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北海道文学館のたくらみ(25)

何事も勉強

○弁護士は遅刻、被告は欠席
 亀井志乃が寺嶋弘道を告発した裁判は、その第1回公判が、2月13日午前10時半から行なわれた。
 この日は、原告と被告と、双方の意志を確認する、半ばセレモニー化された手続きで終る予定だったが、被告側は10分ほど遅れて、太田三夫弁護士のみが登場し、被告の寺嶋弘道は姿を見せなかった。
 
 このことは、亀井志乃も私もある程度は予想していた。北海道教育委員会の学芸主幹の肩書きを持つこの人物は、一昨年の11月末、亀井志乃が彼のパワー・ハラスメントをアピールして以来、ただの一度も亀井志乃と直接に対応したことがない。間接的にさえ対応したことがない。対応は文学館長や副館長に押しつけ、自分の責任で問題の解決に当ろうという姿勢を、ついぞ見せたことがなかったからである。

○つけられた注文
 亀井志乃の「訴状」はA4版10ページ(1ページは、1行34字、38行)だったが、太田弁護士署名の「答弁書」は僅かに2ページ、しかも本文と言える箇所は20行足らず。亀井志乃は「訴状」を裏づける証拠書類等を提出したが、太田弁護士は手ぶらだった。
 ずいぶん横着な態度だが、これも自分のペースで裁判を進める法廷戦術の一つなのだろう。手抜きの理由を、「「訴状」の書き方が、原告の評価による事実主張となっているため、反論の書き方がむずかしい。証拠物の書類等を検討してから、改めて……」という意味の説明していた。
 
 そんなものかな。私はちょっと不思議な気がした。亀井志乃の「訴状」は、
以下、その事実を、①原告の外勤・出張に関する被告の過剰干渉、②原告作成の書類に対する被告の書き直し命令、③原告に対する、被告の企画の押しつけとサボタージュ非難、④原告のアピールと被告の対応、⑤原告の業務遂行に対する被告の妨害行為、の順で説明する」という形で、問題の性質ごとに事実を簡潔かつ具体的に記述し、その後に改めて、「違法性の重大さ」を指摘している。
 また、弁護士センターで二人の弁護士に目を通してもらって以来、簡易裁判所の相談員、調停委員会、地方裁判所の書記官などに目を通してもらっているが、記述の仕方自体に関する注意を受けたことはない。
 
 しかし裁判官には裁判官としての見方があるのだろう。
 片や北海道の法曹界にその人ありと知られた、太田三夫という大物弁護士、片や法律にはズブの素人の亀井志乃。常識の見るところ、これでは立ち会う前から「勝負あった」という結果が明らかな取組みであり、行司役の若い裁判官の目にも実力の差は歴然たるものに映ったに違いない。
 だが、裁判官としては、形式だけでも対等の形で仕切らせなければならず、そのためには、ベテラン弁護士が出した条件で土俵作りをしよう。多分そんな意識が働いたのだろう、太田弁護士の言うところを敷衍する形で、亀井志乃に、次のように懇切丁寧なアドヴァイスをしていた。「「訴状」では、事実関係と評価を別け、まず何時の、どのような言動を不法行為とするか、つまり行為の特定を行って、これを箇条書きにする。その後で、その事実の一つ々々について、なぜ違法なのかを述べる。そういう書き方にして下さい。2週間くらいでいかがですか。3週間かかってもかまいませんが」。
 亀井志乃はにこにこ笑って、「はい、分かりました」と答え、「そうですね、では2週間、いや3週間、時間を下さい」。
 亀井志乃としては裁判官や書記官に教えてもらい、勉強しながら進めてゆくつもりであり、もちろんそうすることに異存はない。
 
 ○その胸中を察するに
 私は傍聴席でその応答を訊きながら、太田さん、今回はずいぶん慎重だな。そんな印象を受けた。
 前回の労働審判の時、亀井志乃の「労働審判手続申立書」に対して、同弁護士署名の「答弁書」が届き、かなり自信たっぷり、高飛車な調子で、亀井志乃の主張の揚げ足を取り、取りあう必要はないとばかりに突き放しにかかっていた。だが、その内容たるや、財団職員が取り繕った嘘を教えたのか、弁護士自身の思い込みだったのか、その辺の事情は分らないが、つい「三百代言、嘘八百」なんて軽口を叩いてみたくなるほど、間違いだらけ。亀井志乃が更に追加の証拠書類を添えて反論したところ、一発で消し飛んでしまった。
 
 亀井志乃の「訴状」が被告の寺嶋弘道に届いてから、太田弁護士署名の「答弁書」が返ってくる(2月7日)まで、およそ1ヵ月。被告がいつ太田弁護士に依頼をしたのか分らないが、2週間あれば「訴状」に書かれた事実の有無や、その評価に関して反論が書けないわけはない。そう思うのだが、ひょっとしたら太田弁護士は反論できるほどの材料を被告から得ることができなかったのかもしれない。

 ところが、亀井志乃が裁判官の注意に従って、「訴状」では5項目にまとめた「事実」を時系列的に、いつ、どんな行為があったか、箇条書きに書き直すならば、当然、5項目に整理するために省略した事実も列挙することになる。
 また、「訴状」の場合、一つの行為に一つの違法性を対応させる書き方をしていたが、当然のことながら多くの場合、一つの行為には複数の違法性がかかわってくる。箇条書きにした一つ々々の事実に関して、考えられうる違法性を全て挙げるならば、被告側が反論すべき項目が幾何級数的に増えてゆく。
 
 反論に有効な証拠を被告から引き出しながら、原告が列挙する行為事実と違法性の主張を切り崩してゆく。太田さんの作業は、亀井志乃の書き直し作業よりも遥かにやっかいなことになりそうだな。

 ○本人訴訟を選んだ理由
 もっとも、今回の裁判官が労働審判の経緯を知っているはずがない。
 ただ、裁判官の目から見て、どうも力の差がありすぎる。「訴状」の書き方一つを取ってみても、ここはやはり専門家に助けてもらったほうがいいのではないか。そんな懸念を抱いたらしく、亀井志乃に、「原告は弁護士を頼まずに、本人訴訟を選んだようだが、出来れば弁護士に依頼したほうがいいと思う。依頼するならば、早いほうがいい。もちろんこれは是非にと言うわけではないが……」という意味の忠告をした。
 
 それに対して亀井志乃は、本人訴訟を選んだ理由を二つ挙げた。一つは、道立文学館の職員構成は、指定管理者の財団法人北海道文学館に属する職員組織と、その文学館に駐在する北海道教育委員会職員の二重構造になっていて、外部の人にはその関係が意外に理解しにくいらしい。
 二つには、美術館や博物館の学芸関係の仕事も特殊で分りにくいところがあるが、文学館の学芸の仕事はとりわけ特殊性が強く、複雑で、現場の経験がない人には、どういう点が嫌がらせや妨害なのか、なかなか分かってもらえない。弁護士をお願いして、以上の2点を理解してもらうために時間を費やすよりは、むしろ自分で具体的な事実の微妙なところにまで立ち入った議論を進める。そのほうがやり易いのではないか、と考えた。
 
 裁判官はそういう意味の説明を聞いて、やや苦笑気味に、「私は弁護士ではありませんが、同じ法律関係の人間ですからね、文学館の仕事がどこまで理解できるか……」と言いかけた。ちょっと気を悪くしたのかな、と思って見ていたが、裁判官は頭の切り替えが早い人らしく、直ぐに話題を変えて、次回の予定と日程の打ち合わせに入った。
  次回は3月14日、証拠原本の確認を行う。

 ○問題の背景と本質
 亀井志乃はそんなふうに本人訴訟に踏み切った理由を述べたわけだが、次に、そういう気持を固める大きなきっかけとなった、法務局の対応を紹介しておきたい。
 前回紹介したように、亀井志乃は昨年(2007年)の4月24日、法務局の人権擁護部のOA調査救済係長に『道立文学館における嫌がらせ、及びそれをパワー・ハラスメントと判断する理由』という文書を渡し、道立文学館における嫌がらせの実態調査を依頼した。
 この文書はA4版32ページ(1ページは1行40字、36行)で、400字原稿用紙に換算すれば100枚ほどになる。いずれ必要になればその全文を紹介したいと思うが、差し当たりここでは、彼女が冒頭で説明した「背景」の箇所だけを引用しておきたい。引用は少し長いが、問題の背景と本質はよく理解してもらえると思う。
《引用》

Ⅰ.背景
 北海道立文学館で起った、寺嶋弘道学芸主幹の亀井志乃研究員に対する一連の嫌がらせは、現象的には同一職場内の上司と部下という同僚関係の中で起った嫌がらせのように見える。
 だが、その本質は公務員の民間人に対する人権侵害と、学歴・キャリアに関する何らかの心理的要因から生じた差別的な嫌がらせだった。
 Ⅱ章で述べる事柄の背景を理解してもらうために、まずその点を説明しておきたい。

①北海道立文学館は平成17年度までは、財団法人北海道文学館が北海道教育委員会の委託を受けて管理と運営に当たってきた。ただし、財団法人北海道文学館の職員だけが管理と運営に当たったわけではなく、北海道教育委員会から道職員が派遣され、協働して管理と運営を行ってきた。
  北海道は平成18年度から道立文学館について指定管理者制度を採ることになり、財団法人北海道文学館がその指定管理者に選ばれた。その結果、道職員の位置づけは
「派遣」から「駐在」に代わったが、財団職員(7名)と道職員(3名)が協働・連携して運営に当たる関係自体はそのまま続くことになった。
  参考までに、財団法人北海道文学館が指定管理者として指定を受けるに当たって北海道教育委員会に提出した『北海道立文学館業務計画書』の「(事務局)組織図」(別紙1)を添えておいた。
 それに従って説明すれば、寺嶋弘道主幹は「道直轄組織」である学芸課の駐在道職員であり、その位置は「組織図」における「学芸課長(予定)」に相当し、彼の下に、同じく駐在道職員の学芸員が2人附いている。

  
それに対して亀井志乃研究員は財団法人北海道文学館に属するが、しかし正職員ではなく、非常勤の嘱託職員である。その意味で亀井志乃は、けっして寺嶋弘道の「部下」ではない。
  
 もし北海道教育委員会の公務員が、業務を委託している民間企業の、しかも格別に手落ちのない職員に対して、「あんた」呼ばわりしながら、その業務態度を高圧的な態度で叱責し、サボタージュの濡れ衣を着せたとすれば、たとえ一回だけのことであったとしても、「人格と尊厳を侵害する」行為として摘発されねばならない。ところが、それに類することが繰り返され、しかもそれを隠そうとする組織的なもみ消し工作のために、嫌がらせを受けた民間人が職を失ってしまう。これは憲法第17条との関連も問われる、不当な生活権の侵害になるだろう。
  公務員の寺嶋弘道はまさにそれに相当する人権侵害を、民間人の亀井志乃に対して行ってきたのである。

②寺嶋弘道は北海道教育委員会の職員に採用されて以来、確かに学芸関係の仕事に従事してきたが、主に美術館に勤務し、平成18年4月に北海道立文学館へ配置換えとなる以前は、北海道立近代美術館の学芸第3課の課長をしていた。
  「導入館インタヴュー」(早稲田システム開発株式会社ホームページ)で語った、寺嶋自身の言葉によれば、「学芸第1課が作品の収集保存と展示公開を、学芸第2課が教育事業を所管していて、いわば「モノ」と「ヒト」に即した仕事を行う」。それに対して、「学芸第3課は美術や美術館に関する情報、つまり「データ」を扱う部署」であるが、その経歴から判断するに、彼は文学に関して特に専門的な知識を持ち、経験を積んできたとは思われない。
  他方、亀井志乃は北海道大学大学院文学研究科で文学博士の学位を取り、北海道大学文学部の助手となった。しかし文部省の定員削減の方針を受けて退職をし、以後は北海道大学の臨時職員や、北海道教育大学釧路校の非常勤講師などを勤めた。
 その間、平成13年には道立文学館のボランティアとして、和田徹三旧蔵書籍の整理とデータベース作成を行い(北海道立文学館刊『2002 資料情報と研究』参照)、その時の仕事ぶりを買われて、平成16年7月から道立文学館の嘱託となった。身分は非常勤の嘱託職員だが、文学と文学資料に関する専門的な知識を評価されて、文学館の仕事を多方面にわたって手伝ってきた。
  その意味で、文学研究と文学館業務におけるキャリアと知識に関するかぎり、亀井志乃は寺嶋弘道に勝っていると言えるわけだが、寺嶋弘道は敢えてその関係を無化する形で、自分が「上司」であることを強調し、亀井志乃に「部下」であることを強要してきた。

③もう一つ注意を促したいのは、道立文学館における意思決定のプロセスがブラックボックス化され、職員間の合意形成がないがしろにされてきたことである。
 道立文学館では、平成17年度までは年に2、3度、職員全員の会議が開かれて、これまでの経過報告や、今後の方針の相談がなされた。また、月に1回の割合で学芸関係の打ち合わせ会があり、仕事の進捗状況や行動予定を連絡し合ってきた。ところが、平成18年度から突然方針が変わり、毎週火曜日の朝の打ち合わせ会だけになった。
  職員が顔を合わせる頻度だけで言えば、新しいやり方のほうが、よりコミュニケーションを取りやすくなったように見える。だが、実際には、単にその週の〈出張〉や〈年休〉の予定や、行事予定を確認し合うだけの会であり、しかもその〈出張〉や〈行事〉については、既に決定した事項として伝達されるだけで、それがいつ、どんな必要があって決まったのか、ほとんど誰にも分らなくなってしまった。
  道立文学館の幹部職員は意思決定のプロセスをブラックボックス化することによって、極めて恣意的な運営を始めた。
  財団法人北海道文学館が北海道教育委員会に提出した『北海道立文学館業務計画書』の「事業計画」によれば、平成19年度の特別企画展は「八木義徳と北海道の作家たち」と「作家は自然をどうとらえたか――「描かれた北海道」からの問い―」であり、企画展は「遥かなるサハリン~極北をめざした作家たち~」だった。ところが、道立文学館の幹部職員は「太宰治の青春~津島修治であったころ~」と「目で見る川柳250年」、及び「父・船山馨のDNA 船山滋生の彫刻と挿画」に代えてしまった。これは財団法人北海道文学館を指定管理者に選んだ北海道教育委員会との契約に背く行為であり、道民を愚弄する行為である。

  

 もし公共事業を請け負った民間の建設会社が、2年目にいきなり契約時の図面と工事プランを変えてしまったとすれば、当然行政処分を受け、場合によっては刑事事件にまで発展することになるだろう。
 八木義徳展やサハリン関連の展示は、指定管理者の選定委員会によって、「北海道にゆかりのふかい文学者や文芸作品を中心とした、時代を超えた多様な視点からの問題提起的で魅力的な文学に関する展示(平成18年度)、北方文学に影響を与えたサハリン関連文学に関する展示(平成19年度)を始めとする指定期間における展示計画などの提案内容が優れており」と評価され、いわば財団法人北海道文学館が選ばれる決め手となる展示計画だった。選定の根拠とも言うべきこの計画を、北海道やサハリンと特に関係が深いわけではない太宰治や川柳の展示に変えてしまうのは、教育委員会と道民に対する背信行為と言っても過言ではない。
 寺嶋弘道は駐在道職員の最年長者であり、もし彼が自分の立場をわきまえていれば、このような企画変更に対して、教育委員会と道民に対する約束違反ではないかと注意を促すべきところだっただろう。しかし彼はそうしなかっただけでなく、むしろ幹部職員の恣意的なやり方に同調し、それを利用する形で、後に詳述するように、「打ち合わせ会」の性格を自己流に規定し、事前に合意を得ていたわけでもない展示をいきなり割り込ませるなどして、亀井志乃の業務を妨害したのである。 
       (ゴチック及び下線は引用者)

 引用文中の「『北海道立文学館業務計画書』の「(事務局)組織図」(別紙1)」については、「北海道文学館のたくらみ(13)」で取り上げたことがあり、関心のある人は参照していただきたい。ただ、必ずしも参照するまでもなく、亀井志乃の言わんとするところは分かってもらえると思う。要するに寺嶋弘道と亀井志乃とは別な事業体に属する職員(または嘱託職員)であり、両者の間に上司と部下の関係はありえないということである。
 換言すれば、「道立文学館」というのは施設の名称であり、端的に言えばハコ(建物)の名前であって、事業組織(団体)の名称ではない。この施設の管理と運営を任されているのが、財団法人北海道文学館という民間の事業組織(団体)であり、その他、北海道教育委員会の職員が3名、財団と協働、連携して施設を運営するために「駐在」している。亀井志乃が「二重構造」と言ったのは、この意味に他ならない。

 ○誤解の怖さ
 その意味ではごく分かりやすい構造なのだが、ただ、道立文学館というハコの中で仕事をしている財団の職員や北海道教育委員会の駐在職員を、「道立文学館の職員」と呼ぶ場合がある。また、財団職員の中には、自分の身分を権威づけたいためだろう、あたかも「道立文学館」という公共事業体の職員であるかのごとく振舞う人間がいる。
 そのため、外部の人は、財団職員も駐在道職員も同じく「道立文学館」という公共事業体の職員であると思い込んで/思い込まされてしまうことが多い。
 
 しかし、法務局のOA調査救済係長は、あれだけきちんと組織関係を説明した『道立文学館における嫌がらせ、及びそれをパワー・ハラスメントと判断する理由』を読んだはずである。財団職員も駐在道職員も同じく「道立文学館」という公共事業体の職員だと思い込む誤解はないはずなのだが、それなのに何故、「人権侵犯には当らない」なんて結論が出てきたのだろう。
 何だか狐につままれたような話だが、あるいは、ひょっとして……と、私は念のために、11月12日の面談の時
「寺嶋と亀井志乃の関係は、上司と部下の関係と考えるか」と訊いてみた。ところが何と! 驚いたことに、OA調査救済係長の返事は、「そう考えている」ということだった。私が驚いたのは、OA調査救済係長には、亀井志乃の説明を理解する気がまるでなかったらしいことだけではない。法律にかかわる役所の職員が、寺嶋弘道と亀井志乃の関係をそんなふうに考えるなんて、これはもう致命的な認識不足ではないか。

 ○法務局の対応
 そのことを含めて、次に、OA調査救済係長との面談の記録を紹介しよう。
 11月12日(月)、亀井志乃と私は札幌の法務局へ出かけ、人権擁護部のOA調査救済係長から「人権侵犯に当たらない」という結論を聞いた後、それに関連して幾つかの質問をした。以下の引用は、その時の二人のメモと記憶に基づいて、12日の夜、ノートに整理しておいたものである。(読みやすいように、
私たちの問いOA調査救済係長の答え色分けしておく)
《引用》

問い①:何回調査を行ったか。
答え:守秘義務のため答えられない。
問い:調査に要した時間は、延べ何時間くらいになるか。

答え:守秘義務のため答えられない。
問い:どんな調査方法か。

答え:調査に出かけたり、法務局に来てもらったり、電話したりした。調査は個別に行った。それ以上のことは、守秘義務のため答えられない。
問い②:調査対象は誰れ誰れか。

答え:守秘義務のため答えられない。
問い:毛利前館長は調査したか。

答え:守秘義務のため答えられない。

問い③:亀井志乃が挙げた事実で、事実として確認できたことは、どれとどれか。
答え:ほぼ全て事実があったことは認める。
問い:亀井志乃が挙げた事実に類することはあったが、亀井志乃の理解とは異なる理解をせざるをえない(必ずしも亀井志乃が主張するようなことではなかった)、と考えられることはあったか。

答え:……(答えず)
問い:亀井志乃が挙げた事実のなかで、そういう事実はなかった、と言えることはあったか。

答え:それはなかった。
問い④:亀井志乃が法務局に出した文書(『道立文学館における嫌がらせ、及びそれをパワー・ハラスメントと判断する理由』)は、寺嶋に見せたか。

答え:見せていない。
 
問い⑤:人権侵犯の基準は何か。

答え:本来の業務の範疇を超えていることが、継続的に行われ、働く環境の悪化と雇用不安を招いていることだ。
問い⑥:「本来の業務の範疇を超えている」ことの中に、勤務外労働は入るのか。

答え:守秘義務のため答えられない(亀井註;この「答え」はOA調査救済係長が質問の意味を取り違えたためと思われる)
問い⑦:寺嶋と亀井志乃の関係は、上司と部下の関係と考えるか。

答え:考える
問い⑧:その理由は。

答え:……(答えず)
問い⑨:普通の市民同士の関係で考えれば、寺嶋の亀井志乃に対する態度は無礼であり、侮辱を加えている。いわれのない人権侵犯として考えるほかはないと思うが、職場において同様なことが行われているにもかかわらず、職場ならば「人権侵犯に当たらない」と判断する理由は何か。

答え:……(答えず)
問い⑩:亀井志乃担当の企画展の展示準備に入る直前、特別展示会場の入口を塞ぐ形でイーゴリ展が行われた。且つ、配電盤を封じて、「寺嶋」署名の紙が貼ってあった。これらの事実は認めるか。

答え:事実としては認める。
問い⑪:それにもかかわらず、それを寺嶋の亀井志乃に対する人権侵犯とは考えないとの説明であったが、それは何故か。

答え:イーゴリ展は皆でやったから。
問い⑫:建前上、皆でやったという言い方になるとしても、その行為の実行者が寺嶋であったことは認めるか。

答え:認める。
問い⑬:寺嶋個人ではなくて、誰かの命令・指示でやったと思うが、その点はどうか。

答え:寺嶋個人ではない、指示・命令した者がいたと思う。
問い⑭:亀井志乃は嘱託職員で、労災に入っていない。それ故、平成17年度までは、労災に入っていない人を時間外まで働かせることはできないと、午後5時になれば「帰ってください」と言ってくれた。ところが、平成18年度に入ってからは、そういう配慮がなくなり、東京まで日帰りで出張しても、(往復の移動時間を)働いた時間として認めてくれなかった。時間外の労働を、無給でさせた。亀井志乃の企画展の直前にイーゴリ展を、何の相談も予告もなしに行ったため、亀井志乃はホテルに泊まりこみ、夜遅くまで準備にかからなければならなかった。これは労働基準法違反ではないか。

答え:……(答えず)
問い⑮:これは、働く環境の悪化ではないか。

答え:……(答えず)
問い⑯:法務局の「人権侵犯」の判断基準の一つに「本来の業務の範疇を超えているか否か」があったそうだが、学芸課の業務の範疇を超えて、例えば会計の仕事をさせたり、掃除(清掃)させたりしたことはなかったという意味か。

答え:……(答えず)
問い⑰:本来の業務を超える、ということの中には、例えばその職員の能力を超えた、むずかしい業務をさせるとか、一つの業務が終わらないのに次から次へと業務を命ずるとか、逆に、その職員の能力を全く評価しない形で、単純な作業ばかりさせるとか、そういうことも含まれると思うが、どうか。

答え:……(答えず)
問い⑱:寺嶋が、あれだけ執拗に、亀井志乃に書類の書き直しをさせたり、亀井志乃の能力、知識を認めないような言葉を吐きかけたりした。それは、学芸課の本来の業務を超えたことを、継続的に行ったことにならないか。

答え:……(答えず)

 もちろん実際の会話はこんな切り口上で行なわれたわけではない。また、OA調査救済係長の「……(答えず)」という箇所は、必ずしも全て沈黙したままだったわけではなく、「う~ん、その点はどうも……」とか、「私どもとしましては、……」とか、言葉を濁して、明確な返事を避けてしまった場合もある。
 ただ、とにかくここまで来て、亀井志乃はこれ以上聞いても仕方がないと思ったのだろう、私の袖を軽く引き、「あまり時間を取らせては、お気の毒ではない?……」と、小声で注意を促した。時計を見ると、1時から初めて、1時45分になっている。
 先ほども言ったように、OA調査救済係長には、法律にたずさわる人間として致命的な認識の欠落が見られた。だが、問い詰めるべき相手は別にいる。そのことに思い当って、私も質問を切り上げることにした。

○幾つかの収穫
 念のため説明しておけば、私はあらかじめ、「問い①」から「問い②」までの質問と、「問い③」から「問い④」までの質問を、ノートに用意していった。前半の質問は、ほとんど「守秘義務」で逃げられてしまった。
 だが、「問い③」とそれに続く質問で、「亀井志乃が(パワー・ハラスメントとして)挙げた事実については、ほぼ全て事実があったことは認める」という意味の解答を引き出すことができた。これは収穫と言えるだろう。

 しかし、「亀井志乃が(パワー・ハラスメントとして)挙げた事実については、ほぼ全て事実があったことは認める」のであるならば、どうしてそこから、「人権侵犯に当らない」という結論が出てくるのか。これは中学生でも疑問に思うところだろう。「問い⑤」以下はそういう疑問から生れた質問であるが、見て分るとおり、OA調査救済係長はほとんど全く説明できなかった。
 特に「問い⑪」に関する答えは、これはもう噴飯ものと言うほかはなく、OA調査救済係長は文学館の仕事がどのように進められるかを全く理解しようとしなかったらしい。そのことだけはよく分かった。彼女は文学館側の言い分を鵜呑みにして引き下がってしまったのだろう。
 
 ただし、ここでも収穫がなかったわけではない。「問い⑪」に対する、
イーゴリ展は皆でやったから」という答えは、「文学館の展示は共同作業だから、寺嶋だけの行為とは特定できない」という意味にも取れる。そこで、「問い⑫」の形で問い直してみたわけだが、「問い⑬」までの答えを通して、OA調査救済係長は、亀井志乃担当の展示準備を妨害した実行者は寺嶋弘道であることを認めた。しかも寺嶋はそれを別な人間の指示によって行なったことも認めている。
 もちろん文学館の組織上、その職員が誰であるかを特定することは、極めて容易である。

○法務局の「人権」概念
 そういう収穫はあったのだが、とにかく法務局という役所は、申請から7ヶ月以上も待たせて、こんないい加減な調査と考え方で「人権侵犯には当らない」なんて結論を飲み込ませようとしている。まるで被害を訴えた人が待ちくたびれた頃を見計らって、あんた諦めなさいと突き放すようなやり方だな。私は呆れ果てた。

 私が呆れたのはそれだけではない。法務局の人権侵犯に関する「本来の業務の範疇を超えていることが、継続的に行われ、働く環境の悪化と雇用不安を招いていることだ」という定義は、それだけを取り出して見れば、いかにももっともらしく聞える。確かにこの定義は、「人権侵犯」概念の重要な条件だからである。
 だがこの定義は、寺嶋弘道が亀井志乃に対してとった高圧的、威嚇的な言動や、亀井志乃の名誉を傷つけ、能力を侮蔑する言葉などは取り上げない、つまりそれらを「人権侵犯」の範疇からあらかじめ取り除けてしまった定義でしかない。
 先ほどの面談記録で分かるように、OA調査救済係長は、寺嶋弘道が亀井志乃に対して高圧的、威嚇的な態度を取ったことや、亀井志乃の名誉を傷つけ、能力を侮蔑する言葉を吐きかけた事実を認めている。にもかかわらず、先のような定義を立てることによって、寺嶋弘道の高圧的、威嚇的な態度や、亀井志乃の名誉を傷つけ、能力を侮蔑する言葉を吐きかけた事実を不問に付し、これを黙認し、野放しにしておく結論を引き出してきたのである。
 OA調査救済係長が亀井志乃に電話で結論を伝えた際には、「トータルに見て……」という言い方をしたようだが、トータルに見るとは、このように偏った、狭い定義を当てはめることなのであろうか。
 
 これでは、〈まず初めに結論があり、その結論を合理化するための定義をひねり出した〉と見られても仕方がないところだろう。

 その上さらに私が呆れたのは、取りあえず法務局の「本来の業務の範疇を超えていることが、継続的に行われ、働く環境の悪化と雇用不安を招いていることだ」という定義を前提にして、その上で「問い⑨」や「問い⑭」から「問い⑱」までの質問をしてみたところ、OA調査救済係長は何も答えられなかった。
 法務局の定義の枠内で考えてさえ、寺嶋弘道のやったことは「人権侵犯」に当るのではないか。そういう意味の私の指摘に対して、OA調査救済係長は何も答えられなかったのである。

 先の面談紹介ではふれなかったが、質問の途中、私はOA調査救済係長に「これはあなただけの結論ですか」と聞いてみた。彼女の返事は、「いえ、私の課で出した結論です」ということだった。もちろんそれはまさにそうあるべきであって、私はその点を念のために確かめてみたわけだが、とするならば、彼女の属する課のスタッフは、亀井志乃が提出した『道立文学館における嫌がらせ、及びそれをパワー・ハラスメントと判断する理由』に目を通していたはずである。
 その上で彼らは、OA調査救済係長から、亀井志乃がそれらの文書に詳述しておいた事実は「ほぼ全てが事実であったことを認める」という意味の報告を受けたことになる。それにもかかわらず彼らは、「人権侵犯に当らない」という結論した。
 法務局の「人権」概念は一体どうなっているのだろうか。

○やはり裁判へ
 私は以前、札幌の労働基準監督署のなまくらな対応を見て(「北海道文学館のたくらみ(23)」参照)、労働審判か本裁判で決着をつけるしかあるまいと腹を決め、家族にそう伝えた。事情は多少異なるが、今回も法務局の手抜き仕事のおかげで、そう考えざるを得なくなってしまった。

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