明徳・駒苫の問題を考える(その3)
○一つ見えてきたこと
「その2」を書いた翌朝、私は、「いけねぇ、俺は勘違いしていたらしいぞ」と気がついた。
駒大苫小牧は、6月に野球部で不祥事が起ったことを、高野連に報告しなかった。ばかりでなく、8月、既に甲子園に入り、明徳義塾の問題が顕在化して、高知県の代表権を失った直後にも、似たような不祥事を起した。それにもかかわらず、――あるいは、明徳義塾に厳しい処分が下されたからこそ――これを報告しなかった。大会終了後も報告せず、外部からの告発があって、初めて事件を認めた。こういう種類の事件隠しに対して、高野連は厳しいペナルティを課してきたのではないか。私はそう考えていたのである。
しかしそれは私の思い込みにすぎず、高野連はさほど重大事と考えていなかったらしい。念のため、朝日新聞のHPを開いて見たところ、野球部長を一定期間の謹慎とし、野球部については、「事件後すみやかに報告されず、告発で明るみに出たことは、健全な高校野球を目指すうえで大変遺憾である」という理由で、警告処分となった。
してみるならば、明徳義塾にも意図的な報告遅延、あるいは事件隠しがあったと思うが、それ自体としては「大変遺憾」という程度のことでしかない。代表権の剥奪、出場停止という重い処分を下した、最も大きな理由は、野球部員の暴力行為にあったのだろう。
また、そうして見れば、駒大苫小牧は高野連の処分基準、または方針を読み違えて、姑息な報告遅延、事件隠しに走り、いたずらに事態を紛糾させてしまったことになる。
そんなふうに私は一つ納得したわけだが、この処分はかなり重要な前例になると思う。「一言叱りおく」程度の処分ならば、恐がらずに報告すればよい。そう考えるか、それとも、どうせその程度の処分で済むならば、バレた時は頭を下げるだけのことで、自分から一々身内の恥を晒すことはないさ、と考えるか。いずれにせよ、高野連の通達は多寡をくくって受け取られ、拘束力を失ってしまうだろう。
○駒大苫小牧の位置
さて、ところで、私は前々回、「通学圏」という概念を出してみた。ただし、それをもって高校野球の原点を論ずるためではない。どちらかと言えば、私は、「原点」とか「初心」とかいう、伝統論的な観念はあまり得意でなく、むしろ野球部の適正規模や、「地元」意識の問題を検討する、分かり易い概念を、考えてみたのである。
とは言え、通学圏かどうか、私が判断できるのは、せいぜい北海道の一部と、群馬県の一部だけでしかない。それをことわった上で、まず群馬の前橋商業について言えば、今年の『甲子園』(『週間朝日』臨時増刊号)を見る限り、出場した選手のほぼ全員が、通学圏の生徒で占められている。
ただ、部員102人には驚いた。一学年、平均34人になるわけだが、この学校の野球部がそんなに人気があるとは思っていなかったからである。これだけの数の部員のなかには、通学圏の外から来ている生徒もいるだろう。
他方、駒大苫小牧の場合、平岡中央や札幌北栄などの札幌の中学校や、登別西稜、栗沢の中学校出身の生徒が、苫小牧に通うとすれば、JRで片道1時間弱から、1時間2、30分かかる。通学しようと思えば出来ないわけではないが、現実的にはとうてい無理だろう。京極や余市の生徒は苫小牧に下宿するか、学校の寮に入るほかはなく、私の分かる範囲でも、レギュラーの3分の2が、通学圏外の生徒ということになる。部員は97人。
これをどう考えるか。北海道の面積は、東北6県と新潟県を合わせたほど、または九州と四国を合わせたほどあり、だから北海道の1支庁が、九州や四国の1県に相当する。苫小牧は胆振支庁に属するわけだが、その他、石狩支庁、後志支庁、空知支庁から選手が集まり、その状況だけで判断すれば、青森県の青森山田や、宮城県の東北とそう変わらない。
しかし娘の見方によれば、「青森山田や東北は、レベルの高い近畿の生徒を集めているようだが、駒大苫小牧の場合はそれと同一視できない。必ずしもレベルが高くはない地域からも、意欲のある生徒が集まっている。その生徒たちをよく鍛えて強くした、という実績を評価すべきなのではないか」。妻も私もこの見方には、おおむね賛成している。
もう一つ私たちは、これが札幌の学校でないことも喜んでいる。札幌の人口は、約173万人。昼間人口は200万に達し、北海道の人口の3分の1を超える。そのため、札幌への一極集中化は凄まじいものがあるが、駒大苫小牧の快挙は、その趨勢に一矢酬いるものと言えるからである。
○適正規模の一基準
その点を一つ押さえておいて、次に野球部員の数を見てみよう。今回の出場校のうち、最も部員が少ないのは、大分県の別府青山の24人だった。このチームも通学圏内の生徒が大半なのではないか、と推測できるが、意外なのは、和歌山県の智弁和歌山が31人と、二番目に少なかったことである。三番目に少ないのは、愛知県の愛工大名電の40人で、茨城県・藤代の43人、神奈川県の桐光学園の44人と続いている。
私の考えでは、このくらいの数が高等学校の運動部の適正規模ではないか。なぜなら、ほぼ1クラスの生徒数に当たり、監督の目が届きやすい。つまり生徒一人々々のメンタルな面まで把握することが可能な範囲だからである。
ただ、その程度の部員数であったとしても、実際の練習は二つか、三つのグループに分かれざるをえず、それぞれにコーチが必要になる。そのコーチが教職員であるか、OBのボランティアであるかは別として、クラス担任に、副担任が就くように、コーチの協力は不可欠であり、お互い関係をどう構築するかが、チーム経営の要となるだろう。
智弁和歌山や愛工大名電や桐光学園などは、既に高い実績を持っている。この学校で野球を続けたい生徒は、県の内外から集まってくるはずで、おそらくその数は毎年50人を下らない。常識的には当然そう考えられるが、それにもかかわらず、部員数が1クラス程度で収まっている。これは、あらかじめ能力テストをやり、入部許可者を絞っているからであろう。この推測は当たっていると思うが、それが学校教育にふさわしいやり方であるかどうかはともかく、少なくとも一定の見識に基づく指導体制であることは否定できない。
○大規模野球部の場合
他方、これらの倍以上の部員を擁する学校には、福岡県の柳川の90人をはじめとして、山梨県の日本航空92人、島根県の江の川93人、福島県の聖光学院93人、熊本県の熊本工業94人、駒大苫小牧97人、青森山田102人、兵庫県の姫路工業102人、前橋工業103人、石川県の遊学館107人、滋賀県の近江110人、京都府の京都外大西113人、埼玉県の春日部共栄120人があり、そして出場停止となった高知県の明徳義塾は129人であった。
これは、入部希望者は全て受け入れた結果であろう。理念的に言えば、野球部も高等学校におけるクラブ活動の一つで、希望者は全員入部させなければならないからである。
それにしても、90人を超える部員を指導するとは、どういうことなのか。もちろんグランド一面だけでは足りない。だからと言って、二面も三面も用意できる学校はごく稀だろう。とするならば、グランド整備の時を除いては「グランドで練習させてもらえない」、つまり「常時、監督に練習を見てもらうチャンスに恵まれない」部員もいるはずで、結局彼等は二軍的、三軍的存在に甘んぜざるを得ないだろう。
だが、そうは言っても、この部員たちの多くは中学時代にチームの中心選手として活躍した経歴を持ち、一軍に選ばれる自信も自負も持っている生徒なのである。彼等はどうようにして、自分の立場に耐えることができるだろうか。
そこで必要とされるのは、そういう部員たちの「面倒を見る」コーチである。
このコーチは、一面では、落ちこぼれ意識を抱えた部員の兄貴的な役割を果たさなければならず、他面では、屈折した部員の反抗的な感情をモロにかぶる「憎まれ役」を引き受けなければならない。それなしには、公式戦のベンチに入ることもできず、まして9人のレギュラーに選ばれる見込みを失った部員の信頼をつなぐことは、とうてい出来ないからである。
このコーチと部員との信頼関係、またはこのコーチと監督との意思疎通が欠けたとき、大変むずかしい状況が発生する。明徳義塾の問題も、駒大苫小牧の問題も、ここにその一因があったと見ることができるだろう。
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