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北海道文学館のたくらみ(30)

まるで某一党独裁国家の聖火リレー報道みたい

○すごい裁判になりそうな悪寒!
 被告側は、物証(物的証拠)の他、人証(人的証拠物)を1人または2人用意しているらしいが、1人は被告の寺嶋弘道自身だとして、もう1人は平原一良副館長だろうね。
 そんなふうに私たち家族は予想していた。「北海道文学館のたくらみ(27)」で、原告・亀井志乃の「準備書面」の一部を紹介したが、ああいう箇所から分かるように、被告の言動に一番深くかかわっていたのは平原副館長だったからである。

 そうこうしているうちに、4月9日(水)、被告代理人・太田三夫弁護士から「準備書面(2)」が届いた。この日、私は小樽へ出ていたので、帰ってから見たのだが、家族の話では、「これから文書を送りたい」ということわりの電話もなしに、いきなりファックスで届いたという。枚数は12枚。
 3月14日(金)の第2回公判で、太田弁護士は4月8日に提出すると確言していたが、結局は1日遅れ。しかも「準備書面(2)」以外に、被告の「陳述書」や証拠物も提出するはずだったのだが、それらは附いていなかった。あるいは4月16日(水)の第3回公判に持ってくるつもりかもしれない。
 たしか私の記憶によれば、太田弁護士は、〈4月8日には証拠物を出すつもりだが、その後は出す予定はない〉という意味のことを明言していた。ところが、4月9日のファックスには証拠物はなし。もし4月16日に持ってこなかったとすれば、被告側の証拠物は全くなし、ということになる。2ちゃんねるふうに言えば、何だかすごい裁判になりそうな悪寒!。

○太田弁護士のスタイル
 ということから推測できるように、4月9日の被告側「準備書面(2)」は、亀井志乃の原告側「準備書面」に対する逆ねじと揚げ足取りに終始していた。太田弁護士は労働審判の時も財団法人北海道文学館の代理人をしていたが、その時の「答弁書」と併せ考えてみるに、これが太田さんの得意技、弁護スタイルであるらしい。
 その詳細は4月16日の第3回公判が終ってから紹介したいと思うが、ともあれその書き方は、証拠に基づく裏づけなしに、もっぱら亀井志乃の人格を貶めることが中心だった。その間、平原一良副館長の名前が頻繁に出て来る。川崎業務課長の名前も、永野キエ主査の名前も出て来る。道立近代美術館の職員の名前も挙っている。どうやら証拠物の代りに、証人を立て、亀井志乃の人格論をやってもらうつもりらしい。――もっとも、裁判では人間も証拠物なのだが、――ただ、名前が出てくる頻度から見て、まず平原副館長が証人台に上がることになるだろう。

 しかし、平原一良さん、裁判の証人台に立って大丈夫かな。

○またしても道民に対する裏切り行為
 平原一良さん、証人台に立って大丈夫かな。
 平原さんには余計なお世話かもしれないが、ついそんな心配が出てしまった。それと言うのも、3月7日(金)に開かれた、財団法人北海道文学館の「平成19年度第2回理事会・評議員会」の記憶が鮮明に残っていたためである。

 この日の議題は3つあり、第1号議案は「平成19年度一般会計補正予算(案)について」であるが、どんな内容か、ここでは省略する。

 第2号議案は「平成20年度事業計画(案)について」であり、私は原案に反対を表明した。展示企画が次のようになっていたからである。
特別企画展「黄金の書物の庭~吉増剛造展」(仮題)
企画展「馬―加藤多一と4つのお話 北を描いた挿絵と原画」(仮題)
企画展「鳥のことば・人のことば 加藤幸子の見つめる世界」(仮題)、
企画展「文士の素顔 八木義徳の世界展」(仮題)

 私はこれらの企画のどれかを取り上げて反対したわけではない。しかし、財団法人北海道文学館が指定管理者に選ばれるに当って、道(北海道教育委員会)に提出した『北海道立文学館 業務計画書』によれば、平成20年度の展示企画は次のようになっていた。
特別企画展「親子で読む100冊の本」
特別企画展「「作家以前」の作家たち~書き手を育てた近代北海道の「職業」~」
企画展「山と牧場と草花の詩 坂本直行」
企画展「わが心のうた~童謡・唱歌展~」

 較べて分かるように、道(北海道教育委員会)と約束した、つまり道民と約束した企画とは似ても似つかない企画が、会議で提案されたのである。(ちなみに、平成20年度の特別企画展「「作家以前」の作家たち」と、企画展「坂本直行」は、亀井志乃が提案し、それが『業務計画書』に盛り込まれていたのであるが、財団は亀井志乃を出してしまった。多分このことと、企画の大幅な変更とは無関係ではない)。

 ただし、こうしたことは今回が初めてではなかった。財団法人北海道文学館が平成19年度に実施した展覧会は以下のようであった。
企画展「父・船山馨のDNA 船山滋生の彫刻と挿絵」
特別企画展「太宰治の青春 津島修治であったころ」
特別企画展「目で識る川柳250年展」
企画展「新発見! 100年前の児童雑誌」
企画展「探求者の魂 山田昭夫の書斎から」

 だが、財団が『業務計画書』で約束した平成19年度の展示企画は次のようなものだったのである。
特別企画展「八木義徳と北海道の作家たち」
特別企画展「作家は自然をどうとらえたか~「描かれた北海道」からの問い~」
企画展「遥かなるサハリン~極北をめざした作家たち~」
企画展「雑誌はタイムマシン~明治から昭和初期児童雑誌展~」

 これまた大幅な変更だったことが分かるだろう。

 これらの中で、それなりに関連を見出すことができるのは、企画展「雑誌はタイムマシン」展が、企画展「100年前の児童雑誌」と変ったらしいことであるが、念のために説明しておけば、展覧会事業の予算的裏づけは2種類ある。そしてこれは、財団の自主財源による、つまり財団自身の会計に基づく企画事業だった。(後に追加した山田昭夫展も同じ)。
 それに対して、『業務計画書』の2つの特別企画展と1つの企画展は「道負担金」、つまり道が支出した税金に依る事業だったわけだが、それが全く異なる内容に変えられてしまったのである。

 平成19年度と言えば、指定管理者制度になってわずかに2年目。にもかかわらず、道民との約束である『業務計画書』の内容をこんなふうに変更していいのか。しかも、より北海道の文学に迫る企画に代り、それなりの正当な理由に基づく変更ならば、まだしも納得ができる。だが、北海道出身の八木義徳展が太宰治展に、「描かれた北海道」展が川柳250年展に、サハリン関連の企画が船山滋生展へと、指定管理者制度の趣旨を裏切る方向に変わってしまった。これは道民に対する約束違反ではないか。私は平成19年度の事業計画(案)の時、そう指摘した。ところが、平成20年度の事業計画(案)でも同じ約束違反をやろうとしている。「こういうことはあってはならない。そういう意味で私は反対です」。これが私の反対理由だった。

○某一党独裁国家の聖火リレー報道みたいな説明
 それに対する平原一良副館長の釈明はおおむね次のようなものであった。
 〈たしかに変更したものもある。しかしその中には、読み替えて欲しいものもある。4年間の計画について、全てきっちりと決められるわけではない。事情によっては変えることがあることは、「申請書」にも明記してある〉。

 彼は何か心にやましいことがある場合、そういう癖が出るらしいのだが、太宰治展の時も〈太宰治も北海道へ来たことがあるかもしれなせんよね〉と、何度も〈かも〉に力を入れた言い方をし、まわりの人は ? というような怪訝な顔をしていた。今度も何度か〈変更したものある〉と、〈〉を強調する言い方をしていたが、〈ある〉なんて段じゃない。上に紹介した如く、〈変更したものばかり〉なのである。
 ただ、一つ取柄があるとすれば、平成19年度にキャンセルしてしまった
特別企画展「八木義徳と北海道の作家たち」を、平成20年度で,企画展「文士の素顔 八木義徳の世界展」(仮題)という形で復活させることだろう。強いて意味づけるならば、〈読み替え〉とはこのことを指す、と言えなくもない。平成20年度の八木義徳展は町田文学館との共催で行う予定だという。八木義徳と言えば、室蘭の「港の文学館」に充実したコレクションがある。平成19年度の特別企画展(5~6月)をキャンセルし、平成20年度の企画展(平成21年1月31日~3月29日)に変えたことと、協力の相手として「港の文学館」ではなく、町田文学館を選んだことは、何か関係があるのかもしれない。

 しかし私がいま強調したいのはそのことではない。財団法人北海道文学館が道(北海道教育委員会)へ提出した『北海道立文学館 業務計画書』には、〈事情によっては(展示企画を)変えることがある〉などという意味の言葉は、一言も記載されていないのである。
 もちろん平成17年に作成した『業務計画書』であるため、平成20年度や21年度に予定している講演タイトルは「仮題」とあり、講師は「未定」になっている箇所も多い。だが、特別企画展や企画展には一つも「仮題」がない。つまり『業務計画書』で約束した展示は全てそのまま実施することが大前提だったのである。
 このことは、財団と道との間で結ばれた『北海道立文学館の管理に関する協定書』の次の表現からも明らかだろう。
《引用》
 
第17条 乙(財団法人北海道文学館)は、指定期間の各年度毎に、甲(道)と協議の上、指定管理者指定申請書(以下「申請書」という。)に添付した業務計画書及び年次収支計画書の内容を踏まえた年次業務計画書及び収支計画書を作成し、前年度の2月末までに(ただし、指定期間の最初の年度にあたっては、本協定の締結後速やかに)甲に提出し、その承認を得るものとする。

 要するに、財団は可能なかぎり年次業務計画書を踏まえた事業を行う「協定」を結んでいるのである。仮に平原副館長が言う「申請書」に、〈やむを得ない事情がある時は、一部変更もある〉という意味の文言が盛り込まれていたとしても、平成19年度、20年度の変更みたいに、いけしゃあしゃあと全面変更してしまっていい理由にはならない。「申請書」に平原副館長が言うような文言が書き込まれていたとしても、実際に財団が誠意をもって実現しなければならないのは『業務計画書』であり、それを義務づけているのが『協定書』のはずだからである。
 
 ただし、『業務計画書』の内容や、『協定書』の内容に無関心な理事や評議員にとっては、平原副館長の釈明は何の問題もなく聞えたらしい。例によって、ケソッとした顔で聞いている。彼もその辺は計算済みだったのだろう。
 この手口、最近話題になっている、某一党独裁国家の聖火リレー報道に似ているな。私はそんな感想を持っているのだが、しかし彼が裁判の証人台に立った場合もそんなふうに巧くやれるかどうか。これは保証の限りではない

○財布は一つ?
 さて、3月7日の会議の第3号議案は「平成20年度収支予算(案)について」であったが、私が関心を持ったのは、「道負担金」1億4千万円強の使い方に関する「指定管理業務特別会計(案)」の、「展覧会事業費」の箇所であった。
 今年は「展覧会事業費が」として、8,774,000円が一括計上されていた。
 これまでは、各展覧会毎に予算を組んでいたのだが、平成20年度からは細分化せず、一括して計上することにした、という。備考欄には、一応、常設展484,000円、吉増剛造展3,198,000円、加藤多一展1,773,000円、加藤幸子展1,414,000円、八木義徳展1,905,000円と、大まかな割り振りがなされているが、これはあくまでも目安であって、事情に応じて柔軟に対応する、という説明だった。
 ははあ、財布は一つという理屈だな。私は、亀井志乃が原告「準備書面」で次のように書いていたことを思い出し、何となくおかしかった。
《引用》

(4)平成18年5月12日(金曜日)
(a)被害の事実(甲27号証・甲28号証を参照のこと)
 この日、閲覧室で勤務していた原告は、内線電話で、被告から「今年担当の展覧会について打合せをしたい」と呼ばれ、事務室に向かった。打合せには、阿部かおり学芸員(駐在道職員のうちの1人)が同席した。なお、原告は企画展「人生を奏でる二組のデュオ」の主担当であり、阿部学芸員は副担当だった。
 それゆえ、原告は企画展に関する打合せと思っていたが、実際はそうではなく、被告より一方的な形で展覧会事業の予算配分の変更を通告された。その理由は、概略すれば、次の2点だった。

① 現在、「写・文交響―写真家・綿引幸造の世界から」展(期間・平成18年4月29日~6月4日 以下、「綿引展」と略)、「デルス・ウザーラ―絵物語展」(期間・平成18年6月10日~7月9日)、「啄木展」(期間・平成18年7月22日~8月27日)についてはすでに予算が執行されているが、「啄木展」のところで予算を大幅に超過している。
② 指定管理者制度の下では、予算は4年間の間に使い回ししてよいことになっていたが、やはり単年度計算でなくてはならないということに一昨日(5月10日)に決まった。そのため、特別企画展「啄木展」と「池澤夏樹のトポス」展(期間・平成18年10月14日~11月26日 以下、「池澤展」と略)とであとどれだけ予算が使えるかを出すために、急遽、他の展示の担当者たちに、支出予定の内訳を算定してもらわなければならない。

 被告はそういう事情説明をした上で、「支出予定の内訳は、来週までに作成し、文学館のサーバー内の所定の場所にアップしておくように」と原告らに命令した(甲29号証)。
 だが、平成18年4月1日の日付を持つ「平成18年度 学芸業務の事務分掌」に明記されている如く、特別企画展「啄木展」の主担当は鈴木浩社会教育主事(駐在道職員のうちの1人)であり、原告が副担当だった。ところが被告は、原告に何のことわりもなく、主担当の鈴木社会教育主事と準備に取りかかり、日本近代文学館からの展示資料の借用などの主要な業務を、原告を全く無視する形で進めた。その結果、「啄木展」の当初予算の3,712,000円を大幅に超過してしまった(甲28号証)。
 原告は「啄木展」の業務からほとんど疎外されており、予算超過についても、この時まで一切知らされていなかった。だが被告は、予算超過の事情を説明することはなかった。被告はまた「池澤展」の主担当であり、その展示事業費として3,612,000円の予算がついていたが、なぜ「啄木展」の予算超過を「池澤展」の予算で調整しないのか、その点の説明もなかった。
 そして被告は、「〈企画展〉の財布は一つしかない。だから、原告が主担当の『人生を奏でる二組のデュオ』展の予算1,516,000円は、他の2つの展示『書房の余滴―中山周三旧蔵資料から』(期間・平成18年12月9日~24日 以下、「中山展」と略)と『聖と性、そして生―栗田和久写真コレクションから』(期間・平成19年1月13日~1月27日 以下、「栗田展」と略)とでシェアしなければならない」と主張した。

(b)違法性
、被告は嘱託という契約職員である原告の重要な業務の一つを奪った。これは北海道教育委員会の公務員(被告)が、民間の財団法人北海道文学館に嘱託で働いている市民(原告)に対して行った、「刑法」第234条に該当する業務妨害であると共に、原告と財団との間に結ばれた契約を侵害する「地方公務員法」第29条、第32条に該当する違法な越権行為である。

、北海道教育委員会の職員である被告は、4月11日、自分が副担当の「綿引幸造」展で、ポスター作成に失敗して、ポスター300枚の作り直しをし(甲30号証)、啄木展では5月12日の段階ですでに当初予算を大幅に超える支出を行うなど、「地方公務員法」第33条に違反し、「地方公務員法」第28条または第29条に問われるべき失敗を重ねた。
 もし年間の展覧会事業に割り当てられた予算の再配分が必要ならば、財団職員の副館長あるいは業務課長からその必要性と理由の説明がなされるべきである。ところが被告は、北海道教育委員会が駐在道職員に指示した業務事項を逸脱し、自らが再配分の権利を持っているかのごとき言い方で、原告の企画展に割り当てられ予算の支出に干渉した。これは「北海道職員の公務員倫理に関する条例」第3条~第7条に違反する行為である。
 また、被告は敢えて倫理規程の違反を犯してでも原告の予算の一部を流用して自己の失敗を隠蔽し、自分の責任が問われることを回避しようとした。これは原告に対してなされた、「刑法」第233条、234条に該当する、極めて悪質な業務妨害の違法行為である。
 その結果原告は当初予算を切り詰め、展示構想を縮小するという不当な実害を蒙った。

 この箇所に関する、被告代理人・太田三夫弁護士の被告「準備書面(2)」の反論はまるで的外れ、文章の読み違いではないかと思われる箇所もあったが、その紹介は次回以降に廻す。
 
○「呼び屋」的な企画
 私がここで注意を促したいのは、次の3点である。
①北海道教育委員会の公務員である寺嶋弘道は、自分が主担当でもなければ副担当でもない「石川啄木」展に介入し、本来の副担当である財団嘱託の亀井志乃を業務から排除してしまった。
②「石川啄木」展は7月22日から始まる予定だったが、駐在道職員の寺嶋弘道と鈴木浩は早くも5月12日の段階で、当初予算3,712,000円を大幅に超過する支出をしてしまった。(最終的な支出は約1,5倍の5,399,027円。「北海道文学館のたくらみ(15)」参照)
③展覧会事業の財布は2つあり、企画展「写真家・綿引幸造」展、企画展「〈デルス・ウザーラ〉絵物語展」、企画展「中山周三旧蔵資料」展、企画展「栗田和久・写真コレクション」展(結局これは寺嶋弘道が中止してしまったが)は、財団企画事業だった。それに対して特別企画展「啄木展」と同「池澤夏樹」展、および企画展「人生を奏でる二組のデュオ」展は道負担金事業だった。つまり資金の出所は2箇所あり、会計上厳密に区別されるべきであるが、寺嶋弘道はそれらを一緒くたにすることによって、「啄木展」の大幅な支出超過を糊塗しようとした。

 これらはいずれも寺嶋弘道が公務員としての分限を越え、かつ、「事務分掌」の範囲を超えた違法行為であり、そのこともあって亀井志乃は、「人生を奏でる二組のデュオ」展の当初予算1,516,000円を、その半額の778,301円にまで切り詰めることを余儀なくされてしまった(「北海道文学館のたくらみ(15)」参照)。
 これを寺嶋弘道の違法行為と見るかどうか。それもまた裁判で争われることになるわけだが、ともあれ以上のように整理してみれば、平成20年度の「展覧会事業費」を一括して計上した理由がよく分かるだろう。
 
 ただし、正確に言えば、平成20年度の展覧会企画はいずれも「道負担金」(指定管理業務特別会計)の事業であって、財団の自主財源によるものは一つもない。逆に言えば、財団はもはや自主財源による企画展を組む力もないほどジリ貧状態に陥ってしまったことになる。ただ、平成20年度の展覧会企画はいずれも「道負担金」(指定管理業務特別会計)の事業であるという意味では、確かに「財布は一つ」となったわけである。
 
 そのことを一つことわり、その上で、平成20年度の展覧会事業の「備考」欄を見るならば、吉増剛造展には他の企画展の2倍から1,5倍の支出を予定し、別格扱いになっている。その事業内容は2度のトーク・セッションと、2度のゼミと、1回の朗読パフォーマンスを組み、もちろん吉増剛造には1週間ほど滞在してもらうことになるだろうが、展覧会オープニングの6月28日のトーク・セッションには、吉増剛造自身は言うまでもなく、四方田犬彦(明治学院大学教授)と高橋世織(東京工業大学特任教授)を東京から呼び、地元からは工藤正廣(北海道大学名誉教授)が加わる。こうして見ると、全体にかなり金のかかる企画であり、320万円の範囲内で収まる保証はない。平成20年度の予算を一括計上の形にした理由もここにあったのだろう。

 池澤夏樹展以来、道立文学館のやり方は、明らかに「呼び屋」的な当て込みの発想に囚われている。
 今年(平成20年度)の展覧会事業は、加藤多一、吉増剛造、加藤幸子と現役の文学者に関する企画が続くわけだが、公立の文学館が現役の作家をテーマにする危うさについては、「北海道文学館のたくらみ(28)」のコメント欄の、「文学館ファン」さんに対する返事の中で書いておいた。併せて読んでもらえればありがたい。

○泥棒が追い銭を欲しがるような話
 5月7日の会議では、もう一つ私の関心を惹いたことがある。それは理事の1人が、税金など払うことはないと言い出したことである。この理事は、今年(平成20年度)の企画展に取り上げてもらう「文学者」であるらしい。
 
 平成20年度の「指定管理者特別会計(案)」には、消費税、法人税として、計460万円が計上してある。
 財団は財団として冊子やグッズなどの物品販売で収益を上げ、消費税を払ってきたわけだが、道立文学館の指定管理者として年に1億4千万円以上の「道負担金」(税金)を貰い、展覧会事業などを行う。当然のことながら、一定の収益がある。その収益はせいぜい年に1千万円程度しか見込めないのだが、それにかかるだろう法人税300万円を見込んでおいた。
 ところが先の理事はその点にこだわり、そんな税金を払う必要はないと言い出したのである。

 その理屈が何ともおかしい。〈財団が税金を払わなければ、税務署は差し押さえに出るだろうが、財団が差し押さえを拒否すれば、文学館の問題が社会問題になる〉。そういうことを、くどくどとぐずぐずと諦めわるく繰り返している。
 どうやらこの理事が言いたいのは、〈文学館が税金の払いを拒み続ければ、新聞やテレビが取り上げる。そうなれば「文学館のような文化事業の団体から税金を取るのはおかしい」という世論が起こるだろう。財団はその世論を味方につければ、税金を払わなくても済むようになるはずだ〉。風が吹けば桶屋がもうかるみたいな理屈だが、彼はそう言いたかったのだろう。
 私はまことに身勝手な、蟲のいい理屈に驚いた。ところが、それに賛成する理事もいる。私は更に驚いた。

 私は文学とか芸術とか文化とかいうものが、何か特別な、保護されねばならないものとは考えていない。文学や芸術や文化は、決して特権的な聖域ではないし、また、そう扱ってはならない。私はそういう考え方で文学部の教師をやってきた。市立小樽文学館の館長となってからもその考えでやってきた。いや、館長となって益々その考えが強まってきたと言えるだろう。

 私から見れば、財団法人北海道文学館の、〈年に1億4千万円以上も道民の税金を使わせてもらい、1千万円程度の事業収益を挙げればいい〉というあり方自体、こんなに恵まれた条件はない。しかもその収益は道財政の収入に繰り込まれるわけではなく、財団が次年度の運営資金に繰り越すことができる。
 ずいぶん結構な話じゃないか、と私は思うのだが、理事の中にはまだ物足らず、収益に課せられる税金を拒否しようと言いだす人間がいる。
 どんなに蟲のいい泥棒でも、〈泥棒に追い銭をしてくれ〉とゴネるなんて話は滅多にあることじゃない。まあ、事柄の性質はちょっと違うようだが。私はそんなことを考えながら、ほとんど感心して聞いていた。
 しかし、さすがに館長もこの提案には賛成しかねたらしい。それはそうだろう。脱税を見込んだ予算を組むなんてことは前代未聞の違法行為だからである。北海道教育庁の文化・スポーツ課は、事業計画の約束違反のほうはかなり大目に見過ごしているようだが、さすがにお金のことともなれば、「指定管理者制度だから金の使い方はご自由に」と鷹揚に構えていられるはずがない。まして財団法人が税金を納めず、差し押さえも拒否して、もし社会問題になるとすれば、〈そんな財団は道立文学館の指定管理者からはずせ〉という声のほうが圧倒的に高くなる。

 使い古された言い方だが、改めてつくづく思う。財団法人北海道文学館の理事・評議員や職員には「他者」も存在しなければ、「外部」もない。仲間内だけの理屈を正論化して、誤魔化せるところは出来るだけ誤魔化そう。そういう人間たちが現在の道立文学館を仕切っているのである。
 
 

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