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北海道文学館のたくらみ(36)

これぞ北海道文学館の悪だくみ

○ズルイ勝ち
 ズルイ勝ちという言葉がある。相撲や野球で、普段は滅多に使わないトリック・プレーで勝ちを拾う場合であるが、それはまだズルイ勝ちの範囲には入らない。滅多に使わないプレーではあるが、少なくともルールブックの上では許容されるプレーだからである。
 そうではなくて、どう見てもずる賢い、フェアでないやり方ではあるが、ルールブックの禁止項目には書かれていない。いわばルールの盲点を利用して、自分たちに有利に事を運んでゆく。勝った側にしてみれば、あいつを巧くハメてやったと、横手を打ってホクソ笑んでいるところだろう。

 5月30日、財団法人北海道文学館の理事会・評議員会が開かれた。私のところにも事前に会議案内があり、会議資料も送られてきた。もちろん私は出席し、「順調に」議事が進行して、最後、ふと気がついてみると、私は理事から外されている。つまり、私は理事会から排除されていたわけで、私がそこに座っている権利はない。私は黙って会議場を出、評議員の出村さんと2,3言葉を交わした後、5時半頃、道立文学館を後にした。
 財団の幹部職員や理事たちは今頃、「亀井のやつ、うまく引っかかったな」と悦に入っているだろう。確かにウマい手をつかったな。私は彼らのズルイ勝ちにほとんど感心をしてしまった。しかしその反面、彼らは今日の議事録をどんなふうに整理するのだろうか。余計なお節介のようだが、私はそんなことを考えながら、地下鉄の駅に向かった。

○どんな手を打ってくるか
 今年の3月7日、平成19年度最後の理事会・評議員会が開かれた。その時の様子は、「北海道文学館のたくらみ(30)」に書いたが、会議の終了間際に事務局から、「平成20年度は理事や評議員の改選期に当たっている。これまで財団の委員会の委員をやってもらってきた理事や評議員の何人かに選考をお願いし、平成20年度の最初の理事会・評議員会で原案を検討してもらう」という意味のアナウンスがあった。
 私はそれを聞きながら、「多分財団の幹部職員は私が理事にもう一度選ばれることは望んでいないだろう」と思った。彼らはどんなやり方で私を排除するだろうか。むしろ私の関心はそこにあり、「北海道文学館のたくらみ(30)」のなかで次のように書いておいた。
《引用》
 
使い古された言い方だが、改めてつくづく思う。財団法人北海道文学館の理事・評議員には「他者」も存在しなければ、「外部」もない。仲間内だけの理屈を正論化して、誤魔化せるところは出来るだけ誤魔化そう。そういう人間たちが現在の道立文学館を仕切っているのである。

 私はもう愛想が尽きていた。ただ愛想が尽きることは、必ずしも直ちに自分から理事を辞めたいと表明することには繋がらない。
 彼らはどのような理屈と手口で、私を排除するだろうか。もし彼らが、「理事会における亀井の発言は不都合だ、理事としての資格に欠けている」と判断するならば、そう判断する事例を挙げなければならない。また、もし彼らが、「亀井のブログにおける文学館問題の取り上げ方は不都合だ、理事としての自覚に欠けている」と判断するならば、そう判断する事例を挙げなければならないだろう。
 ただし、仮に彼らがそういう事例を挙げることができたとしても、だからと言って直ちに理事を辞めさせることはできない。私に理事を辞めさせるには、それ相応の正当な手続きが必要だからである。

 それらを見極めてから、自分の態度を決めよう。私はそう考えていた。

○郵送資料のカラクリ
 ところが、3月が終わり、4月に入っても、財団からは何も言って来ない。前回の理事改選の場合は、引き続き理事をやってもらいたい旨の手紙が来たのだが、それが来ない。同じく前回のやり方を踏まえるならば、「平成19年度一杯で、あなたには理事を辞めてもらうことになった」という意味の手紙が来てもいいはずなのだが、それも来ないのである。

 そうこうしているうちに5月となり、5月30日に開催予定の理事会・評議員会の通知が来た。私は出席の返事を出した。そして、これは恒例通りなのだが、5月30日の1週間ほど前(正確には平成20年5月23日付け)、次の3種類の会議資料が送られてきた。
1 議案第1号 平成19年度事業報告・収支決算報告について
2 議案第2号 基本財産の管理運営について
3 議案第3号 役員(理事、監事)の選任について<評議員会議議決案件について>
        評議員の選出について<理事会議決議案件>

 この第3号議案の資料には、<理事会議決議案件>である、「評議員の選出について」だけが送られてきており、次期選出候補者66名(再任者59名、新任7名)の名前が挙がっている。<参考>として、これまで評議員だった人69名の名前も載っていた。私が気がついた範囲で言えば、中山昭彦と藪禎子が辞め、片山晴夫が新たに評議員の候補者となっている。

 だが、その第3号議案の資料には、<評議員会議議決案件について>である「役員(理事・監事)の選任について」がついていない。つまり、理事や監事の選任は評議員会で行うわけだが、どんな人たちが理事や監事の候補に挙がっているか、その一覧表が送られて来なかったのである。

 私は念のため、前回の改選が行われた、「平成18年度第1回 理事会・評議員会」(平成18年5月30日)の資料を出してみた。
 その議案第2号の資料としては、次期評議員候補者の一覧表と一緒に、次期役員(理事・監事)候補者の一覧表も送られて来ていた。
 会議の場でも「財団法人北海道文学館役員予定者名簿」(平成18年5月30日現在)も配られ、当然のことながら、理事、監事、評議員の名前が全部明記してある。

 今回は、「次期役員(理事・監事)候補者の一覧表」が省かれている。カラクリがあるとすれば、この辺かな。私はそう思った。

○不思議な手続き
 さて、5月30日の理事会・評議員会であるが、議案第1号と議案第2号については、格別な意見も反対もなく、言わば「順調に」進んだ。
 そして、議案第3号に入る時、「次に、役員(理事、監事)の選任に入るが、これは<評議員会議議決案件>なので、理事と監事は一たん退席して、ロビーで待機してほしい」旨のアナウンスがあった。

 理事と監事が立ち上がった。私も立って、ロビーに移った。
 前回の平成18年5月の会議では、次期評議員候補者の一覧表と、次期役員(理事・監事)候補者の一覧表は一括して送られていたから、わざわざこんな手間をかける必要はなかった。
 それに、前回の議事の進め方は、まず理事会による評議員の選出があり、その後、評議員会が役員(理事・監事)を選任するという、そういう順序だった。理事会が財団の最高決定機関である以上、順序は当然そうあるべきだろう。
 ところが今回は、評議員会が先に次期役員(理事・監事)を選任するという。手続き的に言えば、この評議員会のメンバーはまだ理事会によって承認されていない。つまり、まだ承認されていない評議員候補者が評議員会を開いて、何事かを決定する。そんなことが可能だろうか。
 
 実を言えば、私はロビーで待機している間、手続き上の問題にまでは頭が廻らなかった。ただ、財団の幹部職員と神谷忠孝理事長ほか数人の理事たちは、この評議員会で、私には送って来なかった「次期役員(理事・監事)候補者の一覧」の内容を決定させようとしているらしい。そのことは、私にも察しがついていた。
 もし後日、私に一言の連絡もなく、私の意見を聞くことなく、私を理事会から排除したことが問題になったとしても、彼らは一方的な排除決定の責任を評議員会に押しつけるだろう。その程度のことは、見当がついたのである。

○数のカラクリ
 第一、今日出席した評議員はわずかに14名。全評議員の20%強でしかない。
 にもかかわらず評議員会が成立する。第3者から見ればずいぶん不思議な会議体に思えるだろうが、書面によって議案の賛否の意志を表明した評議員が26名。他の評議員に賛否を委任した評議員が5名。計55名となって、全評議員の過半数を超え、評議員会は成立したことになるのである。
 理事のほうは、現象的にはもう少し出席率がよく、今回は全22名のうち、15名が出ていた。だが、清原館長は副理事長を兼ね、平原副館長は専務理事を兼ね、川崎業務課長は常務理事を兼ねており、神谷忠孝は理事長だから、実際にはこの4名を除く11名が出ていたにすぎない。
 
 とにかく以上のような数字の操作が、これが財団法人北海道文学館の意志決定のカラクリであり、総会屋が跋扈した時代の株主総会そのままのやり方を踏襲してきたわけだが、今回のわずか14名の評議員のなかで、財団の幹部職員や数人の理事に同調する人間が何人かいれば、疑問も反対もなく、あっさりと決まってしまうわけだ。
 
○無言のダマシ討ち
 しばらくして評議員会は終わり、理事が呼ばれた。その理事会で、新評議員の経歴や業績が簡単に紹介され、承認された。
 そこで、神谷忠孝理事長が理事会の終了を告げ、一瞬私は、ン? これでいいのかな、と不審に思ったが、とにかく理事会が終わった以上、グズグズしている理由はない。私は会議資料を鞄にしまって、立ち上がろうとした。すると、「これから新理事会により、理事長と副理事長の互選を行います」とアナウンスがあり、川崎業務課長が紙を配っている。私にも渡したので、見ると、「新理事会資料」(H20, 5, 30)として「新理事の氏名」が紹介されており、私の名前はない。
 そうか、そういう仕掛けだったのか。
 
 この「新理事の氏名」は、事前の会議資料として、評議員には送られていたのか。それとも会議室の受付で評議員に渡された封筒の中に入っていたのか。その辺の事情は分からないが、とにかく先ほどの評議員会で承認された資料に、「新理事会資料」とタイトルを付けて刷り出し、配布する。このやり方によって、今までの理事会の延長ではなく、会議の性格を「新理事会」に切り替えてしまえば、私はこれ以上出席している権利を持たないし、発言もできないことになる。まるでダマシ討ちだな。
 
 こうして財団の幹部職員と神谷忠孝ほかの理事たちは、私が出席している場では一度も私の理事問題を議題にすることもなく、話題に上せることもない。言い方を換えれば、私に発言のチャンスを全く与えないという、まことに巧妙なやり方で私を理事会メンバーから削除し、財団法人北海道文学館から排除してしまったのである。
 
 私は黙って立ち上がり、会議室を出た。

○摩訶不思議な会議運営
 さて、そこで場面は、今回の最初のところにもどるわけだが、私は北海道文学館から中島公園の地下鉄駅へ向かう途中で、会議運営の順序問題にも思い当った。もっと早く気がついていれば、会議の場で切り込むこともできたはずであり、その点に関するかぎり私は抜かったことになるが、いずれにせよ、財団はただの一度も自分たちの意向と理由を伝えることなく、また、相手の意見を聞くこともなく、だまし討ち、闇うちみたいな汚いやり方で、一人の理事を排除してしまった。この卑劣なやり方の説明責任は神谷忠孝理事長にあるはずだが、彼は多分その責任を負うことはしないだろう。
 
 そうすると、やはり川崎業務課長が平原副館長と相談しながら、議事録を何とか誤魔化すしかないだろうな。なにしろ評議員候補者が集まって、先に役員(理事、監査)を選んでしまい、その役員によって自分たちを評議員として承認してもらう、そんなアクロバットみたいな議事運営をやったのだから……。手続き的にはまだ村会議員でもない人たちが、先に村長や助役や収入役を選任しておいて、その村長や助役や収入役によって自分たちを村会議員に選出してもらう。こういう珍妙、摩訶不思議なやり方は、日本中どこの地方自治体でもやらないだろうが、さすがは北海道の文学者たち、市民社会の民主主義のルールを平気で破っておいて、しかし多分、「それを禁止する条文はありませんし、罰則もありませんからネ」と開き直ってしまう。さて、その開き直りの理屈を川崎さんや平原さんはどうひねり出すか。
 たしか今回の議事録の署名人は前川公美夫と八子政信のはずだから、何とか知恵を出してくれるかもしれない。
 私に代わって理事になった内田弘も、かねてから財団幹部寄りの良識人発言をしてきた人物で、この人も頼りになりそうだ。

 それと、もう一つ。平成20年5月30日の理事会・評議員会において、亀井秀雄はどの段階まで理事だったのか。換言すれば、亀井秀雄が理事でなくなったにもかかわらず、亀井が参加していた決定事項は、規程上無効なのではないか。そんな疑問もないではない。
 まだ評議員として選出を承認されていない人たちが、先に亀井秀雄を理事会から外す決定をしてしまう。これが手続き的におかしいことは先ほども指摘した。ただ、取りあえずそれを認めたとしても、次の理事会で、神谷理事長は「先の評議員候補者の集まりにおいて亀井秀雄を理事から外すことが決定された。そのことを理事会で承認するか否か」を諮らなかった。ということはつまり、神谷理事長は先の評議員候補者の集まりにおける決定をそのまま承認し、それを前提として、次の理事会に入ったわけで、とするならば、理事ではなくなった亀井秀雄が参加していた理事会における決定(新評議員会メンバーの承認)は無効のはずである。
 川崎業務課長や平原副館長と、前川公美夫や八子政信は、どんな理屈で、理事会決定を有効とするのだろうか。

 この二つの疑問点は、何時かきちんと説明を聞いてみたいな。そんなことを考えながら、私は地下鉄の駅を降りていった。

○手がかりは平原一良の「陳述書」
 以上のような経緯により、ついに私は、財団法人北海道文学館が私を理事会から排除する理由を聞くことができなかった。見方を換えれば、財団法人北海道文学館は私に理事を辞めさせる正当な理由を持たなかったことを、みずから証明してしまったわけである。
 しかし私には、財団が隠している「不当な理由」を探る手がかりがないわけではない。
 平原一良は裁判の「陳述書」で、何回か私のブログに言及している。裁判の本筋から見れば、平原一良が私のブログを取り上げるのはお門違いの場違いで、見当違いの筋違い、本質的な意味は全くない。要するに単なる悪口でしかないのだが、平原一良にはそうせずにはいられない動機があったのだろう。
 すでに指摘しておいたように、彼の「陳述書」は俗に言う「千三つ」みたいなもので、私のブログに関する個所も虚言を含み、思わせぶりをまぶして人目を欺こうとしている書き方をしているが、それを丁寧に腑別けして行けば、私を追い出したがった本心の一端が見えてくるはずである。

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