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北海道文学館のたくらみ(20)

「和解案」というまやかし

○OM弁護士から届いた「和解案」 
 私は8月22日、小樽文学館へ出て、甲子園大会の決勝戦(広陵高校対佐賀北高校)が見られなかったことを残念に思いながら帰宅し、夕食後、前回の「北海道文学館のたくらみ(19)」をブログに載せた。

 同じくこの日、亀井志乃の弁護士のTさんから、ファックスで、OM弁護士署名の「和解案」が送られてきた。妻はそれを亀井志乃の机の上に置いておいた。
 亀井志乃は17日(財団の理事会があった日)の早朝、釧路へ発ち、大学から頼まれた仕事を済ませて、この日の夜遅くに帰宅した。机の上のファックスを読んで、「こんな和解案を出してきた」と、呆れ顔で降りてきた。
 私も一読して、う~ん、確かにこれは警戒したほうがいいな、と思った。

 亀井志乃は翌日の23日、弁護士のTさんと電話で相談し、その「和解案」には応じない旨の返事を、相手方(財団法人北海道文学館)のOM弁護士に告げてもらうことにした。

○口封じと責任回避の企み
 私は、弁護士のTさんと亀井志乃の会話の内容は知らない。ただ、Tさんもこの「和解案」は受け入れられないと判断していたのだろう、亀井志乃との電話は10分足らずで済んだらしい。

 そんなわけで、以下に述べることはもちろん私の意見であるが、この「和解案」は6項目あり、ただし後述する理由により、1、2、6の三つの項目は省略する。残る3、4、5は次の如くであった。
《引用》

3.当事者双方は、本和解内容を第三者に口外してはならない。
4.当事者双方は、今後互いに、相手方を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわないことを確約する。
5.申立人と相手方は、申立人と相手方間には、本和解書に定める外他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。

 
 まず
「3.当事者双方は、本和解内容を第三者に口外ししてはならない。」についてであるが、亀井志乃は労働審判がクローズドで行なわれる(一般の裁判のようにオープンではない)ことを、十分に弁えている。労働審判委員会から、クローズドの空間の中で行なわれる事柄の1、2の点については、――「全て」についてではない――第三者に口外しないで欲しいと要望され、亀井志乃は承諾している。
 私もそれを承知しており、「和解案」の1、2、6を省略したのは、その内容がある程度、審判委員会が言う「1、2の点」と関連するからにほかならない。

 亀井志乃が守らなければならないのは、その「1、2の点」についてだけであり、今更こと改めて財団法人北海道文学館と、「3.当事者双方は、本和解内容を第三者に口外してはならない。」という約束を交わす必要はない。義務もない。
 それにしても、なぜ財団法人北海道文学館はそんな条件を持ち出したのであろうか。普通ならば「……口外しない」と書くところを、「……口外してはならない」と、高圧的な言い方をしている。財団には焦りに似た、強いモティーフがあるのだろう。一番の理由は亀井志乃の口を封ずることだと思うが、おそらくそれだけではない。財団法人北海道文学館はそのような約束を理由として、第三者からの質問を封じ、自らの説明責任を回避しようとしているのである。

○悪徳商法まがい
 次の
「4.当事者双方は、今後互いに、相手方を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわないことを確約する。」という条件は、これはもう財団側の身勝手な注文としか言いようがない。
 
 財団法人北海道文学館の職員が亀井志乃を中傷し、誹謗するようなことを言っている事実は、亀井志乃も知っている。私も証拠を持っている。
 しかし亀井志乃は財団法人北海道文学館を誹謗中傷したことはない。この文言を書いたOM弁護士は、亀井志乃が財団法人北海道文学館を誹謗中傷した事実を知っているのか。知っていて書いているのか。それとも、誰かに吹き込まれて書いたのか。いずれにせよ、何らかの伝聞、目撃した事実があるのなら、その事実を具体的に挙げてみるがいい。
 その事実も挙げずに
、「当事者双方は、今後互いに、相手方を」云々と、あたかも亀井志乃の側にも「相手方を誹謗中傷する様な」行為があったかのように書く。これもまた亀井志乃に対する誹謗中傷ではないか。そういう誹謗中傷を行ないながら、財団の職員がやってきた誹謗中傷を帳消しにしようというつもりらしい。
 
 〈いやいや、私どもは亀井志乃さんが財団法人北海道文学館を誹謗中傷したと言ってるわけじゃありません。私どもは「今後」のことを言っているのです。「
今後互いに、相手方を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわない」ルールを作っておきたい。そう願っているわけですよ〉。そんな世故に長けた、もっともらしい釈明が聞えてくるような気がする。しかし、もし仮に財団やOM弁護士がそう考えているのならば、まず財団自身が、職員に命じて、亀井志乃に関して行なってきた誹謗中傷を謝罪させる。そこから始めるべきであろう。
 一般的に言って、「今後」が課題になるのは、「今まで」に不都合なことがあったからにほかならない。「今まで」に不都合なことを犯してきたのは財団法人北海道文学館の職員であって、亀井志乃ではない。その点を誤魔化してはならない。
 
 亀井志乃は「和解案」における以上のようなトリックに気がついたようだが、もし同じような立場の人が、ついうっかりと甘言に誘われて奇麗ごとのお約束を結んだりすれば、たちまち相手方と「お互い様」の関係だったかの如くすり替えられてしまう。先の「和解案」は、そういう悪徳商法の誘い文句みたいなトリックを含んでいるのである。

○用語の混乱
 もう一つ警戒すべきは、この文章における「相手方」という言葉である。
 いま
「4.当事者双方は、今後互いに、相手方を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわないことを確約する。」という文章だけを取り出してみるならば、この「相手方」は、亀井志乃と財団法人北海道文学館が互に相手を指している意味に取れなくもない。つまり、少しくどい説明をすれば、〈亀井志乃が「相手方」という場合は財団を指し、財団が「相手方」という場合は亀井志乃を指す〉という具合に、である。
 
 しかし労働審判の書式はそれとは異なり、いわば原告に当たる亀井志乃は「申立人」と呼ばれ、被告に当たる財団法人北海道文学館が「相手方」と呼ばれる。
 注意すべきは、この呼び方がそのまま固定され、だから亀井志乃の弁護士が亀井志乃を呼ぶ時には「申立人」と言い、財団法人北海道文学館の弁護士が財団を呼ぶ時には「相手方」と言うのである。
 この使い分けは、先に引用した
「5.申立人と相手方は、申立人と相手方間には、本和解書に定める外他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。」を見れば分るだろう。これは財団法人北海道文学館のOM弁護士が書いたものだが、この文章における「相手方」は財団法人北海道文学館を指しているのである。

 そして、この「和解案」そのものはこの使い分けに従っているのだが、ただ、「4.当事者双方は、今後互いに、相手方を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわないことを確約する。」という文章の「相手方」だけは、それとは別な使い方をしている。
 しかし、前後の使い方に合わせて、この
「相手方」の意味を「財団法人北海道文学館」に取ったとしたらどうなるか「財団法人北海道文学館を誹謗中傷する様な一切の行為は行なわないことを確約する。」となり、言わば一方的に亀井志乃だけが義務を負うことになってしまうのである。
 
○意味無限定な「和解」
 さて、その次の
、「5.申立人と相手方は、申立人と相手方間には、本和解書に定める外他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。」はどう受け取るべきであろうか。
 じつはこれとよく似た文言が、前回(「北海道文学館のたくらみ(19)」)で紹介した、財団理事会の「議案書」に出てきた。
「② 本件に関し、このほかに何らの債権債務がないことを相互に確認する。」と。
 この文言について、前回、私は次のように書いた。
《引用》
 
この「本件」は、議案書のタイトルに言う「地位確認等労働審判事件」を指すのだろう。「このほかに何らの債権債務がないことを相互に確認する」は、清原館長の説明によれば、「これ以上は争わない」という意味だという。
 私は字義通りの意味に受け取って、何の異議も唱えなかった。もし第2回の審理の場で、財団側が「本件」の意味を拡大解釈したり、「これ以上争わない」に余計な付帯条件をつけたりすれば、亀井志乃は弁護士の意見を聞いた上で、自分の意思を表明することになるだろう

 もちろん今も意見は変わらないが、今度の「和解案」における「本和解書」なる文言がどうも気持に引っかかってくる。
 「議案書」における「本件」は、タイトルその他から意味の限定が可能なのだが、「本和解書」における「和解」は何に関する和解なのか、何の説明もないからである。
 そもそも自分のほうから「和解案」を出してきながら、どんなことについて、どんな理由で和解を申し込むのか、一言半句説明していない。そんな「和解案」がどこの世界にあるものか。
 
 8月17日の理事会における清原館長の説明によれば、幹部職員とOM弁護士は、労働審判委員会が「非がある」という言い方はしなかった事実をネタにして
相手方(財団法人北海道文学館)に何らかの非を認めた上での和解の勧告ではないこと」という作文をした(「北海道文学館のたくらみ(19)」)。
 ここで念を押しておくならば、〈いや、私どもは、「労働審判委員会は財団に非があるという言い方をしていなかった」事実を書いただけです。私どもが「財団には何らかの非があるわけではない」と言ったわけではありません〉などという言い逃れは止めてもらいたい。
 その上で言うが
「相手方(財団法人北海道文学館)に何らかの非を認めた上での和解の勧告ではないこと」と書いておきながら、なぜこの期に及んで、自分のほうから「和解案」などというものを持ち出すのか。
 同じことの繰り返しになるが、もし財団が、〈私どもが「財団には何らかの非があるわけではない」と言ったわけではありません〉と言うつもりならば、まず財団側には「非」があるのかないのか、まずそれを明らかにし、その上で、なぜこの期に及んで、自分のほうから「和解案」などというものを持ち出すのかを説明すべきだろう。

○「裁定による解決」を
 亀井志乃は3月16日、館長(当時)の毛利正彦から「和解」の可能性を絶たれて以来、労働審判の裁定による解決を求めることにした。
 また亀井志乃は、「労働審判は、給料の未払いや解雇の問題を早期に解決すべく特化された裁判」と承知しており、だからパワー・ハラスメントの問題とは切り離して考えている。労働審判法の立法趣旨と、亀井志乃の申立内容により、近々下される労働審判委員会の裁定は、あくまでも雇止め(または解雇)の問題に限られるはずである。
 そのように考えている亀井志乃が
5.申立人と相手方は、申立人と相手方間には、本和解書に定める外他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。」という曖昧な文言の和解条件を受け入れるはずがない。相手方(財団法人北海道文学館)が、「本和解」という言葉を故意に拡大解釈し、パワー・ハラスメントの問題も「和解」条件に含まれていたかのように言い触らすのを警戒したからである。
 
 亀井志乃の弁護士のTさんも、亀井志乃が労働審判を申し立てた主意に照らして、このような「和解案」の条件は受け入れがたいのではないか、と考えていたらしい。二人は電話で相談した結果、この条件も「和解案」を受け入れない理由の一つとした。

○北海道教育委員会推薦の弁護士
 8月17日の理事会における清原館長の説明によれば、財団の幹部は北海道教育委員会と協議して、OM弁護士を紹介してもらった。OM弁護士は昭和24年生まれのベテラン弁護士で、これまでも北海道教育委員会がかかわった裁判で力を尽してもらった、という。

 なるほど俺より一回り、12歳も若いわけだ。自分でも驚くほど智慧が廻って、仕事が面白くて仕方がない時期だろうな。羨ましいことだ。
 私はそんなふうに感心して聞いていたが、OM弁護士が道から厚い信頼を寄せられている弁護士らしいことは、前から承知していた。OM弁護士は北海道立市民活動促進センターの指定管理者選びの際、選定委員会の委員長を務めているからである。
 道立文学館の指定管理者選びの際には、北海道大学大学院文学研究科の教授・身﨑壽が委員長を勤めている(「北海道文学館のたくらみ(11)」)。OM弁護士は身﨑壽と同様な役割を果したわけである。

○北海道文学館の「専門性」
 平成18年の3月に、NHKテレビが指定管理者の問題を特集した。私は市立小樽文学館に関係し、指定管理者の問題には無関心でいられない。そこで、ビデオを取りながら見ていたのであるが、NHKはやや突っ込んだ形で、道立文学館の選定結果と北海道立市民活動促進センターの選定経過の問題を取り上げていた。

 身﨑壽が委員長を務める選定委員会は、指定管理者に立候補した二つの民間団体が、財団法人北海道文学館に較べて、より経費を削減した事業計画書を提出したにもかかわらず、財団法人北海道文学館を選定した。それはなぜか。
 NHKの取材の関心の一つは、そこにあったのだろう。平原一良学芸副館長(当時)がしきりに「専門性」を強調していた。文学資料の専門的な取扱いと展示は、財団法人北海道文学館のように一定のノウハウを蓄積したところでなければ出来ない。そういう趣旨である。
 NHKはそれと前後して、北海道文学館の館員が二人、資料を研究(?)している姿を映していたが、その一人が和紙に筆字で書かれた記録(厚い文書)を、まるで週刊誌から目的の記事を探す時のように、ぱらぱらと乱暴にめくっている。
 「平原もなあ、どうせヤラセの場面を撮って貰うなら、もっと別な仕事のところを選べばよかったのに、……これじゃあ、北海道文学館の学芸員は和綴本や写本を扱う基礎的な訓練さえ受けていないこと、ばればれじゃないか。……もっとも、平原自身、何が専門かとなれば……まあ、あちこちの「文学者」に顔が広い外交員というところかな」。私はそんな慨嘆をしながら、妻と見ていた。

○北海道立市民活動促進センター指定管理者の選定事情
 OM弁護士が委員長を務めた委員会の選定の問題については、OM弁護士自身がインターヴュに応じていた。当初、5人の選定委員が採点した結果、北海道NPOサポートセンターのほうが経費の提案額が低く、評価の総合点が高かったにもかかわらずわらず、OMの委員会はそれを逆転させて、財団法人北海道地域活動振興協会のほうを選んでしまったからである。
 
 北海道立市民活動促進センターがどういう活動を行なうところか、私はよく分からない。選考過程の問題点も含めて、詳しく知りたい方は、「北海道立市民活動促進センターの指定管理者候補者の選定結果に異議を唱える会」のホームページ(
http://www.inet-hokkaido.org/shiteikanri/index.html)や、長崎昭子さんの「長崎昭子のブログ」(http://akiko.inet-hokkaido.org/)を見ていただきたい。
 ともあれ、この逆転結果にはNHKも腑に落ちないものを感じたのであろう。OM弁護士はHNKのインターヴュに答えて〈NPOは多くの人の善意に支えられて活動をしている団体だが、財政基盤が確りとしているとは言えない。そういう不安定な要素を抱えているNPOに、道民のための施設の管理運営を任せるのかどうか。それを懸念する意見もあって、結局は財団法人北海道地域活動振興協会を選ぶことになった〉。そんな意味の説明をしていた。
 「う~ん、一理ある考えと言えないわけじゃないけれど、この人、NPOが指定管理者としての4年間の活動を通して、足腰が強くなるだろうという、前向きの発想が出来ない人らしいな」。私と妻はそんな感想を語り合いながら、NHKの特集を見ていた。
 
○必死な口封じ工作
 ははあ、そういうスジだったのか。清原館長の紹介を聞きながら、少しずつつながりが見えてきた。
 財団法人北海道地域活動振興協会が請け負っている北海道立市民活動促進センターの成果がどんなものか、私は知らない。
 しかし道立文学館に関して言えば、指定管理者制度を導入した1年目に、早くも駐在道職員がパワー・ハラスメントのアピールを受けるようなことを仕出かし、2年目には労働審判を起こされる。観覧者数の実績は伸びず、杜撰な支出を誤魔化すために粉飾決算をする。指定管理者に選ばれるために提出した事業計画は、1年目で早くも企画展を一つキャンセルし、2年目には主要な企画展や特別企画展を、別なものと差し替えてしまった。
 これでは、指定管理者に財団法人北海道文学館を選んだ北海道教育委員会の責任が問われるだけでなく、指定管理者制度そのものの見直しを迫られかねない。当然その責任は高橋知事に及ぶだろう。
 北海道教育委員会としては何としてでもそれを避けねばならず、そのためには、とにかく言葉の上だけでも亀井志乃と「和解」した形にして、亀井志乃の口を封じなければならない。そこで北海道教育委員会が白羽の矢を立てたのが、あの北海道立市民活動促進センターの指定管理者問題を見事にさばいた豪腕弁護士・OMさんだった、というわけである。

 それにしても、OMという弁護士は、「答弁書」と言い、「和解案」と言い、法律の問題を避け続けているように見えるが、これは弁護士として如何なものであろうか。 

○老婆心、いや、老爺心までに
 なお最後に、このブログを読んで下さっている人に一言。
 もし法律的なことで争うことになった場合、今回の初めに紹介したような条件をつけた「和解案」を出されたら、まず警戒したほうがいい。そういう「和解案」は一見したところ、相手側が折れたような言い方をしているが、意外なところに落とし穴が仕掛けられている。
 くれぐれも「和解」なんて言葉には引っかからないように。もし相手がそう言ってきたら、まず相手が言う「和解」の法律的な定義を聞き、次に「調停」「裁定」「仲裁」「解決」「合意」などに置き換えてみて、法律概念として一番納得できる言葉を選ぶことにしましょう。

第Ⅱ部 まやかし「和解」工作、再び
 私は以上のことを、8月の23日にほぼ書き終えたのであるが、24日の午後2時頃、Tさんを通して、OM弁護士署名の「和解(調停)についての意見書」(平成19年8月23日付け。以下「意見書」と略記)が、ファックスで、亀井志乃に届いた。
 その全体については、機会を改めて検討することにして、とりあえず相手方(財団法人北海道文学館)の下心がミエミエな点を、2、3紹介しておこう。

○事態の本筋がつかめていない?
 OM弁護士はこの「意見書」の中で、先の「和解案」に対するTさんの(亀井志乃と相談した)返事について
「相手方(財団法人北海道文学館)としては申立人修正案では和解(調停)は無理です。」と言ってきた。
 財団法人北海道文学館はまだ事態の本筋が飲み込めていないらしい。
 もともと亀井志乃が和解を求めたわけではない。また、「和解」のための交渉を行なうことに同意してきたわけでもない。相手方(財団法人北海道文学館)のほうが勝手に「和解案」なんてものを送りつけてきたのである。それに対して申立人側は、そんな「和解案」は受け入れられませんと返事した。
 ところが、OM弁護士の「意見書」によれば、そういう返事では
「和解(調停)は無理です」と言う。どういうつもりなんだろう。

○ついに持ち出した「亀井秀雄のブログ」
 さらに、OM弁護士は「意見書」の中で、申立人が「和解案」の
「3.当事者双方は、本和解内容を第三者に口外してはならない。」という条件を断わったことについて、私のブログを問題にしてきた。
《引用》

(二) しかし、申立人が申立人の父に労働審判の内容を話したことを基にして、申立人の父がそのブログで相手方の言動につき言及し批判しております。
 
 どうやら財団側は、私のブログを、亀井志乃が労働審判の「内容」を「第三者」に口外した証拠としたいらしい。しかし財団側が、その証拠として亀井秀雄のブログを問題にしたいのなら、少なくとも次の3点を証明しなければならないだろう。

①亀井秀雄のブログの中で「申立人が申立人の父に労働審判の内容を話したこと」と判断できる箇所はどことどこか。それを明示すること。

②亀井志乃は、労働審判委員会から、クローズドの空間の中で行なわれる事柄の1、2の点については、――「全て」についてではない――第三者に口外しないで欲しいと要望され、亀井志乃は承諾している。私は亀井志乃の父親であって、第三者ではないが、もちろん亀井志乃が労働審判委員会から要望された事柄は承知して書いている。では、財団法人北海道文学館またはOM弁護士は、「申立人が申立人の父に労働審判の内容を話したこと」と判断できる箇所の中で、その記述が労働審判委員会と亀井志乃との約束から逸脱したと見なす箇所はどことどこか。それを明示すること。

③現在労働審判の場で争われている問題に関して、亀井秀雄のブログを問題にする理由は何か。言葉を換えれば、亀井秀雄のブログを問題にしてもよいと考えた根拠は何か。
 
○巧妙な仕掛け
 OM弁護士はまた、こんなことも言ってきた。
《引用》

(三) 相手方(財団法人北海道文学館)は、申立人の父の行為を直接和解条項に盛り込むことを求めているものではありません。今般の和解により申立人と相手方間の問題が解決した以上前述した事情もあるので、今後は相互に相手を誹謗中傷する様な行為をしないと確約することを求めているものです。この様な条項は通常の和解においても精神条項として加えられている条項であり、これにより申立人に特段の不利益を与えるものではありません。

 何となく恩着せがましい言い方だが、本当に「相手方(財団法人北海道文学館)は、申立人の父の行為を直接和解条項に盛り込むことを求めているものではありません。」と思うなら、そもそも私のブログのことなど持ち出すべきではない。それがルールというものだろう。
 もともと問題の性質からして、私のブログが和解条項に盛り込まれるなんてことはあり得るはずがない。またそんなことはすべきでもない。その程度のことは、初めから自明なことではないか。
 
 ところがOM弁護士の「意見書」は、未練たらしく、まだ
「今般の和解により申立人と相手方間の問題が解決した以上前述した事情もあるので、今後は相互に相手を誹謗中傷する様な行為をしないと確約することを求めているものです。」などと言っている。
 
「今般の和解により申立人と相手方間の問題が解決した」 亀井志乃は「和解」のための交渉を行なうことに同意してきたわけでもないし、まだ問題は解決していない。一般的に言って、こういう時は過去形を使うべきではない。
 「前述した事情もあるので……」この「前述した事情」とは、先ほどの「(二) しかし、申立人が申立人の父に労働審判の内容を話したことを基にして、申立人の父がそのブログで相手方の言動につき言及し批判しております。」を指すのだろう。ということはつまり、結局OM弁護士または財団法人北海道文学館は、私のブログを、自分のほうから勝手に持ちかけた「和解」の取引条件に使っているということになるだろう。

 それだけではない。先ほどの文章を、その理屈に従って、「申立人が申立人の父に労働審判の内容を話したことを基にして、申立人の父がそのブログで相手方の言動につき言及し批判している事情もあるので、今後は相互に相手を誹謗中傷する様な行為をしないと確約することを求めているものです。」と整理してみよう。分るように、OM弁護士の「意見書」は、私のブログを財団法人北海道文学館に対する「誹謗中傷」に仕立てる、巧妙な組み立てになっている。つまりそういう仕掛けによって、私を誹謗中傷しているのである。
  
○「精神条項」という吊り
 
「今後は相互に相手を誹謗中傷する様な行為をしないと確約する」云々が、亀井志乃の口封じを意図した文言であることは、先に指摘しておいた。
 OM弁護士の「意見書」によれば、
この様な条項は通常の和解においても精神条項として加えられている条項」なのだそうである。続けてその文章は、これにより申立人に特段の不利益を与えるものではありません。」とことわっている。
 
 しかし私の判断によれば、これもまた一種の「言葉による吊り」であって、多くの人はこれまで「精神条項」などという言葉を聞いたことがないだろう。小学館の『日本 国語大辞典』にも、岩波書店の『広辞苑』にも出てこない。
 ただし、全く使わないわけではなく、たとえば新たに町内会を立ち上げた人たちが、「この町内に住む人には、原則として本町内会に入会してもらう」みたいな〈理念〉を、町内会規約に条文化したとしよう。これはあくまでも、その規約を作った人たちや、規約を承認して入会した人たちの〈「だったらいいな」の申し合わせ〉みたいなものであり、町内会に入会しない人には何の拘束力もない。また、入会していない/したがらない人に対して、何の強制力も持たない。じつは入会している人たちに対しても拘束力はなく、嫌になったら脱会してしまって一向に差支えない。
 少し法律家っぽい言い方をすれば、〈本来、規約で取り決めるには無理のある事項を、諸般の事情により敢えて規約の中に規定している場合があり、そのような強制力のない条文を「精神条項」と呼ぶ。それが規約の中に明記されているとしても、会員を拘束する力はない〉のである。
 
 なんだ、その程度のことなら、「和解書」なるものの中で「確約」しても、特に問題はないじゃないか、という人もいるかもしれない。
 だが、精神条項というのは上記のような曖昧な性質のものであり、そうであるならば、何もわざわざそんな「精神条項」を「確約」する必要はない。なぜなら、言葉は一人歩きしやすいからである。そういう危険が予想できる時は、「確約」などしないほうが賢明だろう。
 その危険を考えずに、「精神条項」なんてもっともらしい言葉に吊られて、ついうっかりと「確約」をしてしまえば、結局それは亀井志乃の口封じに利用され
「特段の不利益」を蒙りかねない。逆に財団法人北海道文学館は、その確約により「特段の利益」を手に入れることができるのである。
 
○踏み倒し工作
 OM弁護士は、「和解」の概念について、こんな説明をしていた。
《引用》

……、申立人が相手方の従業員であったことにかかわる全ての事項については解決済みであり、今後相手方及び相手方従業員との関係においても一切何らの権利主張をしないことを前提としております。このことは、前回の期日にも相手方は一部言及しております。

 いきなり「……」という省略記号が出てきたので、少し分りにくかったかもしれない。ただ、この箇所は、亀井志乃が、労働審判委員会から、第三者に口外しないで欲しいと要望された事柄と関係する。そのため省略させてもらった。
 引用の結び
「このことは、前回の期日にも相手方は一部言及しております。」という言葉も分りにくかったかもしれないが、じつは私にとっても、これは何のことを言っているのか、さっぱり見当がつかない。

 だが、それはそれとして、先に送られてきた「和解案」の、5.申立人と相手方は、申立人と相手方間には、本和解書に定める外他に何らの債権債務のないことを相互に確認する。」という条件に関連するらしいことは、一読して容易に見当がついたと思う。
 亀井志乃とTさんは、先の「和解案」における「本和解」の概念が曖昧な点を警戒して、「和解案」は受け入れがたい旨を返答したわけだが、財団法人北海道文学館はOM弁護士を通して、二人が警戒した本心を現わしてきたのである。
 
 しかし、近々下されるであろう労働審判委員会の裁定によって、
申立人が相手方の従業員であったことにかかわる全ての事項においては解決済み」となることは全くあり得ない。亀井志乃が労働審判で争っているのは、相手方(財団法人北海道文学)で働いていた時期に受けた嫌がらせや、不当な扱いや、不誠実な対応の、その一部分についてだからである。
 それ故、「
今後相手方及び相手方従業員との関係においても一切何らの権利主張をしない」などという「前提」も全く成り立たない。このことは「相手方従業員」の箇所に、パワー・ハラスメントをアピールされた職員の名前を置いてみれば直ちに明らかであろう。
 しかも、この
「相手方従業員」に該当するのはその職員だけでなく、彼の行為を黙認したり、庇ったりしてきた職員も該当する。神谷忠孝は理事長だから、従業員とは言えないが「相手方」の代表であり、亀井志乃が受けた嫌がらせや、不当な扱いや、不誠実な対応の全てに責任を負っている。

 以上の指摘で分るように、相手方(財団法人北海道文学館)は、自分のほうから言い出した「和解」の中に、パワー・ハラスメント問題その他を、一切合財含めておき、全て自分の側に都合の悪いことは帳消しにしてしまおうと謀ったのである。
 この借金は払うが、ついでにその他の借金証文も返してもらいたい。一部は払って、残りを踏み倒そうという、そんな虫のいい話であるが、相手方(財団法人北海道文学館)は本気でそんな取引が可能だと考えているらしい。驚くべき厚顔無恥と言うほかはない。
 
 亀井志乃は弁護士のTさんと相談し、OM弁護士に対して、「和解(調停)についての意見書」が如何にナンセンスであるかを指摘してやった。

Ojizo2_3

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コメント

OM弁護士はまた"言説分析”の対象材料を増やしてくれた、という感想です。 
本件とは直接の関係はないものの、道庁をクライアントしている弁護士を指定管理者選定に関与させる道庁のメンタリティーを疑います。そういえば、北海道教育委員会は、教員の出張旅費請求問題で、昔ゴタゴタがありました。

投稿: 直感子 | 2007年8月27日 (月) 14時15分

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