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日本の見え方

○日本の見え方

「いつも言う事だけど、こう見るとやっぱり日本は大きいな」。テレビの「世界の気象」を見ながら、私たち家族の間では、そんなことが話題になる。

日本の陸地が大きい、と言うわけではない。

ただ、沖縄の西表島から、硫黄島、小笠原諸島と線を引き、北海道の根室と結んでみると、その海域はかなり広い。その海域が全て日本の領海であるわけでは、もちろんないが、領海とか、経済水域とかいう枠組みで捉えてみれば、この海域と資源を利用する上で、日本がきわめて有利な立場にあることは、間違いないだろう。

「ほんとね。この海と日本列島を合わせると、中国の三分の一くらいになるかしら」。

「そうなんだけど、生産力と資源性の面で見れば、優に中国全土を上回っているだろう。中国がいくら広いって言っても、治水に失敗して、おまけに内陸部は砂漠化が進んで、生産力が低下しているらしい。ところが、人口の増加は抑制することができない。それに較べれば、海の資源性ははるかに大きい。もちろん資源に限りはあるけれど、海底を砂漠化してしまったわけじゃない。海そのものの自律的な再生能力を助ける形で、大切に守ってゆけば豊かな恵みを期待できる。それに、早い話が、海の上に人間がちらばって生きていて、人口が増え続けるなんてことはないしね」。

「そうね、そう思って見ると、中国の海岸線は意外に短い。北海道から西表島までとそう変わらないのじゃないかしら」。

「そうそう、おまけにすごく狭い。黄海と東シナ海と、南シナ海に面しているわけだけれど、海域は限られている。だからと言って、さあ、広い太平洋へ出よう、とすれば、その鼻先を沖縄諸島や台湾やフィリピンに押さえたれた形になっていて、この閉塞感というか、逼塞感というか、そのストレスは相当大きいんじゃないか」。

「それで、喉から手が出るみたいに台湾を欲しがっているのかもしれない」。

「うん。また、そういう目で朝鮮半島を見てみると、これはもう八方塞がりみたいな感じだね」。

○黄色いパウダー

 我が家は10年ほど前、玄関から道路の門柱までをロードヒーティングにし、タイルを張った。ひと冬経ち、4月上旬、庭の雪が消える頃になると、タイルはうっすら埃っぽくなっている。雪のなかに、微粒子のような、細かい砂が雑じっているからである。ただし、肉眼で気がつくほど積もるわけではない。ホースで水洗いすると、タイルの上を流れる水がうすく濁って、側溝のほうへゆるやかに動いてゆく。

 ところが、今年の春はタイルとタイルの継ぎ目に、黄色いパウダーがびっしりと詰まっていた。ロードヒーティングには、表面が少しざらざらしたタイルを使っている。雪靴が滑るのを防ぐためだが、その表面も、一目でそれと分かるほど、黄色い埃が覆っていた。

 それほど大陸の砂漠化は深刻に進んでいるのだろう。

○南北と東西

 先日、アメリカや長崎や東京のお客さんを案内して、余市に泊った。3人の相部屋に、長崎のYさんが加わって酒盛りをしているうち、「小樽を歩いているとロシア人をよく見かけるし、港にはロシア船が入っている。つい直ぐそこに樺太があるんだって実感しますね」。そんな話題から、「長崎を歩いてると、韓国とか中国とかと直ぐ隣接してるってことがよく分かる」ということになって、「日本って結構広いですよね」。

 「じっさい日本が南北に細長くて、よかったね。自然の景観でも、植生でも、生産物でも、亜熱帯から亜寒帯まで広がって、すごくヴァラエティに富んでいる。海の幸だって、暖流の魚、寒流の魚、両方とも口に入る。おかげで地域ごとの文化が、いろんな特徴をもって発達したわけだけど、そういう多様性が、日本は「広い」って実感を生むのかもしれない」。

 「ほんとだ、もし日本が東西に細長かったらどうでしょうね」。

 「東西にねェ……」。想像してみただけで、もうツマラナクなってきた。東京から来たKさんが、そんな、面白くなさそうな顔をして、「生産物は同じようなものしか出来ないし、民俗も似たり寄ったり、……違いと言えば、時差があるってことくらいなものかなァ」。

○不思議な地球儀

オーストラリアでは、南半球を上に描いた地図を使っている。そんな話を聞いたことがある。だが、二度オーストラリアへ行ったが、実際に見たことはない。この土地に詳しいIさんの話では、やはり北半球を上にした地図が一般的だと言う。南半球を上にした地図もないことはないが、面白がりに、観光客用に作ったものらしい。

ところが、東西を縦軸に、南北を横軸にした地球儀を描いた人が、日本にいる。

五雲亭貞秀という、江戸時代末期から明治にかけて活躍した浮世絵師で、開港期の横浜風俗を紹介したことで知られているが、この人は地図にも興味を持ち、安政31856)年、「万国地球分図」を描いている。これは地球儀そのものを描く形で、東半球の世界地理を示したものだが、この地球儀では、北極と南極が縦軸ではなく、横軸になっていた。つまり北極が左端、南極が右端に位置し、赤道が縦に真ん中を走っているという、不思議な地球儀なのである。

この地球儀によれば、アメリカ大陸は下半球に位置し、上半球の左(北極)側をアジア大陸が占めているわけだが、満州、蒙古、漢土(北京・南京)の上に、日本がかぶさるように乗っている。上半球の右(南極)側の上方、日本とほぼ同じ位置に在るのが、「新和蘭陀」(現在のオーストラリア)であること、言うまでもない。

 不思議なのは、カラフトや、朝鮮半島の半分も、日本と同じく赤色で塗っていることである。題して「大日本国ヲ上天(二)置タルノ図」。西洋的な世界図を、儒教的な上天/下土の観念に習合させた、イメージ遊びと思われるが、さてポスト・コロニアルの人たちは、これを何と意味づけるだろうか。

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