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北海道文学館のたくらみ(11)

北海道文学館と守秘義務

○身﨑壽教授の返事
 このブログを読んで下さる人から、先日、手紙で、情報公開と公務員の守秘義務との関係はどうなのか、と訊かれた。
 我が家は新聞を取っていないので、正確なことは言えないが、知人の話では、まだ北海道新聞に記事は出ていないらしい。出るまでの時間を利用して、質問の問題を考えてみたい。私自身、最近、北海道文学館に関することで、北大の大学院文学研究科の身﨑壽教授から、次のような文言を含む手紙を受け取ったからである。
《引用》
 (前略)
さて、過日お申し越しの件、当該選定委員会は任務を終えてすでに解散はしておりますが、同委員会設置要綱に定められております守秘義務がございますところから、審議内容にかかわる御照会の事項につきましては、小生からお答えはいたしかねます。
 あしからず御諒解いただきたく存じます。

 なお、先生から御照会がありましたことは、担当事務局であります道教育庁文化・スポーツ課に連絡しておきましたので、御不審に点につきましては、同課にお問い合わせいただければと存じます。(後略)

 あんまり型どおりの切り口上なので、思わず、あははは…と笑い出したが、ふっと笑いが消えた。ふ~ん、身﨑壽さんもすっかりお役人風な物言いが身についたな。それにしても何をそんなに警戒しているのだろう?

○「北方文学」は秘密?
 北海道教育委員会のホーム・ページに、「北海道立文学館の指定管理者の候補者の選定について」という報告が載っている。
 それによれば、2005年度に、北海道立文学館の指定管理者の選定に、3つの団体がエントリーした。財団法人北海道文学館とA団体とB団体である。
 財団法人北海道文学館以外の団体の名前は伏せてあるが、北海道新聞の2006年1月6日(夕刊)の記事に寄れば、サントリーパブリシティサービス連合体と、NTTグループのテルウェル東日本北海道支社連合体だったらしい。ただし、そのいずれがA団体であり、いずれがB団体であるかは分らない。北海道教育委員会は、選定されなかった団体の名前は伏せる、という配慮をしたのだろう。
 別な言い方をすれば、おそらく北海道教育委員会は「守秘義務」を守るために2団体の名前を伏せたわけではなかった。もし守秘義務を守るために名前を伏せたのならば、北海道新聞に名前が出ること自体、誰かが守秘義務を破ったことになるからである。

 この報告にはいろいろ分らない点があるのだが、特に私が不思議に思ったのは、次のような「選定理由」の書き方や概念だった。
《引用》

【特に評価された被選定者(財団法人北海道文学館)の提案内容】
・児童、生徒の利用増大が見込める夏休み、冬休み、修学旅行時期及び一般利用者も来館しやすい週休日、祝日における教育普及事業の配置
・展示計画が、北海道にゆかりの深い文学者や文芸作品を中心として、時代を超えた多様な視点からの問題提起的で魅力的な文学の紹介や北方文学に影響を与えたサハリン関連文学の紹介など多彩な内容となっていること。
・教育普及事業については、生涯学習の観点から道民の全年齢層をカバーするウィークエンドカレッジ等の事業展開や展覧会に付帯した文芸講演会、文芸セミナーの実施

 当然のことながら、これは5人の選定委員の一致した意見だったのだろう。もし意見が別れたならば、別な団体を推す少数意見が併記されたかもしれないからである。
 ちなみに選定委員は、北海道大学大学院文学研究科教授の身﨑壽、北海道教育庁生涯学習推進局長の福田誠行、有島記念館館長の飯田勝幸、(社)中小企業診断協会北海道支部副支部長の金子邦夫、北海道教育庁生涯学習部文化課長の古俣芳晴の5人だった。

 これらの評価のうち、二つ目の点については、「学識経験者委員の主な意見(又は総評)」でも、次のように繰り返し強調されている。学識経験者委員とは身﨑壽と福田誠行と金子邦夫の3人を指す。
《引用》
 
財団法人北海道文学館は、利用促進を図るための児童・生徒や一般利用者が来館しやすい事業の工夫や北海道にゆかりのふかい文学者や文芸作品を中心とした、時代を超えた多様な視点からの問題提起的で魅力的な文学に関する展示(平成18年度)、北方文学に影響を与えたサハリン関連文学に関する展示(平成19年度)を始めとする指定期間における展示計画などの提案内容が優れており、指定管理者の候補者として選定することにした。
 
 「北方文学」という言葉は、私にはあまりなじみがない言葉だが、ただしこれが初耳だったわけではない。私はたまたま「北海道通信」の平成17年10月4日号を見る機会があったのだが、9月20日に開かれた「三定道議会代表質問」の質問と答弁の概要が紹介されている。その中で、相馬秋夫教育長が、真下紀子議員の質問に答えて、「
道立文学館は、北海道の風土や生活に根ざした北方文学の振興を図ることを目的に、本道にゆかりのある作家や作品に関する資料の収集、保存、展示等の事業を実施する施設として、七年に設置された。後略)」と答えていた。
 なぜ相馬秋夫教育長は「北海道文学」を避けて、「北方文学」を選んだのか。そんな疑問を感じたのだが、まさか「北方文学」が選定理由の重要なキーワードになるとは思わなかった。そこで委員長の身﨑壽に次のような問い合わせの手紙を出したわけである。
《引用》

①「北海道にゆかりの深い文学者や文芸作品を中心とした、時代を超えた多様な視点からの問題提起的で魅力的な文学に関する展示(平成18年度)」とありますが、
イ、 これは平成18年度のどのような展示計画を指したものでしょうか。
ロ、 その展示計画のどのような点を「時代を超えた多様な視点」「問題提起的」と評価したのでしょうか。

②「北方文学に影響を与えたサハリン関連文学に関する展示(平成19年度)」とありますが、
 イ、これは平成19年度のどのような展示計画を指したものでしょうか。
 ロ、「北方文学」とは、どのような文学を指す言葉なのでしょうか。
 ハ、「サハリン関連文学」とは、どのような文学を指すのでしょうか。

 身﨑壽はそれに対して、守秘義務を理由に、先ほどのような断りをしてきたのである。

○「守秘義務」の範囲
 たしかに「北海道立文学館指定管理者候補者選定委員会設置要綱」(平成17年9月5日 教育長決定)の第7条2項は「
委員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も同様とする。となっている。
 身﨑壽はこの条文を理由に、説明を断ってきた。しかし、もし職務上知り得たこと全てが「秘密」であり、口にできないものであるならば、委員会で知り合った人の名前さえも口外することができないはずだ。その反対に、収賄に気がついたり、殺人事件を目撃したりしても、一切黙秘していなければならないことになる。「守秘義務」がそんなことまで要求しているはずがなく、これは小学生でも分る理屈だろう。
 ところが身﨑壽は、直ぐに手の内を読まれてしまうような、お役人風のコケおどしを使って私との対話を避けようとしている。
 彼が言う守秘義務の「秘密」とは何だろうか。

 私は情報公開の基本方針を検討する委員会の委員をしたことがあり、「情報公開」の考え方にはある程度通じている。だが、「守秘義務」のほうはあまり明るくない。
 ただ、委員当時に配布された資料、「情報公開法要綱案」(行政改革委員会行政情報公開部会、平成8年4月24日)の「情報公開法案の考え方」で、不開示情報と守秘義務規定との関係をこんなふうに論じている。それを手がかりに考えてみたい。
《引用》
 
国家公務員法第100条等、行政機関の職員に守秘義務を課している規定における秘密とは、実質秘(非公知の事実であって、実質的にそれを秘密として保護するに値するものをいう。)に限られるとされており、実質秘を漏らせば国家公務員法等違反となり、懲戒処分又は刑事罰の対象となる。後略)

 たしかに警察の人が捜査の手の内をぺらぺら喋ってしまったら、犯人を取り逃がしてしまいかねない。その意味で、刑事が捜査の過程で知った事実のある部分は、「実質秘」として扱わなければならない。言葉を換えれば、「実質秘」とは、その行政機関や組織が本来の任務や業務を遂行する上で、「まだ一般に知られていない事実であって、しかも一般に知られない秘密として守っておくだけの価値がある事実」ということになる。もしそれを漏らしたら、本来の任務や業務の遂行を妨げ、その機関や組織がもたらす公益を侵害してしまうからである。
 
 そんなわけで、賄賂を受け取った事実は、受け取った役人本人にとっては「それを秘密として保護」しておきたい事実かもしれない。だが、それに気がついた別な役人にとって、「秘密として保護するに値するもの」であるわけではない。もし賄賂を受け取った役人が、守秘義務を理由として、別な役人に沈黙を強いたとすれば、それは二重に不正な行為であり、沈黙に同意した役人は不正な行為の加担者となってしまう。
 
 私の見るところ、現在の北海道文学館は守秘義務という言葉を一人歩きさせる形で、暗黙の緘口令を布いている気配であるが、実質秘でないかぎり、沈黙を守らなければならない理由などあるはずがない。
 それに第一、そもそも文学館という文化サービスの施設に、もし守秘義務を要することがあるとすれば、それはどんな「秘密」なのだろうか。そう考えてみれば分かるように、文化施設のよいところは、そんな義務など必要がないように透明化してゆくことができることなのである。
 
○実質秘と形式秘
 ただし実質秘に対して、もう一つ法律用語(?)に形式秘という言葉があり、身﨑壽が言う「守秘義務」の「秘密」はこれに属するのかもしれない。
 インターネットのGoogleで「実質秘」と「形式秘」を並べて検索したところ、和歌山県議会平成2年2月定例第6号の議事録が載っていて、宇治田栄蔵という人の発言に分りやすい用例が見られた。それを引用させてもらう。
《引用》
(前略)
次に、情報の公開ということと関連いたしまして、公務員の守秘義務についてお伺いしたいと思います。
 過日の委員会審議におきまして、「この点については公務員の守秘義務の範囲内であるので答弁は差し控えさせていただきたい」という答弁がございました。また、行政上の事務について「行政の秘密に属することなので申し上げられません」というような答えはよく
聞かれるところであります。しかしながら、私たちにとりましては、なぜ秘密にする必要があるのかという疑問を生じることがしばしばあるわけでございます。(中略)
 地方公務員法第三十四条には、「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない」と規定されております。しかし、ここで「秘密」とはどういう意味を言うのでしょうか。

 
秘密には、形式秘すなわち行政官庁が秘密にすべき必要があると判断し、指定権者を通じて秘密と指定したものと、実質秘すなわちその事実、内容を秘匿することが客観的に見て相当の利益があるものとがあります。ここに秘密とは実質秘を言うものと解釈しなければならないのでございます。
 判例を見ましても、「行政機関が、ある事項について形式的に秘扱いの指定をしただけでは足りず、ここに『秘密』とは非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものを言う」と判示してございます。
 そこで、総務部長にお尋ねをいたします。

 
地方公務員法三十四条の秘密とは形式秘を言うのか、実質秘を言うのか、そして、後者であるとするなら実質秘の判定はいかなる基準をもってしているのか、また具体的処理についてはどのように取り扱っているかをお示しいただきたいと思います。

 どうやら宇治田さんも、お役人がやたらに守秘義務、守秘義務と連発することに閉口し、苛立っているようだが、差し当たり私が注目したいのは、「形式秘すなわち行政官庁が秘密にすべき必要があると判断し、指定権者を通じて秘密と指定したもの」という考え方である。防衛省でも、まず大きく「防衛秘密」という形式秘の枠組みで、防衛省の職員や自衛隊員の言動を拘束しているらしい。
 ただ、形式秘とは具体的にどういうものなのか、そこがよく分からない。先の質問に対して、和歌山県庁の総務部長の斉藤恒孝さんが、地方公務員法第三十四条第一項で言うところの「秘密」は、「
ここで秘密に当たる事項としましては、行政実例では、一般に知らされていない事実であって、それを一般に知らせることが一定の利害の侵害になると客観的に考えられるものとされているところでございます」と答えている。
 
 こうしてみると、実質秘と形式秘の違いは、「まだ一般に知られていない事実であって、しかも一般に知られない秘密として守っておくだけの価値がある事実」と、「一般に知られていない事実であって、それを一般に知らせることが一定の利害の侵害になると客観的に考えられるもの」との違いということになる。要するにおなじ事を別な言い方で表わしたにすぎないようだが、しかし「一般に知らせることが一定の利害の侵害になると客観的に考えられるもの」という形式秘は、「一般に知られない秘密として守っておくだけの価値がある事実」という実質秘の一部分であって、ぴったりと重なるわけではない。

○守秘義務と開示義務
 細かいことのようだが、以上のように実質秘と形式秘の違いを整理し、その上で身﨑壽の立場に立ってみよう。
 もし彼の委員会がまだ審議中であり、それにもかかわらず、私がその内容について情報を求めたとしよう。身﨑壽は「守秘義務」を理由に私の要求を退けることができる。なぜなら、内容を私に漏らすことは、指定管理者にエントリーした3団体のうちのどれかに不利益をもたらす可能性がないとは言えないからである。つまり選定過程中の審議内容は、「一般に知られていない事実であって、それを一般に知らせることが一定の利害の侵害になると客観的に考えられるもの」に該当するわけである。
 そしてこのような場合に限り、私は、形式秘という枠組みが必要であることを認める。またその意味で、形式秘とは行政によって暫定的に定められた一時的、過渡的なものであって、絶対的なものではない。私はそう考える。
 
 ところが、身﨑壽の委員会は既に選定を終え、その結論を踏まえて、北海道教育委員会は財団法人北海道文学館を指定管理者の候補者とした。その原案は、平成18年北海道議会第1会定例会で承認された。
 当然のことながら、その選定プロセスは透明でなければならない。道議会が財団法人北海道文学館を指定管理者に決定した段階で、選定委員会に課されていた形式秘は解除されたはずだからである。私が形式秘は一時的、過渡的なものだと言ったのも、この意味にほかならない。
 また以上のような理由により、この時点で身﨑壽には新たな義務と責任が生じ、それは守秘義務ではなく、開示義務と説明責任のはずである。
 
○身﨑壽の不透明
 ただし、差し当たり私が知りたいと思ったのは選定プロセスではなくて、選定された財団法人北海道文学館の「業務計画書」の内容のほうだった。
 4年間で総額5億6千937万円(『北海道新聞』2006年1月6日)の税金を注ぎ込む団体の業務計画に「秘密」があるはずもない。また「秘密」があってはならない。むしろ身﨑壽は私の質問に答えてこそ、財団法人北海道文学館を選定した妥当性と正当性が、より明らかになるはずだろう。
 それなのに身﨑壽は一体何を恐れ、何にはばかって、自分たちの委員会が責任をもって選んだ団体の「業務計画」を実質秘にしたがるのであろうか。
 
 ちなみに、身﨑壽と私の関係について言えば、私は「北海道文学館のたくらみ(5)」で、野田寿雄という教授と私の関係に言及した。つまり野田さんが北大文学部の国文学講座の教授の時、私はその助教授だったわけだが、その後私が野田さんの立場になり、身﨑壽が私の立場となった。それから15年ほど経って、私は定年で北大を辞めたわけだが、身﨑壽はまだ現役の教授であること、言うまでもない。
 私は先月で70歳となり、本を読むスピードも、理解し考える能力も、現役時代の3分の1以下に落ちてしまった。脳も臓器の一つであり、だから疲れることもあるのだということを、最近とみに痛感している。その私が、現役の身﨑壽に、こんなことを噛んで含めるように書いている。何とも情けない。

○身﨑壽の回避術
 もう一つ私が奇異に感じたのは、身﨑壽は自分が用いた言葉の概念までも実質秘にしたがっている点である。
 〈あなたは牛と馬と象を較べて、馬が一番乗り物に適していると結論を下しましたが、その場合の「乗り物に適している」の意味は、背中に乗った時のことですか、それとも、車を引かせた時のことですか〉。そう訊かれて、「
守秘義務がございますところから、審議内容にかかわる御照会の事項につきましては、小生からお答えはいたしかねます」と答える奴は、この世にそうたんとはいないだろう。
 私は牛や象のどこが気に入らなかったのか訊いているわけではない。「乗り物に適している」という文言における、「乗り物」の概念や、「適している」という判断基準を訊いているのである。
 
 それとも、身﨑壽自身は「北方文学」なんて言葉は使わなかったし、財団法人北海道文学館の「業務計画」もそれほど評価していなかった。それにもかかわらず、北海道教育委員のお役人に作文されてしまった。そこで、「
なお、先生から御照会がありましたことは、担当事務局であります道教育庁文化・スポーツ課に連絡しておきましたので、御不審に点につきましては、同課にお問い合わせいただければと存じます」と返事するほかなくなってしまったのだろうか。

 しかし多分、身﨑壽は、私が道教育庁文化・スポーツ課に出向いたとしても、聞きたいことの説明を得られないことは予想していただろう。なぜなら、道教育庁文化・スポーツ課が責任をもって対応できるのは、公文書の開示請求に対してだけだからである。概念や判断基準に関しては、「いや~、私どもは身﨑先生をはじめ、学識経験者の先生方のご意見を尊重して、ああ書いたわけでございまして、先生方のご意見の意味内容について、立ち入った解釈をすることは遠慮させていただきます。やはり、先生方から責任あるご説明を伺うのが、一番間違いのないところではないでしょうか」。おそらくこんな応対があるだけであろう。
 だが私は、必ずしもお役人の逃げ口上とは思わない。身﨑壽たち学識経験者(!!)に頼んで、選定委員会に入ってもらった側の立場としては、これは当然の節度だからである。
 そのあたり、身﨑壽は抜け目なく計算して対応してきたな。その点、いかにも手馴れた感じの身﨑壽の回避術に、私は深く感じ入った。

○絶対秘という考え方
 なお、最後に一つ加えるならば、日本国の情報公開法の第8条は、「
開示請求に対し、当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるときは、行政機関の長は、当該行政文書の存否を明らかにしないで、当該開示請求を拒否することができる」となっている。北海道情報公開条例においても、第12条は、「実施機関は、開示請求に係る公文書が存在しているかどうかを答えるだけで、特定の個人の生命、身体又は名誉が侵害されると認められる場合に限り、当該公文書の存否を明らかにしないことができる」となっている。
 
 北海道情報公開条例第12条は個人の情報についての例外的事例、情報公開法第8条は行政の情報についての例外的な事例を主題にしているわけだが、共通する論理はこうなるだろう。私が今ある病院に対して、「Aさんのカルテを見せて下さい」と情報の開示を求めたとする。病院は「これはAさんの個人情報ですから、お見せすることはできません」と答えるはずで、これは個人情報の保護に当たる。
 ただし、Aさんがその病院で治療を受けた/受けている、という事実そのものは、病院も認めているわけである。
 では、私が「AさんのHIVに関するカルテを見せて下さい」と情報の開示を求めたとしよう。もし病院が「いえ、AさんのHIVのカルテは個人情報ですからお見せすることはできません」と答えたとすれば、AさんがHIVに感染した事実そのものは認めてしまったことになる。しかし、そういう事実を認めること自体がAさんの「生命、身体又は名誉」を侵害する惧れがある場合は、「そのようなカルテが存在するとも、存在しないとも、お答えすることはできません」と言って、開示を拒否することができる。これが情報公開法第8条、北海道公開条例12条の論理なのである。
 その意味でこれは絶対秘と呼ぶべきかもしれない。

 私はこの意味での絶対秘が必要なことを認める。と同時に、私たちの社会から絶対秘が出来るだけ縮小していることを望んでいる。それは不可能ではない。HIVに対する排他的、攻撃的な社会的偏見がなくなれば、HIVのカルテを絶対秘とする理由がなくなるだろう。

○北海道文学館の絶対秘?
 私は以上のことを考えているのだが、今これを書いているうちに、えっ?! ひょっとしたら寺嶋弘道や毛利正彦たちは、あのロジックを自己防衛的、自己保身的に使って、亀井志乃が寺嶋のパワー・ハラスメントとしてアピールした事柄を、一種の絶対秘にしてしまおうとしているのではないか。そんなことに思い当たった。
 寺嶋弘道は、亀井志乃が寺嶋のパワー・ハラスメントをアピールして以来、亀井志乃に対して一度も反論しなければ、釈明し、謝罪することもしていない。一切そのことに触れようとしていないわけで、どうやら〈もし反論すれば、反論したこと自体、何らかの行為があったことを認めることになる。だからパワー・ハラスメントがあったともなかったともお答えできなせん〉という作戦らしい。
 神谷忠孝も毛利正彦も平原一良も、亀井志乃が実態の調査と判断を何回要求しても、一切取り合わず、黙殺を続けている。これも、〈実態の調査をしたとも、しなかったとも、お答えできません〉という戦術なのであろう。
 
 しかしもちろん情報公開法第8条や北海道情報公開条例第12条が護ろうとしていることと、寺嶋弘道や毛利正彦たちが「護ろう」としていることとは、まるで違う。動機も内容も正反対である。
 だが、〈私どもとしてはあったとも、なかったとも言いようがないことを、ブログで書きたてている人がいて、困っています〉みたいな彼らの〈言い分〉に、耳を貸す人もいるらしい。一見もっともらしいロジックに引っかかって、鵜呑みにしてしまう人がいたのである。

 いや、いや、彼らにそんな作戦・戦術があるわけでなく、ただひたすら知らぬ顔の半兵衛を決め込んで、時間稼ぎをしているにすぎない。要するに身﨑壽が「守秘義務」に逃げ込んだ手口に刺戟された、私の深読みではないか。そんなふうに考え直しているところであるが、そう言えば身﨑壽の切り口上は、毛利正彦の「亀井志乃嘱託員からの再度の要求・質問について」(「資料編・資料7」参照)に似ている。何だかそんな気がしてきた。

【2007年3月21日追記;資料編 http://fight-de-sports.txt-nifty.com/wagaya/に資料9「北海道文学館の隠蔽体質」を載せました。身﨑壽が何故ああいう返事をしたか、北海道文学館がなぜ異常なほど亀井秀雄と亀井志乃を警戒しているのか、その背景がお分かりいただけると思います。】

 

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