北海道文学館の脱コンプライアンス
○法律の問題
亀井志乃は労働局や法務局に足を運び、解決方法を相談したりしながら、自分でも法律を調べ、そのうち二つの重要なことに気がついた。
今回は少し長い記述になりそうだが、現在「有期労働契約」(雇用の期間を決めた契約)で働いている人たちにとっては役に立つ情報も多いと思う。無理強いをするようで、恐縮だが、最後までおつき合いを願いたい。
○年齢制限は「理由の明示」が必要
高年齢者雇用安定法という法律がある。これが平成16年6月5日に改正され、平成16年12月1日から施行されたわけだが、亀井志乃はそれを見ているうちに、財団法人北海道文学館に違法行為があることに気がついた。その法律の第18条の2第1項が、次のことを命じているからである。
《引用》
事業主は、労働者の募集及び採用をする場合において、やむをえない理由により一定の年齢(65歳以下のものに限る。)を下回ることを条件とするときは、求職者に対し、厚生労働省令で定める方法により、当該理由を示さなければならない。
つまり事業主が求人に際して年齢制限を設ける場合は、求職者に対してその理由を明示しなければならない。法律はそう命じているのであるが、昨年(平成18年)12月、財団法人北海道文学館は職員の募集で、「1971(昭和46)年4月1日以降に生れた者」という年齢制限を設け、しかし理由を明示していなかった。
○年齢指針
それならば、年齢制限の理由さえ明示すれば、その理由の内容は特に問われないのか。つまり、年齢を制限する理由は、事業主の考え方に任されているのか。次にそういう疑問が起ってくるわけだが、「内容は問わない」というわけにはいかないのである。
平成13年4月、雇用対策法が改正されて、募集や採用における年齢制限緩和の努力義務(第7条)が規定され、それに伴って、厚生労働大臣がその努力義務の「指針」を定めることになった。
この指針を「年齢指針」と呼ぶが、厚生労働大臣は10の項目を挙げ、そのいずれかに該当する場合にのみ「年齢制限をすることが認められる」と定めたのである。(平成13年10月1日から実施)
ただし、煩雑になるのを避けるため、その10項目全てを紹介することはしない。というのは、今年になって、その10項目が6項目に削減されることになったからである。そんなわけで、10項目のうち亀井志乃の問題に関連しそうな2項目だけを引用するが、それは次のようなものであった。
《引用》
1 長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、新規学卒者等である特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
2 企業の事業活動の継承や技能、ノウハウ等の継承の観点から、労働者数が最も少ない年齢層の労働者を補充する必要がある状態等当該企業における労働者の年齢構成を維持・回復させるために特に必要があると認められる状態において、特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
10項目時代の雇用対策法は、このような場合は年齢制限を設けてもよい、としていたわけだが、1は「新規学卒者である特定の年齢層」を採用する場合であって、財団法人北海道文学館が昨年行った公募には該当しない。財団が設けた「1971(昭和46)年4月1日以降に生れた者」(35歳以下)という年齢制限は、「新規学卒者である特定の年齢層」を対象としたものではなかったからである。
それでは、2の場合はどうであろうか。一つ注意しておけば、この時点で、平成19年度の財団職員のうち学芸関係の職員として考えられ得るのは、亀井志乃だけだったことである。
それ故、亀井志乃との契約を更新し、更にその上で、「1971(昭和46)年4月1日以降に生れた者」を新規に採用する。そうであるならば、「事業活動の継承や技能、ノウハウ等の継承の観点から、労働者数が最も少ない年齢層の労働者を補充する必要がある」と言えるだろう。だが、亀井志乃を解雇して、その代わりに「1971(昭和46)年4月1日以降に生れた者」を採用すれば、又しても年齢構成が偏ってしまう。それだけでなく、「事業活動の継承や技能、ノウハウ等の継承」が出来なくなってしまう。
分かるように、財団法人北海道文学館は年齢指針に適合しないことを敢えて行い、おまけに「年齢制限を設けた理由の明示」という法律には従わなかったのである。(財団法人北海道文学館は、定年で退職する司書の後任を募集・採用する場合も、「理由」の明示なしに年齢制限も設けていた。)
○年齢制限撤廃の動き
この雇用対策法はつい最近、つまり今年(平成19年)の6月1日、その改正案が参議院の本会議を通過した。改正の趣旨は求人の年齢制限を原則的に禁止し、禁止を義務化することにあり、10月1日から施行される。
このような改正案が国会を通った背景には、人種差別や性差別の撤廃に次いで、年齢差別の撤廃を目指す世界的動向があると言えるだろう。時代は年齢差別撤廃の方向に動いているのである。
ただし全面的に禁止するわけではない。やはり「やむを得ない理由」を認めているのだが、それは改正前の10項目から、次の6項目に削減された。これは今後、多くの人に重要な意味を持つことになりそうなので、念のために6項目を全て挙げておこう。
《引用》
(1) 年齢制限の上限が定年と同じ場合
(2) 警備業務など、労働基準法が特定の年齢層の雇用を禁じている場合
(3) 経験不問で、新卒者と同じ待遇で正社員として採用する場合
(4) 高齢者の雇用を進めるため、60歳以上を採用する場合
(5) 社内のいびつな年齢構成を是正する目的で採用する場合
(6) 子役など、芸能・芸術分野で採用する場合
もう一度言えば、事業主はこの6項目以外の理由で年齢制限を設けることはできない。また、この6項目に適合する理由で年齢制限を行う場合は、その理由を明示しなければならないのである。
○「不特定多数による相殺」という詭弁
詭弁論理学という学問によれば、「不特定多数の事例による相殺法」という詭弁がある。例えば万引きを見つかった人間が、「だって、けっこう他の人間もやってるじゃないか」と逆ねじを食らわせて、自分の罪を帳消しにしようとする。そういう詭弁のことである。
そんなわけで、もし「年齢制限は、けっこう他の会社もやってるじゃないか」などと不特定多数のケースを持ち出して、自分のやったことを正当化しようとすれば、もうそれだけでその事業主は自分が法律を破ったことを自白したようなものだ。そう判断して一向に差支えないだろう。
○事業主が契約時に明示すべきもの
もう一つ亀井志乃が気づいたことは、〈平成15年10月23日付けの厚生労働大臣告示、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」が出されて以来、雇止めと解雇とが明確に区別されるようになったのではないか〉ということである。
「雇止め」という言葉はまだ聞きなれない人も多いと思うが、この言葉は「有期雇用契約について、期間満了で更新しないとした場合」(大阪労務管理事務所 肥塚道明)を指す。
ただし、ここが極めて大事なところであるが、現在の法によれば、〈契約の期間が満了するからといって、使用者はただそれだけの理由で、労働者に対して、契約の更新を停止(または拒否)することはできない〉のである。
その点を定めたのが「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」であるが、その条文は大変に抽象的であるため、条文自体の紹介は「文学館のたくらみ・資料編(資料11)」に譲り、ここでは労働局の解説のほうを引用したい。(この「基準」の関するかぎり、以下も同じ)。
《引用》
雇止めに関する基準の内容
(ア) 本条(第1条)により明示しなければならないこととされる「更新の有無」及び「(契約を更新する場合、又はしない場合の)判断の基準」の内容は、有期労働契約を締結する労働者が、契約期間満了後の自らの雇用継続の可能性について一定程度予見することが可能となるものであることを要するものであること。
例えば、「更新の有無」については、
a 自動的に更新する
b 更新する場合があり得る
c 契約の更新はしない
等を明示することが考えられるものであること。
また、「判断の基準」については、
a 契約期間満了時の業務量により判断する
b 労働者の勤務成績、態度により判断する
c 労働者の能力により判断する
d 会社の経営状況により判断する
e 従事している業務の進捗状況により判断する
等を明示することが考えられるものであること。
(イ) なお、これらの事項については、トラブルを未然に防止する観点から、使用者から労働者に対して書面を交付することにより明示されることが望ましいものであること。(太字は亀井、以下同じ)
少し文意を辿りにくいところもあるが、要するに〈使用者が労働者と契約を結ぶ場合は、契約期間の満了後さらに契約を結び直すつもりがあるか否かについて、あらかじめ労働者に対して「更新の有無」を明示しなければならない。そしてまた、契約を結び直さないことがあるとすれば、どういう基準に基づいてそうするのか、「判断の基準」を明示しておかなければならない。それは文書の形で明示されることが望ましい〉ということなのである。
ところが、亀井志乃が平成16年に辞令書を受け取った時、また平成17年度と18年度の辞令書を受け取った時も、文学館側から「更新の有無」や「判断の基準」が明示されることはなかった。
○「契約期間の満了とは別の理由」が必要
ただし、亀井志乃はもちろん辞令書を貰い、その辞令書には何月何日から何月何日までと、雇用期間が書いてある。だが先ほども言ったように、雇用期間の満了をもって契約の更新を行わない理由とすることはできない。その点について、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」は次のように念を押している。
《引用》
ウ 第三条関係
「(契約を)更新しないこととする理由」及び「(契約を)更新しなかった理由」は、契約期間の満了とは別の理由を明示することを要するものであること。
例えば
(ア) 前回の契約更新時に、本契約を更新しないことが合意されていたため
(イ) 契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係るものであるため
(ウ) 担当していた業務が終了・中止したため
(エ) 事業縮小のため
(オ) 業務を遂行する能力が十分ではないと認められたため
(カ) 職務命令に対する違反行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のため
等を明示することが考えられるものであること。
これが、先ほどの「更新の有無」及び「判断の基準」と対応することは言うまでもないだろう。つまり、使用者(事業主)は労働者と契約を結ぶに当たって、「更新の有無」や「判断の基準」を明示しておく。そして「更新をしない」という方針を立てる場合は、再度、労働者に対して合理的な理由を明示しなければならないのである。
○財団の方針の矛盾と違法性
昨年(平成)の12月6日、毛利正彦館長(当時)は亀井志乃を館長室に呼んで、来年度からは嘱託職員を任用しないという財団の方針を告げた(「文学館のたくらみ・資料編」資料3)。
その時毛利正彦館長(当時)が挙げた理由は、
①財団の事情として、来年度以降は、嘱託員を任用することが難しくなった。
②嘱託職員の任用を継続しないかわりに、正職員を採用したい。正職員は財団が公募する。
の2点だった。
だが、①の「財団の事情」が財政難を指すならば、――毛利館長(当時)はそういう意味の説明をした――それは②と矛盾する。なぜなら、正職員を採用した場合、その給料は明らかに亀井志乃の給料を上回るからである。
その意味で、毛利館長(当時)の挙げた理由は何の合理性を持たず、これでは、「契約期間の満了とは別の理由」とはなり得ない。
また、正職員採用の方針については、毛利館長(当時)は「財団では、これからの人材を育てたい。……せいぜい30才くらいまで。」と説明した。しかしこの年齢制限は、既に指摘しておいたように、雇用対策法の年齢指針に適合するものではなかった。
○「当該労働者の同意」の必要
それでは、契約を結ぶ時点では予測できなかった事情が生じた場合はどうなのであろうか。「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」における次の指示は、多分その点を考慮したものであろう。
《引用》
(ウ) 本条(第1条)第三項については、使用者が労働契約締結時に行った「更新の有無」及び「判断の基準」に係る意思表示の内容を変更する場合に、当該労働契約を締結した労働者に対して、速やかにその変更した意思表示の内容を明示しなければならないものであること。この場合、「更新の有無」及び「判断の基準」が当該労働契約の一部となっている場合には、その変更には当該労働者の同意を要するものであること。
これは初めに引用した条文説明の、「トラブルを未然に防止する観点から、使用者から労働者に対して書面を交付することにより明示されることが望ましいものであること。」に続く文章である。だから厳密に言えば、この説明文は、契約の時点で「更新の有無」や「判断の基準」を明示していることが前提となっている。その前提に基づいて「変更する場合」が論じられているのである。
だが繰り返し言えば、財団法人北海道文学館は亀井志乃との契約時に、「更新の有無」や「判断の基準」を明示して来なかった。しかしだからと言って、〈前提がないのだから、年度途中で変更した意思表示の内容を明示する必要もなく、当該労働者の同意を得る必要もない〉とは主張できないだろう。
そもそも前提を用意できなかったこと自体が、財団法人北海道文学館の手落ちなのである。そうである以上、財団法人北海道文学館が新に生れた意思を決定するには、亀井志乃の同意を必要としたはずである。
上の解説文もまた、変更した意思表示の内容を当該労働者の明示し、当該労働者の同意を得るように指示している。当該労働者の同意が必要条件とされているのである。
ところが毛利館長(当時)はそういう手順を踏むことなく、既に決定されたこととして、財団の方針を亀井志乃に圧しつけようとするだけであった。
それに対して亀井志乃は、方針決定のプロセスを問い、方針を白紙に戻して、「改めて当事者の意向と実績評価に基づく人事構想を策定することを要求」した(「文学館のたくらみ・資料編」資料3及び資料5)。
これは法的に見て、極めて正当な要求と言える。
○「取扱要領」は契約書ではない
ところが、毛利正彦館長(当時)は平成18年12月27日、亀井志乃の要求と質問に対する回答の拒否を通告し、それと共に、辞令書のコピーと、「財団法人北海道文学館嘱託員任用にかかる取扱要領」と、「財団法人北海道文学館寄附行為(抜粋)」を渡した(「北海道文学館のたくらみ(6)」)。
この時期に至って、なぜこれらの文書を渡すのかについては何の説明もなく、ただ「亀井さん、もっと勉強しなさい」と言うのみだった(「文学館のたくらみ・資料編」資料7)。
ただ、その意図はどうあれ、これらは財団法人北海道文学館が亀井志乃に対して行ってきたことを合理化する材料とはなり得ない。既に指摘しておいたように、辞令書に雇用期間が記されていることは、「契約期間の満了とは別の理由を明示すること」にならないからである。
また、「財団法人北海道文学館寄附行為」について言えば、僅かに第16条までを抜粋したものにすぎず、理事とその組織を説明しているだけで、人事に関する決定と理事会及び理事長の関係については、何一つ言及していない。
「財団法人北海道文学館嘱託員任用にかかる取扱要領」はそのタイトルが示すように、財団が嘱託員を採用する場合のマニュアルであって、嘱託員に対して何らかの拘束力を持つわけではない。財団がこのマニュアルに従って嘱託員と契約を結んだとき、はじめてその契約内容が嘱託員に対して拘束力を持つわけだが、財団は亀井志乃と契約書を交換した事実はなかった。
また仮に契約書を作成したとしても、その「取扱要領」には「更新の有無」や「判断の基準」に関する規定がなく、そのため契約書も「更新の有無」や「判断の基準」を欠くことになれば、それはマニュアルとしても極めて不備なものでしかない。
○財団の「解雇」概念
以上のように、財団法人北海道文学館は、厚生労働省が定める「雇止め」の基準に何一つ従うことなく、つまり「雇止め」の基準によって保護されている亀井志乃の権利を侵して、一方的に契約の更新を停止してしまった。
その意味で、財団北海道文学館の亀井志乃に対する更新停止は、極めて違法性の高い行為と言うべきだが、なぜそのように強引な行為に出たのか。財団は、「財団法人北海道文学館職員就業規程」によってその行為を正当化できる、と考えたらしい。
この「規程」の第2章の第4節「解雇」に、次のような条文があるからである。
《引用》
(解雇)
第13条 財団は、職員が次の各号のいずれかに該当するときは、解雇することができる。
(1)勤務成績が良くないとき。
(2)心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えられないとき。
(3)前2号に掲げる場合のほか、その職に必要な適格性を欠くとき。
(4)業務量の減少、その他業務上やむを得ない事由が生じたとき。
(解雇の予告)
第14条 財団は、職員を解雇しようとするときには、少なくとも30日前に予告する。30日前に予告しないときは30日分の平均賃金を支払う。ただし、天災事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となった場合又は職員の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合において、その事由について所轄労働基準監督所長の認定を受けたときは、この限りでない。
昨年(平成18年)の12月6日、館長(当時)の毛利正彦が亀井志乃に契約更新の停止を通告した時、彼の頭にあったのはこの「解雇」規程と、「解雇の予告」だったと思われる。
ただ、この点は強調しておかなければならないが、財団法人北海道文学館はこれまで、「財団法人北海道文学館職員就業規程」を亀井志乃に提示したことがなかった。
ところが今年の6月、財団は亀井志乃の「労働審判手続申立書」を受け取り、「答弁書」(平成19年7月11日付け)を札幌地方裁判所に提出し、それと一緒に「証拠物」(証拠とする文書)を提出したわけだが、その中に「財団法人北海道文学館職員就業規程」が入っていた。亀井志乃は今年の7月13日、「答弁書」の写しと、「証拠物」の写しを受け取り、そこで初めて「就業規程」の存在を知ったのである。
○解雇権の濫用
財団がなぜこの時期まで、「財団法人北海道文学館職員就業規程」を亀井志乃に提示しなかったのか。あるいは、なぜこの期に及んで、その「規程」を出してきたのか。
その点は不明だが、ただ一つ明らかなのは、この「就業規程」は極めて不備なものでしかないことである。財団は平成18年度から指定管理者となるに当たって、規程の見直しをやっているにもかかわらず、それ以前に告示された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」を全く盛り込んでいない。
「就業規程」の不備はそれだけではない。平成16年1月1日から改正労働基準法が施行され、その第18条第2に解雇権濫用法理が明記された。ところが財団の「就業規程」は、この大事な改正理念を全く反映していないのである。
解雇権濫用法理とは、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」ということであって、昭和50年の最高裁の判例として確立され、それが改正労働基準法に明記されることになったのである。
では、解雇に関する「客観的に合理的な理由」とは何か。昭和51年、東京高等裁判所の判決で次のような四つの条件が挙げられ、それが現在も生きている。なお、次の引用の( )内の文章は、都道府県の労働局等で一般に行われている解説である。
《引用》
① 人員削減の必要性(人員整理を行わなければ企業が倒産してしまう場合や、高度の経営上の困難により人員削減が要請される場合。ただし、人員整理を決めた後で、多数の採用や大幅な賃上げ等を行っている場合は、一般的に必要がないと判断される。)
② 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性(解雇は最終的な手段であり、解雇を避けるための手段を十分に尽す必要がある。具体的には、使用者が配置転換、出向、一時帰休、希望退職者の募集等の措置を実施せずに行う解雇は無効とされる。)
③ 解雇対象の選定の妥当性(選定基準が客観的、合理的であること。勤続年数・勤務成績、再就職の可能性、家計への影響等を選定基準とすることがあるが、これらが客観的かつ合理的な基準に該当するかは具体的事情に応じて、個別に判断する。)
④ 解雇手続の妥当性(使用者は労働者又は労働組合に対して、整理解雇の必要性及びその内容〈実施時期、方法、退職者に対する代償等〉について誠意をもって説明し、十分な協議を行う必要がある。)
これらの4要件は、一般に「整理解雇の4要件」と呼ばれ、この要件を満たすことが整理解雇の正当性を判断する基準とされている。従来はこの4要件を1つ欠いただけでも、解雇権の濫用と判断され、無効とされた。最近は4要件を総合的に勘案する傾向になっているという。
この新しい考え方と較べて分るように、財団の「就業規程」における4つの「解雇」要件は、財団幹部たちによる一方的な馘首を許容する文言になっている。新しい法の理念を反映しない、このような「就業規程」を金科玉条のように奉って、何の反省もなく職員の生活権を奪う。それが、亀井志乃に対して財団がやってきたことであった。
○財団の自縄自縛
以上で明らかなように、財団法人北海道文学館が亀井志乃を辞めさせようとした時、手持ちの規程に基づいてそれを行う他はなかったわけだが、手持ちの規程は「財団法人北海道文学館職員就業規程」しかなかった。
見方を変えれば、財団には雇止めの概念がなく――最も基本的な「就業規則」さえ用意していなかった、――解雇の規定しか持たなかった。ということはつまり、財団はこの規程によって亀井志乃を解雇し、この規程によって解雇の合理性や正当性を主張する他はなかったことになる。
なぜなら、もし財団が自己の規程に基づかない辞めさせ方をしたとすれば、それは財団自身が恣意な決定を無反省に行う、無統制な組織でしかないことを告白するのと同じだからである。
だがその反対に、財団が自己の規定に従って亀井志乃を解雇したことを認めるならば、まず第1に、その適用の妥当性が問われることになる。次に第2として、その適用は改正労働基準法の解雇権濫用法理によって、無効とされてしまう。
財団法人北海道文学館はそういう自縄自縛の状態に陥っているのである。
○「期待権」について
今年(平成19年)の3月、館長室に呼ばれた亀井志乃が、「自分には契約の継続を期待する〈期待権〉というものがある」という意味のことを言ったところ、毛利正彦館長(当時)は、「期待するのはあなたの自由だが、それは、この場合、正当な権利ではない」と答えた。亀井志乃が「権利は正当でしょう」と聞き返すと、「ああ、そうか。権利は正当ですよね」と言い直した(「北海道文学館のたくらみ(16)」)。
このことも、財団が「雇止め」に関する認識を欠いていたことの証拠となるだろう。
「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の補足的な説明によれば、これまでの裁判で、雇止めが認められなかった例が少なくなかった。期待権(正確には「更新期待権」)という考え方は、雇止めを認めない理由を説明する過程で出てきた考え方である。
《引用》
(3)その他
ア 有期労働契約の雇止めに関する裁判例を見ると、契約の形式が有期労働契約であっても、
・反復更新の実態や契約締結時の経緯等により、実質的には期間の定めのない契約と異ならないものと認められた事案
・実質的に期間の定めのない契約とは認められないものの契約更新についての労働者の期待が合理的なものと認められた事案
・格別の意思表示や特段の支障がない限り当然更新されることを前提として契約が締結されていると認められ、実質上雇用継続の特約が存在すると言い得る事案
があり、使用者は、こうした事案では解雇に関する法理の類推適用等により雇止めが認められなかった事案も少なくないことに留意しつつ、法令及び雇止めに関する基準に定められた各事項を遵守すべきものであること。
これがいわゆる期待権にかかわる表現であって、要約すれば次のようなことになるだろう。つまり、〈当初の契約や、その後の複数年にわたる契約更新において「更新の有無」や「判断の基準」を明示されることもなく、「もう一年働いてもらいたい」と形式的な意思確認の手続きで、更新が繰り返されてきた。しかも主な契約内容である業務はまだ終っていない。そのような場合、労働者の中に、この契約更新はなおしばらく繰り返されるだろう期待が生れる。その期待が合理的なものであるならば、これを権利と認める〉。
特に重要なのは、「解雇に関する法理の類推適用等により雇止めが認められなかった事案も少なくない」という箇所だろう。ある労働者の更新期待に十分合理性が認められるにもかかわらず、使用者が雇止めにしてしまった場合には、解雇に関する労働基準法の第18条第2の解雇権濫用法理が「類推適用」されて、その雇止めは無効とされてしまうのである。
ちなみに、その面談の際、亀井志乃が「解雇の理由についての証明書があるのか」と訊いたところ、毛利館長(当時)は「口頭で伝えればいいことだ」と言い、「解雇の理由についての証明書」を出す意志がないことを表明した(「北海道文学館のたくらみ(16)」)。
毛利館長(当時)のこの返答も、次のような労働基準法第22条の定めを、頭から無視するものであった。
《引用》
第22条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあっては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
2 労働者が、第20条第1項の解雇の予告がなされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。(以下略)
毛利館長(当時)としては、亀井志乃に自己都合による退職願を出させ、財団の自己正当化の材料にしたかったのであろう。
○亀井志乃の期待権
亀井志乃はおよそ次の事実に基づいて、自分の更新期待には合理性があり、労働省の分類による「期待保護(継続特約)タイプ」及び「実質無期契約タイプ」に該当すると考えている。
① 亀井志乃は平成16年、財団法人北海道文学館から、常設展のリニューアルを手伝って欲しいと依頼された。亀井志乃は北大文学部大学院の博士課程を修了して、文学博士の学位を取得し――専門は日本近代文学――、北大文学部の助手となったが、助手定員削減のため退官し、以後は北海道教育大学釧路校の非常勤講師を務めていた。平成13年にはボランティアで、道立文学館の資料整理と目録作成を行っている。その専門的知識とキャリアを、財団法人北海道文学館が必要としたのである。
常設展は平成16年11月に「第1期工事」は終ったが、まだ「第2期工事」以降の仕事が残っている。しかも亀井志乃は平成17年度、18年度と契約を更新するに連れて、より多く文学館の基幹的業務を担当するようになった。
② 財団法人北海道文学館は平成17年、指定管理者の応募に当たり、平成18年度から平成21年度までの、4年間の事業計画を確定した。その事業計画には、亀井志乃の企画した企画展・特別企画展が3点含まれている。
財団が運営する北海道立文学館の展覧会は、原則として、その企画者が主担当となって実施しており、亀井志乃が企画した「人生を奏でる二組のデュオ」は平成18年度に、亀井志乃が主担当となって実施した。その他に、亀井志乃が企画した特別企画展「「作家以前」の作家たち」と、企画展「山と牧場と草花の詩 坂本直行」の2点が、平成20年度に予定されている。
③ 平成16年の契約、平成17年度と18年度の契約更新は、いずれの場合も事前に口頭で本人の意思を確認し、辞令書の交付の際、改めて館長が口頭で勤務を依頼するという形式によって、「反復更新」された。
④ 平原一良学芸副館長(当時)や、毛利正彦館長(当時)から、継続雇用を期待させる発言があった。
ただし亀井志乃の「労働審判手続申立書」に、以上のことがそっくりそのまま記載されているわけではない。労働審判の「申立書」にはそれ独自の書式や文体があり、「申立書」全体の流れによって、より詳しく書いた箇所もあれば、簡略に書いた箇所もある。
法律の関係については、審判官・審判員ともに専門的な知識の持ち主であり、今回のように詳述はしなかった。
ただ、主張の骨子は変らない。①の前段に書いた契約の経緯に関して言えば、「財団は亀井秀雄から、亀井志乃を使って欲しいと強く頼まれ、やむを得ず雇ったのだ」という噂が、極めて意図的に流されている。しかし、契約に至る経緯を証明するために提出した証拠文書等によって、噂が事実無根にすぎないことが自ずから明らかとなり、より客観性の高い形で期待の合理性を主張することができた。
○だからこそ労働審判
なお、最後に一つダメを押しておくならば、都道府県労働局の「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の解説には、必ず次のことわりが書き込まれている。
《引用》
イ 雇止めに関する基準は、有期労働契約の契約期間の満了に伴う雇止めの法的効力に影響を及ぼすものではないこと。
一見したところ、これは、「使用者が雇止めをやってしまえば、それは法的な効力を持ち、「雇止めに関する基準」では如何ともし難い」と読めなくもない。倉卒にそう読んで、労働審判や裁判を諦めてしまった人もいるかもしれない。
だが、諦めるのはまだ早い。この一文は「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の条文ではなくて、それに関する解説なのである。そしてその意味するところは、「「雇止めに関する基準」は、これに違反した行為を処罰する条文を持たない。その意味で法的な強制力を持っていない」ということなのである。
数ヶ月前、村上ファンドの前代表・村上世彰氏が、しきりに、〈罰則がないのだから自分たちのやったことに違法性はないはずだ〉という意味の主張を繰り返していたが、結局裁判において有罪の判決を受けてしまった。これはニッポン放送株のインサイダー取引をめぐる問題であり、問題の性格は異なるが、罰則がないからと言って「基準」や「指針」を守らなくてもいいということにはならないのである。
なぜ「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」が出来たか、といえば、それは労働基準法第14条が、厚生労働大臣に、「期間の定めのある労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労働者と使用者との間に紛争が生じることを未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間満了に係る通知に関する事項その他必要な事項についての基準を定める」権限を与えたからにほかならない。
その労働基準法の第18条には「解雇権濫用法理」が明記されている。そして、使用者が労働基準法第14条に基づく「「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」を無視し、労働者の権利を侵した場合は、多くの判例は、労働基準法の「解雇権濫用法理」を「類推適用」しているのである。
財団法人北海道文学館が亀井志乃との労働契約の更新を停止(あるいは拒否)した行為は、これを「解雇」と見る場合、それは労働基準法第18条の「解雇権濫用法理」により無効となる。
また、同じ行為を「雇止め」と見る場合、財団法人北海道文学館は「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」を全く無視して、「雇止め」を強行した。この行為は「基準」に照らして何の合理性も認められない。「解雇に関する法理の類推適用等により雇止めが認められない事案」であろう。
しかもこの間、財団法人北海道文学館は高年齢者雇用安定法に違反し、雇用対策法に基づいて厚生労働大臣が定めた「年齢指針」に背き、毛利正彦館長(当時)は敢えて労働基準法第22条に違反する発言をしている。
財団法人北海道文学館はこれだけ法律や、基準や指針に対する違反を重ねており、当然その一連の行為は裁判の対象となる。亀井志乃は労働審判の場でそれを問題にしようとし、札幌地方裁判所は亀井志乃の「申立書」を受理して、財団法人北海道文学館に「答弁書」を求め、双方の主張を聞いた上で審判を下すことにしたのである。
○補足を二つ
私が引用した「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」の解説は、主に北海道労働局のものに拠っている。その中に、つい先ほど引用した「イ 雇止めに関する基準は、」云々に続いて、以下のような興味深いQアンドAが載っていた。
《引用》
【罰則の適用】
問 法第14条には、使用者とも労働者とも規定していないから、罰則は双方共に適用されると解してよいか。
答 本法立法の趣旨に鑑み、本条の罰則は使用者に対してのみ適用がある。(昭22・12・15 基発502号、昭23・4・5 基発535号)
これは労働基準法や、「基準」や「指針」に関する労働局職員の研究結果を、QアンドAにまとめたものと思われるが、分るように労働基準法には罰則があり、第14条にかかわる罰則は使用者のみに適用されるのである。「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」はこの第14条に基づいて作られたものだった。それは「使用者が講ずべき労働契約の期間満了に係る通知に関する事項その他必要な事項についての基準」なのである。
労働審判に消極的だった人にとって、これはかなり勇気づけられるQアンドAだろう。
最近こんなことを聞いた。ある人が亀井志乃と似たような問題で裁判を起したところ、使用者側は、現在の従業員がその人について書いた人物評の「連名書」を持ち出した。人物評は裁判を起した人の悪口ばかりで、使用者側としては、その人を馘首したことを正当化する材料に使うつもりだったらしい。
裁判を起した人は、「あの人たちはこんなふうに自分を見ていたのか」とショックを受けた、という。
従業員の人物評は、使用者が書かせた「やらせ」だったのだろう。随分あくどいやり方だが、しかしこういうやり方は使用者に対する裁判官の心証を悪くするだけで、裁判を起した人に必ずしも不利になるわけではない。世の中にはこの使用人のように卑劣な人間もいる。その点を弁えて、心準備さえしていれば、ショックを受けることもなく、相手の卑劣さを平静に受け止める余裕も生れるだろう。
○最後に念のため
なお、これまで取り上げてきた「有期労働契約」とは、次の2つの場合を指す。
《引用》
a 1年以下の契約期間の労働契約が更新又は反復更新され、当該労働契約を締結した使用者との雇用関係が初回の契約締結時から継続して通算1年を超える場合
b 1年を超える契約期間の労働契約を締結している場合
この条件に満たない場合の問題は、法律の扱いが変わってくる。その場合は労働局で相談することをお勧めする。
また、上の条件に適う人も、手持ちの記録や、自分の記憶を整理して、まず労働局で相談してみるほうがいいと思う。
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