«  幕間劇(3) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(25) »

北海道文学館のたくらみ(24)

裁判に踏み切る

○労働審判以後
 亀井志乃は道立文学館駐在の北海道教育委員会職員・寺嶋弘道を告訴することにし、昨年(2007年)の12月21日、札幌地方裁判所で手続きを済ませた。2月13日(水)にその第1回の公判が開かれる。
 
 告訴に踏み切るまで、ずいぶん時間がかかってしまったが、その理由は、亀井志乃が裁判による解決だけを考えていたわけでなく、他の解決法も探っていたからである。

 亀井志乃は当初、寺嶋弘道のパワー・ハラスメントと、財団法人北海道文学館の一方的な雇止め(解雇権の濫用)の問題を、一つの裁判で解決したいと考えていた。だが、弁護士の助言もあって、両者を切り離して扱うことにし、一方的な雇止め(解雇権の濫用)の問題は労働審判で解決を図ることにした。その経緯と結果は既にこのブログで書いておいた。

 それに対して、パワー・ハラスメントの問題は、法務局の人権擁護部のOA調査救済係長と直接会ったり、電話で連絡を取ったりした後、4月24日(火)、『道立文学館における嫌がらせ、及びそれをパワー・ハラスメントと判断する理由』という文書(A4版、32頁)を渡して、正式に調査を依頼した。
 ただ、必ずしもこの時点の亀井志乃は、労働審判と別個に、寺嶋や毛利館長を相手取って裁判を起こすことを考えていたわけではない。もちろん労働審判の結果如何にもよるが、その頃はこんな意味のことを言っていた。「法務局の調査の結果、〈寺嶋学芸主幹の亀井志乃に対する態度には人格を傷つける言動があり、また、財団の幹部職員のこの問題に関する対応には不適切なところがあった〉という意味の結論が出て、文学館側に厳重注意または戒告が与えられ、その写しが私にも渡される。もしそういう結果が出たならば、それなりの形でこの件は決着はついた。そういう考え方もあり得ると思う」。
 そして8月29日、労働審判のほうは、亀井志乃の主張がほぼ全面的に認められる形で決着がついた。それ以来、彼女の気持は上記の方向に傾いていった。私はそう見ていたのである。

○法務局の調査結果
 ところが9月になっても、まだ法務局からは調査結果について何の連絡もない。これでは少し時間がかかり過ぎではないか。亀井志乃がOA 調査救済係長に電話をしてみたところ、まだ調査段階なので、もうしばらく待って欲しいとのことだった。そして11月に入って漸くOA調査救済係長から電話があり、その内容は、「確かに寺嶋学芸主幹の言動には不適切なところもあったが、トータルに見て、人権侵犯には当らない結論となった」という意味のことだったらしい。
 亀井志乃は、OA調査救済係長の態度には最初から消極的なところがあり、また、9月になってもまだ〈調査中〉というところから判断して、(いくら他の事案を同時に扱っているとはいえ)多分調査そのものが一時期、棚上げになっていた疑いがある、と思っていた。その点で、OA調査救済係長が伝えた結論そのものにはあまり驚かなかった。
 もちろん、出された答えはまるで的外れだとは思ったが、電話で押し問答をしても埒が明くわけでもない。そう考えて、11月12日に法務局を訪ね、直接説明を聞く約束を取った。

 しかし「トータルに見る」とは一体どういうことなのか。私も法務局の考え方を聞きたくなり、12日には、一緒に出かけて、話を聞かせてもらうことにした。
 
 ところが、OA調査救済係長の説明は、次回に詳述するように、子供だましにもならないほどお粗末な内容だった。一方では、憲法が保証する基本的人権の侵害が行われた事実を認めながら、他方では「人権侵犯の事実はなかった」と結論する。そういう矛盾を幾つも犯しながら、OA調査救済係長自身はその点に気がついていない有様だったのである。

○調停の申し立て
 ただし亀井志乃は、法務局の説明が納得できないからといって、直ちに告訴に踏み切ったわけではない。
 民事訴訟には、弁護士を頼むのではなくて、原告自身が法廷で尋問を行なう本人訴訟のやり方がある。
 亀井志乃はOA調査救済係長の説明を聞いて、〈多分この人は、文学館の仕事の具体的な進め方に即して、訴えられた事例を検証する気持がなかったのだろう。だから文学館側の口先だけのタテマエ論に手もなく言いくるめられてしまったのだ〉と直感したらしい。こんなに歯がゆい思いをするくらいならば、代理人を立てずに、自分で直接に文学館の人間と対決したい。そう言って、本人訴訟に踏み切ることにした。訴状を書くに当っては、石原豊昭・石原輝・平井二郎の『訴訟は本人で出来る』(自由国民社、2005年7月、改訂版第1刷)や、大島明の『書式 民事訴訟の実務〔全訂増補版〕』(民事法研究会、平成9年12月)などを参考にした。
 労働審判である程度要領が分っていたので、踏み切りやすかったのであろう。
 
 11月27日、亀井志乃は訴状の原案を持って、まず地方裁判所へ向ったが、受付で、「どのような訴えにするかは相談窓口へ行って尋ねたほうがいいでしょう。相談窓口は簡易裁判所のほうにあります」と言われた。そこで、簡易裁判所に廻って相談係の人に見てもらった後、弁護士センターで相談の予約を取った。
 
 そして11月30日、再び弁護士センターへ出かけたわけだが、センターでは弁護士が二人一組の形で、相談に乗ってくれる。二人は、亀井志乃が本人訴訟を起こす予定であることを理解した上で、次のような助言をしてくれた。
 一つは、亀井志乃の告発が寺嶋弘道のパワー・ハラスメントと、文学館の幹部職員の不誠実な対応(すなわち職場環境整備義務違反)とに跨っているため、論点が複雑、曖昧になり、裁判がかなり長引くのではないか。もし亀井志乃の狙いが寺嶋のパワー・ハラスメント的な行為の実態を明らかにすることならば、むしろ争点を一つに絞ったほうがいい、ということである。
 もう一つは、いきなり本裁判に持ってゆくのではなくて、まず簡易裁判所の調停を申し立ててみてはどうか、ということである。
 亀井志乃はその助言に従って、訴えの相手を寺嶋一人に絞り、12月4日、簡易裁判所に調停の申立をしてきた。

○調停のあり方
 簡易裁判所における調停委員会は、裁判官1人、民間から選ばれた調停委員2人によって構成され、争点が比較的シンプルで、賠償の請求額が小額の紛争を扱い、調停の結果当事者双方が合意に達した場合、合意内容は判決と同じ効力を持つ。当事者の一方が合意事項を守らなければ、法的な強制力が働くのである。
 その意味で、労働審判(「北海道文学館のたくらみ(16)」「同(17)」参照)とかなり近い制度と言えるだろう。
 
 ただ、労働審判は、委員会が当事者双方の証拠を調べ、当事者双方の言い分を聞いた上で、3回以内の審理で結論を出す。それに対して、調停委員会の仕事は当事者双方の言い分を聞いて、接点を探し出し、双方の歩み寄りを促して、合意に達するようにお膳立てをする。その回数に特に制限はない(但しなるべく早期の合意を目指して交渉が進められる。それが原則である)。しかし、双方の主張に歩み寄りが全く見られなければ、調停委員会の仕事はそこまで。調停不成立という結論を出して終わりとなるのである。

○調停の不調
 亀井志乃と寺嶋弘道との調停は、12月21日に行なわれた。そしてこの日だけの、つまりたった一回の話し合いで、調停委員会は早くも調停不能の結論を出してしまったのである。
 
 調停は一般に公開しない、クローズドの部屋で行なわれ、調停委員会はまず寺嶋に席を外してもらって、亀井志乃に質問をし、意見を聞いた。時間はおよそ35分程度だったらしい。次に委員会は亀井志乃に席を外してもらい、寺嶋を調停室に招じ入れたが、亀井志乃は廊下に設置されたソファーで50分近く待たされたという。
 
 簡易裁判所に「調停申立書」を出す時には、「紛争の争点」という文書を添える。調停員が争いの問題点を把握するためである。もちろん亀井志乃は「第1、違法事実」「第2、違法性の重大さ」「第3、損害」「第4、請求」の項目に別けて書いた文書を提出しておいた。更に21日の当日には、「〈紛争の争点〉に関する覚書」と「想定される寺嶋弘道の言い分と、それに対する反論」という2種類の文書を用意していった。調停委員会からの質問に適切に答えるためである。
 
 他方、調停を申し立てられた相手側の寺嶋弘道は、簡易裁判所から送付される「調停申立書」と「紛争の争点」を受け取った後、「答弁書」を書いて簡易裁判所に提出しなければならない。簡易裁判所は「答弁書」の写しを申立人の亀井志乃に送付してくるはずなのだが、21日の前日になっても、終に寺嶋の「答弁書」は届かなかった。
 
 ただし、実際には、寺嶋は一応は答弁書を書いて裁判所に送付していた。だが、それはあまりにも簡略なものだった。亀井志乃が2度目に調停室に呼ばれた時、調停委員の一人が一枚の書類を指し示して、次のように説明した。「相手側からも、答弁書は一応は送られてきているんですよ。ただ、非常に簡単なもので、〈申し立て内容は全てこれを否認する〉という程度のことしか書いてありませんでしたから、特には送りませんでした」と。亀井志乃は手にとって詳しく読んだわけではないが、見たところその書類には、確かに数行の文章しか書いてなかった。
 
 そんなわけで、調停室における寺嶋は、多分、法務局の結論を楯に取って、妥協の余地もなければ、必要もないという作戦に出たのであろう。
 法務局のOA調査救済係長の話によれば、法務局の結論を電話で文学館側に伝えたという。彼はその結論に飛びつき、これを金科玉条、錦の御旗、伊勢のお札に高野の呪文、黄門様のご印籠、何でもござれの万能薬みたいにありがたがって、委員会の質問など一々まともに取り合うまでもない、「既に結果は出ているのだ」の一点張りで、頑なに対話を拒み続けたのであろう。
 
 調停委員会はたった一回の面談で調停を断念し、亀井志乃に次のように親切な助言をしてくれたという。「申し訳ないが調停は証拠調べをして黒白をつける、どちらが正しいか正しくないかを決める場ではありません。なるべく話し合いによって解決をはかろう、という場なので、どちらかが絶対にそれは受け入れられない、と言えば、調停はそこでおしまい、話し合いの余地はないということになってしまいます。証拠に基づいて真偽を争う場に移るつもりならば、調停が不成立だったという証明書を出してあげられますので、それを持ってゆけば訴訟の手続きができます。2週間以内に裁判を申請すれば、調停のために使った収入印紙もそのまま使えますので、費用は無駄になりません。ただし、2週間を過ぎても、もちろん裁判の申請そのものはできます」。
 調停委員は丁寧にそのような説明をした後、書記官を呼び、書類を整える上で亀井志乃にアドバイスをするよう頼んでくれた。
 寺嶋弘道がどんな態度だったか、この調停委員会の態度が如実に物語っていると言えよう。
 
 もちろん亀井志乃はその足で札幌地方裁判所に赴き、寺嶋弘道を被告とする「訴状」を提出し、本裁判の手続きを取った。

○膨らんできた裁判の期待
 亀井志乃にしてみれば、調停で解決できなかったのは残念だが、むしろ裁判に踏み切ったことで、かえって気持がすっきりと割り切れたという。
  
 その理由は、裁判と言う公開の場で寺嶋弘道と直接に対決できることである。
 労働審判の場合は、相手側は財団法人北海道文学館であったから、寺嶋弘道は自分に関係ないよと、知らぬ顔の半兵衛を決め込むことができた。
 亀井志乃は、当初は、寺嶋弘道のパワー・ハラスメントと、文学館の幹部職員の不誠実な対応、つまり職場環境の整備義務違反を一緒に扱うつもりだった。だが、弁護士センターの助言で寺嶋弘道のパワー・ハラスメントの問題一本に絞ることにしたわけだが、考えてみると、これは瓢箪から駒と言うべきだろう。その結果、寺嶋弘道は財団と共同戦線を張ることもできなければ、財団を表に立てて自分は裏に隠れることもできず、自分一人で対応するか、自前で弁護士を雇って対応を任せるか、いずれかの立場に立たされることになったのである。
  
  この場合、法務局の結論は、裁判の場では何の役にも立たない。法務局の調査は証拠調べに基づくものとは言えず、しかも調査内容は客観的に公表しない。そのようなやり方で出された結論は、司法の判断を拘束するものではないからである。
 そうであればこそ亀井志乃は、改めて双方が持つ証拠を提出し、その吟味を通して事態を明らかにできる裁判という方法を選んだわけだが、裁判における
被告は、原告が証拠に基づいて主張したことを否認する場合、自分の側の証拠を提出し、それに基づいて反証する責任を負う。当然のことながら寺嶋弘道は、彼自身が法廷という公開の場で、一つ一つの事例に関して、自分の主張を裏づける証拠を提出し、各時点における自分の言動の正当性を明確に説明しなければならない。彼にそれだけの用意がないならば、弁護士も有効な弁護を行なうことができないだろう。
  彼は調停を不調に終らせ、そうすることによって、上のような状況に自分を追い込む結果となったのである。

  亀井志乃が「気持がすっきりと割り切れた」というもう一つの理由は、表現の自由を得たことである。
  彼女はこれまで、文学館で経験した問題に関する表現は、財団の幹部職員と寺嶋弘道本人に対するアピールや、彼らの対応に対する反論と質問に限定してきた。それ以外の人たちに対しては、財団職員や寺嶋本人に渡したアピール文等のコピーを財団の理事や評議員に郵送して理解を求めることに止めてきた。
 労働審判や調停の内容についても、その全てを「このことは第三者に口外しないで下さい」と念を押されたわけではなかったが、――特に調停の場合は、何一つ念を押されなかったという――第三者に語ることを慎んできた。たとえ口止めをされなくても、クローズドの空間で話し合われたことは軽々に口にすべきではない。そういう自制が働いていたからである。

  しかし、公開の裁判で交わされる言葉は、これまで様々な裁判記録が出版されてきた事実が示すように、これを公表することができる。
 以前から亀井志乃は、一定の結果が出た段階で、自分のブログを開き、自分が書ける範囲内のことはきちんと整理して書いておきたい、と言っていた。裁判が始まれば、一定の結果が出るのを待つまでもない。経過報告の形で、書き始めることができるのである。
 
 なお、被告・寺嶋弘道が弁護を依頼したのは、予想違わず、太田法律事務所の太田三夫弁護士だった。

|

«  幕間劇(3) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(25) »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

老婆心ながら。

万が一相手側弁護士が悪徳な場合、くれぐれも、手を替え品を替えの挑発行為(引き延ばし、論点ずらし、意図的な見当はずれの応対・回答などなど)に対しては、"その手はくわなの焼き蛤で"冷静に。

投稿: 直感子 | 2008年2月11日 (月) 09時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127704/40077850

この記事へのトラックバック一覧です: 北海道文学館のたくらみ(24):

«  幕間劇(3) | トップページ | 北海道文学館のたくらみ(25) »