33行目)
⑤博物館業務の中で調査研究はとりわけ重要な業務ですが、原告にとって研究とは個人の研究を意味し、組織の中で研究を推進するという考えには至っていなかったのです。(7ページ40行目~8ページ2行目)

4 業務に対する理解力の欠如(4箇所)
①したがって出張のように渉外事務や経費支出を要する業務については未経験であり、そしてそれらのために内部調整を進めながら事務事業を遂行するということに理解が及んでいなかったのです。(5ページ1~3行目)
②そもそも、原告には事前打ち合わせを要するなどという考えがなかったのかも知れませんが、としても、そうしたことが組織で仕事を進める上で障害となることに理解がおよんでいなかったに違いありません。(6ページ28~31行目)
③原告にとっては、自分に関心のない業務に従事したり組織全体で事業を実施することなど、意識の一部にさえなかったのかもしれません。(7ページ17~19行目)
④「被告がなぜ‘紹介状’とは別の書類を作らなければならないと言い出したのか、少しいぶかしく思った」(訴状)などという原告の文言は、文書変更理由への無理解ばかりでなく、組織として業務を遂行する意識の欠如を自ら証しています。(7ページ37~40ページ)

5 自己中心的性格(9箇所)
①まったく独りよがりな、自分の関心事だけを副担当業務として主張しているに過ぎません。(3ページ34~35行目)
②原告が最初にサボタージュと言い出しながら、私がそのように断じたとして非難する今般の原告の姿勢は、自己防衛の露呈した架空の言説となって訴状に記されています。(4ページ19~21行目)
③このように原告は自分自身に対する強い思いの持ち主ですから、(4ページ24行目)
④しかし、それを訴状にあるとおり「干渉」として自己中心的にとらえてしまうことに、今般の事件のそもそもの原因があったのではないかと考えます。(5ページ17~19行目)
⑤逆にこの時、原告は応援に加わった職員らを展示室に残したまま先に帰ってしまい、この、仲間意識を踏みにじる原告の行動に対して強い非難の声が渦巻いてしまったというのが実際の状況でした。(5ページ31~33行目)
⑥こうした激情が会話を阻害するのは言うにおよばず、一方的に話を打ち切り背を向けてしまう原告の態度を見て、(6ページ15~17行目)
⑦今般の訴状が、事実を誤認し曲解したまま、原告の身勝手な憶測、推察、想像によって脚色され演出されて書かれているのも、職場でのこうした孤立した原告の勤務態度が影響していると考えます。「原告のみを狙って繰り返された」(訴状)というのは、まさに孤高の被害者を決め込む原告の思い込みです。(6ページ40行目~7ページ4行目)
⑧原告は「私は職員ではありませんから」と言って勤務を拒否し、当日も平然と帰宅してしまったのです。(7ページ15~16行目)
⑨時間外勤務を自己中心的にとらえ、事前の協議や勤務命令の有無にかかわらず、「勤務が終わったら速やかに帰って」(訴状)しまおうとしていたことを示しています。(7ページ20~22行目)

6 虚言(2箇所)
①職を離れた今になって当然のように主張しているのは、業務意欲の存在を正当化しようとするまやかしにすぎません。(3ページ37~38行目)
②「時間契約によって働く嘱託職員」(訴状)であることだけを最優先していた原告が、今になって時間外勤務を主張しているという矛盾は、つまり、今般の提訴が正当だと見せかけるための方便として時間外勤務に言及しているにすぎないことを示しています。(7ページ27~30行目)

7 自己肥大(2箇所)
①このように原告は実際のところ学芸業務について経験が乏しかったにもかかわらず、「文学館の仕事にキャリアを持つ」(訴状)と自負するほど自尊心の強い性格だったのだと思います。(5ページ37~40行目)
②研究者にありがちなこの自尊心の強さは、自らの失敗や業務の遅延を隠匿し他へ転嫁する態度となって表れています。(6ページ1~2行目)

8 情緒不安定性・攻撃性(5箇所)
①原告に「あなた」と呼びかけたことさえ「あんた」と呼び下したように記されていることからも分かるとおり、意図的な用語転換による防衛心と敵意がここに表明されています。(4ページ21~23行目)
②この時原告はひどく慌てた様子でしたが、問題を5月2日の振り出しに戻して責任を回避しようといきり立ち、逆上してしまったというのがその日の原告の行動です。(6ページ9~11行目)
③原告の場合、少々の不備や不完全さえも許容できず、この10月28日には、5月当初の議論のすれ違いを理由に業務命令自体を抹消しようとし、さらに自身の責任に多少話が及ぶと普段の冷静さとは裏腹に激昂してしまったのです。(6ページ13~15行目)
④こうした実態を無視してなお、私が「妨害」したと主張するのであれば、それは、周囲の状況を見ることのできない自分本位の人物による、私に対する盲目的な個人攻撃にほかなりません。(9ページ12~14行目)
⑤今般の訴状において、原告が事実を曲解し、あるいは被害を想像して意図的に記述した原告の主張は、私に対する誹謗と中傷を含む悪意に満ちたものであり、決して認めることができません。(9ページ27~29行目)

9 妄想性(3箇所)
①このように原告と距離を置いていた私に対して、原告が今般の訴状いおいて(ママ)、1月から2月にかけての「イゴーリ展」(ママ)や「二組のデュオ展」を題材として、「人格権侵害」「業務妨害」「嫌がらせ」「執拗なつきまとい」だと主張するのは、まったくの妄想であり作り事です。(8ページ30~33行目)
②むしろ原告自身に起因する展覧会業務の準備不足や日程管理の失敗、業務管理の未熟さを、自身のあらぬ想像によって責任転嫁している何ものでもありません。(8ページ33~35行目)
③任用問題が発生して以降急に、原告はそれらの文書の中で自らを「財団職員である」と記述し始めるなど、原告の言動や文章表現には感情の露見や言説の取り繕いがしばしばみられますが、この訴状も原告の被害妄想によって記述されたヒステリックな作文に終始しています。(8ページ38行目~9ページ1行目)

10 異常性格・ストーカー性(6箇所)
①そもそも私への抗議や他の職員への相談もなしに突然、文書により疑義の表明を行うこの手法さえ異常に思えます。(8ページ7~8行目)
②真摯な抗議をすることなく、こっそりと半年間も言動記録をとって不快だったと過去形で訴えるのは信義則に反し、権利の濫用であると考えます。(8ページ12~14行目)
③私は直接の接触を控えるよう毛利館長から指示を受けていました。(8ページ19~20行目)
④2月3日(土)から6日間の日程で外部団体への貸館事業として開催された「イゴーリ展」による業務妨害の提起に至っては、発想自体が博物館職員だったとは思えない愚劣なもので、(9ページ2~4行目)
⑤そうした基本的なことを頭だけで理解し、自らの研究と自らの関心のある業務だけを行い、公の施設としての組織的な事務執行に異を唱え、実質的な指導監督者であった私だけを一方的に攻撃する原告の態度は、社会規範に照らしてみても常軌を逸した行動です。(9ページ16~19行目)
⑥原告が平成18年4月の私の着任早々の時点から私の言動を注視し記録に取っていたという不可解な事実が、(9ページ19~21行目)

11 反社会性(1箇所)
①任命権者の相違や雇用形態の差異を超えて一つの博物館を運営するという制度の理念を理解することなく、博物館の業務を自己中心的にとらえ、組織としての業務執行を無視する原告の態度こそ、連携と協働を阻害する要因になるものだったと言わねばなりません。(9ページ23~26行目)

  
 寺嶋弘道の「陳述書」は僅か9ページに過ぎず、だから、1ページにつき5回以上も亀井志乃を貶める言葉を書きこんだ計算になる。
 それらの中には、日本語として文意曖昧な文章が幾つもあり、10の②や⑥に至っては、思わず笑ってしまった。亀井志乃は割合克明な日記をつけており、その中から寺嶋弘道から受けたパワー・ハラスメントの事例を抜粋しただけなのだが、寺嶋弘道はその正確さに気圧されてしまい、証拠を挙げて反論することの不可能を痛感したのであろう。そこで苦し紛れに、「原告が平成18年4月の私の着任早々の時点から私の言動を注視し記録に取っていた」とか、「こっそりと半年間も言動記録をとって不快だったと過去形で訴えるのは信義則に反し、権利の濫用である」とかと、被害者のポーズを取りながら、亀井志乃の異常性を印象づける策戦に出たらしいのだが、誰に教え込まれたのやら、「信義則に反し、権利の濫用である」などと、一知半解な法律用語をチラつかせていた。こんな場合、「信義則」を持ち出すのは、お門違いである。それに、何をもって「権利の濫用」と言うのか、前後の文脈から判断しても一向にはっきりしない。
 
 しかも寺嶋弘道は、これまで見てきたように、事実の歪曲、すり替え、嘘、誤魔化しに基づいて、あれらの言葉を発していたのである。
 
 亀井志乃は「準備書面(Ⅱ)-2」で、彼が行った事実の歪曲、すり替え、嘘、誤魔化しを、20数か所にわたって指摘し、反論していた。だが、今回のような私のやり方で分析し直してみれば、更に10個所以上、事実の歪曲、すり替え、嘘、誤魔化しを加えることができる。私は30箇所以上に及ぶ、事実の歪曲、すり替え、嘘、誤魔化しの一端を、「北海道文学館のたくらみ(32)」から「同(34)」、及び今回で紹介したわけだが、北海道教育委員会の中で、上司風を吹かす職員の中には、こういう悪質な文章を書く人間がいるのである。
 では、この種の文書が上級の管理職の手に渡ったらどうなるであろうか。上級管理職は、そういう文書のターゲットにされた職員について、ロクに実情調査をせずに、ただ自分に届けられた文書の内容を鵜呑みにして、人物査定を行ってしまう。そういう可能性が極めて高い。このことを、一般の職員はよくよく承知しておく必要があるだろう。
 
 さらに怖ろしいのは、ターゲットにされた職員には、自分についてどんなことが書かれているか、開示を求めることもできず、だから反論をするチャンスも与えられていないことである。

○裁判は人間の尊厳を守る方法
 幸いなことに、亀井志乃は北海道教育委員会の職員ではなかったし、裁判を起こしたおかげで寺嶋弘道が自分の正体を曝け出した「陳述書」を読むことができ、その欺瞞を暴き、反論を書く機会が与えられた。裁判を起こすことは、一面では気の重いことだが、「民事」の場合は、弁護士を代理人に立てることなく、自分自身で行う「本人訴訟」のやり方がある。勉強をし、証拠を揃える労を厭わないならば、訴訟費用は「訴状」に貼る収入印紙代の他、文房具代程度の支出で済む。亀井志乃はそのやり方を選んだわけだが、裁判であればこそ、以上のように相手の卑劣な手口と本心をつかむことができ、これに反論、反撃する形で自分の尊厳を守り、貫くことができる。裁判は、そういうことを可能にしてくれる制度でもあるのである。
 
 亀井志乃は先のような形で、寺嶋弘道の人格権侵害の言説を分析し、整理したのち、以下のように主張した。
《引用》
 
被告は「陳述書」に以上の如く人身攻撃的な言葉を書き連ねていました。一人の人間が他の人間に対して、これだけ多量の能力蔑視的、人格侮蔑的、名誉毀損的な言葉を、はばかることなく浴びせかけるという事実は、それだけで十二分に発話者における人格権侵害の違法性を証するに足ります。そのような発話者である被告が、平成18年度、道立文学館の中で私に吐きかけた言葉が、如何にどぎついハラスメントであったかを、被告自らが上記のような形で立証してしまった。そう言っても過言ではありません。
 しかも被告は、その結びとして「以上、今般の損害賠償等請求事件にあたって、原告の主張に対する私の考えを原告の勤務の実態に即して記しました。」(9ページ30~31行目 傍線は引用者)と記し、署名・捺印しています。そうである以上、被告は当然、先のように列挙したネガティブな「原告の勤務の実態」は具体的かつ確実に証明され得る、という確信のもとに、この文章を提出したはずです。それ故被告は、「原告の勤務の実態」として記述した内容と、原告に関する評価に用いた表現との両面にわたって、それらが真実であることを証明しなければなしません。
(下線は原文のまま)
 
 法廷の証人台に立つ寺嶋弘道被告には、当然、以上の要求がつきつけられることになるであろう。

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コメント

展覧会を企画、準備している志乃氏の姿を拝見したことがあります。その誠実な仕事ぶりと近代文学に関する的確な知見は印象深く、文学館は優秀な人材を得たものだと思っておりました。

裁判を通じて正確な事実が明らかにされ、組織と権力の横暴が罰せられることを祈念いたしております。

投稿: | 2008年8月24日 (日) 15時54分

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