ワールド・ベースボール・クラシック(その3)
大きい喧嘩は大政
〇また韓国と対戦しなければならないの?
先日の朝、WBC準決勝の組み合わせを、テレビで見て、妻が半ばガッカリしたような、ウンザリした声で、「また韓国と戦わなければならないの?」。私も同感だった。
我が家は新聞を取っていない。だから、実際の記事がどんな表現しているか分からないが、テレビが映し出すスポーツ紙の一面では、大袈裟な見出し語が躍っている。また、それを、民放のアナウンサーが咽喉に力を入れ、声を張り上げて読み上げ、煽り立てる。日本と韓国の「街の声」とやらを拾って、「国民的な関心」を演出する。
「宿命の対決」とか、「運命の一戦」とか、そういう意味づけは、もういい加減で止めてくれないか。
私は直接そのニュースを見たわけではないが、韓国では、WBC選手の兵役義務免除を検討しているらしい。日本に勝った「勲功」に対するご褒美、と受け取られても仕方がないタイミングで、それが話題に上がった。アナウンサーもそういうふうに関連づけながら報道している。
日本と韓国の「国民」がお互いの勝ち負けに、小うるさくこだわる。それが鬱陶しくて、どんなスポーツでも、日韓の試合はあまり見ないで来たのだが、どうやら韓国の権力は、そのこだわりを「国民感情」として正当化し、韓国のメディアと二人三脚で、政治問題化に励んでいるらしい。結局日本のメディアもそれに乗っている。
これまで3回、外国で暮らした経験によれば、スポーツが、外国の人との隔意を取り除き、うち解けた会話に入る一番の話題だった。だが、権力とメディアがこれじゃあ、韓国の人とは、スポーツを話題にすることも難しいな。
私もそうだが、妻も娘も、日本のチームが出ていれば、ごくナイーヴに日本チームを贔屓し、入れ込んで見ている。試合が緊迫し、競り合いとなれば、いきおい応援にも力が入ってくる。感情移入もある。
ただ、そういう楽しみ方と、メディアが煽りたてる国民的関心とはギャップがあまりにも大きい。
〇大きい喧嘩は大政
俗に「大きい喧嘩は大政」ってことがあるからね。今度の先発ピッチャーは松坂か上原だろう。そんなことを、私は家族に言っていた。
最近の松坂は小太り気味で、態度もどこか横柄な雰囲気があり、しかしまだ幼な顔の面影が残っている。とっちゃん坊やみたい、と我が家の女性陣には不人気で、これまた私も同感なのだが、「しかし、それとこれとは違うからな……。和田も杉内のいいピッチャーだけど、まだ「小さい喧嘩は小政」という格だネ。腕は立つし、咄嗟の機転も利くし、言ってみれば小気味のいい喧嘩師というところなんだけれど、さあここ一番の大出入り、清水一家の存亡を賭けた大勝負となれば、やはり大政に任せるしかない。結果的には、王監督は大政級のピッチャーを二人、温存していたことになる」。
日本と韓国の準決勝は、5回の攻防から見た。上原が投球のあと、マウンドに上で跳ね上る、気合の籠ったピッチングをしている。打たれないように、というよりは、絶対に打たせない気迫が伝わって来、韓国のバッターは気圧されているらしい。上原がこの調子で7回まで押し切り、その間1点でも取れば、今日は日本の勝ちだな。
その7回、松中がヒットを打って、頭から二塁に飛び込む。ガッツ剥き出しに、二塁ベースをこぶしで叩く姿が印象的だった。続く多村は、例によって(?!)バントを二度失敗して、三振。王監督も空気読めない指揮官だな。確かに先制の1点は貴重だが、今日の選手の気合を見れば、「手堅い攻め」がかえって躓きの石になりかねないこと、分かりそうなものじゃないか。
そんなふうに、舌打ちする思いで見ていたところ、代打の福留が嫌な気分を一掃してくれるホームランをかっ飛ばした。
これで韓国の投手は気持ちの張りを失ったのか、小笠原にはデットボール。球審が激しい調子で警告を与えたところを見ると、あれは故意にぶっつけたのだろう。
〇里崎にMVPを
昨日(21日)の決勝戦は、初めから見た。キューバには大政タイプのピッチャーがいなかったのか、先発投手が初回から崩れて、4点を献上してくれた。
松坂にはこの上なく有り難いプレゼントだったわけだが、かえって少し気が緩んでしまったらしい。その裏、キューバの先頭打者にいきなりホームランを打たれ、しかしそれからは気を引き締めなおして、相手打線を寄せつけないピッチングをした。
彼と甲子園で、延長17回の死闘を演じたPL学園の上重が、今はテレビ局のスポーツ記者となり、松坂のレポートをしている。それも印象的だった。
そんなわけで、藤田が8回、2ラン・ホームランを打たれて1点差に詰め寄られるまで、安心して見ていた。その間、私の関心に中心にあったのは、里崎の活躍だった。今日も1本、いいところで打ってくれないかな。そうすれば、里崎にMVPが行くんだけど。
シドニー・オリンピックの日本チームは、プロ・アマ混合だったが、その時のキャッチャーは中日の鈴木で、結局日本は4位に終わり、メダルには手が届かなかった。日本の不振が目立ってくるにつれて、「やっぱり古田でなければ、……」という声がちらほら出始めた。そんなことはない。責任は打撃陣にあり、鈴木はキャッチャーの大役をこなしながら、打つほうでも活躍をした。
日本は3位決定戦にも敗れ、鈴木がベンチで涙をこぼしている。「悔しいだろうな……」。私は感情移入をして、一緒に涙を流した。
里崎も、日本が振るわなければ、「やっぱり城島じゃないとね……」という声が出かねない。そういう立場にあることは十分に承知をしていただろう。日本は1次リーグで一つ敗れ、2次リーグでは二つ敗れ、それでも決勝トーナメントに進むことができた。それは、敗戦の場合でも1点差ゲームに纏め上げた投手の踏ん張りと、その踏ん張りを引き出した里崎のリードがあったからにほかならない。
里崎は打つほうでも活躍をした。……ただし、対韓国戦で、デットボールの小笠原を返す、豪快な2塁打を放ち、思わず塁上でやってしまったガッツ・ポーズ、あれはいただけない。欧米圏であの仕草は、挑発と取られかねないからだ。……今日のキューバ戦でも、大事なところでヒットが出れば、間違いなくMVPだよ。そう期待していたのだが、残念ながらあと1本が出なかった。
とまれかくまれ、これで王監督はめでたく清水次郎長を張ることができたわけだ。
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コメント
韓国は往生際が悪い。日本の上を行きたい気持ちはよくわかるのですが。でも、韓国で今回活躍してたのは、元中日で使えなかった、イジョンボムとロッテでも使えなかったイソンヨプですから、真剣勝負では、次も日本が勝つのは間違いないでしょう。
投稿: つねさん | 2006年3月22日 (水) 23時14分
韓国の野球連盟かどこか、大きな組織の代表が、今シーズン終了後、日本の代表チームと試合をしたい意向を表明したようですね。
意図と趣旨がよく分かりません。
大正の末、もう大昔のことですが、甲子園で前橋中学と静岡中学とが、準々決勝で延長19回の熱戦を演じ、静岡が勝ち、陣決勝、決勝も制して優勝しました。
これは両校にとって誇るべき記録だったのでしょう。私は前橋高校の出身ですが、確か3年生の時、かつての熱戦を記念して、静岡高校のチームを迎え、交流試合をしました。その時、前橋には、後に中日に入った中利夫がいて、ピッチャーで4番だったのですが、逆転で負けました。
こういう交流試合なら、意図も趣旨もよく分かり、賛成です。
しかし、今回の韓国の意向はどうもそうではないらしい。
多分先日のWBCの結果が納得できないから、ということなのでしょう。
仮にそうだとして、そして秋の対戦では、韓国チームが日本チームに勝ったとしても、だからと言って、日本の優勝が取り消されるはずがない。WBCの時点で韓国のほうが日本より強かった証明にもならない。結局は別個な趣旨と条件における試合の結果でしかないからです。
では、何のためにやるのか。そこがよく分かりません。
私は韓国の立場に立って考えてみました。もし決勝トーナメントを襷がけで行うことにし、準決勝は、日本対キューバ、韓国対ドミニカ共和国という組み合わせになったとしましょう。そして決勝で、日本と韓国が3たび対戦することになったとしましょう。
さて、そこで日本が先日の準決勝のように、6-0で韓国に勝ったとします。この結果は、韓国としても受け容れざるをえないでしょう。
要する先日のWBCでは、この結果が、準決勝の段階で起ったにすぎません。
もしここで、韓国が、「それでも韓国は日本に2勝しているのだから、韓国が世界一だ」とか、「1次リーグからの勝敗をトータルすれば、韓国は7勝1敗だが、日本は5勝3敗でしかない。だから韓国が世界一だ」とか、主張したとすれば、決勝トーナメントの意味が無くなってしまう。この理屈は、1次リーグ、2次リーグの勝ち星、あるいは勝率を、決勝トーナメントの結果に優先させることになるからです。
ここまで考えて、ハタと思い当たりました。「WBCの優勝と、世界一とは異なる。日本は優勝したけれど、それに勝ち越した韓国が実質世界一なのだ」。韓国はそう言いたかったのかもしれません。
こういう芸の細かい理屈は、確かにある種のタイプの韓国人の得意技のようにも思いますが、「でも、なあ……」と、ここで私は身を引いてしまいました。「それじゃあ、自分が参加したWBCの権威を、自分から否定するようなものじゃないか」。権威を否定しておきながら、それにこだわることを言うのは、自らを滑稽化することにしかならないでしょう。。
投稿: 亀井秀雄 | 2006年3月23日 (木) 20時55分