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2006年選抜大会(その6)

破断界

   大岡昇平の『レイテ戦記』に、「破断界」という言葉が出てくる。
   連隊や大隊など、一定規模の軍隊が、圧倒的に優勢な敵に対して頑強に抵抗し、機を見て反撃を試みる。よく訓練されて、結束が固く、士気も高い。いわば理想的な軍隊なのだが、敵の圧力がいよいよ強まり、抵抗の限界点を越えると、一挙に崩壊してしまう。その限界点を「破断界」と呼んだらしい。

   「呼んだらしい」と言い方は、他人事みたいに聞えるかもしれない。だが、そういう言い方をしたのは、この言葉が軍隊で一般によく使われた、いわゆる専門用語ではなく、大岡昇平がある砲兵隊の将校の残した「手記」のなかに見つけた言葉だからである。
   よく戦った日本軍が、アメリカ軍の圧倒的な火力に抗し得ず、急激な破局に陥る。その悲劇的な事態を、工科出身らしいこの将校は、物理現象を描く言葉で表現したのであろう。もちろんその破局には、将校や兵士たちのモチベーションの低下や、集中力の崩壊という心理的な要因もかかわっていたはずで、そのことを含めてみると、この言葉には一種生々しいリアリティが感じられる。

 昨日(3月4日)の横浜高校と清峰高校との決勝戦は、まさに清峰が「破断界」の破局に見舞われたドラマだった。
 3回裏、清峰高校の攻撃は、2アウトながら、ランナーを1塁と2塁に置き、バッターは4番の木原。彼の打球は1塁手と2塁手の間を抜く、痛烈なヒット性の当りだった。点数は4対0と引き離されていたが、まだ回は浅い。もしここで1点でも取っていれば、清峰は追い上げムードに盛り上がったに違いない。
 だが、横浜の2塁手・白井のファイン・プレーに阻まれてしまった。
 そして4回表、横浜は2点を追加し、6対0と、勝利を決定づけた。終わってみれば21対0という、記録的な大差の優勝だった。

 この攻防が、初戦以来の緊張に耐えてきた清峰の「破断界」だったのだろう。4回を境に、清峰は戦意を失って、簡単に横浜の盗塁を許し、ヒットをハンブルして横浜の進塁を助け、昨日までの活躍を帳消しにしてしまうような、ダルなプレーが続いた。あれほどよく鍛えられた清峰に、なぜこんなことが起ってしまうのか。目を覆いたくなるような無残さと、同情に、私は言葉を失い、昨日は何も書く気が起らなかった。
 
 この大敗からチームをどう立て直すか。清峰の選手にとっても、吉田監督にとっても、これは大変な課題だろう。だが、それとは違った意味で、横浜の選手と渡辺監督も一つ大きな課題を負うことになった。これはこれで大変な課題だろうな。

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2006年選抜大会(その5)

二つの明暗
〇30センチの明暗
 東京は強い風が吹いて花吹雪だったらしいが、北海道は今朝も雪だった。冬がこんなにしつっこく残る春も珍しい。今の土地に住んで25年になるが、初めてかもしれない。

 今日(4月3日)の準決勝は、二試合とも、思いがけず一方的な展開だった。横浜対岐阜城北の場合、そのきっかけは3回の表、横浜の白井のランニング・ホームランだろう。
 城北の尾藤は、私の目には、特に不調とは見えなかった。3回表もテンポよく2アウトを取り、投手戦の予感が強かったが、白井が痛烈なライト・フライを放つ。ライトがダイビング・キャッチを試みたが、打球はグラブの先をかすめてフェンスにまで達し、ライトが慌てて追っている間に、白井は一挙にホームへ突入。間一髪セーフだった。
 これに動揺したのか、尾藤は6連打を浴び、計5点を失った。

 もしライトがあの打球をダイビング・キャッチしていれば、もちろん大ファイン・プレーで、3アウト。尾藤の動揺もなかったはずで、4回以降もあんなに大崩れすることはなかっただろう。
 リプレーを見ると、白井の打球と、ライトが差し出したグラブとの距離は、2、30センチくらいだった。この僅かな差が、12対4という大差を生んだわけで、際どいプレーだったと思う。
 ただ、もう一度映ったリプレーを見ると、城北のライトはダイビング・キャッチの時に落としたグラブを拾ってから、フェンス際の打球を追っている。この一瞬の遅れのため、ホームベース上のクロスプレーで、白井をアウトにすることができなかった。その意味でも本当に際どいプレーだったと思う。

 その後、試合は横浜が一方的に得点を重ねる展開となったが、相変わらず横浜だなぁー。
 岐阜城北はリリーフの持ち駒が尽きて、いわば窮余の一策、これまで公式戦では一度も投げたことがない、サードの太田をマウンドに送った。
 ところが、太田が意外に好投して、横浜は点を取れない。
 横浜は前半、大量得点のビッグ・イニングを作るのは得意だが、後半に追加点を加えることができず、逆に相手の反撃に遭っている。八重山商工や早稲田実業との試合がそうだった。「もしここまま終わったら、もちろん横浜の大勝だけど、清峰やPLの選手が受ける「横浜、強えな」っていうプレッシャーは、半減してしまう。後半までもつれれば、俺たちに十分勝機がある。そう思われてしまうだろうな」。そんなことを家族と話していたところ、ようやく横浜は9回に1点を加えた。やれやれ。

〇0、5秒の明暗
 横浜にとってはPLと当るより、清峰のほうがイヤだろうネ。横浜の監督がインターヴュを受けている間、私たちはそんなふうに話していた。PLの前田は野球センスの塊のような選手だが、彼を封ずれば十分に勝ち目はある。だが清峰は、総合力で勝ち進んできたチームだからである。

 試合は清峰が2回に1点を取ったが、PLも3回、2塁打を放っている。4回までは、どちらが有利に試合を進めているか、予測できない展開だった。ところが5回、清峰、先頭打者の池野が意表を衝くプッシュ・バンドを決め、それを手がかりに一挙3点を奪い、試合の主導権を握った。
 PLの前田は、その前の回(多分)、送りバンドを素早く処理して、清峰の1塁走者を、2塁でフォース・アウトにしている。素晴らしいバンド反応を見せたのだが、この時はちょっと足を滑らせた感じで、一瞬ファーストへの送球が遅れた。いわば0、5秒の躓きが相手を生かす結果となり、その動揺を衝かれて3点を失う羽目となったのである。

 そして気がついてみれば、PLはまだ1本しかヒットを打っていない。前田はバッターとしても非凡なものを持っているが、清峰の有迫に封じ込まれてしまっている。焦ったPLはますます有迫の術中にはまり、終わってみれば2安打、0封の完敗だった。
 
 清峰のいい点だけが目立つ、快勝だった。選手を落ち着かせ、作戦通りにプレーさせた吉田監督の手腕はお見事と言うほかはない。
 

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2006年選抜大会(その4)

高校野球に「病みついて」40年
〇エースの条件
 まあ、安心したみたいに、選手が落ち着いている。う~ん、これがエースというものなんだな。
妻と私は期せずして同じ歎声を上げた。一昨日(3月31日)、横浜と早稲田実業の準々決勝で、外野に回っていた早実の斎藤がもう一度マウンドにもどった時のことである。
 
 斎藤は3回までに6点も取られた。4回からマウンドを関本に譲って外野に回ったわけだが、私の見るところ、斎藤自身の責任は2点しかない。斎藤のワイルドピッチのうち、少なくとも2度はキャッチャーの捕球ミスと言うべきだろう。その他、内野手のエラーがあり、ショート後方にふらふらっと上がった打球が、風のおかげでポテン・ピットになる不運が重なり、結局6点を失うことになった。
 早稲田実業にとってこの試合は、3日間連続で、実質4試合目に当る。疲れは斎藤だけでなく、他の選手にも溜まっていたのだろう。試合は一方的な展開になり始め、監督は関本をマウンドに送った。だが、関本では押せ押せムードの横浜打線を抑えることができない。5回、早実の監督は塚田に代えたが、投手も野手も浮き足立ち、打者12人で7点を取られる羽目となった。
 
 そこで監督は6回から、再び斎藤をマウンドに送ったわけだが、野手はすっかり落着きを取り戻し、以後、波に乗る横浜打線を0点に封じ込んだ。
 斎藤は29日、15回の延長戦を投げ抜き、30日は3回からリリーフして9回まで投げ、この日は先発だった。私は、早実の監督のこういう投手起用に疑問を持ち、また、多くの高校野球ファンも同様だったと思うが、「ああ、これしか策がなかったんだな」と私は納得した。せざるを得なかった。
関本や塚田は甲子園では通用しない。それもあるが、早実の野手は斎藤のピッチング・リズムで守り、いわば守り勝ってきた。初回、そのリズムを作れないうちに2点失い、以後、横浜に押し込まれる展開となってしまったが、何とか試合を立て直すには、斎藤にマウンドへ戻ってもらうしかなかったのである。
 6回裏、早実は斎藤で0点に切り抜け、7回の表、3点を取って、横浜に一矢を報いた。「こういうふうに攻守の要となる。それが高校野球のエースの条件なんだな」。私は改めてそう実感した。

 岐阜城北高校の尾藤、PL学園の前田。今大会の好投手に、このダイナミックなフォームの2人が挙げられることは、まず間違いない。斎藤は彼らとは対照的に、どんなピンチにも平静さを失わず、むしろ物静かな雰囲気さえ漂わせて、仲間から信頼されていた。彼も今大会屈指の好投手であることは間違いない。
 
 彼は30日、関西高校との再試合でホームランを打った。それまでバッティングの面では特に目立つ選手ではなかったようだが、これをきっかけに何かを掴んだらしい。次も素晴らしいヒットを打ち、この日(31日)もジャストミートのヒットを2本打っている。今後対戦するテームは、この面でも彼を警戒しなければならなくなるだろう。

〇果して横浜は?
 それに較べて、横浜高校が本当に強いのか、私にはまだ分からない。
 勝利監督のインターヴュで渡辺監督は、――それにしても、渡辺さん、おジイサン顔になったなあ――アナウンサーから「大差にもかかわらず、最後まで厳しい表情でしたネ」と訊かれ、「(自分のほうは一日休みを取ることができたが)早稲田実業さんは引き分け再試合を含む3連戦ですからネ、そういうきつい条件の下で戦わなければならなかった相手の立場を考えますと……」という意味のことを言って、言葉を切った。「斎藤君がベストの時に対戦したかった」とも言っていた。
 勝って奢らないいい言葉だ、と思うが、案外そこに不安も潜んでいたかもしれない。13安打で、13点。「試合内容には満足している」とは言っても、もし斎藤が万全ならば、どんなに上手く攻めても、せいぜい7安打4得点というところだろう。
 あの岐阜城北の尾藤を相手に、果してそこまで打てるかどうか。

 岐阜城北の試合は、私は31日の神港学園との戦いしか見ていないが、左腕の尾藤はヒット8本打たれ、しかし要所は三振を取ってピシャリと押さえ、神港打線を寄せつけない感じだった。あまり上背はないが、いかにも筋力が強そうで、パワーがあり、巧さも備えている。この岐阜城北といい、愛知啓成といい、今春の東海地区からはいいチームが出ているなァ……。
 それに較べて、横浜の川角はいま一つ物足りない。面立ちは、西武の渡辺久信の若い時に似ているが、渡辺が持っていたような覇気が感じられない。もっと闘志を表に出してもいいのではないか。その点、PLの前田はやる気十分、自信にあふれ、見ていて小気味がいい。

〇ありがたい休み
 私は最近、昼寝を取ることが多くなった。2、3年前までは、暖かい季節、午前中は庭仕事をし、シャワーを浴び、昼飯を取って一眠りしてくる。そんな程度だったのだが、今年は既に69歳となり、小樽へ出ない日は、ほとんど必ず昼寝を取るようになった。
 そんなわけで、1日に3試合を見るのは、体力的にかなりきびしい。テレビ観戦しているだけで、球場まで足を運ぶわけでもないのに、我ながら情けないことだが、このごろは手抜きをしている。3月30日は、清峰高校と東海大相模の延長14回の試合で疲れ、愛知啓成とPL学園の息詰まる接戦に疲労困憊し、今治北高校と秋田商業の試合は失敬して昼寝をし、そして関西高校と早稲田実業との再試合を見た。
 
何もそこまで律儀につき合う必要はないのに、と思うのだが、これを病みつきというのだろう。病みつきは40年ほど前から始まり、「定年後は何をしてみたいですか」と訊かれると、「一度、甲子園の大会を第一試合から決勝戦まで、全部をネット裏で見てみたい」と本気で答えていた。「なら、それを自分たちでプレゼントします」と言ってくれる教え子もいたが、彼らは約束を忘れてしまったらしい。私自身は金を溜めるのが下手糞だったため、定年後も貧乏暇なし、週に2日小樽へ仕事に出ている。
結局あの望みは実現せずに終わりそうだな、とやや残念には思うものの、もし教え子が約束を思い出してくれたら、これまた大変だ。第一試合から欠かさずに見る、なんて無謀なことを始めたら、二日でノビてしまう。
 現在のやり方で「病みついて」いるのが、一番無難らしい。

 昨日(4月1日)は小樽へ出たので、清峰と日本文理高校、PL学園と秋田商業との準々決勝を見ることができなかった。昼にも人と会う約束があったので、ラジオを聞くこともできなかった。ただ、2時から始まる座談会の前、ちょっとラジオを入れたら、なんと! PL学園の前田がホームスチールをやった。見たかったなぁ。

 今日(4月2日)は、大阪地方は雨で、試合は中止。残念なようだが、これで私も休息を取ることができる。久しぶりに(?!)今日は、ゆっくりと3時間以上も昼寝をした。

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