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明徳・駒苫の問題を考える(その3)

○一つ見えてきたこと

 「その2」を書いた翌朝、私は、「いけねぇ、俺は勘違いしていたらしいぞ」と気がついた。

駒大苫小牧は、6月に野球部で不祥事が起ったことを、高野連に報告しなかった。ばかりでなく、8月、既に甲子園に入り、明徳義塾の問題が顕在化して、高知県の代表権を失った直後にも、似たような不祥事を起した。それにもかかわらず、――あるいは、明徳義塾に厳しい処分が下されたからこそ――これを報告しなかった。大会終了後も報告せず、外部からの告発があって、初めて事件を認めた。こういう種類の事件隠しに対して、高野連は厳しいペナルティを課してきたのではないか。私はそう考えていたのである。

しかしそれは私の思い込みにすぎず、高野連はさほど重大事と考えていなかったらしい。念のため、朝日新聞のHPを開いて見たところ、野球部長を一定期間の謹慎とし、野球部については、「事件後すみやかに報告されず、告発で明るみに出たことは、健全な高校野球を目指すうえで大変遺憾である」という理由で、警告処分となった。

してみるならば、明徳義塾にも意図的な報告遅延、あるいは事件隠しがあったと思うが、それ自体としては「大変遺憾」という程度のことでしかない。代表権の剥奪、出場停止という重い処分を下した、最も大きな理由は、野球部員の暴力行為にあったのだろう。

また、そうして見れば、駒大苫小牧は高野連の処分基準、または方針を読み違えて、姑息な報告遅延、事件隠しに走り、いたずらに事態を紛糾させてしまったことになる。

そんなふうに私は一つ納得したわけだが、この処分はかなり重要な前例になると思う。「一言叱りおく」程度の処分ならば、恐がらずに報告すればよい。そう考えるか、それとも、どうせその程度の処分で済むならば、バレた時は頭を下げるだけのことで、自分から一々身内の恥を晒すことはないさ、と考えるか。いずれにせよ、高野連の通達は多寡をくくって受け取られ、拘束力を失ってしまうだろう。

○駒大苫小牧の位置

 さて、ところで、私は前々回、「通学圏」という概念を出してみた。ただし、それをもって高校野球の原点を論ずるためではない。どちらかと言えば、私は、「原点」とか「初心」とかいう、伝統論的な観念はあまり得意でなく、むしろ野球部の適正規模や、「地元」意識の問題を検討する、分かり易い概念を、考えてみたのである。

 とは言え、通学圏かどうか、私が判断できるのは、せいぜい北海道の一部と、群馬県の一部だけでしかない。それをことわった上で、まず群馬の前橋商業について言えば、今年の『甲子園』(『週間朝日』臨時増刊号)を見る限り、出場した選手のほぼ全員が、通学圏の生徒で占められている。

 ただ、部員102人には驚いた。一学年、平均34人になるわけだが、この学校の野球部がそんなに人気があるとは思っていなかったからである。これだけの数の部員のなかには、通学圏の外から来ている生徒もいるだろう。

 他方、駒大苫小牧の場合、平岡中央や札幌北栄などの札幌の中学校や、登別西稜、栗沢の中学校出身の生徒が、苫小牧に通うとすれば、JRで片道1時間弱から、1時間230分かかる。通学しようと思えば出来ないわけではないが、現実的にはとうてい無理だろう。京極や余市の生徒は苫小牧に下宿するか、学校の寮に入るほかはなく、私の分かる範囲でも、レギュラーの3分の2が、通学圏外の生徒ということになる。部員は97人。

 これをどう考えるか。北海道の面積は、東北6県と新潟県を合わせたほど、または九州と四国を合わせたほどあり、だから北海道の1支庁が、九州や四国の1県に相当する。苫小牧は胆振支庁に属するわけだが、その他、石狩支庁、後志支庁、空知支庁から選手が集まり、その状況だけで判断すれば、青森県の青森山田や、宮城県の東北とそう変わらない。

 しかし娘の見方によれば、「青森山田や東北は、レベルの高い近畿の生徒を集めているようだが、駒大苫小牧の場合はそれと同一視できない。必ずしもレベルが高くはない地域からも、意欲のある生徒が集まっている。その生徒たちをよく鍛えて強くした、という実績を評価すべきなのではないか」。妻も私もこの見方には、おおむね賛成している。

 もう一つ私たちは、これが札幌の学校でないことも喜んでいる。札幌の人口は、約173万人。昼間人口は200万に達し、北海道の人口の3分の1を超える。そのため、札幌への一極集中化は凄まじいものがあるが、駒大苫小牧の快挙は、その趨勢に一矢酬いるものと言えるからである。

○適正規模の一基準

 その点を一つ押さえておいて、次に野球部員の数を見てみよう。今回の出場校のうち、最も部員が少ないのは、大分県の別府青山の24人だった。このチームも通学圏内の生徒が大半なのではないか、と推測できるが、意外なのは、和歌山県の智弁和歌山が31人と、二番目に少なかったことである。三番目に少ないのは、愛知県の愛工大名電の40人で、茨城県・藤代の43人、神奈川県の桐光学園の44人と続いている。

 私の考えでは、このくらいの数が高等学校の運動部の適正規模ではないか。なぜなら、ほぼ1クラスの生徒数に当たり、監督の目が届きやすい。つまり生徒一人々々のメンタルな面まで把握することが可能な範囲だからである。

 ただ、その程度の部員数であったとしても、実際の練習は二つか、三つのグループに分かれざるをえず、それぞれにコーチが必要になる。そのコーチが教職員であるか、OBのボランティアであるかは別として、クラス担任に、副担任が就くように、コーチの協力は不可欠であり、お互い関係をどう構築するかが、チーム経営の要となるだろう。

 智弁和歌山や愛工大名電や桐光学園などは、既に高い実績を持っている。この学校で野球を続けたい生徒は、県の内外から集まってくるはずで、おそらくその数は毎年50人を下らない。常識的には当然そう考えられるが、それにもかかわらず、部員数が1クラス程度で収まっている。これは、あらかじめ能力テストをやり、入部許可者を絞っているからであろう。この推測は当たっていると思うが、それが学校教育にふさわしいやり方であるかどうかはともかく、少なくとも一定の見識に基づく指導体制であることは否定できない。

○大規模野球部の場合

 他方、これらの倍以上の部員を擁する学校には、福岡県の柳川の90人をはじめとして、山梨県の日本航空92人、島根県の江の川93人、福島県の聖光学院93人、熊本県の熊本工業94人、駒大苫小牧97人、青森山田102人、兵庫県の姫路工業102人、前橋工業103人、石川県の遊学館107人、滋賀県の近江110人、京都府の京都外大西113人、埼玉県の春日部共栄120人があり、そして出場停止となった高知県の明徳義塾は129人であった。

 これは、入部希望者は全て受け入れた結果であろう。理念的に言えば、野球部も高等学校におけるクラブ活動の一つで、希望者は全員入部させなければならないからである。

 

それにしても、90人を超える部員を指導するとは、どういうことなのか。もちろんグランド一面だけでは足りない。だからと言って、二面も三面も用意できる学校はごく稀だろう。とするならば、グランド整備の時を除いては「グランドで練習させてもらえない」、つまり「常時、監督に練習を見てもらうチャンスに恵まれない」部員もいるはずで、結局彼等は二軍的、三軍的存在に甘んぜざるを得ないだろう。

だが、そうは言っても、この部員たちの多くは中学時代にチームの中心選手として活躍した経歴を持ち、一軍に選ばれる自信も自負も持っている生徒なのである。彼等はどうようにして、自分の立場に耐えることができるだろうか。

 そこで必要とされるのは、そういう部員たちの「面倒を見る」コーチである。

このコーチは、一面では、落ちこぼれ意識を抱えた部員の兄貴的な役割を果たさなければならず、他面では、屈折した部員の反抗的な感情をモロにかぶる「憎まれ役」を引き受けなければならない。それなしには、公式戦のベンチに入ることもできず、まして9人のレギュラーに選ばれる見込みを失った部員の信頼をつなぐことは、とうてい出来ないからである。

このコーチと部員との信頼関係、またはこのコーチと監督との意思疎通が欠けたとき、大変むずかしい状況が発生する。明徳義塾の問題も、駒大苫小牧の問題も、ここにその一因があったと見ることができるだろう。

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明徳・駒苫の問題を考える(その2)

○小樽にて

 今日は小樽へ出、先日の事務員に会ったので、「駒大苫小牧の優勝、むずかしい問題になりましたね」。

 「ええ、でも、今日の新聞に出てました。優勝の取り消しはない。秋の地区大会の出場も認められるだろうって。父兄と和解が成立しましたしネ」。

 「そうですか。それは気がつかなかった。ただ、和解が成立したってことと、暴力行為があって、それを報告しないでいたこととは、別な問題ですからね。高野連がどう判断するか、まだ何とも言えないはずだけど。北海道の読者に対するリップ・サービスってわけでもないとすれば、何か内々に情報を掴んだのかな」。

 昼休み、散歩がてら本屋に寄ってみると、「本日発売」として、高校野球関係の雑誌が4種類、店頭に並んでいた。新聞記事を見て、一斉に売りに出したのだろう。

 高野連としては、父兄と学校がいつまでも水かけ論をやって、泥仕合になれば、纏められる話しも、纏められなくなってしまう。早急に和解することを条件に、基本的な意向を、内々に学校に伝え、それを新聞社が掴んだのかもしれない。

○高野連の決定

 これを書いている、午後8時20分現在、まだ高野連の記者会見はない。ただ、先ほど妻が、テレビに「優勝の取り消しはない」という意味のテロップが流れたことを教えてくれた。

 この時点における、私の意見は、この決定に疑問がある。……と、ここまで書いて、840分、NHKテレビの臨時ニュースが入った。野球部長は謹慎処分、野球部を警告処分。ずいぶん軽微な処分で、その理由がよく分からないが、それだけでなく、そもそも「野球部を警告処分」が、何とも腑に落ちない。野球部のどういう行為に対する「警告」なのか。この場合の「野球部」とは、いったい何を指すのだろうか。まさか謹慎処分を受けるような部長がいる運動部だったから、というわけではあるまい。

もし暴力行為があったことを報告をしなかった、大会が終るまで隠していたことが理由ならば、処分を受けるのは、校長であるべきだろう。

○高野連の説明責任

 形式論理に見えるかもしれないが、私はこのような問題の場合、前例との関係で公平性の原則に背かないようにすべきだ、と考えている。それが教育の基本であり、市民社会の根本だからである。

その意味で高野連は、桐生第一や明徳義塾やその他のケースを挙げて、どのケースを判断基準として、このような決定をしたか、説明責任がある。それは同時に、なぜそのケースを前例としたか、説明できるものでなければならない。もし駒大苫小牧の事例が、どの前例にもあてはまらない、と考えたのであれば、どういう点が前例になじまない、新しいケースなのか、それを説明する必要がある。

 今日の記者会見では、それらの点が全く触れられていなかった。説明はあったのだが、NHKがカットしてしまったのか。それとも、誰も質問しなかったのか。いずれその点が明らかになったならば、改めて今回の決定を検討してみたい。

○嫌な予感

 我が家では、妻の娘も駒大苫小牧の選手には同情的だった。しかし今晩の決定を知って、娘は、「それなら、頬っかぶりしてたほうが得だ、って考える学校が出たとしても、もう歯止めが利かないだろうナ。そうなると、嫌な想像だけれど、かえって高野連やマスコミに、あの学校ではこんな事件があったなんて告げ口みたいなことが、続々と始まりそう……何だか学校の雰囲気がどんどん悪くなってゆく予感がする」。

 妻は「校長さんが、優勝旗のレプリカを作って、……作るのだけは認めてもらって、優勝旗そのものはお返ししますって、早くに腹を決めて、そう申し出てしまえば、こんなふうに後を曳かなくても済んだのに。……ホント、すっかり白けてしまった」。

 私は「ウン。逆に明徳の関係者にすれば……来年は石に齧りついても優勝して、だけどこんなもんいらないよって、優勝旗の受け取りを拒否してネ、さっさと引き上げてみせたいって、そんな気持だろうな」。

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明徳・駒苫の問題を考える(その1)

《ここに載せる文章は、必ずしも完結していない。ここまで書いて、遅いお盆休みを取り、家族と温泉めぐりの小旅行に出かけたためである。当初のタイトルは「明徳義塾の問題を考える」であり、勿論もっと書き足すつもりだった。ところが、思いがけないことに、昨日の朝、洞爺湖のホテルで、駒大苫小牧も類似の問題を起していたことを知った。おそらく問題は明徳義塾だけに止まらない。そう考えたからこそ書き始めたわけだが、立て続けに、しかも優勝した高校から顕在化してくるとは思わなかった。書き直そうか。しかし私はスポーツ・ジャーナリストではない。一介の高校野球好きにとっては、むしろこういう迂遠な書き方のほうが、より相応しいのではないか。そんなふうに理屈をつけ、タイトルを「明徳・駒苫の問題を考える(その1)」と改め、そのまま載せることにした。以後、機会を見て、書き続けたい。》

○深谷商業の竹内

 昔、埼玉県の深谷商業に、竹内という、同じ姓のバッテリーがいて、昭和461971)年春の選抜大会と、夏の選手権大会に出場した。ピッチャーの竹内は、オーバーハンドの奇麗なフォームで早い球を投げた。大洋ホエールズに入り、高校新卒ながら勝ち星を挙げている。

 当時の新聞によれば、両竹内のバッテリーは従兄弟同士で、群馬県の新町から深谷商業に通っているということだった。

 現在ふうに言えば、越境・県外生だったわけだが、その頃の群馬県の高校野球はお世辞にも強いとは言えず、私はごく当たり前の選択だと思っていた。新町から国鉄(当時)に乗れば、本庄を経て、次はもう深谷である。新町から高崎へ通うのと、距離はほとんど変わらない。

○昭和40年代の群馬野球

 群馬の野球が弱かったのは、相手の小股を掬うような、小細工に走りすぎたためである。姑息な、足の引っ張り合いみたいな試合を重ねて、何とか代表権を手に入れても、甲子園では通用しない。「出ると負け」の状態が続いていた。

 それでも、稲川東一郎の率いる桐生高校が出る時だけは、一つか二つは勝ち、昭和41年の夏には準々決勝まで進んでいる。稲川さんは春夏合わせて24回、桐生高校を甲子園に導き、昭和30年春の選抜大会では準優勝するなど、名将として全国的に知られていた。

 だが、かえってそれが、群馬県の高校野球にはアダとなった。とにかく稲川・桐生を倒さないことには、甲子園に行けない。そのため各高校の監督は、稲川・桐生の足元を掬う、小ざかしい作戦ばかり工夫し、正攻法の力攻めを忘れてしまったのである。

 当時は公立高校が中心の時代だったから、県内の能力の高い中学生をスカウトしてくるなんて、とても考えられなかった。また考えたとしても、それが出来るシステムがなかった。通学圏内の生徒のなかに、たまたま並以上の能力の子が数人揃ってくれたら、これはもう幸運と言うしかない。私が出た前橋高校には、2年歳上に天田俊明というコントロールのいい投手がいて、関東大会まで進んだが、甲子園には手が届かなかった。彼は後に俳優となった。

また同学年には、中利夫という、後に中日に入り、首位打者にもなった、快速球の投手がいた。更に、江野沢という、後に学習院大学の4番を打つことになる、強打者がいた。だが、せいぜい北関東大会止まりだった。ショートが下手だったのである。

2年下の学年に、宮田征典という、後にジャイアンツの「8時半の男」として有名になる、投手がいたが、彼の時代も甲子園には出られなかった。現在のように11代表の制度ならば、あるいは甲子園に出られたかもしれない。だが、学区制の枠に縛られた公立高校が、筋のいい選手を9人以上揃えるなんて、百年河清を待つに等しいことだった。

そんなわけで、桐生高校を倒すには、大技よりも小技に頼らざるを得ない。そういう事情は分かるのだが、その小技の使い方が、率直に言って、見るからにセコイ。野球が小さいのである。それなのに、関係者は、これが群馬の高校野球なんだと、変なところで地域的特徴を自負している。しかし要するに、小うるさく小異を立てて、お互いの足を引っ張り合う、上州人の悪い癖が出ているにすぎない。正直なところ、私は群馬の野球が嫌いだった。

○足利の位置

 そのころ群馬は北関東のブロックに属し、栃木県と代表権を争っていたが、むしろ栃木の高校野球のほうが好きだった。栃木の鹿沼農商が、作新学院や足利工業と交替で甲子園に出ていた頃で、当時の足利工業には、桐生から入学した選手も混じっていたと思う。足利と桐生の距離もまた、電車で二つか三つしか離れていない。織物の産地として、江戸時代から同一の経済圏を形成し、だから桐生の子が足利へ通い、足利の子が桐生の高校に入るのは、ごく当たり前のことだった。

 

 これは余談だが、私は二度、宇都宮へ行ったことがある。宇都宮の人に言わせると、足利は方言や、人の気質が群馬に近く、自分たちと同じ県の人間だという親しみをあまり感じない、ということだった。多少の誇張もあるだろうが、足利の人にとっても感じ方は同じだろう。その後、群馬の野球が強くなって、足利の子が群馬の高校に入るようになった。いつだったか、NHKのアナウンサーが「桐生市足利町」と選手の出身地を紹介し、後でお詫びしていた。

○前橋工業の台頭

 だが、それはともかく、どうすれば群馬はあのセコイ野球から脱皮することができるか。「県大会の段階で、小細工野球に、シテやられることもあるかもしれないが、その時はやむを得ない。そう割り切って、一たん甲子園に出たら、どの地区の代表とも互角に戦える、足腰のしっかりしたチームを作ることだ」。これは私自身の考えだったのか、それとも何かの本で読んだことなのか、今となっては曖昧だが、ともあれ私はそういうチームが出ることを望んでいた。

 そして漸く、高橋幸男が前橋工業の監督になり、その方向へ一歩踏み出していった。

 私の記憶に間違いがなければ、高橋さんは前橋工業から早稲田大学へ進んで、早稲田では5番を打ち、卒業後、前橋の佐田建設に就職して、そこから母校の監督として出向することになった。佐田建設の社長もたしか前橋工業の出身で、アマチュア・スポーツに理解があったのだろう。金沢イボンヌという女子ハードルの陸上選手が、日本で活動を続けることを願っている。それを知って、社員として引き受けている。

 高橋監督は早稲田の選手だった時代、全国レベルのチームを作ることについて、何か悟るところがあったにちがいない。幸い向田佳元という好素材を得て、甲子園で通用する投手に育て、昭和49年夏の大会でベスト4まで進出した。向田は桐生の育ちで、前橋へ通うには、上毛電鉄というローカルな私電で40分ほどかかる。一応は通学圏内と言えるが、佐田建設の社員寮に置いてもらったのではないか。その辺の事情はよく分からないが、彼は卒業後、早稲田大学へ進んで、エースとして活躍し、日米大学野球選手権のメンバーにも選ばれている。

○群馬県の戦績

 群馬県の高校野球はそういう時期を経て、東京農大二高や、桐生第一高校という私立高校が頭角を現わし、徐々に安定した強さを見せるようになった。私は時々、2チャンネルをのぞいて見るが、なかに「都道府県別、夏甲子園大会、最近10年間の戦績一覧」といった種類のスレッドがある。それを真似て今大会までの10年間を整理してみれば、次のようになる。

  平成081996)年 前橋工業 ○○○●

  平成091997)年 前橋工業 ○○○●

  平成101998)年 桐生第一 ●

  平成111999)年 桐生第一 ○○○○○○(優勝)

  平成122000)年 桐生第一 ●

  平成132001)年 前橋工業 ○●

  平成142002)年 桐生市商 ●

    平成152003)年 桐生第一 ○○○○●

  平成162004)年 桐生第一 ●

  平成172005)年 前橋商業 ○●

 189敗。まずは良好な戦績と言えるだろう。

○県外と圏内

 さて、冒頭のタイトルとは、かなり縁遠い話しになってしまったが、私の意とするところは察してもらえたと思う。

 私が言いたいことの一つは、群馬が辿ったような経過は、多くの県が経験してきた。あるいは現に経験しつつあるのではないか、ということである。私が今大会を通じて、一番愛読した2チャンネルは「俺だけでも佐賀の高校野球を語るすれPart7」であるが、それを見ると、現在の佐賀はどんぐりの背比べ状態にあるらしい。

 群馬の場合、公立高校がまず頭一つ抜け出し、私立高校が後を追って、ある意味で現在はちょうどバランスがとれた状態と言えるわけだが、いつ元の状況にもどらないとも限らない。北海道は、かつて北海高校や札幌商業などの私立高校が先行し、現在も私立高校優位の状態が続いているのだが、そのなかから駒大岩見沢がまず抜け出し、次いで駒大苫小牧が頂点に立った。だが、その駒大苫小牧が今度は桐生高校的な存在となり、全体的な低迷の原因とならない保障はないのである。

 そうしてみると、青森県や岩手県、宮城県、山形県、山梨県、島根県などは、かつての群馬状態に終止符を打つ特効薬的な方策として、幾つかの私立高校をスポーツ校として特化し、いわゆる野球留学生を県外から集めることにした。そう見ることもできるだろう。

 そこで私が言いたいことの二つ目は、県外生という概念にあまり囚われないほうがいい、ということである。むしろ深谷商業や足利工業の場合のように、通学圏という枠組みで考えたほうがいいのではないか。

 

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駒大苫小牧快挙の後味

○駒大苫小牧の快挙

今夏の甲子園大会は、駒大苫小牧の連覇という快挙で幕を閉じた。だが、今日は小樽へ出たため、残念ながらテレビ観戦することができなかった。

ただ、私の関心はただ単に勝ち負けの結果だけでなく、むしろ勝敗にからむ試合のアヤにあり、昨日(19日)の対戦について、記憶の薄れぬうちに書いておきたい。昨夜、書きはじめたのだが、急に差し障りが生じ、中断していたからである。

○勝負のアヤ

 昨日、京都外大西と宇部商の対戦で、宇部商は立ち上がり、いきなりピンチに見舞われた。京都外大西の先頭バッターの打球はサードゴロ。宇部商のサードは難なく捕球したが、1塁への送球に余裕がありすぎて、かえって肩に力が入ったのだろう、1塁手の頭上高く逸れる悪送球となり、ランナーは2塁に達してしまった。

 次のバッターは、ピッチャー前に転がるバント。ピッチャーの好永が素早く処理して、サードに送った。タイミングはアウトだったが、送球がやや高かったため、サードのタッチより、ランナーがベースを踏むほうが一瞬早く、セーフ。ノーアウト・3塁、1塁となった。

 このサードは1年生らしい。これまで好守備を見せていたのだが、昨日の疲れが残っていたのである。このピンチで2点以上取られると、そのままズルズルと宇部商は押し切られてしまうだろ。そう懸念して見ていると、好永は1点は取られたが、2アウト目、3アウト目は、見事三振に打ち取って、ピンチを切り抜けた。

 味方のミスから始まったピンチは、最小失点で食い止める。私が宇部商の監督に感心するのは、そういう心構えの投手を育ててくることである。その後好永は、明らかに昨日の疲れが残って死球が多かったが、何とか要所を締めて、ついに6回、逆転にまで持っていった。

 だが9回表、再び無死1、3塁のピンチを招き、続く打者はピッチャー・ゴロ。「しめた」とばかり捕球した好永は、飛び出したサード・ランナーを、三本間に挟んだ。しかしサード側に深追いし過ぎ、タッチする前に、ランナーはサードベースにヘッド・スライディングして、セーフ。好永はシマッタと思ったのだろう、ファースト・ランナーが飛び出しているのを見て、あわてて一塁に球を送る。ところが、これまた1塁手の頭上を高く逸れる暴投となり、ランナーが二人、ホームに帰って、京都外大西の再逆転を許してしまった。

 ただ、好永を庇って言うわけではないが、彼がランナーをサードベース側に追っていった時、味方の野手がサードベースを守っていなかった。ベースに就いているべき野手が、ベースから離れて、棒立ちのまま好永とランナーの競走を眺める恰好となり、結局相手ランナーを生かしてしまったのである。

 私が言う勝敗のアヤは、そういうことを指す。

○幼な顔の好投手

 他方、京都外大西の試合については、私の仕事との巡り会わせが悪くて、昨日まで見ることができなかった。だが、このチームは終盤の凄まじい追い上げと、1年生投手の本田の好リリーフで勝ち上がってきたことは、新聞で知っていた。たしかにストレートに伸びがあり、コントロールもいい。昨日のロング・リリーフの疲れのためか、打者2巡目あたりから、宇部商のバッターにつかまってしまったが、変化球を一種類マスターすれば、来年、再来年も期待が持てるピッチャーとなるだろう。

 大柄な身体の上に、どこかまだ幼さの残る顔が載っており、面立ちといい、体つきといい、腕の振り方といい、今春の選抜大会に出た、柳ヶ浦高校の山口投手によく似ている。兄弟と言っても、通るかもしれない。

○南北海道決勝戦の印象

 それと共に、私は、小樽北照高校の加登脇投手を思い出した。彼を見た時も山口に似ていると感じたからである。

 もっとも、加登脇にしてみれば、いいや、山口のほうが俺に似てるんだ、と言いたいところだろう。

 彼は、南北海道の代表を決める決勝戦で、駒大苫小牧の前に、一人大手を広げて立ちはだかる。そんな印象の、気迫あふれる投球を続け、私の見るところ、戦力的には互角だった。だが、北照は、駒大苫小牧の2塁手・林の、再三再四にわたる好守に阻まれて、チャンスを拡げることができない。8回を終って、51とリードされていた。

9回表、それを追う北照は1点を返し、なおランナーを一人置いて、加登脇に打順が廻った。最後の意地を見せるかのように、フルスイングした、加登脇の打球は、ライトの観客の頭を超え、場外に消えていった。高校生の打球とは思えない、すごい飛距離のホームランだった。彼自身、感極まったのだろう、ベンチの奥で、顔を両掌で覆って泣いている。その姿が、ちらりとカメラに映った。

 だが、次の打者が打ち取られ、試合は54で、駒大苫小牧のものとなった。

 私は感動さめやらず、他の人がどんな感銘を受けたか。それを知りたくて、2チャンネルの「南北海道の高校野球」に関するスレッドを開いたのだが、一読して驚いた。「ざまー見ろ」「加登脇、ウザイ」「お前なんかに、プロが注目するはずがない」「荷物をまとめて、大阪へ帰れ」。そんな、勝ちに驕った、攻撃的な悪罵が、書き連ねてあったからである。

 理由は、加登脇をはじめ、北照の主力選手のほとんどが、道外から入った生徒であるためらしい。北海道ナショナリズムの、偏狭な排他的感情がむき出しに現われて、よく戦った選手への敬意がかけらもみられない。私はそれ以上読むに耐えなくなった。以来、南北海道関係、駒大苫小牧関係のスレッドは一度も開いてみていない。

○バッティングの質

 そのため、私があまり積極的に時間を調整しようとしなかったこともあるが、これまた日程の折り合いが悪く、今大会の駒大苫小牧の試合を見るのは、昨日の大阪桐蔭戦が始めてだった。駒大苫小牧は2回、バント処理をトチった桐蔭のピッチャー・辻内の動揺につけこんで、一挙に5点を取り、以後、有利に試合を進めている。

 だが、仮にそれがなくても、駒大苫小牧の優位は動かないのではないか。私はそう見ていた。というのは、駒大苫小牧の選手はきちんとミートすることを心がけ、野手の間に打球を転がすバッティングをしていたからである。それに対して大阪桐蔭のバッターは、強く叩くことを意識しすぎていた。そのため、鋭い打球が飛ぶのだが、野手の守備範囲に行ってしまう。

 

私は、銚子商と樟南の対戦の時も、似たような質の違いを感じた。銚子商の「鋭い三振」については、前に書いたが、対する樟南の選手は一見非力そうで、打球は早くないし、長打もない。だが、上手にミートして、コツコツとヒットを重ね、気がついてみたら、4点、5点の差をつけている。そんな感じの攻撃力を持っていた。

 

 駒大苫小牧と大阪桐蔭の打ち合いは、その2チームより一格高いレベルのバッティングを見せていたが、打撃の質の違いという点では、似たような対比を見せていたといえるだろう。

 駒大苫小牧の勝因は、大阪桐蔭の平田の強打を封じたことにある。一般的にはそうなるだろうが、私の見るところ、駒大苫小牧のバッティングに一日の長があったのである。

○日程への配慮

 だが、それはそれとして、準々決勝の日程については再考の余地があるのではないか。選手の健康に配慮して、準々決勝を二日に分けたのだろうが、昨日の準決勝を見る限り、前日休むことができたチームと、連戦になったチームとでは、明らかに身体の動きが違っていた。宇部商と大阪桐蔭が中一日休みを取り、京都外大西と駒大苫小牧とが連戦だったならば、勝敗は逆になっていただろう。

 選手の健康に配慮するならば、準々決勝を一日で済ませ、一日休養を取らせてから、準決勝・決勝と続けるほうがいいのではないか。

○優しい言葉

 今日の決勝戦は、バッティングの質と能力では互角だが、駒大苫小牧は昨日、エースの松橋を温存することができた。京都外大西は、昨日100球以上投げた、一年生の本田を使わざるをえない。その差が勝敗を分けるのではないか。私はそう考えていた。

 今日3時頃、お茶を持ってきた事務の女性が、「駒大苫小牧が勝ちそうですよ」と教えてくれた。

「それはよかった。駒大苫小牧が2連覇すれば、北海道の高校野球のレベルの高さは、誰も認めざるを得ないでしょうね」。

 「ええ、そうなれば北照も見直してもらえるでしょうネ」。

                                 (2005821日、0時半)

 

 

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締まった試合/締まった顔

○マルチ好選手・好永

今日、先発で登板した4人の投手は、いずれも顔がキリッと引き締まり、自信に輝いていた。甲子園で二つ以上勝った実績がそうさせるのだろう。

清峰高校の古川投手は、わが家では「少年野球漫画のヒーローそのものだネ」と大人気だったが、宇部商業の好永投手、「ホント、あだち充の漫画に出て来そう!」と喜んでいる。軽く見ているわけじゃない。二人とも、時おり見せる笑顔がとてもよく、妻は「育ちのよさを感じさせる笑顔ネ。お父さん、お母さんがきっとしっかり育てているんでしょう」。

さて、その好永投手、今日の日大三高との対戦で、8回裏、満塁のピンチを迎えた。対するバーターは、今日、二塁打とホームランを打たれている、強打者の江原。カウントはツー・スリー。好永は、キャッチャーのサインに、利かん気の強そうな表情で首を横に振り、自分で選んだ球種はストレートのど真ん中。これまた利かん気の強そうな江原も、一瞬気圧されたのか、振り遅れぎみの三振。迫力ある対決だった。

試合は、好永が、江原の次の桑田に2打点のヒットを打たれて、23と逆転されたが、宇部商業は9回、3点を取って、53と再逆転し、逃げ切った。好永は3安打2打点と、バッティングもいい。

一瞬の隙も許されない、中身の濃い好ゲームだった。

○東北高校の変身

この宇部商業や、明徳義塾が出場権を独占し始める前の高知県の学校のように、個々の生徒の素質をあるレベルにまで鍛え上げた、競り合いに強いチーム。そういうチームが私は気に入っている。今大会の東北高校もそういうチームだった。

 ただし、去年までの東北高校はそうではなかった。今日の大阪桐蔭との試合を見ながら、妻が「あなた、東北高校のこと、嫌いだったみたいだけど、今年はずいぶん褒めるんですね」。たしかにその通りで、私はずっと、東北高校に点が辛かった。一昨年、「わが甲子園(2)」を書きはじめ、他の用事で中断してしまったが、その一部を引用させてもらう。

《引用》

「●ハンサムは線が細い

美丈夫とは、鎧・冑が似合う、目鼻だちのしっかりした男のことで、だから、少なくとも我が家の基準では、ハンサムとは異なる。

今大会のハンサムは、富山商業の長江投手、東北高校のダルビッシュ投手、桐生第一高校の伊藤投手が、三本指に入るだろう。長江投手は、何イニングも見ていない。だが、一人相撲を取ってしまいかねない印象だった。

ダルビッシュ投手は落ち着きがない。感情を面に出しすぎる。表情が豊かだと言えないこともないが、いつも周囲の注意を惹きたがる仕草が目についた。甘えん坊なのかもしれない。私が監督ならば、真壁をエースにする。常総学院との決勝戦では、何球か、気を抜いたような投球があった。9回の表、常総の攻撃の時、三塁手が前に出、常総のランナーがサードをオーバーランした。ダルビッシュが素早く三塁のカバーに廻っていれば、難なくアウトに出来るところだったが、彼は三塁手の傍に棒立ちしていた。平安高校との試合は見ていないので、結論を急いではいけないのだが、他の試合を見る限り、彼には時々、こういうプレーが見られた。

桐生の伊藤投手は、和泉元彌みたいにいい男だったが、それとは裏腹に(?)、投球が雑だった。コントロールが定まらないのは仕方がないとして、とにかくボールになる球の投げ方が悪い。次の投球の伏線となるようなボールを投げる、という気の配り方が見られない。先頭打者をフォアボールで出し、次の打者にデッドボールを当て、自分で試合を苦しくしてしまう。準決勝でも似たような形でピンチを招き、「こんな投球をされては、守っている野手はたまらないし、監督も胃が痛くなるだろうな。それにしては福田さん、痩せもしないで、むっくり太っていられるネ」。そんなことを妻と話していると、テレビのカメラが福田さんを映し、妻は「あら、顔が真っ赤になっている。そうとう血圧が上っているわね」。

●近藤勇とタックルベリー

 桐生第一の藤田選手と篠崎選手は、伊藤投手とは対照的に、奇相というべきだが、藤田選手は近藤勇によく似ている。篠崎選手は『ポリス・アカデミー』のタックルベリーにそっくりだった。篠崎選手はまだ2年生らしいが、来年は全国でも指折りの強打者として名が知られるだろう。

●好漢・藤田

 それにしても、近藤勇こと藤田選手のパワーと闘志には感服した。

 準決勝の821日には、娘がビデオを取ってくれるというので、安心して札幌へ出た。厚生年金会館の大学出版協会で講演するためである。終って、本屋に寄り、札幌駅の改札を入ったところ、テレビが桐生第一と岩国の試合は、雨で中断していると言う。帰ったころには決着がついているかな、と電車に乗り、家に着いたのが5時少し前。運良く5時から試合が再開し、藤田選手が投げて桐生第一が5対4で逃げ切った。」《引用、終わり》

伊藤投手以下は、ここでは直接の関係はないが、とにかく私はダルビッシュをそう見ていた。だから、去年、スポーツ・メディアが、まるで優勝確実みたいに、お囃子、鳴り物入りで、ダルビッシュの東北高校を持ち上げているのを、苦々しく思い、つい否定的、批判的な言葉を口にしてしまったのである。

それに較べて、今年の東北高校は監督が変わり、メディア追っかけの注目選手はいないが、選手一人々々の素質を磨き上げ、投攻守にバランスのとれた好チームに仕上がっていた。「以前のように上ずったところがなくて、愛媛の松山商業が熊本工業との接戦を制して優勝した時みたいに、足腰しっかり鍛えたチームが一戦ごとに力をつけてゆく。そんな感じになってきた。ひょっとしたらこのチームが、東北地区念願の優勝旗を手にするかもしれないよ」。東北高校が5回、鮮やかな集中攻撃で逆転した時には、そんな期待を語っていたのだが、結局、大阪桐蔭の平田の豪打に沈められてしまった。とは言え、投手の高山の表情は、初戦の頃はどこか横柄なところが見られたが、今日はアクが抜けたように、表情が冴えていた。

○中西太を思い出させる平田選手

 それにしても、大阪桐蔭の平田のパワーは凄い。ホームラン3本に、2塁打1本。その2塁打も、もう少しでホームランになる当たりだった。下半身がどっしりと安定し、腕の力だけで軽く外野スタンドに打球を放り込んでしまうところ、西鉄ライオンズの中西太を思い出した。バッティング・フォームそのものはかなり異なるが、打った瞬間の型がよく似ている。

 辻内はこの平田の2打席連続ホームランで安心したのか、どことなく明日の駒大苫小牧戦を考えながら投げている感じだった。ところが、東北高校に逆転され、俄かにピッチングに気合が入ってきた。しかし、もし平田の再逆転のヒットがなければ、ズルズルと負けてしまったかもしれず、彼にとっては薄氷を踏む思いの勝利だっただろう。明日、これを肝に銘じて投げるならば、駒大苫小牧は苦戦を強いられるだろう。

○藤代高校が補欠?

 今日の朝日新聞に、国体出場校のリストが載っていた。ベスト8の他に、遊学館(石川)、静清工(静岡)、清峰(長崎)が選ばれたのは、地域性も考慮した結果かもしれない――関西(岡山)は開催県――。だが、補欠に桐光学園(神奈川)と藤代(茨城)という、関東の学校が二つ選ばれた理由はよく分からない。明徳義塾の例もあり、どうせ補欠なんだから、というイージーな気分で見過ごすわけにはいかないだろう。これも実績に対する評価、と考えるならば、藤代の代わりに青森山田の名を挙げるべきではなかったか。

 

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中休み

今日は小樽へ出たため、甲子園大会を見ることはできなかったが、駒大苫小牧と鳴門工業の対戦で、駒大苫小牧がワンチャンスで5点差をはね返したという。驚くべき集中力だ。すごい迫力だっただろう。

2チャンネル「俺だけでも佐賀の高校野球を語るすれpart7」の462463のアスキーアートが楽しい。176も雰囲気がある。絵だけでなく、セリフが生きている。センス豊かな人だ。

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1/200の条件

○桁違いの条件

清峰高校のある長崎県の佐々町は、人口が13000人程度だという。この23年は上位に進出することが多くなったらしい。だから、必ずしも佐々町の生徒だけのチームではなく、近くの市や町の生徒も入っているかもしれないが、これまでの実績から見て、長崎県下の能力の高い生徒が集まってきたわけではないだろう。野球部員は50名。部員1人が、月に100円ずつ部費を納めたとして、年間60万円。生徒会から部活動のお金が出るとしても、せいぜい10万円前後。後援会があると思うが、父兄会を少し大きくした程度の規模ではないか。

勝手ながら、清峰野球部の現実的基盤を、私はこんなふうに想定しているのだが、その推測に基づいて言えば、その町から、これだけ鍛えられたチームが出てきたというのは、これはもう奇跡と呼ぶほかはない。

それに対して、大阪桐蔭の大阪市は人口260万人。つまり佐々町の200倍。学校は既に一度、全国優勝をした実績があり、大阪市内だけでなく、奈良県や滋賀県からも、能力の高い中学生が志願してくる。いや、志願させやすい。親たちも甲子園出場を強く期待し、後援会の規模もハンパじゃない。練習環境は整っており、実力校との交流試合のチャンスにも事欠かない。それやこれや、有形無形の条件を考えれば、大阪桐蔭野球部の現実的な基盤は、清峰野球部の300倍、400倍にもなるだろう。

そのチームが鳴り物入りで登場してくる。

○一矢報いた戦い

その両者が今日、対戦し、初回、大阪桐蔭が、清峰の古川投手の立ち上がり、制球の不安定につけこんで3点を取ったが、後は一進一退。清峰の選手は大阪桐蔭の辻内の速球を打ちあぐんでいるが、逆に、清峰の古川投手も踏ん張って、大阪桐蔭に点を取らせない。最後は、一打逆転まで追い詰めた。現実的な条件の格差から見れば、これは互角以上の戦いと言っていいだろう。私は感動した。

明徳義塾の辞退をきっかけに、いわゆる野球留学生(この言い方が適切だとは思わないが)を集める、私学の経営手法が、問題視されるようになってきた。それについては、後にゆっくり論じてみたいが、清峰高校の活躍はそういう傾向に一矢報いるものだった。監督の吉田さんは、多分これから、予想もしなかった問題に直面し、戸惑うことも多いだろうが、地域密着型の指導スタイルを作っていってもらいたい。

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困ったチーム

○気持の入らないプレー

大会2日目の7日、秋田商業と石川県の遊学館の試合で、秋田商業の佐藤投手がヒットで出塁。しかし次の打者は内野ゴロ。遊学館の内野手がダブルプレーを狙い、セカンドからファーストに投げた球が佐藤の顔面に当たり、彼は倒れてしまった。たまたまそのシーンを見た妻が、「まあ、ひどい。わざとぶつけたのかしら?」と憤慨し、心配した。

 「いや、わざとじゃないよ。どちらかと言えば、あの佐藤って子のほうが不用意だった。気の毒だけどね」。私は、秋田商業の野球や、秋田工業のラグビーなど、秋田県の高校スポーツが好きなので、出来れば秋田の肩を持ちたいのだが、遊学館の内野手に非はない。

 「今リプレーが出るけど、普通こんな場合、1塁のランナーは、2塁の内野手の足元にスライディングをかけるため、姿勢を低くして突進する。ダブルプレーを防ぐためにね。ところが、この子、ほら、ああーアウトだといった感じで、背中もかがめず、とことこ走っているだろ。この子は、さっき、ヒットで出塁したんだけど、センター前に打球が転がったので、安心したのか、ジョギングみたいな走り方をして、それを見た遊学館のセンターが、すばやく1塁に送球した。それで、危うくセンターゴロのアウトになりそうになって、スタンドから、「えぇーっ!?」とどよめきが起った。もしアウトになっていたら、緩慢プレーで、監督から大目玉を食うところだろうね。素質のある子なんだろうけど、なんか、一本勝負の公式戦を戦う心構えが足りないんじゃないかな」。

 その後秋田商業はエラーで失点を重ね、私は試合を見続ける根気を失った。

○ぶち壊しのプレー

今日の日本航空と駒大苫小牧との対戦も、駒大苫小牧が5点リードしたところで、興味を失い、書斎に引っ込んだ。

駒大苫小牧の初回の攻撃で、先頭打者はショートゴロ。日本航空のショートは軽くこれをさばき、キャッチボール感覚で、気楽に1塁に送った。ところが、送球が横に逸れて、ランナーはセーフ。次のバッターの打球はレフトフライだったが、レフトが軽くさばくつもりで差し出したグラブを、打球が嫌って、ポトンと地面に逃げてしまった。たちまち大ピンチとなったわけだが、この二つのイージープレーが、今日の試合を決めてしまった、と言えるだろう。

○鋭い空振り

 しかし、上には上がある。鹿児島の樟南高校と対戦した銚子商業の守備は、キャッチボールの基本からやり直さねばなるまい。バッティングもひどい。選手の体格はよく、バットの振りも鋭い。決して大振りするわけじゃない。素振りを見た限りでは、相手チームのバッテリー、恐くて鳥肌が立ってしまうのではないか。その意味では、よく鍛えられていると言えるだろう。しかし、これは秋田商業も同じだが、ピッチャーの球をとらえに行っていない。「すごい空振りの鋭いバッティングのチームだな」。私は感心し、早々に立って、また書斎に引っ込んだ。家族はクスクス笑っていた。

今日は、日大三校と前橋商業の試合が見ごたえあった。徳島の鳴門工業と、広島の高陽工業との対戦はパスした。

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監督の迷い

○好投手・古川

今日、済美高校と対戦した、清峰高校の古川は、立ち上がりちょっと力んでいるようだったが、攻めの投球を維持したまま、少しずつ力みを抜いてゆき、見事なピッチングだった。先頭打者を出さないこと、連打を許さないこと。この鉄則はどの投手も心得ているだろうが、ミートの上手い済美を相手に、それを立証してみせたところが、心憎い。闘志を表に出すタイプではないが、凄いピッチャーだ。

監督の吉田さん、訥々とした話しぶりながら、実に冷静に戦況を見ていたことが伝わってくる。童顔なところもいい。

このチーム、今大会で一番の人気チームになりそうな気がする。

○気圧されたベテラン監督

済美の監督が、先発投手の福井を外野に移して、藤村に継投させ、ピンチを迎えたところで、もう一度福井をマウンドにもどした。私は、この作戦、悪くないと思った。

というのは、89日の一回戦で、清峰と戦った、愛工大名電の監督の采配に疑問を感じていたからである。

愛工大名電の監督が、3連続フォアボールを出した斎賀を外野に退けて、十亀をマウンドに送った。そのこと自体は、よく理解できる。

ただ、代わった十亀、マウンド上の仕草を見ると、メンタルな面でも安定を欠いている印象だった。コントロールもよくない。サイドスローの球が、右バッターのふところ、というよりは、顔のほうに切れてゆき、ボールになって、自分のカウントを苦しくしてしまう。それだけでなく、デッドボールの危険がある。私は、この荒れ球ピッチャーで、清峰バッターの目先を変え、攻撃のリズムを崩した上で、もう一度斎賀をマウンドにもどすのではないか、と見ていた。

ところが、愛工大名電の倉野監督は、延長に入っても十亀に投げ続けさせた。ボールが先行して、スリーボールとなることが多く、明らかに守りのリズムが悪い。それもあるが、二度の得点チャンスに、二度とも十亀にバントをさせた。その攻撃の仕方にも、疑問を感じた。

強打者の堂上が、チームバッティングに徹して、クリーンヒットを放ち、ランナー1塁、3塁のチャンスを作った。監督は、十亀にバントをさせ、失敗して、無得点。次にまた、堂上がヒットを放って、1塁、3塁のチャンスを作ったが、この時も既に2アウト。それなのに、十亀はバントの構えをし、古川の球を見送って、たちまち2ストライクに追い込まれてしまった。先ほどと全く同じパターンの攻め方で、結局スリーバントのボールが内野に転がり、あっさりと3アウト・チェンジ。無為無策もはなはだしい。

アナウンサー、「意表を衝くつもりだったのでしょうか?」。解説者、「……」。

始めからバントの構えをして、ストライクを二つ見送り、スリーバント。これで意表を衝かれるチームがあるとすれば、それは天使かお姫様のチームだろう。一応スリーバントも頭に入れて、守備陣形を組んでいた内野手は、「あっ、お宅は勝つ気がないんですね! これはいただき、どうもありがとうございます」とアウトを取って、ピンチを切り抜ける。ひょっとしたら、清峰の内野手にとって、これは「意表を衝く」拙攻だったかもしれない。

一緒に見ていた娘が驚いて、「こういう攻め方もあるの?」。

「いいや。もしこの選手のバッティングに期待できないならば、打力のいい選手を代打に出せばいいんだよ。サヨナラのケースなんだから。それが上手くゆかなくっても、斎賀をレフトに残しているわけだから、もう一度彼に投げさせればいい。この十亀って選手、さっきの打席でも、一度もバットを振ってないだろう。監督の指示かもしれないが、2打席続けて一度も当てにいったことのないバッターに、きちんと打てなんて、そりゃ無理な注文だよ。この選手に投げさせるしかないんならば、選手の潜在能力に賭けて、思い切って打たせればいい」。

倉野監督としては、「いいや。これがウチの型なんだから」と言いたいところかも知れない。しかし型に固執して負けたら何にもならないだろう。

そんなこともあって、私は済美の監督の采配には賛成だった。ところが、マウンドにもどった福井が、清峰の森に3ラン・ホームランを喫してしまった。継投は、難しい。しかし、済美は、この福井で去年の春の選抜で優勝し、夏は準優勝した。その福井が打たれたのだから、選手たちも納得できたのではないか。

それにしても、初出場の清峰高校は、春の選抜の優勝校を破り、去年夏の準優勝校を破り、見事と言うしかない。いずれもベテラン監督に継投期を誤らせてしまう、それほど圧力感の強いチームなのだろう。

○どうした、玉国さん

宇部商業の玉国監督は、だいぶ変わったようだな。

宇部商業の玉国監督は左の好投手を育てるのが上手だ。そういう印象が私にはあり、玉国監督の強情そうな風貌と合わせて、私は以前からこの学校の贔屓だった。今年の好永投手も期待通りだった。

ただ、玉国さんは、私の印象では、ほとんどバント作戦を採らなかったのではかいか。ところが、今日の静清工業との対戦では、やたらバントを使い、しつっこく盗塁にこだわり、しかしどう見ても、消化不良の感は免れない。何だかぎこちない。小細工も出来るチームを作ろうとしたのかもしれないが、私はそこに気力の衰えを感じた。性に合わないことは無理をしないで、好球必打の野球をやってもらいたい。

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