« 甲子園・2006年夏(6) | トップページ | 甲子園・2006年夏(8) »

甲子園・2006年夏(7)

タイムスリップしながら

○日大山形のディフェンス勝ち

12日の土曜日は、小樽へ出たため、甲子園大会を見ることができなかった。帰りの電車でラジオを聞き、早稲田実業が大阪桐蔭を投打に圧倒していることは知っていたが、帰宅した時は112で早稲田の勝ち、勝利監督のインターヴュだった。

これだけの大差で快勝すれば、監督がはしゃぎ気味なのも無理はない。

13日と14日は、お盆の仕度と、19日の講演の資料作りのため、時々試合の経過をのぞいてみる程度だった。

ただ、13日の仙台育英(宮城)と日大山形の試合は、ほぼ全経過を見ることができたが、日大山形のレフト・庄司の守備が見事だった。2アウト満塁、仙台育英の斉藤泉の打球は、ホームラン性の大飛球。それを庄司は、背走してフェンス際まで追い、向こう向きのまま好捕、大量点を奪われるピンチを救った。

次は2アウトでランナー2塁のピンチ。この時も仙台育英の打者は斉藤で、あざやかにレフト前にヒットを放った。だが、庄司が素早くホームへ好返球して、セカンドから突入した走者をタッチアウト。こうして2度も失点を防ぎ、63で、山形が仙台に競り勝った。

○駒大苫小牧のすさまじい執念

今日は一日、野球観戦に当てるつもりだったが、第三試合まで見て、さすがに疲れ、香川西高と鹿児島工業の試合は割愛した。

第一試合は、青森山田が4回を終った時点で72と引き離していたが、その後、駒大苫小牧が凄まじい執念で追い上げ、9回ウラに逆転サヨナラ勝ちした。

青森山田の野田はきびきびした好投手だったが、如何せん投球が正直すぎた。相手打者の打ち気をかわす投球術を覚えれば、もっと伸びるだろう。

○タイムスリップしてきた桐生第一

東洋大姫路(兵庫)と桐生第一の第二試合は、投打に桐生の力負け。桐生第一は20年前の公立高校を見ている感じだった。

その頃の公立高校と言えば、バッテリーは確かに身体能力が高い。その他に23人、打撃センスのいい選手がいるのだが、残る半数は身体が華奢だったり、小柄だったり。おまけに木製バットだったから、彼等の打球が外野まで飛ぶなんてことは滅多になかった。

 今日の桐生第一はそういうチームが、タイムスリップして紛れ込んできた印象だった。打球は遅いし、飛距離は出ない。ライトの伊藤に、日大山形の庄司に劣らない、大ファインプレーが出て、満塁のピンチを救ったのだが、それを攻撃につなげる盛り上がりも見られなかった。

全国大会レベルの選手は、投手の鹿沼とキャッチャーの仲沢だけだろう。その仲沢が今日は1安打に抑えられ、鹿沼には2度、満塁のチャンスが回ってきたが、2度とも力みすぎて三振。いいところなしの敗戦だった。

今年の選抜大会に出場した高崎商業といい、この桐生第一といい、群馬県チームはひ弱さが目立つ。レベルが落ちているのかもしれない。

 

○福岡の好選手

 第三試合の帝京(東東京)と福岡工大城東(福岡)との対戦は、延長10回、帝京が54で競り勝ったが、福岡の梅野投手が印象に残った。2回に4点取られ、〈これは帝京の強さだけが目立つ、一方的な展開になるかもしれない〉と思ったが、そこから梅野がよく立ち直って、以後、9回まで1点も与えない。味方の反撃を引き出すピッチングで、延長まで持ち込んだ。バッティングもいい。

 この福岡の背番号13、サードを守っていた香川は、あの浪商のドカベン香川の息子さんだという。まるほど体型も、ヘルメットの下の容貌も、バッティングフォームも父親そっくり。妻は喜び、あきれて「まるでドカベンさんのクローン人間みたい」。

 

○仁村3兄弟の思い出

そのドカベンが牛島とバッテリーを組んで出場した第61回大会(昭和54年)、初戦で埼玉の上尾高校と当たった。この時、上尾に、1番を打ち、ショートを守る、福田という選手がいた。現在の桐生第一の監督である。

 試合は上尾のサイドスローの剛球投手・仁村の好投で、上尾が押し気味に進めていたが、20で迎えた9回表、3番のドカベンにヒットを打たれ、更に5番の牛島にホームランを打たれて、同点になってしまった。試合は延長11回までもつれて、結局浪商が32で勝った。

 当時、埼玉に仁村3兄弟と呼ばれる、評判の野球少年がいた。一番上の仁村薫は甲子園には出なかったが、早稲田大学では投手として活躍し、バッティングもよかった。日米大学野球に投手で選ばれ、打つほうでも活躍したと記憶している。卒業後は巨人に入ったが、のち中日に移り、代打で活躍した。

 次の仁村徹が先の投手で、東洋大学でも投手として活躍し、卒業後は中日に入って内野手に転向した。

 三番目の仁村武は第66回大会(昭和59年)、上尾の1番ショートで出場し、初戦は徳島商業と延長11回を戦って、43で勝ち、第2回戦では法政一高に53で敗れた。卒業後は東洋大学に入り、しかしプロへは進まず、社会人野球で活躍したらしい。

 懐かしく思い出したが、これも桐生第一に触発されたタイムスリップ現象なのかもしれない。

|

「スポーツ」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127704/11453453

この記事へのトラックバック一覧です: 甲子園・2006年夏(7):

コメント

コメントを書く